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 変態との衝撃的な邂逅は一度に終わらなかった。
 変態こと高橋涼介が発起した関東最速プロジェクト・・・プロジェクトDと名付けられたその計画に、藤原拓海もドライバーとして参加している限り。
 考えて欲しい。
 目の前にものすごく欲望を煽るものがある。
 性欲で理解しづらければ、食欲に置き換えてみて欲しい。
 たとえばだ。
 目の前に自身の好物がある。
 毎日食べても飽きないくらいの好物だ。
 それが目の前にある。
 ならば食べたいと思ってしまう心を止めるのは難しい。
 掴み、握りしめ、むしゃむしゃむさぼり尽したいと思うのが人情である。
 いや、欲望である。
 高橋涼介にとっての好物が、藤原拓海の尻である限り、その欲望を止めることは出来ないのだ。
「だからついお前の尻を凝視してしまうかも知れないが許して欲しい。ついうっかり、触れてしまうかも知れないが、それも許してもらえると有難い。俺の理性にも限界があるからね」
 真顔で、美形としか表現できない男の変質的な宣言を聞かされ、至ってノーマルな嗜好しか持ち合わせていない拓海は固まることしか出来なかった。
 大きな目を真ん丸に見開き、その瞳を目の前の変態・・・もとい涼介に向ける。
「・・・・・・いま、ちょっと聞き捨てならないこと言ったと思うんすけど・・・」
 ちょっと震えながらの声は、拓海の怯えを表している。だが目の前の変態は、それを小型犬の震えと同様の「愛らしいもの」と受け取った。
「ん?何だ。俺がお前の尻を視姦することについてか?」
 しかん、って何?
 もっと怖いことを聞かされたようで、拓海はまたもやぶるぶると震えた。
「ち、ちがくて・・・!えと・・・理性がどうのって・・・」
 にっこりと。変態は微笑んだ。
 この上なく艶っぽく。
「ああ、それか。当然だろう。お前は腹を空かしているときに好物を前にして我慢できるのか?」
 これはあれだろうか。
 堂々と、理性が切れて襲う宣言をされているのだろうか?
 そう、鈍いながらも拓海も薄々感じ始めていた。
 だが、やけに淡々とした涼介の様子に、その危機感はあまり感じられないようなのだが、何しろ発言が不穏だ。
 さらに、最近の涼介の拓海への態度が・・・簡潔に言うとエロいのだ!
 視線がエロい。
 まるで舐め回されているように尻を中心に眺め、視線に気づいた拓海が涼介を見ると、にっこり、艶っぽく微笑む。
 そう、ちょうど今のように。
 たっぷり蜜を含んだ蜂蜜のような濃厚な艶。
 それをあの切れ長の瞳に載せて見つめるのだ。
 自然と顔が赤くなってしまうのは・・・仕方ないだろう。仕方ないはず、だ。
 数多の異性、いや同性さえも虜にしそうなその色っぽさに、色恋沙汰に免疫のない拓海にとっては毒薬のようだ。
 だからどうしても理解できない。
「な、なんで俺の尻なんですか?!どこにでもあるような尻じゃないっすか!!」
 そう叫びながら、拓海が分厚いジーンズの上から自分の尻のラインを辿るように撫でた。
 無意識の行動だった。
 だがそれをした途端、目の前の美形は口元を抑え、いきなり跪いた。
 見れば、ガクガクと微かに痙攣している。
「・・・お、お前なんて卑猥な事を・・・。俺に自慰を見せつけるつもりか!?」
 じい。
 じいって・・・お、オナ×−か!!
 突然の涼介の行動に、きょとんとした拓海だったが、彼の言葉を租借し、理解すると顔を真っ赤に染めた。
「な、な、なななななに言ってんすか!じ、じ、じ・・・って・・・!!俺、ただ単に自分の尻触っただけじゃないっすか!!」
 こんな風に、とばかりにもう一度撫でると、涼介の目がギラギラと輝き、さらに痙攣が激しくなる。
「止めろ!もうすでに俺のは勃起してるんだ!それ以上されたら射精する!」
 涼介の声は低音美声。
 低いが、良く通る良い声だ。
 その声で大きな声で叫ばれようものなら・・・わかるだろう。
 瞬間、周囲がシ、ン・・・と静まった。
 そうなのだ。
 ここは夜の峠。周囲にはチームメンバーもいるし、ギャラリーもいる。
 二人きりの空間なわけではない。
 そんな数多くの人々が、先ほどの涼介の叫びを聞いた。
 静まり返った後に、サワサワと響き始める小さな小鳥のような囀り。
『秋名のハチロクと高橋涼介って・・・マジ?デキてんの??』
『っつーか、秋名のハチロクがあの高橋涼介を翻弄?』
『マジ?魔性?秋名のハチロク、魔性?あの高橋涼介を落としてんだぜ』
『まぁ、でもさ。二人とも見た目いいし、っつーか、秋名のハチロク美少女顔じゃん。お似合いなんじゃねぇの?』
『そうよ♪愛に性別なんて無いのよ!!私は涼介様の恋を応援するわ!!!』
『だな。高橋涼介って人間離れしてたけど、ちゃんと人好きになれるんだなぁ。あの高橋涼介につりあえんのは、やっぱあの人に勝った秋名のハチロクだけってことか』
『最強カップルだな!』
 いや、ちょっと待て。
 そう拓海は突っ込みたかった。
 自分が思わぬ衝撃に固まっている間に、どんどん囀りが妙な結論に至ろうとしている。
 デキてねーし!
 魔性じゃねーし!
 美少女顔ってナニ?屈辱なんすけど!!
 しかも恋っつーか、あの人おれの尻に欲情してるだけなんだけど!!
 目の前で痙攣する変態。
 背後の応援・・・もとい誤解。
 拓海は涙目になった。
 いや、泣きたい。できることなら号泣したい。
 どうして良いかわからず、さまよう手が無意識に尻を庇うように覆った。
 すると、跪く変態が呻きビクビクと震えた。
 何が起こったのか、拓海も男の子だ。わかる。わかりすぎるほどわかってしまった。
 限界を超え真っ白になってしまった思考の中で、
『そっか。涼介さんは俺が尻に手ぇ置いただけで欲情するんだ』
 そう、拓海は納得し理解した。
「・・・ふぅ。藤原。良いものを見せてもらったよ。願わくば、それを剥き身の素肌の状態で見たかったがな」
 一時の情熱を収め、ほんのり赤らんだ顔で微笑む変態の生態をこの日、拓海は少しだけ学んだ。
 変態は欲望を自己完結するのだ。
 それゆえに変態は、変質者と一線を画し、また、それゆえにこそ変態であるのだ、と。
 肉体的な被害は無いが、精神的に犯された気分になった。
 涙目で涼介を見ると、彼は欲望を発散させたせいか爽やかな表情で、拓海へにっこりと蜂蜜のような笑顔を見せた。





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