D日記 番外編
モ★ラート
赤城にプラクティスに行った時に、公衆トイレでケンタさんとすれ違った。
ケンタさんが出てきて、今から俺も入ろうって時に、ケンタさんがポケットから何かを落としたので、拾ってあげたら、ケンタさんは真っ赤になって、そして何故か逆ギレしたみたいで、
「な、何も言うな!この事は誰にも言うなよ?!」
と怒鳴られてしまった。
何であんなに怒られなきゃいけないんだろう、とちょっとムカついたけど、よく考えたらあの時、俺が拾ってあげたのは「モ★ラート」だった。
ああ、なるほど、って思った。
俺も、たぶん、あれの使い道を知ってる人に拾われたら、とても恥ずかしいだろうな、と思うから。
俺が初めてあれを知ったのは、プロDが始まってすぐのことだった。
ハチロク専属メカニックだという松本さんに引き合わされて、何度目かのハチロクの調整を繰り返した後に貰ったのだ。
「俺は車のメンテはできるけど、藤原の体のメンテは自分で頼むよ」
そう言われて渡されたのが「モ★ラート」だった。
モ★ラートは、どこの薬局でも売っているような、普通の薬だ。
チューブ型の塗り薬で、効能は火傷や炎症の治療薬って書いてあった。
俺は渡された時、これを何で松本さんがくれたのか、さっぱり分からなくて困ってしまった。
別に俺は火傷も怪我もしてないのに、何でこんなのをくれたんだろう?
そう思ったから。
分かんないことは頭の良い人に聞くのに限る。さらにその人が医学生だったら、薬のことならよく分かるだろうと思って、チームリーダーである涼介さんにその事を聞いてみた。
涼介さんは最初、首をかしげてたけど、すぐに「ああ、なるほど…」と頷いた。
「これはこの先、藤原に必ず必要になるものだろうから、松本はくれたんだろうな」
涼介さんはそう言った。
この先、必要になる…俺はてっきり、怪我でもするようなことがあるのかな?と思って、ちょっと不安になった。
だけど、
「大丈夫だ。できるだけ怪我がないように気をつけるから。俺を信じてくれ!」
と、涼介さんが力を込めて言うので、じゃあ大丈夫かなーと思って、安心することにした。
「これは藤原よりも俺が持っておいたほうがいいだろう。もしこれが必要な場合があったら、俺がちゃんとお前を治療してやるから」
現役の医学生に治療をしてもらえるなら、安心だ。
「はい。お願いします」
そう思って、俺はその時は頷いたんだけど、後で思うと間違いだったな、と思う。
ともかく、今はそんな事が問題じゃない。
ケンタさんがモ★ラートを使っているという事実は、俺にとっては他人事ではないのだ。
だから、きっとケンタさんの相手だろう啓介さんをちゃんと注意しておかねばと思ったので、捕まえて説教してやった。
「ダメじゃないですか、啓介さん!」
「はあ?何言ってんだ、お前?」
「ケンタさんのことです」
「あいつがどうしたんだよ?」
「モ★ラート、使ってるんですよ?!」
「………はぁ??」
「はぁ?じゃないですよ。あれ使ってるって事は、後ろ、腫れてるんですよ?!」
「…………っ!!?」
「啓介さんの事だから、すぐに入れちゃったり、抜かずに何回もやったりしたんでしょう?そういうことすると、すぐ腫れるんですからね!」
「……あ、あのぅ…」
「そりゃ、俺だって、涼介さんは丁寧にやってくれますけど、でもたまにしつこいから、その、塗らなきゃいけない事もあるんですよ。その時の辛さは、突っ込むほうは分かんないと思いますけど」
「…やっ、あの、ふ、藤原…」
「とにかく!もっと丁寧にやってあげてくださいね。それだけですから!」
「…………」
啓介さんは反省したみたいで、いつも俺が文句を言ったらすぐに言い返してくるのに、今回は何も言わず、青い顔をして座り込んで、シクシク泣いていた。
これだけ言えば、きっと今度から啓介さんもケンタさんに丁寧にするだろう。ケンタさんの事とは言え、あの痛みは俺にとって他人事ではないのだ。
だから自分としては良いことをしたつもりだったんだけど、一部始終を見ていた松本さんに何故か笑われてしまった。
「何で笑うんスか?」
そう言うと松本さんは、細い目をさらに細くして教えてくれたのは、
「…いや、悪い。中村にモ★ラート渡したの、俺なんだよ」
「え?」
そういや、俺にモ★ラートくれたのも松本さんだった。松本さんはきっと、そういう気配りができる人なんだなとちょっと尊敬した。
「あれ、そういう傷によく効くだろう?どこの薬局でも売ってるし、そう高くもないから手軽に手に入りやすいから便利なんだよ」
そういやそうだ。俺も、あれからこっそり薬局で買って、家に一本常備している。
「中村があんまり辛そうだったから、渡したんだけどね…。俺に塗られるのはイヤだって言うから」
「!!!」
そう、ケンタさんの事を言う松本さんの目に、俺は愛を見た。
ケンタさんの名前を言った時の松本さんは、可愛くて仕方ない子どもの自慢話をしている親みたいな目だったからだ。
…大変なことに気付いてしまった。
三角関係だ。
啓介さんとケンタさんの間に、松本さんが横恋慕なんだ。
俺は、松本さんは平気そうな顔をしているけど、きっと心の中では報われない恋に悩んでいたりするんだろうなと、かわいそうになった。
だから、
「松本さん、頑張ってくださいね」
と励ました。
「…藤原。また何か面白い勘違いをしてるね」
とごまかして笑ったけど、俺はそうやってごまかして、大人のふりをする松本さんに、さらに切なくなってしまった。
ケンタさんには悪いけど、乱暴な啓介さんよりも、穏やかな松本さんを選んであげればいいのにと、ちょっとケンタさんを恨んだ。
なのでその夜、涼介さんにその事を愚痴ったら、涼介さんは俺のお尻にモ★ラートを塗りながら、苦いものを食べたような顔になってしまった。
そして、
「……恋愛ごとは複雑だから、お前はあまり関わらない方がいい」
と言われてしまった。
言われてみれば、確かにセフレ関係のままの自分の恋愛でさえままならないのに、他人のことまで首を突っ込んでる暇はない。
でも松本さんは、いつもおかしな事を言って俺を楽しくさせてくれて、おまけにモ★ラートをくれるような気配りの人だから、幸せになればいいのになと思った。