ぱんだと王子さま
act.1
むかし昔。あるところに藤原と言うお豆腐屋さんを営む夫婦がいました。
この夫婦は少々変わり者だったので、ある日、お店の前に鬱蒼と茂っている笹林を見て、この笹で笹豆腐という商品を売ってみようと思いつき、実行しましたが売れませんでした。
悲しんだ夫婦は、笹林に向かい、
「この笹が大好物だって奴でもいれば良かったんだろうけどなァ」
「そうね。あなた」
と煙草をふかしながら言ってしまいました。
それから十月十日後。この夫婦に子供が生まれましたが、なんとその子供は人間の姿ではなく奇妙な白黒模様の動物の姿で生まれてきました。
もの知りな商店街の老人が、
「これは『ぱんだ』という生き物じゃ。笹が大好物なんじゃ」
と教えてくれました。その話を聞いた町中の人々が大騒ぎになりました。
「藤原豆腐店にパンダが生まれたってよ」
「へぇ。あいつ変わってたもんなァ。生まれる子供も変わってたんだ」
「でも、パンダってすっげぇ可愛いみたいだぜ」
「…触らせてもらえねぇかな」
「一回百円で触らせてもらえるってよ!」
「何?じゃ、早速行かねぇと!」
「ああ!」
そういったわけで、藤原豆腐店はパンダ効果で、豆腐以外でお金を儲けて繁盛しました。
ちなみにこの夫婦は生まれた子供がパンダでも全然気にしませんでした。
「ずいぶん変わったナリで生まれちまったみてぇだが、ま、いいか。うちの子には変わりはねぇもんな」
「そうね、あなた。ほら見て、この子の肉球。ピンク色してるのよー」
「…へえ。ぷよぷよだな」
「でしょ。毛並みもふかふかだし。こんな可愛い子で幸せね、あなた」
「おう」
パンダは、夫婦によって「拓海」と名付けられ、その後も商店街のアイドルとして成長していきました。
そしてやがて、その愛らしさから「藤原豆腐店のパンダ」の噂は町中にだけでは収まらず、やがて国中にまで広がっていきました。
そしてとうとう。
国の王様の息子である涼介にまでその噂は届きました。
涼介は、王様の一番目の息子で次の王様になる人でした。
「…パンダ?」
涼介は側近の史裕からその噂を聞き、眉をしかめました。
「胡散臭せぇな。中に人が入ってるんじゃないのか?」
「いや、どうも話では生まれた時からパンダだったらしい」
「何で人が動物を生めるんだ?そんな非科学的な話なんて俺は信じないな」
「非科学的って…ココの舞台はファンタジーな世界だったと思うんだが…」
涼介は小さい頃から頭が良すぎて、非論理的な事は認めない傾向にありました。
「じゃ、アニキ、見てくりゃいいじゃん。俺も見たいしさー」
そう言ったのは王様の二番目の息子で啓介です。
啓介は論理的な兄に似ず、感覚派の性格をしていました。
「…そうだな。論より証拠という言葉もあるからな」
そして飽くまでもパンダが人間だと信じて疑わない涼介は、弟と側近を連れて、藤原豆腐店へと向かいました。
向かった先の藤原豆腐店は黒山の人だかりです。
みんなパンダを見に来たお客のようでした。
「おい。今、パンダは休憩中だってよ」
「何?じゃ、会えないのか?!」
「くそぅ。俺なんて朝三時から待ってるのに!」
「あの愛らしい肉球…もう一回触らせてくれねぇかなぁ…」
その異常な盛り上がりを、涼介は快く思えませんでした。そしてますますパンダを胡散臭く思いました。
「アニキー、パンダ今いないんだってさ。どうする?」
弟の言葉に涼介はフンと鼻で笑いました。
「肝心なそれがいないというんだったら、ここにいる意味などないだろう。帰るぞ。啓介、史裕」
「えー、俺、もうちょっと待ってようかな…」
「あ、俺も気になるんだが…」
意外とミーハーだった弟と側近に、涼介は冷たい侮蔑の視線を向けました。しかし彼等は涼介のそんな視線に慣れっこだったので平気でした。それより噂のパンダのほうが気になっているようです。
「付き合ってられないな。俺は帰る」
そして涼介は白い乗り物に乗って帰ってしまいました。
けれど涼介は「無駄」という言葉が大嫌いな人でしたので、せっかくここまで来たのだからと、この地方の観光名所である秋名湖へと向かいました。
これで涼介の中ではパンダ見物に来て無駄足と言う事実が、秋名湖への観光と塗り替えられたわけです。涼介は満足でした。
そして本来なら観光地であるはずの秋名湖は、パンダ効果で一人もお客がいない状態でした。それもまた、常に騒がれる立場にある涼介にとっては好都合でした。
ですが。
ふと白鳥の形をしたボートが並んでいる岸辺の脇に、変な生き物がいることを発見しました。
それは人間ではないようです。
白と黒の毛皮の生き物のようでした。
「…まさか…」
涼介は目を疑いました。
そう。その生き物とは、噂に聞くパンダだったのです。
涼介は悪人のような顔でほくそ笑みました。
「都合がいいな。化けの皮を剥がしてやる」
涼介は佇むパンダへと近付いて行きました。
その頃パンダな拓海は湖に向かって溜息を吐いていました。
拓海は生まれた頃から自分が人と違うようだと気付いていましたが、両親に似てぼんやりした性格だったのであまり気にはしていませんでした。
けれどだんだん自分のことが噂になって、どんどんお店に人が集まってくるようになると、疲れを感じるようになってきました。
両親は無理に拓海に接客をしないよう心配をしてくれているのですが、お客がそれでは納得せず文句を言ったりすることが多くなってきたのです。仕方なく拓海は接客をするのですが、それがいつも撫で回されたり抱きつかれたりと、あまり心地良くないことばかりだったのです。
拓海はずっと我慢していましたが、とうとう限界が来て、さっき家出というのをしてしまったのでした。
両親は家出した自分を怒らないでしょう。むしろ、常々「好きにしな」と言う彼等のことです。喜んでくれているかも知れません。でもきっと自分が家出したせいで、彼等に迷惑がかかるだろうことを想像すると、拓海は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのです。
だから拓海は、今だけ湖で一人でいる時間を過ごしたら、家に戻ろうと考えていました。
けれど湖には一人だけではなかったのです。
「こんにちは」
背後から突然声をかけられ、誰もいないと思っていた拓海はびっくりして飛び上がりました。
そして運の悪いことに、バランスを崩した拓海は、湖の中にすってんころりと転がり落ちてしまいました。
ばしゃん、と音を立てて湖に落ちてしまった拓海に、驚いたのは声をかけた涼介も同じでした。
そして慌てて涼介も湖に飛び込み、わたわたともがくパンダを抱え、陸へと引き上げ救出しました。
「君、大丈夫か?」
ハァハァと荒い息を吐きながら、涼介はパンダの様子を窺いました。
パンダは呆然としていて、いったい何が起こったのか理解できていない様子です。鈍い奴だな、と思いながらも再度涼介は、今度はしっかりと顔を覗き込みながら問いかけました。
「大丈夫か?怪我はないか?」
その瞬間。
パンダの拓海と涼介の目が合いました。
水から引き上げられ、呆然としていた拓海は今度は硬直しました。
なぜなら、目の前にいる人物が今まで見たことがないくらい、男性ではありましたが綺麗な人だったからです。
思わず、ぽうっと顔を赤らめて、拓海は俯いてしまいました。
そして涼介も驚愕していました。
パンダの円らな瞳。それを見た瞬間、涼介の氷よりも冷たい心に、花園が生まれたような心地がしました。ツンドラ地帯に吹く春の風です。
自分でも理解できない心地の上に、さらに涼介を驚かせたのは拓海の頬が赤く染まったことでした。
常識ではあり得ない。白い毛皮がピンク色に染まったのです。
これは涼介が考えていた「中に人」説は間違っているかも知れない、そう思いました。
しかもどこをどう探しても、パンダにファスナーはありません。それにこの表情。作り物ではこんな表情豊かに頬を染めたり、恥じらい俯いたりなどは不可能です。
涼介は驚愕と感動が一緒に合わさり、ちょっとおかしくなりました。
目の前のパンダの顎にそっと手を伸ばし、俯いていた顔を上げさせ、目を合わせながら万人を悩殺できるような笑顔で微笑みました。
「君の名は?」
涼介の笑顔に顔を真っ赤にさせながら、パンダは答えました。
「た、拓海です…」
「拓海…いい名前だな」
にっこり。涼介が微笑むとパンダはますます顔が赤くなります。
パンダの顔が赤くなると、なぜか涼介の心がウキウキしました。
「君は…噂の藤原豆腐店のパンダだろう?どうして一人でこんなところにいたんだ?」
涼介がそう問うと、拓海は一瞬で顔を白く戻し、そして悲しそうに俯いてしまいました。
それを見た涼介は、なぜかとても悲しい気持ちになりました。
「何か辛いことでもあるの?俺で良かったら言ってみないか?」
史裕と啓介が見たならば、きっと明日世界が滅ぶのだろうと思うほど、あり得ない涼介の優しい言葉といたわりの表情でした。
でも拓海は元々涼介が悪魔のように血も涙も無い人だと知りませんから、この人はなんてやさしい人なんだろうと感動して、ずっと秘めていた胸の内を語りました。
それらの話を聞いた涼介は、なぜか不愉快な気持ちになっていました。
それはこの拓海が、知らない人に撫で回されたり、抱きつかれたりする、と言うのを聞いた時に、もっとも不快な気分を感じました。
もうこの拓海が他のヤツラに触られないようにするためには…。頭の良い涼介はすぐに解決策が浮かびました。
涼介はにっこり微笑み、拓海に安心させるように言いました。
「大丈夫。俺が君を助けてあげよう」
「本当ですか?でも、どうやって?」
「簡単なことだよ、拓海」
涼介はすっと体をずらして、自分の背後にある白い乗り物が、拓海の目に入るようにしました。それを見た瞬間、拓海はあっと驚き跪きました。
なぜなら。
その白い乗り物。
それこそ、王族だけが乗れるこの世で一番速い乗り物。「車」であったからです。
そして白い車は王様と、後を継がれる王子様にだけしか許されない色なのです。
ですから拓海はすぐに気がつきました。この目の前の綺麗な人が、この国の王子様なのだと。
「ご、ご無礼をいたしました」
跪く拓海に、涼介は顔を上げるよう指示しました。
そしておそるおそる顔を上げた拓海に向かい、もう一度にっこりと微笑み、そして言いました。
「拓海。君は今から王室預かりになるんだよ。君はずっと俺と一緒にいるんだ」
そうなのです。珍動物パンダを王室預かりとしてしまえば、一般庶民は文句が言えません。そうすれば、両親ももう文句を言われることもありませんし、拓海も知らない人たちに触られなくてもすむのです。
おいで。と手を差し出す涼介に、拓海は信じられない気持ちでいましたが、その優しそうな笑顔に騙されて、その手を取ってしまいました。
こうして。
パンダな拓海は王子さまな涼介と一緒に暮らすことになりました。
2005.11.2