半端者の恋
act.2
お見合いの場所は駅前のホテルのカフェスペースだった。
テラスに続く開放的な場所で、一般の利用客も入りやすい場所だ。
比較的格式ばった場所ではないところに、相手への気遣いを感じ、涼介は苦笑した。
今回はどんな「お嬢様」を用意したものか。
奇形の自分のために、周りは相手に対し過剰な気遣いを見せる。
色んなシチュエーションを用意し、涼介を受け入れやすくしようと必死だ。
そんな努力も、涼介の奇形のせいで全て無駄になっているのだが。
涼介は指定のテーブルに着き、コーヒーを注文した。
今回の見合いに付き添いはいない。自然体で出会えるように、当事者のみが待ち合わせするパターンだ。
涼介のテーブルにコーヒーが届き、乾いた口を潤す。
見合いを何度繰り返しても、毎回恐怖に似た緊張感に襲われる。
よほどの鈍感で無い限り、「他人から嫌われる」事が平気な者はいないだろう。
見合いとは、涼介にとってその感覚を何度も味わわせられる事と同じだ。
慣れたと嘘ぶってはいても、平気になったわけではない。
だから涼介は最初から期待しない。
どんな罵詈雑言も、嫌悪の眼差しにも耐えられるように、最初から脳内で最悪の事態を常にシュミレートする。
今回も涼介は相手の予測から、その反応までを、最悪の想定でシュミレートしていた。
だが、今回のその予測は最初から覆される事となる。
目の前に誰かが来る気配がし、ふと、コーヒーカップに向けていた視線を上げた。
そして涼介は自分の目に映ったものを疑った。
「あ、の、・・・高橋涼介さん、ですか?」
そこにいたのは少年だった。
いや、少年と呼ぶには少し華奢さは無いが、それでもそのあどけない容姿と、少女のような大きな瞳が彼を若く見せていた。
何より。
彼の、服装が彼の年齢が若い事を示していた。
思わず、涼介は瞬きを繰り返し、手の甲で目を擦る。
間違い、無い。
今、目の前にいるこの少年は、まっ黒な・・・そう、詰襟の学生服を着ている。
間違いなく。
彼は、学生・・・・・・高校生だ。
「き、みは・・・」
問いかける声が掠れた。
「あの、俺・・・藤原、拓海です。その、高橋さんの見合い相手です」
涼介は色んな事態を想定していた。
だがその星の数ほどある想定の中でも、まさか相手が詰襟の制服を着た高校生の少年だとは、露ほども予想できなかった。
涼介はただ口をあんぐりと開け、目の前の見合い相手の少年を見つめていた。
予想外の相手に、涼介は開いた口を塞ぐ事が出来なかった。
涼介の現在の年齢は23歳だ。
そのため、今までの見合い相手は年齢に前後はあるが、みな成人した女性ばかりだった。
まさか未成年の、おまけに男が来るとは夢にも思っていなかった。
涼介はふと眩暈を覚え、目を閉じた。
いくら何でも酷過ぎる。
目の前のコーヒーカップを握りしめる手に力がこもる。
「・・・・・・すまない」
涼介は俯いたまま謝罪を口にした。
「無理やり付き合わされたんだろう。気にせず君の方から断ってくれて構わない。俺のせいで、面倒をかけて申し訳ない」
恥ずかしかった。
こんな年若い少年にまで迷惑をかける半端な自分と言う存在が。
しかし頭を下げる涼介に、肝心の見合い相手の少年は不思議そうに首を傾げた。
「え?俺、ラッキーですけど」
驚き、顔を上げ、目の前の少年を見上げると、キラキラとした瞳で涼介を見つめている。
「高橋さん、すげーカッコいいし、見れただけでラッキーかなぁ、って」
うふふと頬を赤らめ、嬉しそうに見る相手に、涼介は戸惑いを隠せなかった。
「な、なに言って・・・」
初めて向けられる憧憬の眼差しに、つられて涼介の頬も赤くなる。
「高橋さんが何か問題ある人なんだろうなって事は、来る前に分かってました。何しろ俺なんかのとこに見合い話くるぐらいだし」
涼介は拓海をじっと見つめた。
彼の本質は狼。
ただし、その力は弱く、そして・・・・・・。
「君は・・・メス?」
うっすらだが、雌にしか香らない匂いが彼から漂っている。
女性と断言するには不確定だが、男性と断定するには匂いが強すぎた。
涼介の質問に、拓海は頷いた。
「俺、人間との雑種のせいか、おかしいんすよ。人型の時はオスだけど、狼になると雌になるんです」
涼介は目を瞠った。
今まで聞いた事の無い事例だ。
目の前の彼は、自分の奇形と並ぶくらいに珍しい・・・異形だ。
「高橋さん、混ざってるんすね。でも俺に比べたら全然マシっすよ〜。俺、オスかメスかも分かんない上に、人間との雑種だからヤなやつだとすげー馬鹿にしてくるし」
亜人でも個々により性格に違いがある。
エリートとされる上位種だと、プライドも高く弱者に対し慈悲の心が薄い。
涼介の在する階級は上位種にあるため、そんな侮蔑も慣れたものだった。
だからつい、彼に対し同情めいた感情を抱いたのだが、目の前の彼にはそんな涼介の常識が通用しなかった。
「俺、人狼だから血の気が多くて、だからすぐキレて殴っちゃうんですよね。ボコボコにしちゃって、手の骨折ったこともあるし」
予想外の言葉に、涼介はぽかんと口を開けた。
「だから人間の世界でも問題児扱いされちゃって。そんな俺なんかと見合いなんかですみません」
晴れやかに、いや、のほほんとした表情で謝られ、涼介は戸惑った。
謝るのはいつも涼介のはずだった。
なのに彼は涼介に謝る。
「い、いや、俺の方こそ、すまない」
つられて謝りながら、涼介は目の前の少年を立たせたままでいる自分に気付いた。
「っ、悪い。座ってくれ。咽喉は乾いてないか?」
促され、拓海は涼介の前の席に座る。そして涼介が差し出したメニューを眺め、その大きな瞳を見開いた。
「た、高っ!ジュース1杯で千円以上って・・・!」
比較的敷居の低いホテルとは言え、格式が低いわけではない。そのカフェの価格設定も庶民的とは言い難い。
それに慣れた涼介には、何とも思わない金額設定だが、目の前の彼にとっては違うらしい。
涼介は見合い相手として現れた少年の一挙一動から目が離せなかった。
ネガティブになるばかりで、自分を卑下してばかりだった自分と違い、同じ異形でありながら彼は前を向き、笑い、愚弄する輩と立ち向かっている。
そして今も大きな瞳をこぼれんばかりに見開き、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、おどおどとメニューと店内に目を彷徨わせている。
その物慣れない仕草が、涼介には好ましかった。
贅沢に慣れ、高慢な態度が当たり前の今までの見合い相手とは真逆だ。
まるで温かな陽だまりのような存在に、涼介の凍て付いていた心に柔らかな温度が通う。
涼介は微笑み、ウェイターを呼びオレンジジュースを頼んだ。申し訳なさそうな態度に、ますます涼介の心は癒される。
「ところで、学校の制服を着ているようだけど、君は今いくつなんだ?学校帰りか何かなのか?」
声をかけられ、さまよっていた視線がまた涼介に戻る。
見合いをした今日は土曜だ。学校は休みのはずだが、なぜ制服を着用しているのだろう。
落ち着いた頃に、涼介はようやくその不思議な事実に気が付いた。
その質問に、拓海は気まずそうに身を縮めた。
「えと、俺、今18です。高校3年で・・・。今日は学校ないんだけど、・・・・・・えと、笑いません?」
大きな瞳で上目づかいをされると、胸が躍ることを涼介は23年の人生で初めて学んだ。
無意識な仕草が何やら愛らしいことに、この少年の姿をした雌は気付いていないようだ。
涼介は芽生えた下心に苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「笑わないよ。それで、なぜ制服なんだ?」
うう、と唸りながら、拓海は言い辛そうに口を開いた。
「・・・・・・服、なくって」
「え?」
「俺、持ってる服なんてTシャツとジーパンばっかだから。こういうのに着てく服なくって・・・」
ああ、と涼介は頷いた。
「だから、制服か」
笑わない。そう約束したが、だめだ。
「はははは」
思わず、笑ってしまった。
馬鹿にしたわけではない。
純粋に、この少年の無邪気さが微笑ましかったのだ。
「わ、笑わないって言ったのに・・・!」
顔を真っ赤にしながら、拓海が拗ねたように唇を尖らせストローを咥える。
きっと、気付かない。
その仕草が扇情的だなんて。
涼介は笑いをかみ殺しながらも、目の前の少年の姿を目に焼き付けるように見つめた。
その熱のこもった眼差しに、拓海の頬の赤みがどんどん増していく。
「あ、あの・・・た、高橋、さん?」
居心地悪そうに椅子の上で身じろぎする拓海に、涼介は心を決めた。
「涼介だよ」
「え?」
「高橋、涼介。俺の名前は涼介だ。君には苗字ではなく名前で呼んで欲しい」
さぁ、と促すと、戸惑いながらも拓海の唇が開く。
「涼、介・・・さん?」
名を、呼ばれた瞬間に涼介は確信した。
この、雌が欲しい。
にっこりと。
微笑み、目の前の雌に狙いを定める。
「俺のことが嫌じゃない?」
涼介の問いかけに、拓海はゆるゆると首を横に振る。
「じゃあ、また会ってくれるかな?」
「え?」
「君に、会いたい。君と仲良くなりたいんだ、拓海くん」
そう告げると、拓海の顔が耳から首まで一気に真っ赤に染まった。
涼介の憂鬱だった日々が終わりを告げる。
目の前の、純朴で真っ直ぐな少年が、それを終わらせたのだ。
拓海は心の中で何度も悲鳴を上げた。
やばい。
本気でやばい、やばすぎる。
何がやばいかと言うと、彼、だ。
自分の見合い相手だと言う「高橋涼介」その人だ。
最初、待ち合わせになっているホテルで見かけた時、ずいぶん綺麗な人がいるものだと目を奪われ、そしてどうやらそれが自分の見合い相手だと知り、純粋にラッキーだと思った。
拓海は綺麗なものが好きだ。
自分の容姿がパッとしないせいか、美形だとか、綺麗な雰囲気の人に憧れてしまう。
しかも鑑賞に値する美形の割合は少なく、芸能人などを除くと、一般では皆無に等しい。
だがこの高橋涼介は、拓海の厳しい審美眼にも堪え、おまけに雰囲気までセレブ臭がただよう極上品だ。
気怠げに見える憂鬱そうな表情も、退廃的でさすが吸血鬼のハーフ。
なぜこんな人が見合いなんてするのだろう?
不思議に思いながら近寄り、目の前に立った時に気が付いた。
彼が、混ざっている事に。
だけど、それだけだ。
混ざっているかも知れないが、オスだかメスだか分からない人間混じりの自分より何倍もマシだ。
こんな極上品と一瞬でも過ごせるだけで幸せだと、おそるおそる声をかけ、何故か謝られ、いやいやこちらこそ逆にすみませんと謝り、何だかんだと自分の過去の黒歴史まで語ってしまい・・・・・・。
どうしてこうなったのだろう?
憂鬱で気怠げな表情だった彼は、今はもうキラキラ輝き、匂いたつようなフェロモンをまき散らせて拓海をうっとりと見つめている。
なぜだ??
自分は何もしていないのに、どんどん涼介がキラキラしだし、おまけにクラクラするような濃いフェロモンまで放ち始めた。
拓海もメスの端くれ。
そのフェロモンには冷静でいられない。
亜人の種族の中でも、フェロモン・・・魅了の能力の強いものが何種族かあり、吸血鬼、そして竜人はその2トップに入る。
それとは逆に、フェロモンに弱い種族のトップが・・・人狼。匂いに敏感なのが原因らしい。
竜人と吸血鬼のダブルのフェロモンに、拓海は胸の鼓動が止められない。
恋、なのか。フェロモンに当てられた本能的な反応なのか。このままだと心臓発作で倒れるのではと思えるくらいに、顔面に血流が溜まったところに、名前呼び、だ。
おまけに、また会いたい、と。
あまり回転の宜しくない頭でも、どうやらこの極上品としか言えない力の強いオスに気に入られたらしい。
メスとして。
いいのだろうか?
こんなハンパもので大丈夫なのか?いや、ダメだろ。
会いたいと言う誘いに、断れと理性が指令を出すが、キラキラのフェロモンが拓海に注がれ・・・つい。
つい、頷いてしまった。
断られると思っていた見合い。
物見遊山の気持ち100%に近い見合いだった。
なのに、何故か見事に成立してしまっているようだ。
うう、と拓海は唸った。
今まで自分にメスの意識は無かった。男相手に恋愛は気持ち悪いし、かと言って女の子相手にするのもどうも微妙で、恋愛関係には縁なく過ごしてきた。
それが今、強烈な魅力を持ったオスに気に入られ、引き込まれるように自分もまた、急速に惹かれている。
「明日、君に会いに行っていい?」
質問の形だけれど、彼の表情が肯定以外の言葉を拒否している。
「君の家まで迎えに行くよ」
うわぁ。親父驚くだろうなぁ・・・。
もう拓海の意識は遠いところを彷徨っている。
簡単に言うと、現実逃避。
「ふふ、初デートだな。楽しみにしてる」
ぎゅ、と手のひらを握られ・・・・・・まじですか。
何やら、手の甲に「ちゅ」とか・・・なまあったかい感触が・・・。
ああ、ほんとヤバい。
拓海はお腹に力を込め堪えた。
耳と尻尾でそう・・・。