ある証言者の話

act.3 従妹の証言


 私の周りの人たちは、私の初恋が涼兄だと思っているらしい。
 けれどそれは大間違い。私の初恋は、某有名女性歌劇団の男役のトップスターだった人だった。
「なんで?お前、アニキにべったりだったじゃん」
 なんて、もう一人の従兄弟の啓兄は言うけれど、だからこそ私達はまるで実の兄妹みたいなんだって、何で分からないのかしら?涼兄がよく啓兄のことを「お前は考えが浅いんだ」って言ってるけど、本当にその通りよね。
 涼兄は私にとって理想のお兄さん。啓兄は現実のお兄さんって感じ。どちらも大好きな兄だけれど、本当のところ、気心知れてるって意味では啓兄のほうが私はいいと思う。
 涼兄は完璧すぎるの。頭もよくて優しいし、私がわがまま言ってもサラリとかわす。でもね、そんな態度をずっと取られると、正直悲しいものなの。だって、涼兄の本音って、私聞いたことないのよ?笑った顔はあるけど、いつだって「しょうがないな」って顔ばかり。対等じゃないのよね、涼兄と私とじゃ。だからね、まだ本音だらけの啓兄とのほうが恋愛になってたんじゃないかなあ。だって啓兄って大人げないの。すぐ拗ねるし怒鳴るし、だけどそんな態度のほうが、ちゃんと相手にされてるって気がして、いいと思うのよね。
 だから、私ずっと思ってたの。
 涼兄ってまともに恋愛できるのかしら?って。
 比較的仲良くさせてもらってる私でこうだったら、他の人たちはもっとひどいって必然的に決まってるじゃない?啓兄や、涼兄のお友だちの史浩さんとかに聞いても、やっぱり涼兄には今まで好きな人とかいなかったみたい。
 だけど。
 だけどね。
 そんな涼兄に、恋人が出来たって言うの!
「アニキに恋人が出来たんだぜー。今度の休みにうちに遊びに来るから、お前興味あったら見に来いよ。すげえぞ、アニキのベタボレっぷりは」
 啓兄からかかったそんな電話。最初は信じられなかったけど、私は知ってるの。啓兄は涼兄に関する事では嘘はつかないってこと。だって、後から涼兄にバレたらどうなるか…知ってるものね。
 もちろん私は興味ありまくり。言われたその日に従兄弟のおうちに遊びに行きました。
 出迎えてくれたのは啓兄。
 どうやら涼兄と恋人さんは、まだ来てないみたい。
「今アニキ迎えに行ってるんだよ」
 …へえ。興味のない人間には、指一本だって動かさない涼兄が。やっぱ本気なんだな。
「あ、アニキ帰って来た」
 聞こえてきたのは涼兄のうるさい車のエンジン音。こればかりは私には理解できない趣味だわ。涼兄も啓兄も、何がよくてあんなに五月蝿い、しかも乗り心地の悪い車に乗ってるのかしら?しかも乗せてもらっていうのもなんだけど、酔うのよね、あのバケットシートってやつ。
 騒がしいエンジン音が止み、いよいよお二人の入室です。私は心臓ドキドキで、さあ、どんな人が来るのかしら?と楽しみにしていたら、
「なんだ、緒美。来てたのか?」
 ……だれ、これ?
 チラリと横目で啓兄に視線をやれば、啓兄は無言で頷いた。やっぱりどうも、この目の前のやたらと爽やかでツヤツヤした人物は、紛れもなく私の従兄弟の涼兄らしい。
「拓海、従妹の緒美だ。今高3だから、拓海と一緒だな」
 えっ?高校生なの!…だけど驚きはそれだけじゃないの。
「あの、藤原拓海です」
 ツヤツヤの涼兄の後ろから、そっと控えめに顔を出したのは……。
 ズキューン!バン!バン!…とす。
 いろんなものが、私のキュートなハートに刺さったわ…。
 ああ、そこにいたのは私の理想の人。
 かつての初恋の、某劇団トップスターだった人によく似た雰囲気の女の子。ジップアップのパーカーに、ジーンズとそっけない服装をしていたけれど、私には分かるわ!彼女なら世界を狙える!!(なんの?)
 背が高めなのがまたいいわ。足、長―い!やだ、お肌きれーい。これですっぴんよね?うそ、もう、天然の美形って、こう言うのを言うのねー。うわ、すごーい…。
「え、と…あの…緒美、ちゃん?」
「…緒美?」
 感動のあまり呆然とする私に、戸惑ったようにかけられる拓海ちゃんの声。ああ、その不安そうな顔もまた…イイわ!
「……好きー!」
 感動が抑えきれず、ついつい身体が暴走しちゃったみたい。気がつけば、私は目の前の彼女に抱きついていた。そしてふんわり香る、石鹸の香り…ん?
「わっ!」
「緒美?!」
「うわっ!お前、何してんだよ!!」
 三者三様の驚きの声があげられる中、私は気付いた事実に怒りを覚えた。
 険しくなる涼兄の顔。フフン、涼兄って私にもそんな顔できるんじゃない。
 私は拓海ちゃんに抱きついたまま、涼兄に負けじと睨み返した。
「涼兄のエロオヤジ!昼間っからこんないたいけな拓海ちゃんに、いかがわしいことして!」
 私の言葉に涼兄が珍しく言葉に詰まる。そして啓兄は、
「…え、って、もしか…」
 ウロウロと涼兄と拓海ちゃんに向けられる視線。そしてすぐに理解したのか、気まずそうに視線を外し、
「…アニキ…犯罪くせえよ…」
「くさいじゃないわ、犯罪よ!こんな、可愛いのに!!涼兄に汚されたー!」
 私の嘆きに涼兄の顔が般若に変わった。なによ、そんな顔したって、私負けないんだから!
「……うるせえな。拓海は俺のだ。俺のものを俺がどうしようと勝手だろうが。…汚れた、だと?ああ、結構じゃねえか。俺って色に、頭の先から足のつま先まで、汚してやろうじゃねえか…」
 家族には初めて見せる涼兄の本気の脅し声と悪魔の顔に、啓兄の顔が真っ青になってるけど、私だって高橋家の一族、負けないわ。フフフ…。
「不潔よっ!涼兄!私達はまだ高校生なのよ!大人なら節度ある交際ってものをするべきよ?こんな純真な子を昼間っからラブホに連れこむだなんて鬼畜な真似、よくも出来たわね!」
 ぐっと詰まる涼兄。ふふん、正論だもん。警察にでも訴えようものなら、間違いなく涼兄は淫行で捕まるものね。フフフ…。
「……緒美、お前アニキに似てきてるぞ…」
 そんな啓兄の声も聞こえない、聞こえないわ!
「…鬼畜だと?愛を交わす行為のどこが鬼畜なんだ」
「未成年相手に無体なことをしておいて、よく言えたものね?」
「俺たちは愛し合っている。なんら恥じることはない」
「あら?一方通行な愛は、そう呼べないんじゃない?ね、拓海ちゃん?」
 そう私の腕の中の拓海ちゃんに呼びかけると、ぼーっとしていた拓海ちゃんは、その大きな瞳を何度も何度も瞬かせた。
「…え?…え、と、あ…ええっ!あ、あの、ラブホって…ええっ!なんで?!」
 今やっと会話の内容に気が付いたのね…。反応遅っ!だけどそこがまたいいわ。
 そして存在自体がフェロモンのような拓海ちゃんは、さらに犯罪コードすれすれな悩殺アタックを私たちにかましてくれた。
「…ヤだ…涼介さん…」
 真っ赤に頬染め、大きな瞳をほんのり涙で潤ませて、そして涼兄の腕に縋ってそこに顔をうずめて、さらにチラリとその眼差しで、こちらを見る……。
『……うっわ…かっわいいなあ…』
 たぶん、私たち3人はみんな同じことを思ってた。
 だって涼兄のあの顔。すっごいデレデレやに下がっちゃって。百年の恋も覚めるってものなのに、どうやら拓海ちゃんには効かないみたい。啓兄にいたっては、あんぐり口開けて、ああ、もう!よだれ垂れてるよ!
「……涼介さん?あの…啓介さんも、どうかしたんですか?…えと、緒美ちゃん?」
 恥らっていた拓海ちゃんが、悩殺されて硬直する私たちに戸惑い始めた。
「……え、あ、ええ、なんでもないのよ?ちょっと兄妹喧嘩しちゃっただけ。ごめんね、拓海ちゃん。いきなりで驚いたでしょ?」
 真っ先に回復したのは同じ女の子の私。同じ悩殺でも、ダメージ受ける回路が違うのよね。遅れて涼兄も回復した。
「あ。…ああ、そうだよ、拓海。悪かったね。ちょっとね、…ハハハ、よくあることなんだよ?」
 嘘つきめ。生まれて初めての喧嘩のくせに。
「そうなの。私と涼兄って好みとか似てるみたいで、よく喧嘩になっちゃうのよ」
「…そうそう…ハハハ」
 バチバチと閃く火花。戦闘はまだ始まったばかりなんだから!
「…そうなんですか?ちょっと驚きましたけど、いいですね、仲良くって。私、一人っこだから、そういうの分からなくって」
「そう?分からないほうがいいと思うけど?」
「そうね。確かにそれは思うわ」
「……?そうなんですか?でも、フフフ…涼介さんたち、やっぱり同じ血筋って言うか、似てますね。顔とかもそうだけど、なんか、怒るテンションとかって、同じでしたね」
 はにかみながら笑う拓海ちゃん。愛らしいんだけど、言ってることは天然ね。
「なんか、それって、すごいですよね?」
 悩殺スマイル。私と涼兄に特に有効。
「…すごいのは藤原のほうだよな…」
 啓兄が何か言ってるけど、聞こえない、聞こえない。
「…で、喧嘩の原因って何ですか?」
 不思議そうに首を傾げる拓海ちゃん。脱力する啓兄。惚れ直す涼兄と私。
 拓海ちゃん。待ってて!いつか必ず私があなたを奪ってあげるわ!!






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