ROSE
ONE
あの時、もっと早くに気付いていれば…。
何度と無くそう思い、けれどそれは仮定の話で、そう思えば思うほど、俺の中には後悔って感情しか残らなかった。
少ずつ、後悔が過去に変わり、ゆっくりと自分の中で思い出に変化していく。
俺には生活があり、まだ育ち盛りだった息子があり、また憂さを晴らす車と言う媒体もあった。
自分の感情にばかり囚われて、周りを見る余裕もなく、ただがむしゃらに生きていた。
いつだってそうだ。
だから、あいつの死後息子が笑わなくなったのにもなかなか気付いてやれなかった。
馬鹿な俺は、何とかしようと自分が好きな車で走ることを教え込んだが、それはあいつにとって強制にしかならず、ぼんやりしている顔に、ふてくされる表情しか与えることが出来なかった。
そんなあいつが今は笑っている。
嬉しそうに。幸せそうに。
そんな変化を嬉しく思うのと同時に、切なく思う自分も確かにいた。
you say そうだよ
One love 一つの愛
One life 一つの人生
When it's one need In the night 夜に必要なのは一つだけ
It's one love それは一つの愛
We got to share it 分かち合うべkもの
It leaves you baby If don`t care for it 大切にしないと愛は去ってしまう
When it's too late もう遅すぎるんだ
Tonight To drag the past out 今夜 光の中に
Into the light 過去を引きずりだそうとしても
We're one ぼくたちは一つ
But we're not the same だけど全く同じってわけじゃない
We get to carry each other お互いを支えあっていかなければ
Carry each other 支えあって…
One 一つになる
最近、飲みに行くことが増えた。
「文太さん、最近よく来るけど、拓海ちゃんは大丈夫なの?」
行き着けの飲み屋の老齢の女将が俺に熱燗を注ぎながらそう言った。
「…いいんだよ。あいつももう社会人だからな。俺がいちゃマズいことも色々あるんだよ」
俺の言葉に、女将が驚いたように目を見開いた。
「あら!もうそんなになるの?まだ中学生くらいかと思ってたわ〜。いやぁね、年を取るはずよ」
この女将とは拓海が生まれる前、俺が結婚する前からの付き合いだ。あいつが死んだ時も、そしてその後の大変だった時期も知っている。だから余計にそんなふうに思うのだろう。
「今、19だ。ナリばかりデカくなったと思ったが、最近は中身も大人になったみてぇだな」
「…その様子、もしかして拓海ちゃん、恋人が出来たんでしょう?だから文太さん、ここでふてくされてるんだ」
女将が笑う。俺はそれに答えず、無言で杯を差し出した。
「…あれからもう十年も経つのね」
あの時のことを思い出したのだろう。笑っていた女将が、しみじみとした口調でそう言った。
あの時、が何を指すのか、俺たちの間では言葉にしなくても分かる。
女将は、あれの葬式にも来てくれた。凍りついたように、泣きもせず石のように黙ったままの拓海の姿も見ている。
壊れそうで、儚げなくせに、やけに肩肘張った痛々しい姿を。
俺はあの時、自分の感情ばかりを優先させて、そんな拓海を見てやることが出来なかった。
ふと気付いた時、家の中にあいつの笑う声が無くなったのに気付き、そしてあいつが通っていた学校から呼び出されて、初めてのその事実に気付いた。
『拓海君は大人しい子なんですが、時々キれると言うか、突発的に感情を爆発させることがありますね』
『……はぁ』
『普段は、正直言っているのかいないのか、分からないほどです。…いや、それもおかしいんですね。普通の子供は、もっと自己主張するものなんです。だけど、拓海君にはそれが無い。いつもぼんやりしていて、誰に何を言われても反応らしいものを返さず、感情が無いのかと心配したほどですが…』
『………』
『それが、拓海君とあまり親しくない同級生の子が、他の子に母親を馬鹿にされるような事がありまして、その途端、拓海君が別人のように暴れだしました』
『…母親が……』
『ええ。藤原さんの奥様が、失礼ですが亡くなられていらっしゃる事は伺いました。その事も要因にはあるのでしょうが…』
『………』
『拓海君は、お母様の事で、何か我慢をしているようなことがあるのではないですか?私には、拓海君が感情を殺しているようにしか見えません。普通の子供は、もっと屈託がないものです。けれど拓海君はそうじゃない。だから、ある要因で感情が爆発するようなことが起こるのでは無いでしょうか?』
『………』
俺は言葉も無かった。
俺の親ほどの年齢の定年間近の年配の教師は、年を食ってるだけあって俺には見えなかった色んなものを見通していた。
俺は無言で、教師に向かい頭を下げた。
『拓海君のこと、もっとしっかり見てあげて下さい』
教師は、俺を詰るでもなく、ただその言葉だけを言った。
俺はいつだって後悔ばかりしている。
あいつが病気になった時も、そして拓海の時も。
いつだって俺がもっと早くに気付いてやれば、あいつは死なずに済んだのかも知れないし、拓海も普通のガキみたいに笑っていたのかも知れない。
そしてそんな後悔は、俺を苛みはするが解決には至らせてくれない。
あいつを笑わせるようにしたくて、俺は自分が好きな車で走らせることを教えた。少しでもあいつに「楽しい」と言う感情を覚えさせたくて。
だがそれはあいつの屈託を増やすことにはなっても、屈託を無くすことにはならなかった。
けれどそんなあいつが、ある時期を境に少しずつ変わり始めた。
峠に行き、バトルを繰り返すようになり、そしてあの日。
祐一から聞いた「高橋涼介」と言う人物とのバトル。
あいつが持って帰ってきた薔薇の花束を見て、俺は少なからず驚いた。
『…何だ、それ?』
『もらった。バトルの挑戦状みたい』
『挑戦状?!そんなもんが?…やけにキザな奴だな』
『……うん』
俺がそう言った時の、あいつの反応は変だった。
俺が知ってる拓海なら、花束なんぞもらおうもんなら、捨てはしないが近所のバアさんにでもそのまま渡しているだろう。だがそれを家に持ち帰り、ちゃんと花瓶に入れて飾っていた。
『…俺…あの人とバトル…してみたいと思ってたんだ』
それは、いつも押し付けられるばかりで主体性が無かった、あいつの初めての自分の希望ってヤツだった。
あの時から、少しずつ拓海は変わった。
そして決定的に変わったと思ったのは、その高橋涼介が主催するチームに加わるようになってからだ。
『プロジェクトの人たち、みんなスゲェんだけど、やっぱ涼介さんが一番スゲェ…』
あいつに笑顔が戻った。
前は興味の無かった車の事を、俺に積極的に聞くようにもなった。
『あんまり何も知らないと、涼介さんに申し訳ないから』
拓海の話の中に「涼介」と言う名前が増えていく。そしてそのたび、あいつの笑顔も増えていった。
その頃から、俺はどことなく嫌な予感みたいなものがしていた。
よくあるだろう?事故る前とかに感じる、嫌な予感ってやつだ。
そして俺の予感は当たった。
『これ、高橋涼介さん。うちのチームリーダーなんだけど、今日、うちに泊めるから』
そう紹介した噂の「高橋涼介」は、確かにあいつが言った通り芸能人のようなイイ男だった。だが若い奴とは思えないくらいに、暗い、疲れた顔をした奴でもあった。
俺は拓海とあの兄ちゃんが並んだのを見た時に、嫌な予感ってのはコレだったのかと思った。
見てすぐに分かった。
二人がお互いに恋愛感情を抱いている事ぐらい。
見てるこっちがもどかしいくらいに、不器用に、それでいてお互いを深く想いあっている。
ついつい、痒いところに手が届かないような感触のあいつらに、お節介ってやつを働いてしまったのは、俺がきっと年を食っちまったからなんだろう。
そして俺のお節介は功を奏したようで、今のあいつらは傍から見ていて胸やけするほど仲が良く、それに挟まれた俺は居た堪れず、こうやって飲みに出ることも増えてしまったわけだが。
俺は、ぐい、と目の前の杯を開けた。間を置かず、女将が俺の杯に酒を注ぐ。
「拓海ちゃんに恋人が出来ちゃったんだったら、文太さんも寂しいわねぇ」
…寂しい?いや、どっちかと言うと、うっとおしいけどな。
フン、と強がりでもなく笑った俺に、女将が「あら?」と楽しげに笑う。
その時、ガラガラと店の引き戸が開く音がして、聞きなれた足音が響いた。
見るまでもない。俺の隣に当たり前のように座り、女将に向かい、
「女将さん、いつもの」
と言う。ガキの頃からの付き合いだ。嫌でも覚えちまう。
「…祐一。家に帰らなくていいのかよ?嫁さんに怒られるぞ」
「何だと、文太。お前がいつも一人で寂しそうに飲んでいるって言うから、わざわざ来てやったんじゃないか。感謝しろよ?」
俺の車の隣に乗る度に、いつも冷や汗たらして気を失っちまうくせに、偉そうな事を言う奴だ。
「…それより、お前のところにあの高橋涼介がいるんだって?」
やはり聞いてきたか。いつか聞かれるとは思ったがな。
「誰に聞いた。武内か?」
「まぁな。それより、何であんな金持ちの息子がお前の家なんかにいるんだ?そりゃ、拓海とはプロジェクトの関係で親しくなったのもあるだろうが…」
この祐一って男は、善良で、悪く言えば小心者だ。本当の事を言ってもいいもんかと俺は一瞬思ったが、そのうち分かっちまうんだ。面白いから言っちまえ。
「ん?言わなかったか?あの兄ちゃん、うちのとデキてんだよ」
案の定、ビールを飲んでいた祐一の口から、勢いよくビールの泡が吹き出された。
「…はぁ?!な、何を言ってるんだ?」
…おもしれぇ。
「だから、うちの拓海とあの兄ちゃん、恋人同士なんだよ…っつーか、もう新婚って雰囲気だよなぁ」
「こ、こい、って、し、新婚?!じょ、冗談とかじゃなくかっ!」
「冗談なワケねぇだろ?嘘だと思うんなら、今からうちに行ってみろよ。きっとあいつら、俺がいない隙にいちゃついてるから、嫌ってほど見れるぜ?」
「……ほ、本当なのか?」
「こんな事で嘘言うかよ。お前、俺と何年付き合ってんだ?」
「そ、そりゃ分かってるけど…でも拓海も高橋涼介も…男同士じゃないか!」
…小心者め。そんな事ぐらいでビビってんじゃねぇよ。
「惚れちまったモンはしょうがねぇじゃねぇかよ」
「しょうがねぇってお前…本当にそれで納得できるのか?」
…うるせぇやつだ。俺にだってフタをしたい事実ぐらいある。
「…しょうがねぇんだよ。これで反対なんざしてみろ。あの拓海だぞ?駆け落ちぐらいするだろうよよ。それに、あの兄ちゃん、俺も気に入ってるからな。いい婿だぜ?男前だし、頭もいいしな。おまけに車に関しちゃ俺に張るほどバカが付く」
ぐい、と俺はまた杯を煽った。女将が、無言で酒を注いでくれる。
「だがなぁ、そうは言っても、男同士だろ?そんな結婚も出来ない関係、認められるもんじゃないだろう」
…こいつの言うことは一般的なんだろうが、俺にとってはどうでもいい事だ。
「うるせぇな、ごちゃごちゃ。いいじゃねぇか。あの兄ちゃんと一緒になってから拓海はすげぇ幸せそうなんだよ。
あいつは…腹ん中にずっと後悔ってやつを抱えてんだよ。俺と一緒で、あいつの病気に気付いてやれなかったってのな。
お前、小さい頃に母親がいなくなるってのを分かるか?俺にも分かんねぇけどよ、あの兄ちゃんが現れて、俺にも何となく分かったんだよ。
拓海は、ずっと誰かにこれ以上ないってぐらいに愛されたかったし、そんでもって愛したかったんだよ。母親に向けるはずだった愛情の分までな。いきなりいなくなっちまったあいつを、後悔した分、とんでもなくデカイ愛情ってやつでな」
祐一が無言になる。いつも飄々とした態度の俺が、激昂するのは珍しい。あいつの葬式以来だ、こんなのは。
「あの兄ちゃんも一緒だ。どんな育ち方したのかなんて知らねぇが、あの兄ちゃんも愛されたがってるし、愛したがってんだよ。…あいつら、似た者同士なんだよ。足りないモンをお互いが持ち合ってんのさ。だから一度くっついちまったら、他が何をしようと離れねぇよ。…そんだけあいつら、寂しかったんだ」
女将が無言で注いでくれた酒を、俺は乱暴に煽る。
唇の端から零れ落ちた滴を、手の甲で無造作に拭う。
「……俺だって一緒だ。あいつがいなくなって寂しい。だから、下手に反対して、拓海に出ていかれちまうぐらいなら、多少の複雑な感情なんて押し殺して、認めるしかねぇだろうよ」
もう気が抜けた祐一のビールに、俺は瓶を取り、注ぎ込んだ。お前も飲め、と促す。こんな話、シラフの奴になんて聞かせられやしねぇ。
「俺はな、祐一…もう一人にされるのは嫌なんだよ」
「……文太…」
辛気くせぇ声出してんじゃねぇよ。とことん飲めよ。俺にこんな事を言わせた罰だ。
そして家に帰って嫁に怒られろ。
それがどんなに幸せな事か、思い知りながら。
「…文太さん、これ、奢り」
女将が俺に新しい熱燗を差し出す。この人にも聞かれちまったが、あいつが死んだ時に散々情けねぇところを見られちまってんだ。今更か。
女将が「フフフ…」と飲み続ける俺たちの杯を注ぎながら笑った。
「拓海ちゃん、いい恋してるのねぇ…」
いい恋、ねぇ。年寄りの、しかも女の考えることなんて分からねぇな。
だが、確かにそうかもな。
あいつらは幸せな恋をしている。
男同士だとか、そんなのを乗り越えて。
きっとあいつらなら、常識なんてものをすっ飛ばして幸せになれる。
未来がどんなものかなんて俺には皆目検討もつかねぇけれど、これだけは言える。
「……あいつの分まで幸せになってもらわねぇとな」
きっと天国にいるだろうあいつは、自分の息子が男と付き合っているだなんて思ってもいないだろう。
だが、きっとあいつならそんな事も笑うはずだ。あの拓海に似た顔で。我慢強く、芯の強い女だったから。
だから、天国からあいつらを見守ってやってくれよ。
そしてあいつらには幸せになれと願おう。
ささやかながら、これが不肖の親父の願いってやつだ。
Have you come here for forgiveness 許しを求めてここへ来たのかい
Have you come to raise the dead 死者を蘇らせるために来たのかい
Have you come here to play Jisus 神を気取ってきたのかい
To the lepers in your head 臆病者を救うつもりで
Did I ask too much 僕は無理を言ってるのかな
More than a lot 言葉に尽くせぬほど
You gave me nothing 君からは何一つとして与えられなかった
Now it`s all I got 僕にあるのは
We're one 僕らは一つということさ
But we're not the same だけど全く同じだってわけじゃない
We hurt each other お互いを傷つけあい
Then we do it again そしてまた同じ事をくりかえす
You say 君は言う
Love is a temple 愛は神殿
Love a higher law 愛は高潔な掟
Love is a temple 愛は神殿
Love a higher law 愛は高潔な掟
You ask me to enter 入って欲しいと願いながら
But then you make me crawl でも君は僕に這い蹲らせた
And I can't be holding on しがみついてはいられない
To what you got 君の中にあったのは
When all you got is hurt つまりは君自身を傷つけただけ
One love 一つの愛
One blood 一つの血の定め
One life 一つの人生
You got to do what you should やるべきことをやるだけさ
One life ひとつの人生
But we're not the same だけど全く同じってわけじゃない
We get to carry each other お互いを支えあっていかなければ
Carry each other 差さえあって…
One 一つへと
One 一つへと…
「ROSE」
END
《カウント22222 るりこ様リク作品》
2006年2月25日
作中の詩はU2の「ONE」より抜粋