高橋涼介は変態である。
だが決して変質者では無い。
変態とは、性的倒錯があり、性行動が通常とは異なる場合を指す。
しかし変質者は性犯罪を行う者への蔑称として用いられる。
高橋涼介は変態であった。
繰り返すようだが、変質者ではない。
しかし、
「お前の尻を触らせてくれないか」
と言う発言は、変態のカテゴリーを超え、変質者の枠に収められてしまうかも知れない。
ちなみに発言した本人はいたって真面目である。
自身の言葉が、犯罪であるという自覚もない。
だから堂々と、そう宣言した。
対して、そう言われた対象者。
彼の名は藤原拓海と言う。
拓海は至極真っ当に18年の人生を生きてきた。
周囲に変態もおらず、異常性癖?ナニソレ?四字熟語?な認識しかない。
そんなノーマルな人間が出会った初変態は、同性でも見惚れてしまうような美形だった。
さらっさらの黒髪に切れ長の瞳。
濃紺にも見える瞳の色は理知的で、通った鼻筋と引き締まった唇が、瓜実顔の中にバランス良く配置されている。
彼の美点は美形であると言うだけではない。
身長も、世の男子が羨む高身長。
一般的な平均男子の身長である拓海より、頭一つ高い。
そして噂によれば、頭も良くてお金持ちだそうだ。
そんな二物も三物も与えられた人物であるのだが、彼の唯一の欠点が、「変態」
美形なだけに「変態」はイタい。
イタすぎる。
なので、つい拓海はその感想を正直に顔に表わしてしまった。
そんな拓海を見て、彼は「フッ」とクールに微笑んだ。
変態であると知らなければ、大多数の女子がポッと顔を赤らめる表情だ。
「そんな反応には慣れている。俺はお前が察する通り変態だ」
彼は、堂々と拓海にそう告げた。
拓海の不幸。それは初めて出会った変態が、高橋涼介であった事だろう。
「・・・・・・は?」
思わず、口を開け、ぽかんとしてしまうのは仕方ないだろう。
そして続いて拓海は本能的に怯えた。これも仕方ない。何しろ彼は、未知の生物を目の前にしてしまっているのだから。
「その怯えた表情も愛らしいが、俺のフェティシズムは尻に向けられているんだ。よって、お前の尻を触らせて欲しい」
変態も堂々と行えば、正義に繋がる。
まるでそんな法律でもあるかのような、自信に満ち溢れた姿だった。
「な、何で・・・俺?」
拓海の疑問は尤もだ。
突然事故に巻き込まれた人のように、いきなり変態に妙な欲求を突き付けられたのだ。
理不尽と知りながらも理由が欲しい。
そしてその理由を、目の前の変態、もとい涼介はこれまた堂々と答えてくれた。
「お前の尻が俺の性的欲望を煽るからだ。よって一度触れてみたいと思うのは、衝動として間違いではないと思うのだが・・・どう思う?」
疑問で投げてキタヨ、コノ人――!!
変態。
それは突然の事故、天災に似ている。
「お、おおおお、俺、男っすよ!!?」
拓海の少ない理解力であるが、涼介が尻フェチであると分かった。
だがそれは主に性的対象である異性に向かうものであると思われる。
間違っても同性の男子に向けられるものではないはずだ。
その拓海の言葉に、これまた「フッ」と爽やかな笑みを彼は見せてくれた。
「もちろん了解している。俺が変態である所以がそこだ。俺の前に性差別など無い。尻は等しく尻である。女であるとか、男であるかなど俺にとっては些末な事なんだ」
だから安心しろ、とばかりに微笑まれても、拓海の不安は増すばかりだ。
「だからお前の尻に触らせて欲しい」
拓海の頭は真っ白だ。
理解を超えるものに出会うと、人はこんな状態になる。
ましてや免疫もない至極真っ当なまだ18歳の少年と言って差支えない年齢。
熟練の変態に敵うはずもない。
「さらに望めるなら、布地に覆われていない素肌が良い」
さらに難易度の高い欲求を突き付けられ、拓海の混乱は増した。
脳内で想像する。
この目の前の男が、自分の尻を撫でる姿を。
なぜか嫌悪は無かった。
嫌悪は、無いのだ、なぜか。
しかし・・・・・・。
一連の事をイメージし、拓海は結論に至った。
「む、無理です!!」
拓海はぎゅっと目を瞑った。
目の前の変態さんの反応が怖い。
だが、
「そうか、仕方ないな。煩わせてすまなかったな、藤原」
彼はあっさりと引いた。
ケロッとした表情で、拓海の前からまるで普通の会話の終わりかのように立ち去って行く。
その呆気なさに、拓海の方が驚いた。
そうなのだ。
高橋涼介は変態ではあるが、変質者では無い。
よって、己の変態的欲求を無理強いさせることは無い。
だが、この変態慣れしていない少年にとっては、この反応は予想外すぎて、逆に物足りなさを覚えた。
だから立ち去る背中に唇を尖らせ、恨めしい視線を送った。
「何だよ、いったい・・・」
心の奥底で、ほんの少しだけ「残念」と。
そんな気持ちが芽生えたのを、生まれて初めて出会った変態のインパクトが強すぎて、拓海は気付いていなかった。