ある証言者の話

act.5 高橋母の証言


 あの子のこと?
 そうね。確かに見た目と頭の出来は夫と私に似てすこぶる良いわね。
 でも、中身は我が子ながら捻くれた性格をしていると思うわ。
 小さい頃から夫も私も仕事が忙しく、あの子のことをあまり構えなかったせいかしら?
 気が付いたら一人で何でも出来る子になっていて、小学校一年のときに親についての作文の宿題が出てきたときに、
『たまに顔を見るので存在は認識しています。でも彼らのことを語れるほど観察はまだ出来てないので、ぼくには書けません』
 と書いて提出して、学校側から呼び出しがかかったことがあったわね。
 …あの頃はあの子もまだ素直だったわ。ごまかすってことをまだ知らない頃だったんだから。
 でも小学校も三年くらいになるともう駄目。
 自分が人よりも優秀だということに気付いて、そしてそれを他の人間が出来ないことで他人を見下すようになってきたの。
 たとえあまり接することがないとは言え、親ですから。そういうあの子の歪みには気付いて、もちろん注意したんだけど…注意の仕方が悪かったのかしら?
『他人を見下し批判する前に、もっと自分を磨きなさい。それで初めて他人に対しどうこう言えるのよ』
 それからあの子は自分に厳しくなった。
 けれど、他人にも厳しくなったのよねぇ…。
 それの一番の被害者は、弟である啓介かしら?
 あの子と違って、啓介はとても単純ね。本当に扱いやすいったらないわ。
 高校生の頃はそれなりに私たちにも反発なんてしてたみたいだけど、そんなもの私たちにすれば子供が構ってほしくて駄々を捏ねてるのと同じものだったわね。
 よくもまぁ、同じ環境でこんなに対照的に育つものかと、親ながら不思議に思ったけど、たぶん涼介が特殊なのよね、きっと。
 小さい頃からどこか捻くれて世の中を見ていたあの子は、成長することで社交性は手に入れ、内面の傲慢さを隠し、うまくやっていたようだけど、心の底では誰にも心を開くことがなかったわ。
 それは涼介の親友である史裕君も、あの子に育てられたと言って過言ではない啓介も、可愛がっている従妹の緒美も同じ。
 あの子は、どこかで人を信用してないの。
 仲良くしているように見せて、絶対に自分と相手の間に壁を作っている。
 その証拠のように、涼介には今まで恋人らしい人間の存在を感じたことがないわ。
 誰かを好きになると言うことは、自分の何もかも相手に預けることに近いのよ。だからきっとあの子はずっと誰も好きでいられなかったのだと、そう思ったの。
 そして私たちはこれからもあの子はそうだと思っていた。
 このまま誰も好きになれず、私の夢の可愛いお嫁さんも、可愛い孫も見せてくれないんだろうな、って。
 けど。
 それがね?
 暫くぶりに会った息子が…おかしかったのよ!!
 もう、びっくりしちゃったわ。
 だって、親の私が言うのはなんだけど、冷静沈着、傲岸不遜を絵に描いたようなあの子が、まるで頭の中にお花が咲いたようになってたんですもの!!
 本当に私、驚いてね。だから啓介に聞いてみたのよ。
 そしたら、
「…アニキ、バトルで初めて負けたんだよ」
 暗い顔の啓介。たぶんずっと涼介のあんな態度に晒されて、心が疲弊しているのね。かわいそうに。…でもどうもしないけど。
「…そう。プライドの高い子だから、生まれて初めて負けて、きっと壊れちゃったのね」
 涼介と啓介がいわゆる走り屋と称して車で公道レースのようなことをやっているのは勿論知っていたわ。本来なら反対する立場なんだろうけど、何事にも冷静で熱中することの無かったあの子が、初めて夢中になれるものが出来たことが嬉しかったら黙認していたの。
 そしてその自分の一番だと思っていたもので、あの子にとっての人生初めての敗北。それで壊れたのね…なんて思ってたら!
「…や、それがそうじゃなくって…どっちかっつーと、負けてアニキ、喜んでる、みたいな?」
 何、その疑問系?「〜みたいな?」はっきりしなさい!!
「ま、負けたことよりも、その勝ったドライバーが気に入った…の、かな?」
 また疑問系。本当にこの子はハッキリしないわ。こう言うところ、お兄ちゃんを見習えばいいのに。
「結局、涼介は負けて浮かれてるってことね。そのドライバーに対して、何か言ってたの?」
「…可愛い…って…」
 可愛い?
 どんなに愛らしい小動物を見ても、鼻で笑って「愛らしさを武器してるつもりか?気に入らないな…」なんて言ってた子が?
 生まれて初めてそんな言葉を使うなんて…しかも人間相手に!
 思わず嬉しくなっちゃって夫に電話したわよ。
 電話の向こうで夫も驚きすぎて椅子から転げ落ちちゃったみたい。
『た、高橋先生!大丈夫ですか?!』
 なんて、古参の看護師の声が聞こえてたからね。夫もまさかと思うわよねぇ。
 でもそれは「まさか」なんかじゃなく紛れもなく現実で。
 それからも涼介の頭に咲いた花は枯れないらしく、啓介によれば、逆にどんどん花に触手が生えて手を伸ばしていってるみたいね。
 …そう、これは紛れもなくあの子にとっての初恋。
 一生独身、不感症と疑っていた息子に、まさかそんな感情が現れるだなんて!
 親としては応援するでしょう?勿論。
 たとえ相手が男の子だったとしても!
 最近はホモぐらい何よ。オランダでは結婚も出来るのよ?跡継ぎなんて養子を取ればいいし、何より息子の幸せが一番ね。
 だから…。
 初めて涼介の初恋の相手だという「藤原拓海」ちゃんに会ったときは、びっくりしたわぁ。
 だって、立派な女の子だったんですもの。
 オマケに…私、DNAってものを痛感したわね。きっと夫もそう。
 まさに、私たちが常々「こんな娘がいたら…」と夢に描いていた娘の理想像そのまんまなんですもの。
 女なんてね、多少顔が不味くても気立てが良いほうがいいのよ。若い頃ならいざ知らず、年を重ねてくると見た目なんかにごまかされず、その人間の本質なんて透けて見えるものよ。
 それなのに拓海ちゃんったら、顔も良くて気立ても最高に良いのよ?!
 何であんなヒネた息子にこんな素敵なお嬢さんが好きになってくれたのかしら?
 不思議でしょうがないわよ!
 拓海ちゃんと会ったのは、渋る涼介に強請って、無理やり会わせたからなの。
 あの子ったら、本当に捻くれてるわぁ。
「…会わせたくない…拓海は俺のだ」
 普通、実の親にまで牽制とかするかしら?
「あら?そうは言ってもこのまま会わないでいられるわけないでしょう?それとも、すぐにお別れするつもり?」
「まさか!一生手放す気はない!」
「だったら、私たちにも会わせるべきでしょう?だって、あなたと一生一緒だと言うなら、家族になるわけなんだから。それとも…あなた、藤原さんを日陰のまま傍に置いておくつもり?」
 あの頃はまだ拓海ちゃんが女の子だって知らなかったから、そんな言葉が出てきたんだけど、そう言った後のあの子の反応が見ものだったの。
 いつも誰の前でも感情を乱すことなく冷静だったあの子が…落ち込んだのよ。それこそ、粗大ゴミにこのまま出したいくらいに!
「…俺は…ただ…俺の我侭が拓海を日陰…何てことを俺は…」
 お腹抱えて笑いたいくらいにおかしかったわぁ。恋って盲目ね。
 そのままずっと見物したかったけど、目的は涼介を笑うことじゃなくて、拓海ちゃんに会うことだったから、残念だったけど私は言ったのよ。
「分かったでしょう?だから、今度のお休みの日に藤原さんを連れていらっしゃいね。逃げたらあなたが藤原さんを日陰者として扱うのだと、母さん見なしますからね。それが嫌なら連れてくるのよ」
 涼介は渋々頷いたわね。
 そして拓海ちゃんを連れてきたのよ。
 涼介は拓海ちゃんに一目ぼれだったらしいけど、私たちにとってもまさにそうね。
 可愛いのに純粋で、どこかおっとりしてて天然。でも可愛いだけじゃなくて、啓介によれば腕っ節も強いみたいで、しかも涼介に勝つほどの車の腕。
 パーフェクトよ。
 まさにパーフェクトなお嫁さんがやって来たわ!
 私たちの前で緊張して、顔を真っ赤にする拓海ちゃんの可愛いこと。一生懸命に喋ろうとする姿が、とても健気で可愛いのよ。
「あ、あの、ふ、藤原、た、拓海です。その…涼介さんと、お付き合い、させてもらってます。あの…すみません」
 まるで涼介と付き合っているのが悪いことのように、申し訳なさげに謝る拓海ちゃんに、夫と私は心の中で唱和したわ。
『こちらこそ、性悪な息子ですみません』
 …ってね。
 そして涼介に向かって夫ともどもアイコンタクト。
 まるで脅迫するように睨んだわね。
『絶対に逃がすんじゃないわよ!!』
 返す涼介の目も不敵だったわ。
『…言われなくても!』
 一生独身、不毛な人生を送ると思っていた息子が、まさかこんなに可愛い子を連れてくるなんて。
 人生何があるかなんて分からないわね。
「私のことはお母さんって呼んでね。あ、お母様とかママもOKよ」
「え、ええっ??」
「私のことも、お父さんと呼んでくれないかな?ああ、もちろんお父様でもパパでもいいからね」
「…え、えっと、あの…涼介さん…」
 戸惑うように涼介を見る拓海ちゃん。その眼差しに、涼介がしっかりと拓海ちゃんを騙しているのを知って安堵したわ。
「父さんも母さんもいきなり無理を言わないで下さい。いきなり赤の他人にそんな事言われても困るだけですよ。いい大人なんですから、節度を持って接して下さい」
 青筋浮かべながら言っても、恐くもなんともないわね。だって、私たちはあの子の親なんですから。
「あら?でも拓海ちゃんが涼介と結婚すれば私たちは拓海ちゃんの義理とは言え親でしょう?お母さんと呼ばせて何が悪いの?」
「け、結婚って、あの……」
「おや?涼介じゃ不満かね?じゃあ、私と結婚するかい?そう言うわけだから母さん、離婚してくれないかな?」
「ええ、喜んで。でもあなたには拓海ちゃんを渡さなくてよ。ねぇ、拓海ちゃん、たとえ同性と言えども外国ではちゃんと結婚できるのよ。私と移住して結婚しましょうね?」
「は、はぁ??」
 勿論半分冗談、けれど半分は本気だったりするけれど。
 拓海ちゃんのほうも、私たちが冗談を言っているんだってことが分かったみたいで、緊張していた気持ちがちょっとほぐれたみたいで、強張っていた顔がほんのり緩んで笑顔を見せたの。ああ、可愛いわぁ。こんなヒネた息子と猪突猛進な息子じゃなくて、こんな可愛い娘が欲しかったのよ。
 けどそんな冗談を冗談と受け取れないのが勿論涼介。
「いい加減にしろ!拓海は俺のだって言っただろう!…拓海だって、俺がいいよ…な?」
 最初は怒鳴り声だったけど、後半が自信なさげに揺らいでいたのが親として嬉しかったわ。いつも自信に溢れて、他人の意思なんてお構いなしで、無理やり自分に従わせる方法で生きてきた息子が、初めて他人の意思を窺ったんですもの。おまけに不安にまでなっているのよ?初めてあの子が、普通の23歳の男に見えたわね。
 当の拓海ちゃんは涼介の突然のプロポーズにびっくりしてたみたい。それはそうね。年を聞けば、もうすぐ高校を卒業する18歳だって言うし、そんな年からこんな性悪に捕まることないわよね。
 でも涼介の言葉に、びっくりしながらも嬉しさを隠しきれないみたいな拓海ちゃんに、本当に彼女がこの性悪ヒネくれ息子のことが好きなことが窺えて、私は本当にたとえ性格が悪くても見た目が良くてよかったわぁ、と思ったわ。
「…そ、それは…でも、私なんかが、あの…」
 真っ赤な顔で、でもこちらを気にしながら言いよどむ拓海ちゃん。
あら?まだ何が気になるのかしら?
「涼介さんに…本当に私なんかでいいんでしょうか?」
 …母さん、本当に拓海ちゃんと結婚したくなっちゃったわぁ。
 夫も同じことを思ったみたい。まぁ。頬なんて赤らめちゃって。私にプロポーズしたときみたいな顔になってるわ。
「バカだな、拓海。そう言いたいのは俺のほうだよ。拓海に、こんな俺なんかでいいのか、って」
 全くそうね。こんな性格が本当に悪い男なんてね。
「そんな!…そんな事ないです。でも、涼介さん、お医者様になるし、その…大きな家の人だし」
「そんな事は関係ないな。要は気持ちの問題だろう?それとも拓海は俺が他の女と結婚した方が良いって、そう思ってるのか?」
 まぁ?そんな気はサラサラないくせに。こうやって煽って拓海ちゃんを騙してるのね。奨励したくないけど、今は応援するわ、涼介、もっとやりなさい!
「…そんな…イヤです!…でも…」
「何をそんなに心配してるんだ?家のことなんて気にするなよ。拓海のためならこんな家、幾らでも捨ててやるよ」
「…涼介さん」
「…拓海」
 あらあら。まぁ。若いっていいわねぇ。
 どうやら上手く纏まったみたい。でもさすがあの涼介の相手。拓海ちゃんはしっかりしてるわ。
「でも、結婚とかはもうちょっと後で。涼介さんのおかげで、私、夢が出来たから」
 聞けば拓海ちゃんの夢はプロのレーサーになりたいんですって。あの猪突猛進の啓介の同じ夢だけど、あの子のはどこか浮ついて聞こえるのに、拓海ちゃんのはしっかり地に足が付いているように聞こえるわ。
「…だから、涼介さん。それまで好きでいてくれたら、あの…結婚してくれますか?」
 あらあらあら。逆プロポーズ?
 なぁに、あの涼介の顔?あんな顔しても嫌われないの?これは本当の愛ね。拓海ちゃんに本当に感謝だわ。
「それじゃそう言うことで、これから拓海ちゃん、私のことをお母さんと呼んでね?」
「は、い。…お、母さん…」
 ああ、最高!
「私もだ!私もお父さんと呼んでおくれ?」
「えっと…お父さん…」
 恥ずかしそうに顔を赤くする拓海ちゃん。もう頬ずりしたくなるくらい可愛いわぁ。
 本当にあの涼介がこんな可愛いお嬢さんをたぶらかしてくるだなんてね。我が息子ながら褒めてあげるわ。
「涼介。拓海ちゃんに愛想を尽かされないようしっかりなさいね」
「そうだぞ。私はもう拓海ちゃんを娘だと思ってるんだからな。逃げられないようにな」
「…分かってますよ」
 苦虫潰したような涼介。きっと図星なのね。あの余裕のない顔。涼介は良い恋をしてるわ。
 そしてそんな涼介の相手の拓海ちゃんも同じ。
 微笑ましくも初々しい二人を見ながら、夫と私は幸せを感じたわ。
 そして、そしてね。
 どんどん綺麗になっていく拓海ちゃんに、我慢が尽きたのはもちろん涼介。
 それから半年後くらいに、いきなり涼介から結婚と拓海ちゃんの妊娠の報告があった時は、思わず笑っちゃったわ。
 あの子、絶対に計画的よ。出来ちゃった、じゃなくて、出来させちゃった、なのよ。
 どちらにしろ、私たちはあの拓海ちゃんが手に入るなら大歓迎。
 お嫁さんさえ無理だと思った涼介に、今度は孫まで手に入るの。
 でも今はね、拓海ちゃんの結婚式のドレス選びが重要ね。
 ああ、お腹の子供が涼介に似ないほうがいいわねぇ。
 拓海ちゃんに似た子供だったらいいのに。
 目下の夢は、拓海ちゃん似の孫に「おばあちゃま」と呼ばせることなの。
 夫は「おじいちゃま」と呼ばせたがってるみたいね。
 これからも涼介が拓海ちゃんに愛想を尽かされないように、私たちがいっぱいフォローしてあげなくてはね。
 たとえ捻くれた性格でも、あの子は私の息子ですから。
 何より子供の幸せが一番大事。
 いつまでも仲良く暮らしてくれれば、それが私たちの幸せなのよ。
 そう、いつか。
 親になった涼介に伝えることが出来たらと、今はそう思うの。
 だから、絶対に逃げられないようにしなさいね、涼介!






1