ROSE

White Riot


White riot ? I wanna riot  白い暴動―暴動を起こしたい
White riot ?A riot of my own  白い暴動―自分自身の暴動を




 俺は兄を尊敬している。
 そして藤原をスゲェ奴だと思ってた。
 今の俺が感じているのは雨後の青空。
 俺のその直感じみた感覚が間違いではなかったのだと知って。
 抜けるような青空の気分の中、俺は最高の気分で高笑いってやつを上げた。


All the power's in the hands  すべての権力というやつは
Of people rich enough to buy it  それを買えるだけの金を持った奴らの手の内にある
While we walk the street  俺たちときたら、街を歩き
Too chicken to even try it  ぶつかってみることもできねえほどにビビってるとくる


Are you taking over or are you taking orders?  おまえたち、乗取ってみるか それとも、命令に従うのか?
Are you going backwards  おまえたち、後退するのか
Or are you going forwards?  それとも、前進するのか?




 兄と両親の話し合いは、俺と兄が仲直りをしてから一週間ぐらい経った日に設けられた。
 兄を通し俺が両親に話し、そして俺から兄へと両親の意向を伝える。
 以前は、これと正反対の事が行われていた。親の話を聞かない俺に、兄が両親からの伝言みたいなものを伝えてくれたものだったが、今はその役目を俺が担っている。
 兄の件があってから、両親の態度は微妙に以前と違うようになった。
 自信に溢れ、颯爽としていた母親は、その根底となる自信を奪われ、萎れた花のようになり、涙もろくなったように思う。
 そして傲慢で、誰の意見も聞かなかった父親は、俺が以前に言った通り、誰もいないリビングでアルバムを真剣な表情で見ている姿を何度か見かけた。
 とは言っても、俺はあの人たちを信用していなかった。
 今までが今までだ。
 兄の事があり、彼らなりに多少反省するところを思いついたのだとしても、それはしょせん一過性のもので、あの人たちの根底が変わるものだとは思っていなかった。
 そしてそれはその通りで、藤原と二人、仲良く手ェつなぎながらやってきた兄たちを見て、父母の顔色が変わった。憎悪の目で藤原を睨み、そして有無を言わさず藤原の前に封筒の入った札束を差し出した。
 俺は、多少なりとも話し合いが行われるものだと思っていた。だからいきなり札束なんぞを出して、強制的に話を終わらせようとする父母の神経を疑い驚いた。
 だが兄も、藤原もそれは予想の範囲内だったのだろう。二人は少しも動じなかった。
「…これはどう言う意味ですか?」
 それの意味を十二分に理解した上で、兄がすっと父母に向かい封筒を押し戻す。
「…慰謝料だ。そこの子供にな。調べればまだ十八歳だと言うじゃないか。この場合、未成年に手を出したうちが不利だからな。それで大人しく引いてもらおう」
 俺は呆れた。
 こんな考え方をするような奴等だよな、こいつらは。藤原の家などに攻撃しなかったのも、単に世間体が憚れるからで、兄の意思を慮ったわけではない。
「どうせ金が目当てなんだろう?それだけくれてやるから、さっさと涼介と別れろ。『これ』は…」
 と、父親が兄を目で指す。父にとって兄は『これ』なのか、とまた俺は呆れた。
「お前などと違って将来がある。石ころなんぞに躓いている暇は無いんだ」
 そして藤原は『石ころ』だ。
 藤原はどうするのか?俺はじっとあいつの反応を見た。
「…俺は彼と別れるつもりはありませんよ。そして勿論、彼も」
 兄は子供に言い聞かせるように、はっきりとしっかりとした口調で父母に向かい宣言した。
 そしてその言葉を受けて、あいつは無言で頷いた。やけに大人しい感じの藤原に、俺はさすがにあいつも緊張して怖気づいているのかと思った。
 だが、それは俺の浅はかな勘違いってやつで。
「ふざけるな!もう気は済んだだろう!いつまでもそんな馬鹿げた事が通用すると思っているのか?!」
「そうよ。こんなの間違いよ。…涼介、あなた疲れてるの。だからきっと勘違いしたんだわ。私たちの重圧が大きかったのは分かるけど、これがおかしな事だってことぐらい、あなたもう分かってるわよね?」
 傲慢に怒鳴る父と、下手に出ながら兄を操ろうとする母。俺は反吐が出そうになった。
「おかしいとか、そんなの関係ないんです。俺には彼が必要だ。それはどうしても譲れないんです」
 どんどん逆上していく父母と対照的に、兄はいつまでも冷静だった。だが兄の手が、隣に座る藤原の手を硬く握り締めたのを俺は見た。藤原もまた、兄の手を握り返す。その仕草に、二人の絆を見たようで、彼らの後ろに控えていた俺は自分の出る幕はないかと安堵した。
「…そんなに譲れないなら、仕方ない。認めてやってもいい」
「あなた?!」
 父の突然の譲歩に、母が噛み付いた。しかし、
「だが私たちが認めた相手と結婚はしろ。それがお前の務めだ」
 続いた言葉はまたも兄の人格を無視したもので、それを聞いた兄は悲しそうに首を横に振った。
「…父さん。僕に愛の無い結婚をして、また欺瞞に生きろと言うんですか?…僕はもう、自分に嘘は吐きたくないんです」
 兄のこの言葉に父が押し黙った。けれどその代わりに母が怒りを見せた。
「もう、いい加減にしてちょうだい!いったい何が不満なの?!何があなたを変えてしまったのよ?!この子のせいなの?こんな子のために、私たちの生活が壊されるなんて…」
 激昂した母はいきなり喚き、かと思うと哀れっぽく泣き始めた。まるで三文芝居のようだと俺は思ったし、兄もそう思ったのだろう。深く溜息を吐き、無言で首を横に振った。
「…涼介、あなたがこんな親不孝だったなんて…信じられないわ。ねぇ、あなた、私の涼介を返してちょうだい」
 母のナルシジズムに溢れた芝居は続き、今度は藤原に向かい訴える。藤原は母親を早くに亡くしたとの事もあり、まさかあの母の芝居に騙されないだろうな、と心配したのだが…。
 それは杞憂だった。
 ずっと俯きがちだった藤原が顔を上げる。キッ、とあの澄んだ真っ直ぐな眼差しで父母を見る。懐柔しやすいただの子供だったと思われた藤原のそのキツい視線に、気圧され父母の勢いが怯んだ。
 そして大人しかった藤原が、実は緊張していたわけでもなく、怖気づいていたためでも無いことを俺は知る。
「…我慢してようと思ったけど、もうアッタマきた」
 静かな声音だった。だがそれだけに深い怒りのようなものが窺えた。
「ふざけんなよ。あんたらみたいのに涼介さんは渡せない」
 突然キれた藤原を、兄も驚きの表情で見つめている。
「…拓海」
 だがその表情が徐々に喜びに変わり、こちらから見ていて恥ずかしくなるくらい甘い感情を湛えたものへと変化した。
「何なんだよ、あんたら。自分たちの都合ばかり言って、涼介さんの意見なんてまるで聞いてないじゃないか。…おい、あんた。涼介さんのお父さん。涼介さんにアレしろ、これしろって押し付けてるけど、自分はされてどうなんだよ?イヤじゃねぇのかよ」
「…な、何だ、お前は。失礼な」
「ごちゃごちゃうるせぇよ。どうなんだよ。はっきりしろよ」
 藤原の静かな勢いってヤツに、あの傲慢な父も戸惑っているらしい。答えれず無言になった。
 その反応を見て、藤原が鼻で「フン」と笑う。傍から見ていて、小気味のいい仕草だと思った。
「…自分がされてイヤなことを、人に押し付けるんじゃねぇよ。それから涼介さんのお母さん。親不幸だって言ってたけど、あんた、涼介さんの好きなものとか一つでも知ってんのかよ?この人が何を好きで、何をキライなのか、ちゃんと分かってんのかよ?」
「…な、そ、それは…」
「答えれないのかよ。涼介さんの事を何も知ろうとしないあんたのために、何でこの人ばかりが我慢しなきゃなんねぇんだよ。そんなのおかしいだろう?この人ばかりに苦労させて、あんたは何もしないのかよ?」
 藤原の言葉は、子供っぽい理屈ではあるが正論だ。真っ直ぐな子供の気持ちってやつを真正面からぶつけられて、父母は言葉を失くし黙り込む。
「あんたらと一緒だと、涼介さんはずっと不幸なまんまだよ。だから絶対に渡せない。俺はまだガキで、何の力もないけど、でもこれだけは言えるから」
 藤原が立ち上がった。兄にも、藤原の行動が予想外だったのだろう。不思議そうに彼の行動を見つめていた。
「俺は絶対に涼介さんを幸せにする。だから…」
 立ち上がった藤原は、ソファの脇の絨毯の上に正座した。そして、
「涼介さんを俺に下さい」
 深々と、床に額を付けるほどに頭を下げて、父母に向かって土下座した。
 呆気にとられた様子の父母と、兄。そして俺。
 衝撃から一番早く立ち直ったのは、もちろん兄で。
 兄は土下座する藤原の隣に同じように正座し、そして頭を下げた。
「お願いします。認めて下さい」
 …参ったな。
 そんな感想しか出てこない。何て奴だ。そして何て奴等なんだろう?
「は、ハハハ…」
 場にそぐわない、明るい笑い声が俺の口から零れた。それを見咎め、父母は言うに及ばず、藤原まで俺を責める視線を向けた。
 だが兄だけが俺が笑ったのを見て、自慢げにうっすらと微笑んだ。
 聞こえるようだ、兄の声が。
『どうだ?俺の拓海はすごいだろう?』
 ああ。確かにすごい。本当にとんでもねぇ事をしでかしてくれる奴だよ。
「…あんたらの負けだよ。もういい加減認めちまえよ」
 俺は父母に向かいそう言った。父母の顔色が変わる。
「ば、馬鹿な事を言うな、そんな事が許されるはずが…」
 動揺する父なんて、俺は生まれて初めて見る。それを生み出したのが、俺でも兄でもなく、藤原だって言うのが面白い。
「無理すんなよ。本当はもう分かってんだろ?あんた、昔のアルバム見てたじゃねぇか。アニキが、あんた等と一緒だと笑わないって事ぐらい、もう気付いたんだろう?藤原が言うように、アニキはあんたらの言いなりだと、不幸なまんまなんだよ」
「そ、そんな事ないわ!」
「そうだろうが。あんたも、今まで俺らに親らしい事の一つもしねぇで、あんまり身勝手なこと言ってんじゃねぇよ。そんなふうに言うんだったら、藤原が言うように、アニキの好きなモンの一つでも答えられんのかよ?なぁ?」
 父母を睨み、俺は言う。
「あんたらは間違ってたんだよ。おかしいのは、藤原でもアニキでもなく、あんたらだよ」
 今まで、俺や兄が腹の中に抱えながら、言えなかった言葉を藤原が言った。
 目の前に立ちふさがっていた大きな岩を、藤原が無造作にやってきて、ぶん殴って壊した気分だ。
「だから…」
 ずっと言いたかったんだ。俺も。
「だから、頼むから…アニキたちを許してやれよ」
 俺たちを、家を省みなかった父母が憎かった。だから十代の頃は反発もしたし、警察の厄介になることで、彼らに復讐を果たしていたような気分になっていた。
 だけどそれはしょせん逃げの行為でしかないことを、今、俺は藤原によって知らされた気がした。
 土下座する兄の隣に藤原。そして俺もまた彼らに倣って頭を下げる。
「…アニキが幸せになれる道を選ばせてやって下さい」
 この人たちに、こんなふうに下手に出て頭を下げるなんて、俺の人生の中で生まれて初めてだ。彼らもまたそう思っているのだろう。面白いくらいに動揺している。
 もっと早くに、こうやって本音でぶつかってみれば良かったな。
 そうすれば、俺たちはもっと早くに、屈託無く笑えるようになれていたのに。
「跡継ぎがどうのって言うなら、俺がちゃんとアニキの分まで頑張るから。そりゃ、アニキにさせるみたいな良家のお嬢さんと結婚しろとか、医者になれとか出来ねぇけど、ちゃんと高橋の名前は残すから」
「啓介さん…」
「啓介…」
 頭を下げる俺の耳に、驚いたような兄と藤原の声が聞こえる。
 どうだ。
 俺だってちゃんと考えてる。家ってヤツに未練なんざねぇけど、それが必要だってんだったら、俺はいくらでも子供を作って高橋の血筋を残してやる。ただし、俺が惚れた相手とだけどな。
「だから、アニキたちを認めてやって下さい」
 もう一度頭を下げる俺に合わせ、藤原と兄もまた頭を下げる。
 三人揃っての土下座に、しばらく沈黙が続いたが、やがて深い溜息とともに、あの父親の口からこんな言葉が漏れた。
「……仕方ないな」
 諦めきった口調。
 それを聞いた瞬間、俺は涙が滲んだ。
 変わる事は出来る。ヤル気と情熱さえあれば。
 二十一にもなって、俺は今その事を学んだ。
 俺の隣で、ほっとした顔で笑う兄と藤原の姿が見える。
 ふてくされた顔のままの父と、まだ混乱が抜けていないのだろう母の顔を見ながら、俺の今の気分は雨後の青空。
 どしゃ降りだった空に、鮮やかな青空が広がったような気がした。



 一応は認めた父と、まだ感情的には納得できてないような母。
 これからもまだ確執は続くだろうが、変わる第一歩は刻めた。
「じゃあ、俺はこれで帰ります」
 …帰る。兄のその言葉に父母が戸惑った表情になる。兄にとって、もう帰る場所がここではないと思い知らされて。
「俺の荷物がまだありますから、また度々来るとは思いますが…お元気で」
 兄の親に向ける「僕」と言う呼び名が消えた。小さな変化。だが彼らへの他人行儀が消えた、大きな一歩でもある。
 ソファから立ち上がり、頭を下げた兄に倣って藤原もまたペコリとその小さな頭を下げた。その仕草を見ていると、さっきのあの勢いは何だったのだろうかと思えるぐらいに、こいつが普通のガキにしか見えない。
 俺もまた立ち上がった。
「…送るよ」
 玄関先まで見送るために。
 父母からの応えは無かった。じっと押し黙り、兄たちが出て行く後姿からもそっぽを向いている。
 だがそんな気まずい空気の中、リビングを出る間際に、そわそわとしていた藤原が背後を振り返る。
「あの!」
 突然、大きな声を上げた藤原に、俺も兄も、視線を逸らしていた父母もまた藤原を見つめた。
「…俺、すごい失礼な事言って、すみませんでした!」
 そして藤原はリビングの父母に向かい頭を下げ謝った。
 一生懸命な顔。その顔はさっきのようなキれた迫力は無く、頑張る子供の発表会でも見ているような気分だった。
「で、でも、俺は、涼介さんにはいつも笑っていて欲しいから!たとえ俺と一緒じゃなくても、涼介さんには幸せな気持ちでいて欲しいから、だから…」
 藤原はリビングに座ったままの父母に向かいまた頭を下げた。
「だから、俺、失礼なこと言ったと思いますけど、でも悪いこと言ったとか思ってないです!すみません!」
 藤原の言葉に、堪えきれず兄が噴出す。俺もまた笑いたい気持ちを押し殺した。
「…藤原。お前な、それ謝ってんだか何だか、わかんねぇぞ?」
「え、ええ?そうですか?!俺、あんまり言葉うまくないし…」
 確かにな。
「でも、キれたから悪いとは思ってるんですけど…」
「正しい事は言ったと思ってるんだよな」
「そうです」
 俺はもう堪えきれず笑い出した。兄は藤原の頭を子供にするようにグリグリと撫で回し、ぎゅっとその体を抱きしめた。
 藤原の言い分を聞いていた父母の表情が変わる。
 母もまた俺たちのように、堪えきれず噴出し、父もまた唖然とした表情の後、笑う顔など見せたことの無かった人が、フッと口元が笑みのカタチを作った。
「…ノロケはもういい」
「…そうね。もうたくさんだわ」
 俺はその瞬間、父母の変化を感じ取った。
 小さな声で藤原が兄に向かい問いかける。
「…え?俺、ノロケてました?」
 ノロケてたよ。
「拓海が俺が大好きだって言うふうに聞こえたな。あと、言っておくが、俺の幸せは藤原と一緒にしか有り得ないからな。だからお前と一緒じゃなくても…なんてセリフは仮定でも聞きたくはない」
 こっちもノロケてやがる。
 立ち去る俺たちの背中に、父の硬質な声が聞こえた。
「…また連絡しなさい」
 そしてソファから立ち上がった母が、藤原に向けて深々と頭を下げた。
「…涼介をお願いします」
 スゲェ奴だと思う。
 藤原も。
 そして兄もだ。
 俺も、両親も認めざるを得ないほどの、こいつらの気持ちってやつが。
 父母の言葉を聞いて、兄も、藤原も嬉しそうに見つめ合いながら微笑む。
 そして彼らに向かってまた頭を下げた。
 今度は、感謝の気持ちを込めて。
 ほんのり、俺はそんな二人の姿を見ながら、俺ってやつがここにいる理由はあるんだろうかと思った。
 だが、後で兄たちから、
「一緒に頭を下げてくれて嬉しかった。ありがとう」
 と言われ、また藤原からも、
「啓介さん。早く結婚して子供作ってお父さんとお母さんを安心させてあげて下さいよ。そしたら俺も、あの家に行きやすくなると思うし」
 と言う意地の悪い言葉に、大げさに憤って見せた。
「うるせぇな!そう簡単にいけば苦労はしねぇんだよ!」
「そうだな。まず相手を探さないとな」
 兄が笑う。昔は見慣れていなかった幸せそうな兄の笑顔は、最近ではいつも見ているような気がする。
「俺はアニキたちみてぇにバカップルにならねぇからな!」
 そう言いながら、本当は兄たちを羨ましいと思っているのは秘密だ。
「バカップルじゃないっすよ!!」
 特に、無自覚でノロケまくるこの義理の兄になった奴には。
「いや、バカップルだと俺も思うな」
 そして意図的にノロケまくるこの兄にも、また。
 いつか、俺にも兄にとっての藤原の存在が現れるのだろうか?
 何となく見えない未来を想像し、俺はよく晴れた青空を眺め、ずっと堪えていた高笑いを上げた。





2006年2月22日
作中の詩はThe Clashの「White riot」より抜粋



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