拓海の里へようこそ

act.3


 深層心理。
 それが曝け出されてしまえば後はカタルシスがあるだけだ。
 開放された真実は、涼介の全身を巡り、そして脳細胞の全てを支配した。
 その細胞、またはウイルスと呼んでも過言ではない。そのウイルスを、啓介はあえて「拓海菌」と命名した。
「アニキが拓海菌に冒されちまった…」
 ハァ、と溜息混じりに嘆けば、目の前で拓海の腰をしっかりと抱えた涼介が憤慨する。
「失礼な事を言うな。俺はただ素直になっただけだ!」
 ある意味素直すぎるその行動は、以前とは真逆の理由で周囲をヤキモキさせる。
 こんな事なら、妙な忠告などしなければ良かった…。
 しかし、そう後悔しても後の祭だ。
 それに。
「えと…すみません。啓介さん。でも、俺今の涼介さんの方が嬉しいです…」
 カァと、恥じらいながらも、しっかりと主張するライバルのはにかんだ笑顔は眩しい。
 以前の、悲しい顔や切ない顔。儚げな笑顔を思うと、やはりこうなって良かったのだろうとは…思う。
 つられるように、啓介もまた微笑むと、目の前の兄の機嫌が一気に下降する。
「…おい。拓海に色目を使うな」
「使ってねぇよ!!」
 俺のアニキってこんなヤツだったけ?
 身内だからと、全てを理解できたと思ったのはしょせん錯覚に過ぎなかったのか…。
 溜息を吐きながら、ホロリと知らなかった兄に涙を浮かべると、さらに涼介は不可思議な言葉を発した。
「…いや、油断なら無い。
 夢は深層心理を現すものとされているが、実はただ単に過去の具象を無意識下の自我と合さり発露しているだけに過ぎない。つまり俺はお前の中の拓海への好意を感じ取り、あのメンバーの中にお前を含めていたのだろうと予測する。
 つまり分かりやすく結論を言えば…お前、拓海が好きなんだろう?」
 啓介はポカンと開いた口が塞がらなかった。
 そしてやっとの思いで発せられた言葉は、口を開けたままでも言える、
「はぁ?!」
 と言う言葉だけだった。
 そして涼介の発言に、拓海もまたキョトンと涼介を見上げる。
「涼介さん…何の話ですか?」
 フ、と涼介は微笑み、かつてウサギの拓海にしたように、指をその柔らかな頬に滑らせる。
「…ああ。つまらない話だ。夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ、そうだ」
 涼介の視線が、遠いところへ向けられる。
 けれど、愛しげに細められたその眼差しは、すぐに拓海の元へと戻り、ニッコリと艶やかな笑みを浮かべた。
「…拓海が好きだよ」
 笑顔のまま、サラリと発せられた愛の言葉に拓海の顔が真っ赤に染まる。
 きっと尻尾や耳があったら、フルフル震えていただろうくらいに。
「また始まったよ…アニキの拓海菌」
「え、と…あの…」
 湯気が出そうなほどに顔を真っ赤に染めて、けれどしっかりと拓海は涼介の腕を掴んで見上げた。
「あの…俺も、涼介さん好きですから!」
 言った瞬間に、真っ赤な顔がさらに赤みを増して、そして自分の発言に照れたように慌てて腕を離して俯いた。
 そんなウサギも裸足で逃げるような愛らしさに、涼介の笑みは益々深くなり、そしてそれを見ていた啓介も、不覚にも胸がときめいた。
 が。
 チラリと、その瞬間向けられた兄の氷のような眼差しに、ときめきは拡散し、恐怖しか宿らない。
「…俺はあの夢を啓示だと考えている」
 どんな夢なのか。
 それをハッキリ言わない兄は確信犯だと思う。
 分からない。それは人の不安を煽る。
 そして涼介の凍て付く眼差しの圧力と言うオマケ付きで、啓介の心臓が万力で縮められているようにキュゥっと鳴った。 
「俺に拓海への感情を自覚させ、素直にさせた。
そしてもう一つ」
 傍らの拓海の肩を抱き、啓介を見下ろし鼻で笑う。
「どれが悪い芽であるのか…って事だな。フッ…知ることが出来た」
 ゾクリと背中に悪寒が走る。
 啓介の直感は優れている。だからこれは間違いではない。
 そして啓介はもう一人、兄の親友でもある男の未来を案じた。
 彼の胃は痛むだろう。きっと。
 これは確信だ。
「さて啓介」
「な、何…?」
「…お前は強気なタイプが好きだったんだな」
 啓介には、涼介の嫣然とした微笑が悪魔のそれに思えた。
「拓海の里は…俺だけのものだ…」
 涼介のナゾの言葉。
 それを理解できる人間は、涼介本人ただ一人だけだった。




2008年4月22日

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