Five

act.3



 キスが首筋に降り、悪戯な手が胸の丘に触れた瞬間、拓海は思い出した。
 流されてはいけない理由があることに。
 身を捩り、彼の唇と手を拒む。
「……だめ」
 触れる手を押し戻され、不満そうに涼介は眉を顰めた。
「どうして?五年も我慢したんだ。お前に触れたい…」
 そしてお前の内に入りたい…。
 淫靡に囁かれ、ゾクリと身を震わせるが、やはり彼の手を拒んだ。
「藤原」
 咎めるような彼の眼差しに、しかし負けず拓海も睨んだ。
「…だめです」
「何故」
 どうしよう?理由を言ったら、せっかく抱きしめてくれているこの腕が離れてしまうかも知れない。
 好きだとは言ってくれても、妊娠となると別次元だ。
「焦らすなよ。お前が欲しいんだ…」
 強引な手が、拓海のデニムのボタンを外し、中へと侵入してくる。
 手際が良い。
 ムカつく。
 自分は何もかも初めてなのに、彼には数多くの中の一人でしかない。
 そろりと布地に隠された茂みの中の奥に指が入り込む。
 妊娠しているかも知れない。
 そう気付いてからやけに敏感になったそこは、そうされても痛みしか感じなかった。
「い、た…」
 反射的に身体が跳ねた。
 すると、涼介の指が怯えたように退いた。
「…痛むのか?」
 心配そうに拓海を覗き込む涼介に頷いた。
「俺が前に乱暴にしすぎたか?それで…」
 いつも冷静沈着な彼なのに、やけに慌てているのが小気味良い。
 どうしようか。
 言っていいのだろいうか?
 ぐるりとさまよわせていた涼介の視線が、ある一点でぴたりと止まる。
「…お前、それは…」
 何だろう?と気付くよりも早く、涼介は拓海の身体を離し、彼女の背後に進んでいく。
 そして彼が屈み、手に取ったのはテーブルに置かれたままになっていた検査薬だった。
 そこには、しっかりと陽性の表示。
 バレてしまった。
 どうしよう?
 悩みながら、おそるおそる彼を見ていると、どんどん彼の様子が変化していく。
 最初は、呆然とそれを見つめているだけだったが、どんどん肌に血色が昇っていく。
 そして照れたような、恥ずかしげな表情になり、堪えきれないと言いたげに手のひらで口元を覆う。
「……マジかよ」
 途方に暮れたような声ではなかった。
 困惑しながらも、喜びを隠し切れない声だった。
「…めいわく、ですか?」
 マイナスの感情ではないようだ。
 そう感じながらも、不安を覚えてしまうのは片思いが長かったからだ。
 けれど、涼介はそんな拓海の不安を払拭する。
「まさか!…驚きはしたけどな」
 そして壊れ物を扱うように、そっと拓海に触れる。
「……これで、確実に俺のものだよな。もう逃げるなよ?」
 ニッコリと微笑むその顔は、Dの時に何度も見たものだ。
 計算で相手チームを陥れるときの、優秀な指揮官の顔。
 そんな顔をしているときの涼介は、味方の間は頼もしかったが、今はほんの少しだけ恐い。
 勝てないと。そう本能的に察してしまうから。
 コクリと頷き、素直に彼の身体に腕を回す。
 ぎゅっと抱きしめ、隠していた本音をさらけ出した。
「……一人で、どうしようかと思った」
 うん、と彼が静かに頷く。
 髪を、優しく撫でられ、自分が小さな女の子になったみたいな気がする。
 彼の腕に守られ、無防備に甘えていればいいのだと、そう教えられる。
「……一緒にいてくれますか?」
 問いかけには、強い抱擁で返された。
「当たり前だろ?」
 力強く肯定され、ホッと拓海の全身から力が抜ける。
 だがそれと同時に、下腹部にズキリと痛みが走った。
 それと同時に、ヌルリと何かが伝う感触。
 ――まさか…。
 たぶん。いや、確実に。
 困惑した表情で彼を見上げると、愛しげに自分を見下ろす涼介の眼差し。
「藤原と俺の子か…。可愛いだろうな」
 デレデレと嬉しそうに顔を綻ばす彼に、言っていいのかどうか、真剣に悩んだ。
 たぶん、生理が来てしまった。
 妊娠は間違いでした。
 その一言が言えなくて、涼介の腕の中で拓海は暫く悩んでいた。



 結局、拓海が涼介にその事実を告げたのは十分後だった。
 下腹部の気持ち悪さと痛みに耐えられず白状した。
 やはり、涼介は少し残念そうな顔をしたけれど、
「だが、お前が俺のものであるのには変わりない」
 と、優しく微笑んでくれた。
「子供は時期を見て作ろう。だが今はまだ…やっと手に入れたお前とベタベタしていたい」
 五年目の片思い。
「結婚は式の準備もあるからまだ先だが、今は婚約と言う形でお前を束縛したい」
 いいか?と問われ、拓海が否定するはずもない。
 五年目の節目に、母にはなれなかったが、どうやら妻にはなるようだ。
 幸せそうに微笑み、頷く拓海は、さらに五年後の節目に母になる。
 涼介が生まれてから五年後に自分は生まれ、出会ってから五年後に結ばれる。
 拓海にとって、五年と言う年は特別なもののようだ。
 うっとりと目を閉じ、拓海は自分の特別を彼の膝の上で味わった。
「愛してるよ」
 囁く彼の声を、子守唄にして。



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