拓海の里へようこそ
act.1
気が付くと突然妙な場所に立っている。
街中でも、峠でも有り得ない長閑な田舎としか言えない里の風景が広がっている。
ふと、長い一本道の入り口に、木で出来た大きな看板が見えた。
そこには「拓海の里」と表示されてある。
「拓海の…里?」
涼介は首を傾げた。
拓海と言えば涼介に初めて黒星を付けた相手、藤原拓海に相違ないだろう。
その藤原の里とは如何に?
看板を眺めながら唸っていると、横からいきなり声をかけられる。
「アニキ、どの拓海の家に行くか決まった?」
横を見れば、自分と顔の造りは似ているのだが、纏う雰囲気の全く違う弟の姿。
同じ目線の弟の顔を見れば、嬉しそうに一枚の紙を手に取り何かを指差している。
「俺は…どうすっかなぁ…誘い拓の家も捨てがたいけど…やっぱ強気拓の家だな!」
何の事やらさっぱりだ。
「啓介。その紙には何が書かれてあるんだ?」
「あ?アニキ貰わなかったのか?パンフだよ。拓海の里の」
そう言いながら啓介が手渡してくれた紙には、この里の地図と、何の家があるのかの詳細が書かれてある。
『誘い拓の家…あなたを誘惑してくれる拓海が住んでいます。拓海に誘われてみたい方はいかが?』
『強気拓の家…強気で負けん気の強い拓海が住んでいます。意地っ張りな彼を攻略したい方におススメ』
他にも、どうやら色んなタイプの拓海がこの「拓海の里」には点在しているらしい。
眺め、理解しながら、涼介は「強気拓の家になど啓介が行けば、ただ喧嘩して終わるだけだろうに…」とほんのり思っていた。
「俺はS拓の家だな…。うん。ちょっと興味あるよ」
はにかみ笑うのは、親友である史裕だ。
密かにM体質であると睨んではいたが、やはり好むのは本能が求めるところなのだろうか。
「俺は奴隷拓の家ですね。道具とかも全部家に揃ってそうですし…今日は俺は手ぶらで行けますよ」
ハハハ、と爽やかに笑うのは松本。
彼の本質がSである事は見抜いていたが、ここでもその性質は遺憾なく発揮されているらしい。
奴隷拓の家は、里の端の森の中にある。あそこまで行くのは大変そうだなと思いながら、歩いていく彼らを涼介は見送った。
どうやら、ここは色んなタイプの拓海を取り揃えた里らしい。
色んな拓海の家の説明を凝視しながら涼介は考えた。
この家が示すところは、ただ単にお茶をすると言うだけのものではあるまい。
いわば、性的な行為を示唆するものだ。
風俗業界も色んな趣向を取り揃えてきたものだが、とうとう里一つをプロデュースした大規模な物まで現れてきたらしい。
さて、せっかく入り口まで来たのだ。
せっかくだから涼介も皆と同じように楽しむのが「粋」だろう。
ここで、拓海を楽しまず帰るのは、せっかくの趣向を台無しにする怖れがある。
では楽しむべきである。
涼介は数ある拓海の家から、ふと心惹かれた拓海の家を見つけた。
『ウサ耳拓の家…寂しがりやのウサ耳拓海が住んでいます。彼に甘えられたい方、可愛らしい拓海がお好みの方はいかが?』
どうやら入り口からも近いらしい。
涼介は地図を頼りに、啓介たちに遅れながら歩き始めた。
ウサ耳拓の家はピンク色の外壁の家なのだろうか?と言う予想を裏切り、ハチロクカラーの白と黒の造りだった。
真四角の建物に、ハチロクと同じデザインで黒のラインが入っている。
コンコン、と拓海と同じ髪色の薄茶の木の素朴なドアをノックすると、「は〜い」と拓海の声が聞こえてきた。
そしてすぐにガチャリとドアが開く。
「こんにちは」
現れたのは予想通りのウサギの耳を付けた拓海だった。
薄茶色の髪から、フヨフヨと長い白い耳が揺れている。
ウサ耳拓海に涼介が挨拶すると、拓海の顔がカァっと一気に赤く染まった。
「りょ、涼介さん?!」
アタフタと、扉を握り締めながらキョロキョロと辺りを見回す。
そして扉の影にこっそり隠れながら、涼介をほんの少しだけ出した顔で覗く。
「あの……お客さんって…涼介さん??」
感情を如実に現すペシャンと倒れた耳と真っ赤な頬。
涼介は「本当に可愛らしいな」と楽しみながら、ニコリと微笑んだ。
ますます拓海の頬が赤くなる。
「ああ。そうだが…迷惑だったか?」
そう尋ねると、扉が一気に開かれ、ブンブンと真っ赤な顔の拓海が首を横に振る。
「そ、そんな事!!あ、あの、狭いところですけど入って下さい!」
開かれた扉に、涼介は入り込む。
先を歩く拓海のお尻を何気なく見ると、そこには丸くてフワフワの尻尾があった。
それはフルフルと、緊張しているかのように小刻みに震えている。
涼介は下腹部に覚えた衝動に、口を手のひらで押さえ堪えた。
自然と顔がニヤけてしまう。予想の以上の可愛さだ。
「あの…何もないんですけど…その、そこに座って下さい!」
入った家の中には、簡易キッチンがあるだけの小さな部屋一つだった。
そしてその部屋の中には、大きなベッドと小さなローテーブルしかない。
拓海が座るよう促したのはベッドだ。
明らかにその用途が分かる、小さな家に似つかわしくないほどの大きなベッド。
恥ずかしがりの拓海にしては性急だな、と思いながらも涼介は望むところであるのでベッドに座った。
「お茶、入れてきますね?涼介さんコブ茶でもいいですか?」
コブ茶。意外だな、と思いながらも涼介は頷いた。
「ああ。何でもいいよ」
ちょっとホッとした拓海がキッチンに消える。
コブ茶とすれば、どうやらこのローテーブルと思われたものは「ちゃぶ台」と呼んだ方が正しいようだ。
そう考えていると、馴れた手つきでお盆にお茶を乗せた拓海がやってくる。
「あの…口に合わないかもですけど…どうぞ」
手渡されたそれを涼介は受け取り、一口飲む。
コブ茶など何年ぶりに飲むだろうか。久々に飲んだコブ茶は、コーヒーや紅茶などに馴れた舌にはやけに新鮮で美味しく感じた。
「美味いよ。ありがとう」
微笑み、そう告げると、拓海の顔も綻んだ。
初めての拓海の和らいだ表情に、涼介の中の衝動が大きくなる。
しかし今すぐ涼介と同じベッドに来てくれるだろうかと期待した拓海は、「良かった…」と呟くと、床の上に座布団を敷いてちゃぶ台の前にペタリと座った。
涼介の眉間に皺が寄る。
「…藤原?」
「何ですか?」
キョトンと、自分を見上げる拓海は可愛らしい。フワフワの耳と、愛らしい表情。
しかし可愛いからこそ許されない。
「どうしてそんな所に座るんだ。ここにおいで?」
そう言うと、いったん収まった拓海の頬の赤みがまた一気に増した。
「え、でも……」
「でもじゃないだろう?拓海はウサギだろう?寂しいと死んでしまう生き物だ」
「は、はぁ…そうですけど…」
「だから、おいで」
涼介はポンポンと自分の膝を叩いた。
「可愛がってあげるから、だからおいで?」
ブワッと拓海が真っ赤になりながら、しかし立ち上がりヨロヨロとした足取りで涼介の傍に寄ってくる。
そして涼介の前までやって来た途端、モジモジと躊躇うように立ち尽くす。
「……フッ…」
含み笑い、涼介は拓海に手を伸ばす。
「りょ、涼介さん!?」
そして腰を引き寄せ、無理やり自分の膝の上に乗せた。
思った通りだ。
この感触。抱き心地。
この身体はまるで涼介のために作られたようだ。
あまりの心地よさに、抱き締めた身体に頬ずりすると、腕の中の拓海の尻尾と耳が激しく揺れた。
「りょ、うすけさ…あの…もうちょっと離れて…」
「どうして?」
涼介は頬ずりだけでは飽き足らず、そのフワフワの耳や尻尾に手を伸ばす。
フニフニと握り、そして付け根を撫でると、明らかに拓海の身体に痙攣が走った。
「だ…め…です…」
そうか。ウサギ拓海の性感帯は耳と尻尾の付け根か。
そうと分かれば容赦する必要は無い。
「嫌か、こうされるの?」
「だって…」
「だって?」
自分の言葉やイタズラ一つで顔を真っ赤にして震える拓海が可愛い。
ウサギ拓海を選んで良かったと、涼介はしみじみ思う。
「あの…ビクビクします」
潤んだ瞳で、哀願するように拓海が涼介を見上げる。
涼介の胸が生まれて初めてと言って過言ではないほどの衝撃を受けた。
そう。キューンと来たのだ。
愛らしいピンク色の唇が目に入る。
可愛くて従順な拓海。
そうだ。涼介はこんな拓海が欲しかった。
「拓海…」
呻きながら名を呼ぶと、涼介の膝の上の拓海が幸せそうに微笑んだ。
魅せられたように、涼介はピンクの唇に、自分のそれを重ねようとした瞬間だった。
『ピピピ…ピピピ…』
頭の中いっぱいに電子音が響く。
「…涼介さ…」
そして目の前の拓海が真っ白になっていく…。
これから!と言う時に…。
耳障りな電子音が世界を埋める。
良いところで!
そう苛立ちながら、行為を続けようとすると、目の前に拓海はいない。
そして場所も、あの大きなベッドではなく、固い机の上で突っ伏すような姿勢の自分を感じた。
身体を動かすと、ギシリと椅子が軋んだ。
ゆっくりと身体を起こし、電子音の発生源を見ると、携帯のベルが鳴っている。
寝ぼけた頭でそれを取り、通話ボタンを押す。
「はい…」
『あ、アニキ?』
電話の向こうから、強気拓の家に行ったはずの弟の声がする。
「どうした?やはり喧嘩したか?」
『は?何言ってんの、アニキ?アニキがこの時間に電話しろって言ったんだろ?寝てるかも知れないからって。その様子だとやっぱ寝てたんだろ〜。寝ぼけてんなよな』
寝て…寝ぼけ…。
ゆっくりと頭が目覚めていく。
そうだ。
どうやら自分は眠っていたらしい。
そしてあれは…。
「…夢、か」
『ま、起きたんだったらいいや。そんじゃな、アニキ!レポート頑張れよ!』
涼介は目頭を押さえ、静かに首を二、三度横に振った。
ふと、股間を見れば夢の余韻でそこは臨戦態勢だった。もう抜かねば収まりが付かないほどに。
惜しいことをした…と感じる。
あの拓海とまだもっと一緒にいたかった。
そしてさらに勿体ないと感じるのは、ウサギ耳の拓海を記録として残せなかった事実。
愛らしい拓海。
それがもう見れないだなんて…!
ギリ、と歯噛みし、そこでふと涼介は気が付いた。
「……なぜ俺はあんな夢を見たんだ?」
夢は願望の現われだとフロイトが提唱した。
深層心理が現れるのだと。
だとしたら涼介はあんな拓海を望んでいたことになる。
そして「拓海の里」…。
それに関しては覚えがある。
大学の友人が行ってきたのだそうだ。「たくみの里」へ。
いわばそこは、夢の中とは違い、様々な工芸品を集めた色んな家があるらしく、ガラス細工の家や、陶芸の家、竹細工の家など各種あるらしい。
たくみの里、から拓海の名を思い出し、それが意識の底に残っていたのだろう。
それが「藤原拓海」と言う要素を含み、あんな夢を作り上げた。
好意、と言うだけでは治まらない。
性行為を含んだ様々な拓海を要する場所。
つまりは、涼介は藤原拓海に性的欲望を感じていたと言う事実に他ならない。
現に、拓海の顔を思い浮かべただけで、欲望の熱が増す。
「俺は…藤原が好きなのか?」
たぶん、そうだ。
否定はしていたが、そうなのだろう。
自分の前では、緊張し萎縮する拓海。
もっと自分に甘えて、頼って欲しいと、心の奥底ではいつも思っていた。
けれど、そう思いを素直に伝えるには、涼介には大人の良識があった。
未成年のまだ少年と呼べる彼を相手に、色事の対象とするのは心が痛む。
恋心に気付いたからと言って、即想いをを伝える事は出来ない。
涼介は記憶に残るウサギ拓海を思い浮かべる。
「ウサギだったら…良かったのにな…」
そうしたら、素直に愛を告白できただろうに。
けれど、現実の彼には言えない。
涼介は昂ぶった自身の欲望を事務的に処理しながら、何かが心の奥に引っかかっているような気がした。
2008年4月20日