土下座を初めて見た。
リアル土下座だ。
拓海の眼下に、愛車と同じく黄色に染めた髪の毛の人物がいる。
そう。
稀代の変態。高橋涼介の弟、高橋啓介だ。
兄弟そろって高身長で顔の造りも丹精なのに、どうしてこの二人は行動が揃って残念なのだろう?
そんな事をやけに冷静に考えながら、土下座する啓介を拓海は見下ろしていた。
どうしてこうなっているのか?
それは啓介のあるお願いから始まった。
啓介はあるものを手に、拓海に懇願した。
「頼む!これを履いてアニキに見せてやってくれ!!」
彼が手にしていたのは真っ白な・・・・・・短パンと表現するにはヌルい、丈があって無いようなレベルのホットパンツだった。
「・・・・・・・・・」
想像は付く。
それを履いた自分は、確かに涼介の欲望を煽るだろう。
彼の自己消化の手助けになるだろう。
だが。
だが。
考えて欲しい。
拓海はいたって真っ当な男の子だ。
愛用しているパンツはトランクスだ。
トランクスより短い丈のものを下半身に身に着けたことが無いのだ。
もちろんだが露出の趣味がわるわけではない。
それなのにどうしてこんなものを履けようか。
いや、無理だ。
だから拓海は正直に答えた。
「無理っす」
そうしたら啓介はしたのだ。
今、拓海の眼下にある行動を。
そう、土下座だ。
勢いはもうスライディング土下座の勢い。
と言うか、この人、土下座慣れしてないか?
所作がやたらと美しい。
「頼む!これを履いてくれ!俺たちを助けると思って!」
「な、何言って・・・」
あまりの啓介の勢いに戸惑い、背後に控えるチームメンバーを見れば、何やらメンバー全員が、拓海に哀願する眼差しになっている。
顔を上げた啓介と同じ眼差しだ。
拓海は気付いた。
これは・・・これは・・・プロジェクトDメンバーの総意なのだと。
「最近のアニキは疲れもあってメチャクチャ機嫌が悪ィ。おまけにお前への欲求不満もあって核弾頭みてぇだ。それを消化させんには・・・お前の協力が必要なんだ」
それが、ホットパンツ。
真っ白なホットパンツ。
「気付かないか?最近のアニキが異常にギラギラしてんの」
ギラギラ・・・はいつもしてる。
眼差しだけで犯されそうなのもいつもだ。
だが、最近は確かにその眼差しの凶暴さが増しているような・・・。
「・・・えと、俺にはそういつもと変わりないような気はするんすけど・・・涼介さん基本変態っすから」
拓海の答えに、啓介はクッと眉間に皺を寄せ唇を噛みしめた。
「ああ、アニキは変態だ。弟の俺が認める。とんでもねぇ変態だ。だけどアニキの厄介なところは・・・変態のくせに紳士ぶるっつーとこなんだ」
変態で紳士・・・確かに。
エレガントに変態性欲をアピールしてきて、自己完結し去っていく。
「だけどな、アニキの紳士の顔の裏には悪魔がいるんだ。八つ当たりっていう名の・・・悪魔が・・・!!」
変態で紳士で悪魔って・・・あの人どんだけ顔持ってんだ??
「お前に紳士的な顔をするために、5人は確実に犠牲になっている事をわかってくれ」
いや・・・分かりたくない。
思い出したのか、啓介の背後でチームの広報係である史浩が泣き出した。
他にもシクシク泣き出したメンバーがちらほら。
「今、俺たちは未曽有の危機に見舞われている。それを回避する方法が、コレなんだ。藤原、分かってくれ!」
うわぁ、啓介さんも泣き出した・・・。
分かりたくないけど、分かってしまった。
いや、思い知らされてしまった。
自分の羞恥心など僅かなものではないか?
裸になれと言っているわけではないし、いちおう面積は狭いとは言え服には違いない。
拓海は覚悟を決めた。
「わ、分かりました。・・・履きます」
その瞬間、歓声が沸き起こった。
立ち上がった啓介が、涙交じりの笑顔で拓海の手を取り握りしめた。
「ありがとう、ありがとう、藤原!!」
感激の涙だ。
「感謝ついでにコレも頼む」
そして握りしめられた手の中に渡されたものを見て、拓海は固まった。
まるで、紐。
いや、違う。
形状はTの字。
そう。
そう。
それの名前はTバック。
一応、下着の部類に属するものだ。
色は黒。
「透けて見える黒のTバック。お前のハチロクカラーにアニキの興奮は確実に増す!頼むぞ!!」
さっきまで泣いていた全開の笑顔の(残念な)イケメンを、拓海は全力の力を持って殴り倒した。
拓海は学んだ。
被害者の顔をしていても、しょせん彼は変態の身内であることを。