エキセントリックラヴァーズ

act.5 豆腐の悲劇編


 甘酸っぱい、実兄である高橋涼介と藤原拓海の恋。
 それを見守る啓介の苦労は尽きない。





 始まりは豆腐だった。
 運命と言うには強引に。一般的な筋書きを捻じ曲げ、他者を省みずに我が道を突っ走る二人の恋が上手く纏まり、啓介がホッと安堵したのも束の間。
 啓介の平穏を豆腐が壊した。
「うちの豆腐なんです。涼介さん、疲れてるみたいだから、つまんないものですけど差し入れです」
 豆腐は大豆食品だ。
 栄養面にも優れ、カロリーオフ。
 ダイエット中ならいざ知らず、疲れているから豆腐とは如何に?
 そう思いながらも、わざわざお使いに呼び出された啓介はそれを受け取った。
「これ…俺だと思ってって、涼介さんに伝えてください」
 しっかり、頬を染めるその拓海の顔も写メで激撮。
 啓介は頷き、写メごと渡すことを約束した。
 そして自宅へ帰り、実習だ何だのと、大学に篭りっぱなしの兄がやっと帰宅した時を見計らい、拓海からの伝言と差し入れを渡した。
 趣のある素焼きの器に真っ白な豆腐。
 リビングのソファに座る兄は、豆腐を前に暫し恍惚としていた。
「ア、ニキ…?」
「フフ…フフフ…」
 勉強のしすぎでアニキが壊れた。
 そう啓介は瞬間的に思ったが、ハッとすぐに我に返り、額の汗を拭った。
「落ち着け。アニキは元々おかしいじゃねぇか…」
 そう。特に藤原拓海に関する事になると。
 けれど、啓介は失念していたのだ。
 藤原拓海と言う想定外な因子を持つ彼を取り込む事で、エキセントリックと評される兄の変態性がより増す可能性がある事に。
 ツゥ、とやけに淫靡な仕草で涼介の指が豆腐の表面をなぞった。
「……フッ」
 兄が微笑んだ。
 啓介の背中に悪寒が走る。
 本能が「ヤバい」と指令を出す。
 けれど、恐い物見たさと言う好奇心が、その命令を無視させた。
「もう濡れてるのか?」
 まぁ、豆腐ですから。
「相変わらず手触りの良い肌だ」
 絹ごしだからね。
「美味そうで…食べてしまいたいな」
 食べればいいじゃん。豆腐だもん。
 涼介の指が、豆腐を突く。プルプルと弾力のある豆腐が震えた。
「そんなに震えて…俺が欲しい?それとも…俺が怖いのか?」
 ぶっちゃけ、今のアニキは怖いです。
「そんな風に怯えられると…もっと恐がらせたくなるな…」
 それ以上は犯罪だと思います。
「…ほら」
 涼介が指に力を込めた。
「挿れるよ?」
 柔らかい豆腐の身が崩れ、ズクズクと指が豆腐の中に差し込まれていく。
「…凄いな。吸付いてくるようだ。柔らかくて、けれど中はしっとりしてて俺を包み込む」
 グルリと涼介の指が中をかき回す。
 啓介の耳にも、グチュグチュと言う、卑猥な音が届く。
「ああ。ほら、中がほぐれてきた。お前はすぐに溶けてしまうんだな」
 だから豆腐なんだって!
 中を弄っていた指を取り出し、うっとりとした眼差しで涼介が濡れた自分の指を舐めた。
 赤い舌と、指に付いた白い豆腐の欠片がとてつもなくいかがわしい。
「…少し青臭いな。だが…俺の好きな味だ」
 だ、大豆だよな、それ?!
「もっと…味わっていい?」
 もう味わってんじゃん!
 啓介は異常な光景に戦慄きながら、ふと拓海からの伝言を思い出した。
『俺だと思って…』
 ピキピキ。チーン。
 頭の中で全てのピースが集まり一つの形になる。
 ――知っていたのか、藤原?!
 つまり、兄が豆腐を拓海の身代わりにすることを。
 そして現在の行為は、ぶっちゃけ倒錯代替オ○ニーと呼んでも差し支えの無い事を。
 ふと見た兄の股間は膨らんでいた。
 膨らんでいたのだ…。
 ツゥ、と啓介の目から涙が零れ落ちる。
「アニキ…俺の届かないところに…」
 目の前で涼介の世界はどんどん広がっていく。
「行くぞ、藤原。お前を…俺で汚していいか…」
 真っ白だった拓海…もとい豆腐が穢される。
 涼介の手には醤油。
 真っ白な豆腐の上に、真っ黒な醤油が彩っていく。
 醤油をかけながら、鼻息荒く興奮する兄。
 啓介は涙を拭い、リビングを後にした。
 そして思う。

「俺…暫く豆腐食べられねぇ…」

 きっと彼…ではなく、豆腐を見るたびに思い出すだろう。
 あの兄の姿を。
 高橋啓介。21歳。
 食べられない食べ物に、豆腐が加わった日の事だ。






2008.3.8

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