半端者の恋

act.1


※このお話はパラレル設定でファンタジー色が強いです。
また、拓海の性別は女性?と断言できないものです。
苦手な方はご遠慮下さい。





「明日お見合いがあるから」
 母の言葉に高橋涼介は無言で頷いた。
 どうせまた失敗するに決まっているのに、諦めの悪い母は何度も涼介に見合いを仕掛ける。
 涼介は長男だし、一応優秀な頭脳を持っているから期待するのは理解できる。
 だが自分の欠陥など、親である母が一番よく分かっているだろうに。
 迂闊で単純なところはあるが、弟である啓介がいればこの家の血統を守る事は問題ない。
 いつか諦めてくれるだろうと言う願いと、親の期待に応えられない自分が申し訳なくて涼介は失敗すると分かっている見合いを繰り返していた。
 俯いた視界の先に、ガラスのように磨かれた大理石のテーブルの表面に映りこむ自分の姿が見える。
 そこに映る自分の姿は、一見普通だ。
 通常の人間ならば、綺麗だの何だの持て囃される容姿だろう。
 緻密に練り上げた端正な容姿に、均整の取れた肢体。
 知性ある切れ長の眼差しで見つめると、大抵の女性は頬を染める。
・・・・・・が、それは人間に限った話。
 人間にモテても仕様がないのだ。
 涼介は同属にモテない。
 その理由を、涼介は良く理解している。
「・・・・・・混ぜモノで半端な俺なんて、相手にするヤツなんていないのにな」
 こんな自分はきっと一生一人で、寂しく人生を終えるに違いない。
 そう、涼介は思っていた。
 そう、思い込んでいた。



 血統、と言うものは重要だ。
 いわゆるペットなどの価値として重要視されるのは、そのペットの血統、いわゆる純血種であるかどうかが問題とされる。
 昨今、MIXと言う純血種を掛け合わせた種も流通しているようだが、そのMIXに至っても親の血筋がしっかりしていないと価値は無くなる。
 雑種と交配し生まれた種は、雑種として扱われる。
 例えて言うなら、涼介は雑種・・・いや、雑種ならまだ良い。
 涼介は奇形だった。
 この世界には、知的生命体が人間の他に何種か存在している。
 もちろん人間は気付いていない。
 彼らは闇に潜み、人間に擬態しているが、決して人間に交わらない。
 何故なら、彼らにとって人間はそもそも別種族なのだ。
 一部の例外を除き、恋愛、もっと即物的に言うならば交配は同種族と行う。
 明らかに自分たちと異なる・・・そう例えて言うなら犬とサルが交配しないのと同じ。
 彼らにとって人間とは「そう」だった。
 どこで種が異なったのか起源は分からないが、人間の種の根源がサルであるなら、涼介たち種の起源はきっとサルではない生物だ。
 サルとは異なる起源を持ち、異能力を持つ彼ら種族を一括りに「亜人」と称されている。
 涼介は亜人の両親から生まれた純血種な亜人のはずだった。
 問題は、涼介の親である亜人の種が異なる事だろう。
 頻繁ではないが、亜人ではあるが別種同士で交配する事はある。
 その際、その子は両親どちらかの属性を受け継ぐ。
 双方の属性、どちらも受け継ぐと言う事は無いのだ。

 本来なら。

 涼介はその法則に外れた存在だった。
 いわく、伝承で「吸血鬼」と呼ばれる亜人の父と、「竜人」と呼ばれる母の間に生まれた彼の属性は・・・・・・・・・両方だった。
 つまり、キメラだ。
 そしてこれこそが、涼介の見合いが失敗し続ける所以でもあった。
 人は本能的に得体の知れないものを恐れる傾向にある。
 涼介の存在は、不気味で、不可解なものでしか無い。
 亜人の中でも血統の良い家柄とされる高橋家。弟である啓介は立派に「竜人」の資質を受け継ぎ、多少ヤンチャな点はあるものの立派に種族として受け入れられているのに、その嫡男として生まれながら、涼介はずっと欠陥品として過ごしてきた。
 両親の罪悪感に満ちた表情。理不尽な自分への扱いに苛立った弟の顔。
 それら全てが涼介を苦しめる。
 いっそ、諦めて放逐してくれればいいものを。
 そう願いながらも、血に繋がれ自分から捨て去る事も出来ない。
 大理石のテーブルに映る自分の顔が醜く歪む。
 遺伝子だけではなく、己の心まで醜い。
 涼介は自嘲の笑みを浮かべた。
 明日の見合いも、きっと相手の方から断られるのが目に見えている。
 過去、見合いの相手から向けられた嫌悪の眼差し。
 それを思い出し、涼介の心は深く沈んだ。



 藤原拓海は雑種だ。
 正々堂々、紛れも無く雑種だ。
 拓海の雑種っぷりは筋金入りだ。
 何しろ、母親が人間だ。
 何を血迷ったか、変り者で定評のあった亜人の父親は、全くの別種族であるはずの人間の母と交配をし、拓海を生んだ。
 過去例のない珍事だった。
 故に、亜人の子を孕んだ人間の負担を軽く考えていた。
 無知は罪である。
 亜人の遺伝子は、人間には悪質な腫瘍のようなものだ。根本的に、亜人と人間は生命エネルギーの量が違い過ぎる。
 人間が持つ生命エネルギーを1とすると、亜人は10だ。
 それを孕み、育む事は自分の命を削る事と同じこと。
 拓海の母は、拓海を生み落すと同時に命を失った。
 人間と亜人との間に生まれたが、拓海の性質は亜人だった。
 だが母親が人間であるためか、ほんの少し困った事に変な特性が身についてしまった。
 拓海と、拓海の父親の属性は「人狼」だ。
 拓海ももちろん狼に変化する。
 それは良い、それは良いのだが・・・・・・性別が不安定だった。
 いや、生まれた時は紛れも無くオスだった。
 だが三歳の時、初めて狼に変化した時、自分の異変さに気が付いた。

「あり?お前、メスだったんか」

 のんきな父親の言葉に、拓海は自分の事ながら全く理解ができなかった。
 だって、考えられるだろうか。
 人型の時はオスなのに、狼になったらメスになるだなんて。
 亜人の医師に調べてもらったところ、拓海は特殊な例の雌雄同体遺伝子を持っているらしい。
 拓海は不思議な自分の体の事を深刻には受け止めなかった。
 ただ、将来的に交配は無理だろうなと諦めた。
 オスとして女性に恋をすれば良いのか、それともメスとして男性に恋をすれば良いのか?
 悩んだ末に面倒くさくなったのだ。
「どーせオレなんて人間との雑種だし、誰も相手にしないだろうし」
 人間の母の事は感謝している。だから恨むことも、自分を卑下もしない。
 ちょっとめんどくさい性別を持ってしまったから、つがいを持つ事はあきらめただけ。
 だからまさか。
 こんな自分に見合い話が来るだなんて夢にも思っていなかった。



「は?見合い?」
 藤原家は庶民だ。
 人間の世界で、地味に細々と豆腐屋を営業している。
 数多いる亜人たちが、その特殊能力を生かして、知的職業に就いていたり、一流スポーツ選手、はたまた政治家だのと権勢を誇っている中で、豆腐屋。
 派手なのが好きではないと言う主張だが、逆に地味すぎて亜人の中では異質で目立つことに、残念ながら拓海の父、文太は気付いていない。
 何だかんだ理由を付けているけれど、父は人間が好きなんだろうなと拓海は予想している。
 そんな亜人にとって変り者の文太ではあるが、亜人との交流が無いわけではない。
 どうやらその見合いの話は、世話好きの「猫又」の親戚のおばさんから来た話らしく、文太も最初は拓海の性別を理由に断ったが、とりあえず本人に聞いて欲しいと促されたらしい。
「・・・見合いって、相手って・・・どっち?」
 こんな雑種で性別不明な自分に見合い。話を持ち込んだのは亜人だから、きっと相手は亜人だろう。
 拓海は自分が亜人にとって魅力的どころか、むしろ軽蔑される存在である事を自覚している。
 そんな自分に見合いが持ち込まれるのなら、きっと相手は自分と同じか、それ以上に問題のある亜人なのだろう。
「う〜ん・・・確か、オスだったはずだぞ。イイとこの坊ちゃんらしいからな。吸血鬼と竜人のハーフだとさ」
「吸血鬼と竜人・・・」
 拓海は大きな目を見開いた。
 どちらも亜人の属性の中では、トップクラスの能力持ちの種族だ。
 いわばエリート種族なのに、何で人狼の、おまけに人間との雑種の自分なのだろう?
「俺、狼んときしかメスじゃねぇんだけど、いいんかな?」
「ん?いいんじゃねぇか?あっちもお前の体のことなんて分かりきってんだろ」
 分かった上で、自分・・・。
 だったらきっとかなり問題のある相手なのだろう。
 恋愛には興味が無いし、自分の身の程は十分に弁えている。
 だけど何となく、興味が湧いた。
 こんな雑種でおかしな性別の自分でも良いと、そう思えてしまうほどの相手の問題に。
 だから拓海は頷いた。
「・・・分かった。行ってみる」
 文太は興味なさげに「ふぅん」と相槌を打ち、
「見合いは明日だとよ」
 と何気なく言った。
「そ、それ早く言えよ!」
 まさかそんな急な話とは思わず、拓海は青くなった。
 着ていくものが無い!






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