不器用な感情

act.5


 その後はピロートークになる。
 二人同じシーツに包まり、肌を触れ合わせたまま会話する。甘い雰囲気を残し、新たな幸せを二人で紡ぐ。
「たぶん…」
 と言う前置きで、涼介は困惑していた自分の感情を説明する。
「拓海に前に付き合った彼女がいるってことで…焦ったんだろうな。誰かに取られるかも知れないと気付いて、初めて恐くなったんだろう」
「…彼女、って、あの、茂木のことですか?」
「茂木?」
 その名前に、眉尻が跳ね上がる。涼介の反応に、拓海もいいかげんこの恋人が嫉妬深いことを自覚したのだろう。慌てて首を振り否定する。
「い、いえ、あいつとはそんなんじゃ…」
「あいつ…ね…」
 その親しげな言葉に舌打ちが零れる。
 蓋を開けてみれば単純な話で、涼介は嫉妬して、焦って、そんな自分に混乱して、意味不明な行動に出たのだろう。
「りょ、涼介さんの方こそ、俺、見たんですから。その…女の人と一緒にいるところ…」
「いつ?」
「…涼介さんが…連絡くれなくって二日目」
「…ああ、あれか…」
 もう顔も覚えていないが、そんな事は確かにしていた。
 そんな涼介の反応に、可愛いばかりだった恋人が牙を剥く。
「やっぱり!浮気してたんでしょう!」
「浮気と言うか…」
 厳密に言えば未遂だ。
「…俺は…男だし、その物足りないとか、色々あると思うけど…分かってるけど…でもそんなのされるとやっぱり辛いから…だから…」
 怒ったかと思うと、今度は涙目で悲しんでいる。
 一時も目が話せない存在に、涼介は愉悦の笑みを深める。
「大丈夫。あれは確認だったから」
「何がですか!」
 また怒って、涼介に掴みかかってくる。
 そんな拓海の全てを、可愛いと思いニヤけるしか出来ない自分はかなりの重症だ。
「拓海に夢中な事に気が付いて、他の奴と出来るのか試しただけだから。結論としては、俺はお前にしか勃起しないことが判った。有意義な実験だったと思っている」
「勃…って、結局、その…シタんですか?」
「だから無理だって。俺は拓海にしか勃たないから」
「で、でも、すごい綺麗な人でしたよ!」
「そうだったか?カカシみたいなもんだろ」
「カカシ…」
「拓海以外はな。それに、匂い嗅いだだけで気持ち悪くなった。お前の匂いには直結で反応するのにな」
 クスクスと笑いながら先ほどまでの行為を暗示すれば、拓海の肌がまた朱に染まる。
「…それより…俺の方こそ聞きたいな。どうして啓介といた?」
 笑いを引っ込め、真剣な声音で言えば、拓海は一瞬ビクリと体を竦めたが、けれどすぐにまた涼介を睨みつけてくる。
「…どうしてって…涼介さんのせいじゃないですか」
「俺のせい?」
 それは俺よりも啓介のほうが優しいから、クラッときた、と意味だろうか?不安に眉間に皺が寄る。
「俺、涼介さんが女の人と一緒にいるの見て…やっぱりって思って…でも諦めたくなかったから、啓介さんに電話したんです」
 やはり啓介の方がいいのか?涼介は歯噛みする。けれど俯いたままの拓海は気付かない。
「その…啓介さんなら、最近涼介さんが俺と別れたいとか、他に付き合ってる人がいるとか、知ってるかなって思ったんです」
 拓海の言葉に、涼介はほっと胸を撫で下ろす。つまり拓海の行動は情報収集であっただけだ。
「啓介は何て?」
「……心配しなくても涼介さんは…その俺にベタ惚れだからって」
 よくやった、啓介。ニヤリと笑いながら涼介は頷いた。
「その通りだな」
「あ、あと、涼介さんは俺が初恋だから、ワケわかんなくなって、焦ってパニくってるだけだからって…その…」
 言われて初めて気が付いた。そうだ。その通りだ。
「…あの、でも…そんなことない、ですよね。俺が初恋だなんて…」
「いや、初恋だ」
「え?」
「…思えば、誰かをどうしても欲しいと思ったのは拓海が初めてだ。初恋が叶わないと言うのは、初めての経験で焦って失態を犯す傾向にあるところから言われているらしいが、俺はまさにその通りだったな」
 拓海の体を抱きしめる。感慨を込めて。
「……叶って良かった。莫迦でごめん」
「涼介さん…」
 拓海の腕が涼介を抱き返す。まるで互いに引力で惹かれあっているように、自然と唇を重ね、一ミリも体を離すことが出来ないように触れ合ったままでいる。
「…え、と…俺は初恋じゃないんですけど…」
「……分かってる、俺の我侭なだけだから」
「でも…涼介さんは俺の初めての恋人です」
「拓海…」
「叶って…良かったです…」
 胸に広がるのは万感の思い。
 恋と言うのは厄介だ。
 人を愚かにさせ、不理解な行動に狩り立たせる。
 けれど…。
「最初に言った言葉、覚えてるか?」
「最初って…」
「『覚えておけ。俺は貪欲なんだ』」
「あ……」
「『でも、これで分かっただろう?俺が貪欲だって』」
 真実なんて、意外と単純なものだ。
 それが曇っていたのは、涼介の未経験からくる不器用さとプライド高く素直じゃなかった心。
「『俺の全てをやるよ。だけど、その代わり藤原の全ては俺のものだ。分かったな?』」
 最初の時と同じように、拓海が涙目で涼介の首に腕を回し引き寄せる。
 けれど最初と違うのは、初めの時は感極まり言葉も無かった拓海に返事があったこと。
「…いいですよ。涼介さんの全て、全部俺がもらいます。その代わり、俺、全部貰ってくださいね」
「ああ。喜んで」
 莫迦になるのもたまにはいい。
 拓海が傍にいてくれるなら。
 そしてきっと、莫迦になるのは拓海に関してだけだ。
 昔は嫌悪していた愚かな自分が今はもう嫌ではない。
 それでかけがえの無いものが手に入るなら。
 恋は人を幸せにさせる。
 この世で一番。
 何にも代えがたい思いを、涼介は腕の中の拓海ごと抱き締めた。





【+α】




「それで…」
 の後に続く言葉を啓介は知っている。
 疲れ切ったような史裕の顔。
 彼から「涼介と連絡が取れない。啓介、いったい何なんだ?!」と言う電話を貰ったのは30分ほど前のことだ。
 もう渋川のファミレスを出た啓介は落ち合い史裕と会った。待ち合わせの場所に現れた史裕顔を見た瞬間、啓介は兄が彼に無理を言ったのだろう事を察した。
「何があったんだ?説明してくれないか?」
 史裕の疑問は当然のことだろう。
 けれど啓介も、答えていいものかどうかを悩む。
 この答えを返せば、確実に目の前の兄の親友は、もっと酷い顔になるだろう事が予想されるから。
 涼介が拓海と付き合っている事を知っているのは、今のところ啓介だけだ。
 今思えば、あれは釘指しだったのだと理解できる。
 拓海と付き合い始めてすぐ、涼介は啓介を呼び出しわざわざ言ったのだ。
『お前には知らせておこうと思ってな。実は藤原と付き合うことになった』
 あの時の兄の表情は、昔、彼がFCを買ったときに「車、買ったんだ」と見せびらかした表情に似ていた。今ならそう思う。
 けれどあの時は意外な事実に驚き、「マジかよ!」としか返すことが出来なかった。
 そして今回で、兄が本気なのだと言うことを悟れば、あの宣言も自分に取られないようにとの無意識の行動だったのだろう。
 初恋に戸惑い、夢中になって我を忘れる。
 そんな涼介はきっと、史裕たちには予想も尽かないだろう。カリスマの名は伊達じゃない。啓介もショックではあったが、そこは身内。今まで感情的になどなった事がない兄の、人間らしい面を見て喜びを感じた。
 だから。
 啓介は迷っている。
 目の前の史裕に真実を言うべきか。言わないでおくべきか。
 そんな啓介は、これ以降、素直になることを学んだ涼介が、人目も憚らず拓海にベタベタとくっつき回り、あげく少しでも拓海に話しかける全ての人間に嫉妬しまくるのを知らない。
 高橋涼介と藤原拓海。
 この二人が公認の仲となって周囲に認知されるのは、この先の遠くない未来のことだった。




END
2006.5.21

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