半端者の恋

act.4






 亜人は本能で相手の強さが分かる。
 意識しなくても、強者の前に出ると自然と萎縮してしまう。
 拓海は狭い車内の中、傍らに座る男を横目で窺った。
 昨日会ったときはわからなかったのに、今日見てすぐに分かった。
 この人がとても強い「雄」である事を。
 華やかな容貌を持っているのに、どこか自信なさげに覇気も薄かったが、今は妖艶なまでに艶を垂れ流し、威圧するほどの力が溢れているのが見て取れる。
 チラチラと窺ってしまう拓海の視線を感じたのだろう。涼介が前方を見たまま拓海に問いかけた。
「何?」
「え?」
「さっきからずっと視線を感じているから。何かおかしなところがあったかな?」
 拓海は目を見開いた。
 相変わらず秀麗な美貌に、品の良いカジュアルだけど崩しすぎない服装。何もおかしなところは無い。
 あえて言うなら、おかしいのは拓海の方だ。
「え、ち、ちがくて!・・・その、涼介さんカッコいいし・・・それにすげー強いでしょ?何で俺なんかと一緒にいるのかな〜って、不思議で、その・・・」
 強い雄は、自然と雌が周りに集まる。今の涼介なら、きっとどんな雌でも自由にできるだろう強さに溢れていた。
 それなのに自分のような半端者をわざわざ選ぶ理由が分からない。
「・・・・・・・」
 涼介の切れ長の眼差しが、拓海に向けられる。じっと見つめられ、拓海の頬が赤くなった。
 無言のまま、車は移動し、拓海の家から近くにある湖に到着する。
 そこは観光地として名が知れ、ロープウェイやボート、休日には乗馬体験もできるようになっている。
 この日も休日で、湖の駐車場には観光客を待つ馬車や馬、そして家族連れなど人が溢れていた。
「ちょっと話そうか」
 涼介が車を降り、拓海も慌てて助手席から降りた。
 ふと、指先に暖かいものが触れたと思った瞬間、拓海は彼に手を握られている事に気付いた。
 観光客も多いのに、人目も憚らず彼は手を繋いできた。
 動揺して手を離そうとするが、亜人の上級種の力は人狼のハーフごときでは無理だった。
「りょ、涼介さん、て、手ぇ!」
「見せつけたいんだ」
「・・・・・・・」
 ぶんぶんと振り払うように手を振り回したが、無理な事を悟ると諦め力を抜いた。だが顔は真っ赤だ。
「・・・俺は半端者だったの、知ってるだろ」
 湖へとゆっくり連れ立ち歩いていく。
 風が強く、ざぶざぶと湖面が波立っている。
「半端な自分が嫌だった。両親も、弟も普通なのに、俺だけ両方の性質を併せ持っているせいで迫害される。そんな自分の性質も嫌だったし、家族をつい恨んでしまう自分も嫌だった」
 湖の端にかけられた桟橋に向かう。
 湖から吹き付ける冷やされた空気に、思わず身震いしたのが涼介に伝わったのだろう。彼はチラリと湖面に視線を向ける。
「・・・・・・・」
 し、んと湖面が凪いだ。
 拓海は驚いた。力のある雄だとは思っていたが、この人は・・・。
「風・・・止めた?」
 そんな亜人は噂に聞くほどの能力者しか知らない。
「拓海を煩わせるものが憎いと思ったら、こんな事もできるようになった」
 ふ、と彼が甘く微笑む。
 いやいやいや。どんなチートですか。
 拓海はあんぐり口を開けたまま、隣の人物を見上げる。
「拓海が好きだよ。半端な俺を嫌がらず、ラッキーだって、笑い飛ばしてくれた拓海が好きなんだ」
 じっと、熱い眼差しが拓海に注がれる。
 拓海も鈍くはあるが、壊滅的に鈍感なわけではない。
 彼が真剣なのはは分かった。
 彼が、昨日と雰囲気が違うのも、力が強くなったのも自分のせいなのだと、何となく分かった。
 拓海だって雌のハシクレ。強い雄に求められ嬉しくないはずがない。
 自然と、雌の本能が勝り、雄を誘うフェロモンがあふれ出てしまう。
 林檎のように真っ赤な頬と、潤んだ眼差しで涼介を見上げるその表情が、涼介への返事だった。
 涼介が微笑む。
「・・・良い匂い」
 彼の顔が、拓海の首筋に向かいその匂いを嗅ぐ。きっとそこから雌の甘ったるい匂いがしている事だろう。
「俺の・・・番いになってくれる?」
 拓海からフェロモンが出ているように、涼介からも拓海を魅了するフェロモンがあふれ出ている。
 クラクラするほど濃密なその匂いに、拓海は眩暈し目を閉じた。
「・・・人狼の番いは生涯一人ですよ」
 他の亜人と違い、人狼は番いを他の相手を選ぶ事は二度とない。たとえ相手が死んでも。ずっとその生涯ただ一人だけ。
「涼介さん、竜人と吸血鬼って・・・浮気モンの種族ですよね?浮気したらぶっ殺しますよ」
 上級種の竜人、吸血鬼は多情な性質だ。強い相手を求め、パートナーがコロコロ変わる事もある。
「俺は変異種だから大丈夫。ずっと拓海一人だよ。誓うよ」
 ちゅ、と首筋にキスが落とされ、さらにねっとりと舐めあげられる。慌てて周囲を見れば、周りにいる人々はこちらを気にも留めていない。きっと涼介が何かしたのだろう。
 ぺろ、ぺろ、と涼介が何度も拓海の首筋を舐める。
 これが吸血鬼の求愛行動だと、知らない拓海では無い。
 涼介の腕が腰に回り、体を引き寄せる。密着した体が、涼介の体温と筋肉の硬さを伝えてくる。
 まさか、まさか・・・。
 昨日お見合い、今日初デートで。
「つがい、なる。・・・つがい、なって?」
 伴侶が決まってしまうとは夢にも思ってもいなかった。
 是の返事に、涼介の牙が拓海の首筋に食い込む。
 過去、数少ない希少な亜人の友人の少女が、吸血鬼とのHがとても気持ち良いと言っていたのを思い出す。
『血を吸われると頭クラクラしちゃって、身体中が敏感になって何されても気持ちよくってたまらないの。あれって、何か催淫効果?っての、牙から流し込まれてるんだって』
 拓海は今、あの時の言葉が真実なのだと実感していた。
 鼓動が早まり、心臓が割れ鐘のように耳に響く。涼介が触れている全ての箇所が熱を持ち、全身がざわめいているようだ。
 首筋から顔を離した涼介のその唇は赤かった。
 にんまりと笑みを刻んだ、その唇が拓海の唇に触れ、生温かい舌が口の中に割り込んでくる。
「可愛い、拓海・・・」
 自分の血が甘いのか、それとも涼介の唾液が甘いのか。
 これからさらに押し寄せてくるだろう感覚に、心が付いていけず拓海は・・・。
「拓海?拓海!」
 気絶した。



 くったりと腕の中で力を失った体を支えながら、涼介が笑みが零れるのを消せなかった。
 愛しくて可愛い存在。
 清らかで純粋で、なのに弱くなく強い。快感にはどうも免疫が無いのか弱いみたいなのが、またそそる。
 無垢な新雪を汚す喜び、とでも言うのだろうか。
 ゆっくりと関係を育てたかったが、我慢できなかった。
 美味しそうな匂いを振りまき、涙目で誘われるのを耐えられるほど枯れていない。
 つい吸い付いてしまった首筋は甘く、血の味は蕩けるようだった。
 おかげで、下品な話だが股間は臨戦態勢にいきり立っている。
 擦り合わせた腰の感覚で、拓海のそれも反応していたのを感じた。嫌悪感は無いようだから、すぐに快楽を分かち合えるまでの関係になれるだろう。
 服を着た拓海も可愛いが、裸の拓海はもっと可愛いに違いない。
 ああ、そうだ。拓海は狼の姿も取れるのだ。きっと狼の姿も美しいだろう。
 最初の性行は人型でと思っていたが、男女のそれで考えるなら獣型の方が良いだろうか。
 人型での性行となると、後腔を使用したものになる。免疫のない子にいきなりそれは難しいだろうか。
 悩むところである。
 涼介は拓海の体を支えながら、手を臀部へと移動させる。
 適度な弾力と硬さのある尻の感触に、ごくりと唾を飲み込む。
 早くマーキングしたくてたまらない。
 本当はこの場で犯したくて堪らない。
 だがしかし、さすがに初めてが屋外な上に意識の無い時と言うのは鬼畜すぎだろう。
 拓海がとろとろに蕩けきった顔で涼介に縋り付いて、
『涼介さん、大好き』
 と甘い声で鳴いてくれるのが理想だ。
 らめぇ、だとか、いやぁ、いっちゃうぅ、だとか、涼介さんのおっきぃの、ちょぉだぃ、とか、舌ったらずに喘がせるのは二回目三回目以降でも良い。
 純真無垢なやっと手に入れた番だ。
 大事に、ゆっくり食みたい。
 涼介は拓海の体を抱え、今後の妄想を繰り広げながら愛車へと向かった。
 気は急くが、焦ってはいけない。
 この大切な恋人との時間は、この先もずっとあるのだから。











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