エキセントリックラヴァーズ

act.2 お前もか?!編


 男ならガチンコ勝負。
 …そう。
 そう、啓介は思った。





 携帯カメラと言うものは、便利なようで実は不便だ。
 手軽に撮れるし、画質も以前より格段とアップしている。
 しかし、それは近距離の場合。
 現在啓介が請け負った仕事を果たすには少々荷が重い。
 その仕事の名は「隠し撮り」。
 遠距離の場合、その画質はボヤけたもの、あるいは豆粒のような小さなものにしか映らない。
 そんな映像を「撮った」とあの兄に見せようものなら…考えただけで身奮いがする。
 この際はもう正面突破だ、とかつてヤンチャしていたときにパトカーに追われた時と同じ心境で啓介は考えた。
 そうだ、あの時も正面突破で見事逃げられた。
 今回も正面突破あるのみだ。

 ――と言うわけで。

 啓介がいるのは涼介を中毒にさせた藤原拓海がバイトするGSだ。
 ゴウンとFDごと乗り付けて、窓を開けると寄って来たのは目当ての拓海ではなく、スピードスターズだとか言うヒゲ跡の濃い男だった。
「いらっしゃいませ」
 警戒心を露にした声。
 啓介は素早く店内を見回し、拓海がいるかどうかを探した。
 ――いた。
 ぼんやりと、けれどどこか不審そうに啓介を見る拓海の姿が。
「ハイオク満タン。それと…藤原呼んでくれねぇか?」
「拓海に?」
「…や、別に仕返ししに来たとか言うわけじゃないからな」
 先日の兄の敗退を根に持っていると思われては心外だ。
 今はそんな事よりも、啓介は重大な使命を背負っているのだ。
「…はぁ、分かりました」
 納得していないままに、男が「お〜い、拓海」と呼んだ。
 ポテポテとやる気になさそうに歩いてくる姿を、啓介は今か今かと待ち構える。
 そして。
「あの…何か用スか?」
 窓を覗き込んだ姿に絶好のシャッターチャンス。
 映された映像は、ちょうど「…用スか?」のスの時の唇の形になっていた。
 ほんの少し唇を窄めた、ヨコシマな目で見ればキスを強請るような唇に見えなくも…無い。
「ヨシ!!」
 思わずガッツポーズ。
 けれどそんな唐突な行動に納得できないのは当然撮られた本人の拓海だ。
「……何なんだよ、いきなり…」
 声のトーンがいきなり下がる。
 そして窓越しに啓介の胸倉を掴み、いつもの大きな瞳を半眼に伏せ睨みつける。
「…ふざけてんのか。何だっつーんだよ、ァあ?」
 啓介はあの兄の弟と言う立場上、「恐さ」を知っている。
 ヤンチャしていた頃に、啓介が数多くの舎弟を持つまでに出世した理由の一つに、
『ヤバい事を回避する能力』
 と言うものが挙げられる。
 ヤバい!
 そう察する感覚が人一倍…いや、人百倍ほど優れているのだ。
 そんな啓介の勘が叫ぶ。
『ゥオェ、コイツやっべぇぞ!』
 と。
 こんなヤバい場面での、啓介の処理能力も当然優れている。
 全ては「オニイチャン」のおかげ。
「ち、ちげーって!これは、その…」
 こんな時は素直に謝り、正直に言う。
 これ一番。
「アニキが藤原の写真を自分の携帯の待ち受けに欲しいっつーから!」
 撮って来い、とだけ言われたが、その用途など見えている。
 素直に、予想も含めて叫ぶと、GSにシーンとした空気が広がった。
 そして一瞬の静寂の後、ザワザワと周りからザワめきが広がる。
「高橋涼介が何で拓海の写真を…」
「…あ、ライバルだから、とか?悔しさを忘れないために毎日睨むためとか」
「…あの高橋涼介が?」
「…ッスよねぇ」
 そうなのだ、諸君。
 あの高橋涼介は今ではそんな奇行をするような、藤原中毒の変態になっているのだ!
 …と叫びたい。啓介はそんな衝動を堪えた。
 そしてふと気付くと、目の前の殺気だっていた拓海の空気が和らいでいる。
 その瞳は潤み、頬は真っ赤。
 ポヤンと夢見るような瞳が、啓介と目が合った瞬間、恥じらい乙女のようにモジモジと俯いた。
 …オイオイオイ。
 …オイオイオイオイ。
 啓介は嫌な予感に襲われた。
 そして十中八九。それは当たるのだ。
「え、と……」
 乙女拓海が、真っ赤な顔のまま啓介に話しかける。
「俺の写真…涼介さんが欲しいって…本当ですか?」
 それは直感だった。
 啓介は心の中で叫んだ。

『藤原、お前もか!!!』

 と。
 名付けるなら、彼もまた「彗星中毒」なのだと、啓介は悟った。
「あ、ああ。マジだぜ。アニキがお前の写真が欲しいんだって。ほら、この携帯も俺のじゃなくアニキのだぜ?」
 と、携帯を開き中を見せる。
 それは高橋涼介の携帯という説得力に溢れるほど、素っ気無いくらいにシンプルなものだった。
 着メロもただの電子音だ。
「だろ?」
 拓海はぽ〜っとした顔のまま、涼介の携帯を弄り、頬を染めている。
「これが涼介さんの携帯かぁ…」
 オイオイ、頬ずりしてますよ。
 その映像を、ちゃっかり自分の携帯で撮影。ヨシ、アニキがヤベェ時にはコレでカバーしよう。
「あ、でも、俺、写真なんてこんな汚い格好で?!」
 一しきりポヤポヤしていた拓海は、不意に我に返り一気に青冷めた。GSの制服である、ところどころ汚れたツナギ。それに気付いたのだろう。
「あ?構わねーって。アニキはたぶん藤原の全部が見てぇんじゃねぇの?」
 全部っつーか、たぶん丸ごと食らいたいと言うか…。
 けれど拓海はそんな啓介の声も聞こえない様子で、オロオロとしていたかと思うと、いきなり手をパシンと叩き「そうだ!」と叫んだ。
「俺、学校から直にここに来てるから、ロッカーに学ランあるんですよ!」
 …学ラン。
 そりゃお前…って言うか、待て。
「お、お前、まさかまだ高校生……」
 驚愕の事実に固まる啓介をヨソに、拓海のボルテージは高まる。
「ねぇ、啓介さん!涼介さん、学ランって萌えますかね?!」
 そらお前ェ…。
 色んなショックが啓介を襲う。
 頭の中は空っぽだ。
 そんな頭に、テレパシーのように兄の声が聞こえるような気がした。

『学ラン、萌え!!!』







 ガチャリと玄関の扉を開けると、仁王のように兄が立っていた。
 予想通りの事態だ。
 色々あったなぁ、と啓介はしみじみと振り返る。
「啓介」
「…あ〜」
「撮れたか?」
「………」
「どうなんだ、撮れたのか?!」
 涼介の目が血走っている。
 ハァ、と深い溜息を吐き、啓介はポケットの中の涼介の携帯を開いて見せた。
 それは一番最初に撮った「ス」の唇のときの写真。
 カっと涼介の切れ長の目が見開き、啓介の手の中の携帯に見入る。
 ジっと射殺さんばかりの熱を込め見た後、涼介は啓介に向け親指を立てて見せた。
「…良くやった」
 満面の笑顔付きで。
 兄のこんな手放しの褒め言葉は初めてだ。
 しかし。
 まだまだだ。
「アニキ、甘いぜ」
「何だと?」
 そして啓介は携帯を操作し、新たな画像を開いて見せる。
 そこにいたのは…学ラン拓海。
 頬を染め、初々しい笑顔で微笑む拓海。
「…アニキ、ヨダレ」
「お、おっと、いかん…」
 予想以上の兄の反応に、啓介もだんだん楽しくなってくる。
 そしてもう一度操作し、また違う画像を開いて見せると…兄の顔が一気に上気し、前屈みの姿勢になった。
「お、お前、これは……」
「イケナイ放課後、学ランバージョンだ!」
 そこにいたのは、学ランの下が素肌の拓海。
 開いた袷から、ほんのり乳首が見えるオマケ付きだ。
「啓介ェ!!」
 ドンと言う衝撃とともに、涼介が啓介に抱き付いた。
「啓介、お兄ちゃんは…お兄ちゃんは嬉しいぞ〜!!!!」
 未だかつて。
 こんなに喜んだ兄の姿を見たとこがない。
 それより、当たるアニキの前…固くてヤベェ…。
「…アニキ、喜ぶのは早いぜ」
「何?!」
 そして啓介はさらに携帯を操作し…

『涼介さん…』

 携帯から拓海の声が!
「アニキ、鼻血!鼻血ィ!!」
「う、うぉ、イカン!!止まらん!」



 ------暫くお待ち下さい。


 閑話休題。
「啓介、本当に良くやった。出来た弟を持ってお兄ちゃんは本当に幸せだ」
 初めての手放しの兄の褒め言葉。
 啓介は照れ笑いを浮かべ、居心地悪そうにソファの上で身じろぎした。
 ちなみに目の前の兄の鼻に、ティッシュが詰めてあるのは言わずもがな。
「ああ。アニキに喜んでもらえて嬉しいぜ」
「嬉しいに決まっている。これで暫くおかずに苦労しないな…」
 何のおかず?とは聞いてはいけない。
 おかず、と聞いて啓介は思い出す。
「そういやアニキ」
「何だ?」
「藤原のことなんだけどさ、あいつも…アニキの写真欲しいんだってさ」
 ピタリと涼介の動きが止まる。
 そして動き出したかと思うと、思春期の少年のようにソワソワする。
「藤原が…何だって?」
「あいつもアニキの写真が欲しいってさ。んでも、あいつ携帯とか持ってねぇし、ナマ写真か何か用意してやってくれねぇ?」
 ふ、と彗星と呼ばれる兄が微笑む。
 顔を上げたその表情は、まさに彗星と呼ぶに相応しい輝きを放っていた(しかしティッシュ付き)。
「案ずるな。藤原に携帯を買ってやろう。ふふ…白い彗星様式にしてやるぜ…」
「アニキなら携帯の改造とかフツーにしそうだよな。どうでも良いけど、ソレくれたら藤原がアニキに良いモンくれるってさ」
「何?!」
 興奮のあまり、涼介の鼻のティッシュがミサイルのように発射した。
「…や、つっても『オトコノコの大事なモノ』とかじゃねーから…」
 そんなあからさまにガッカリしなくても…。
「そんでも、スゲーもんだぜ。アニキ泣いて喜びそうなモン」
 啓介の言葉に、涼介が「フン」と鼻で笑う。
「俺のレベルは高いぜ?」
 啓介もまた負けじと「フン」と笑う。

「藤原の脱ぎたてホヤホヤ体操服。短パン付き」

 フフンと見上げた次の瞬間。
 もう目の前には涼介の姿は無かった。
 ドタバタと言う慌しい音の後、バタンと扉が閉まる音がし、そして次にFCの轟音が外から響いた。
 ああ。携帯を買いに行ったんだな、と、啓介は残された血染めのティッシュの鼻栓を眺めながら思った。





2007.11.18

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