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エキセントリックラヴァーズ

act.3 白くても3倍速い編


「何じゃこりゃ!」
 出てきた感想は、その一言のみだった。





 啓介が知る限り、兄の行動は素早い。
 その迅速さこそが、「白い彗星」とまで称された男たる所以だろうと思われる。
 赤くなくても通常の三倍は速いのだ。
 兄の「オニイチャン」発言から翌日。
 今日もまた啓介は涼介の口から「オニイチャン」と言う言葉を聞いた。
「啓介。お兄ちゃんお願いがあるんだが…」
 ハイ、もイイエもなく。
 啓介の前に差し出されたもの。
 それは一台の真新しい携帯だった。
 あの後、兄が早速買ってきていたのは知っていた。
 けれどあの兄のことだ。その携帯をカスタマイズするのに時間をかけるだろうと思っていたので、まだ二、三日の余裕があると思っていたのだ。
「藤原に渡してきてくれ」
 目の下に真っ黒なクマ。
 けれど肌はやけにツヤツヤしていて血色が良い。
 ぶっちゃけ…ヤりすぎた翌日のような顔色だ。
「…自分で渡してくればいいじゃん」
 無駄だと分かっていても、反発するのは弟のサガだ。
 案の定、兄は眼を見開き、弟を凝視した。
「馬鹿な!」
 そして叫ぶ。
「…は、恥ずかしいじゃないか…」
 昨日とは違う…恥じらい。
 傍若無人を絵に描いたような兄には似つかわしくないその仕草。
 やっとアニキも人間らしくなったのか…と思いながらも、どこか不気味さを隠し切れないままに啓介は頷いた。
 こんな兄と。
 あのヤベェ拓海が。
 くっついたらカナリヤベェんじゃねぇかと、そんな予感を抱いた啓介の、無意識の危機回避行動であったのは、本人も知らぬ事実だ。


 再び訪れた渋川市。
 今度は拓海は自宅にいるらしい。
 向かったGSで「拓海なら今日は休みですよ」と、やけに疲れた顔のヒゲの濃い男に教えられた。
 背後で、「俺は何も言いません。言いませんけど…た、大変だと思いますよ、アイツ…かなりキちゃってっから!」と意味不明な言葉を発する小さいのもいたようだが、啓介は気にしなかった。
 意味不明な言動をするような相手には慣れている。
 ともあれ、向かった自宅はハチロクの横っ腹に書かれてある通りの「藤原豆腐店」だった。
 まるで甲子園のように蔦が這ったレトロな佇まいの建物を見ながら、ガラガラと店の引き戸を開ける。
「ごめんくださぁい」
 声をかけると、
「おぅ」
 と低い年配の男の声とともに、だるそうな様子の中年男性が出てきた。
 目が細いが、たぶん拓海の父親だろうとアタリを付ける。
「あの、フジワ…じゃなくって、タクミ君に用があるんスけど…」
 男…文太はジロジロと啓介の全身を眺め回す。
 その視線に居心地悪そうに身じろぎすると、ハァと溜息を吐き、ボリボリと頭を掻いた。
「……アンタじゃねぇな」
 何が?
 脈絡の無い会話は親譲りなのだなと、ほんの少し啓介は感心する。
「何スか?」
「いや…うちのがさ、オカしくなった原因はアンタじゃねぇなってさ」
「オカ……しくなったんスか?」
 奇遇ですね。うちもですよ。
 …とは言わなかったが。
「今朝なんて何か良いことでもあったのか、配達のタイムを3分も縮めやがった」
 何の事かは分からないが、何となく車のことなのだろうと察する。
 そしてどうやら今朝はいつもより格段と速くなっていたようだ。
「……もしかしなくても、うちのアニキのせいかも知んねーです…」
「アニキ?…アンタ、そういや名前は…」
「高橋啓介です」
「高橋…ってぇと、アンタの兄ちゃんはリョウスケってのか?」
「はい。そうッス」
「ああ~…」
 納得いったとばかりに、文太が長い嘆息を付き、何度も頷く。
「それでリョウスケサンリョウスケサンか…。なるほどなぁ…」
 細かった文太の目が、さらに細く眇められる。
 啓介は拓海もまた、高橋家における涼介のような症状が出ていた事を知った。
「そんで、その兄ちゃん、もしかしなくてもナントカの彗星っつー名前持ってねぇか?」
「あァ…ハイ。白い彗星ってのが…」
 ピキン、と、文太の眉間にイナズマが走ったのを啓介は確かに見た。
 音も聞いた。
「……なるほどな。だから彗星は白、か…」
 ポロシャツの胸元のポケットから煙草を取り出し、フゥと煙を吐き出す。
「なぁ、兄ちゃん」
「……何スか」
 啓介はほんの少しだけ感じた。
 兄も。
 拓海も。
 そしてこの目の前の人物も。

 …何か、違ェし!

 直感だった。
 重力に縛られたオールドタイプだからこそ分かる、ニュータイプの異質感だ。
「彗星ってのはやっぱり…赤だよな」
 …意味わかんねーし。
「あ、さ、さぁ?」
「なのにあのバカは白って言って聞きやがれねぇ。赤くてツノもねぇのに、速ェわけがねぇんだよな」
 …マジ意味わかんねぇ!
「さ、さぁ?ぼ、ボクにはちょっと…」
「お、そういやアンタ、拓海に用だったな。今呼んでやるよ」
 わかんねーまま置いてかないで下さい…。
 恐るべし藤原父子。
 その纏う空気は兄と同質のものを感じる。
 一言で現すなら、そう。

 エキセントリック。

「お~い、拓海。オトコマエの兄ちゃんが来てんぞ~!」
 文太が店の奥である住居の方へ声をかけると…

「涼介さん?!!」

 シャアより素早く、連邦の白いの…ではなく、拓海が飛んできた。
 そしてガンダ…ではなく拓海は玄関先に立つ啓介の姿を認め、あからさまに不機嫌になり舌打ちをした。
「何だ…啓介さんですか…」
 ヒデェ…ヒデェ扱いだ。
「お、おう」
「何か用ですか」
 声まで低い。
 けれど、そんな拓海を驚喜させる、魔法のアイテムが啓介の手の中にあるのだ。
「ジャ~ン」
 言った後で、寒ィなと後悔した。
 そして追い討ちをかけるように、拓海は冷たい半笑い。文太は細い目の奥に出来の悪い子供を悼むような色を浮かべた。
 だが、今さら引けない!
 啓介はそのノリのままで、拓海の前に兄から預かった携帯を突き出した。
「アニキからだ!」
 そしてパカリとフリップを開き、見せる。
 アニキ、の言葉に、拓海の目が途端に潤む。
 そして現れた携帯の待ち受け映像。
 思わず興味を引かれ、啓介も覗き込み…そして叫んだ。

「何じゃこりゃ!」

 起動音は兄の声だった。
 それだけでも驚きなのに、
『お前いい奴だよ。気に入ったぜ』
 真っ黒な画像の中に、うっすらと浮かび上がる白いシルエット。
 それは徐々に濃くなり、知っている人間には、それがあの白い彗星の姿だと判別出来る。
 真っ白なシルエットが浮かび上がったところに、今度は文字が浮かび上がる。
『広い世界に目を向けていけよ…』
 そして画面が切り替わる。
 コーナーを攻めるFC。
 それがどんどん前方に近付き、そして運転席にいる人物のアップに切り替わり、さらに…文字。
『また会おうぜ』 
 フェロモン丸出しの兄の微笑のアップが目に眩しい。
 確信を感じ、着信音を確認する。
『藤原、電話だぞ。俺以外のものは無視をしろ』
 低音美声の兄の声。
 さらにメール。
『藤原、メールが来てるぞ。俺以外のものは受信拒否をしろ』
 これか?!
 これが…白い彗星様式なのか?!!
 昨日の今日でこのカスタマイズ。
 啓介は我が兄ながら、驚愕を押し殺せない。
 ピキンと、片や驚きに。
 片や歓びに固まる二人の耳に、文太の感心したような呟きが聞こえた。
「なるほどな…白くても彗星。確かに三倍速ェな……」
 フゥ、と煙がたなびく。
「……手が」
 静寂の中、その声は大きく響いた。




2007.11.18

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