白い雪が降る夜に

蛇足 恋する男の焦燥


 …メールが来ない。
 送信を見れば、確かに自分は彼女にメッセージを送っているはずだ。
 なのに、もう送ってから2時間も経つのにメールが返ってこない…。
 一時間目はまだ、
『フッ、まだ使い方に慣れないから遅れてるんだな…』
 と微笑ましく思うことができた。
 しかし二時間目に突入した現在。
『…もしや、寝たか?』
 入れあげているのは自分ばかりで、拓海はもう自分からの初メールなど気にせず、さっさと眠ってしまったのではないだろうか?
『…そう言えば、配達があるからいつも早く寝るって言ってたな』
 礼儀正しいところはあるが、どこかマイペースなところもある恋人だ。だからもう眠ってしまったのだろうか…。
 いや、それとも…。
『まさか、あれ全部夢だったとか…いや、まさかな…』
 確かにあれは現実だった。ちゃんと思いは伝え合ったし、キスもした。それ以上は阻まれたが、しっかりと恋人同士としての関係は確認したはずだ。
 そう思い、安堵の吐息をつくが、と同時に新たな不安も過ぎってくる。
『…まさか、よくよく考えてやっぱり嫌になったとか…』
 考えれば考えるほど、不安は募ってくる。
 あの奇跡のような時間が、もう二度と手に入らないのではないか…そう思うと怖くて、悲しくて仕方なくなる。
 うろうろと携帯を片手に自宅のリビングを動き回る。
 落ち着きのなさそうに、ソファに座ったかと思うとまた立ち上がり、歩き回る。
 そんなことを三十分ほど繰り返しただろうか。
 やっと、待ち望んでいた、携帯から着信のメロディが奏でられる。
 勢い込んでフリップを開き、画面に表示された名前は何故か…、
『須藤京一』
「…おい、涼介、この前のことだが…」
 電話の向こうで、何やら負け犬が車に関してのことを御託を並べている。
 しかしそんな雑音は涼介の耳には届くはずも無く…。
「うるせぇ…殺すぞ…」
 そう言い、あっさりと通話をブチ切った。
 しかし、切ってすぐにまた着信音が響く。
 電源を切ってやろうか…。
 そう思いながらフリップを開くとそこには…、
『メールを受信しました』
 の表示。
 慌ててメールを開けば相手はもちろん、藤原拓海。
「件名:きょうはありがとう」
「おやすみなさい。またあした。めりーくりすます」
 変換が分からなかったのだろう。全てひらがなで書かれた、シンプルでありながら、必至さが伝わるメッセージ。
 きっと、慣れない携帯を片手に、ずっと頑張っていたのだろう。
 だがやはりまだ上手く使えず、
『あー、もういいや!このまま送っちゃえ』
 なんて、走りと同様、思い切りの良さを見せて送ったのだろうか。
 そう考えると、さっきまでの不安はどこかへ失せて、一気にそこには幸せな男が生まれる。
 単純だ。
 恋人の言動一つで一喜一憂し、余裕のカケラもなく慌てふためく。
 かつて、クールだの、冷血漢だの、血の色緑だの、感情が無いだの散々言われた自分が、本当の恋の前ではこの有様だ。
 恋を知る前なら、そんな自分に嫌悪を感じていただろうが、だが今は自信を持ってこう言える。
「幸せだ…」
 と。
 誰よりも何よりも。
 みっともなくていい。
 それで彼女がそばにいてくれるなら。
 うっとりと、携帯に頬ずりをする姿は、確かに過去、彼に恋をした人々は見たくも無い光景だろう。
 恋は病だ。
 その病はどんな高名な医者にも治せない。
 治せるとしたら、きっとその恋の相手だけ。
 だがその恋の相手が、ほんの少し天然な性格をしているのだとしたら…。
 ましてや、恋人が異常なことに全く気付かず、あまつさえ、
『カッコいいなぁ…』
 と眩みまくった目の持ち主であったとしたら…。
 確実に、病は一生治らないだろう。
 だがそれでも彼らは幸せなままだ。
 もしそれによる災いがあるのだとしたら、それは…。
「ただいまー、アニキ、いねーのかぁ??」
 きっと、彼らの周りの人々に。
 うっとりと、頬ずりをしていた涼介はにんまり笑った。
『…フフフ、惚気る相手がやって来た…』

 恋する男の焦燥の始まり。
 そして。
 周囲の人々の、受難の始まり…。




2005.12.27

1