この落書きから…
…何となくこんなネタを思いつきました。
↓
↓
藤原家に居候するようになり、まず最初に俺たちが考えたのはベッドの問題だった。
恋人同士になる以前なら、拓海の部屋に前からあったシングルベッドで用は足りていたのだが、二人、体を重ねるようになってからは、正直あのベッドでは不都合すぎた。
別々に眠ればいいだけの事と言われそうだが、片時も離れていたくないのが恋だ。
だから眠る時も、もちろん親父さんには見せられないような行為に耽っている時も、あのベッドの上なわけだが、その最中、落ちかけた事が三回。眠る時に至っては、俺がベッドから実際に落ちた事が一回ほどあった。
「…拓海。ベッドを替える気はないか?」
それでも、彼が気分を害するかと遠慮がちに俺は問いかけたのだが、案外素直に拓海は頷いた。
「そうですね。涼介さんには狭いですよね」
そう言いながら、頬を染め、恥ずかしそうにそっぽを向いていたのは、きっと行為の最中、俺が落ちそうになり中断した事があったのを思い出した為だろう。
恥ずかしがりやで、素直に言葉に出来ない恋人のために、俺は頷いた。
「ああ。もう途中で邪魔されたくはないからな」
笑うと、恋人の顔が真っ赤になった。
こうして、俺たちは新たにベッドを物色する事となった。
行き着けのデパートの家具売り場に行こうとすると、拓海が激怒した。
「そんな金の無駄遣い出来ません!うちは貧乏なんですよ!涼介さんも、これから何に金が必要になるか、分からないんですからちゃんと貯金しなさい!!」
どうやら俺(啓介も含む)の金銭感覚は一般的では無いらしい。
そして拓海の進めるままに、ディスカウントストアの家具コーナーや、アウトレット家具の店などを回った。
手ごろなサイズが、手ごろな価格で販売されている。10万以下のベッドなど見たことなど無かった俺には、拓海が見せる世界は全て新鮮だ。
「拓海。これなんていいんじゃないか?」
俺は木製のセミダブルのベッドを指差した。さすがに拓海の部屋に、ダブルのベッドを置くのは無理だった。だから買う傾向としてはセミダブル狙いであったわけだが、拓海は俺の言葉に首を横に振った。
「その値段でその作りはちょっと高いです。もうちょっと他のところも見ましょう」
俺の恋人はとてもしっかりしている。さすが商店街で野菜や肉を見事な駆け引きで値引きさせる買い物上手だけある。今日の俺は、拓海の運転手と化し、素直に従った。
五件目の店で、どうやら拓海が心引かれる物があったらしい。
シンプルで、それでいてしっかりとした、また傷物とかで値段も普通よりはるかに安い。
「どこに傷があるんだ?」
「ほら。ここですよ。このサイドのところ、ちょっと小さな傷入ってるでしょう?」
「…ああ。これか。だが全然目立たないな。これで値段が通常の三分の一になるのか…」
「はい。こんな小さな傷でも売り物にはならないですから。でも物自体は普通にデパートとかで売ってるものと変わりませんから、お得ですよね」
「ああ。確かに…」
拓海に知り合うまで、こんな世界がある事すら知らなかった俺だ。流通の世界とは奥が深い。
ベッドのスプリングの具合を手で押して試していた拓海は、周りに客や店員がいないのを見計らって、ベッドの上に寝転んだ。
うつ伏せのまま、マットに頬ずりをし、嬉しそうに笑う。
「うわ、これ気持ちいいかも~」
その幸せそうな笑顔に、俺もまた幸せな気分になる。
「どれ?」
俺もまた、拓海のように寝転がってみた。ベッドの寝心地は悪くない。だが何より俺を心地好くさせたのは、隣にいる拓海の存在だった。
「これ、いいですね~。涼介さんはどうですか?」
「ああ、悪くないな」
二人で、寝心地を確かめるよう寝転びながらマットを叩いたり、寝返りを打ったりして感触を楽しむ。
だがある程度、それに飽きてくるとなんだか微妙に離れた二人の間の距離が気になった。
セミダブルの広さでは、二人が並んで寝て、肩が触れ合う程度の距離がある。
だがあの狭いシングルベッドでは、体を寄せ合い、まるでスプーンが重なりあうようにくっついていないと眠ることが出来ない。
あの体温も、肌も一つになったような距離のまま眠ることに慣れて、二人並んだこの距離感に寒さを覚えた。
腕の中に彼の心臓の音を感じながら眠る。
それが無い事を俺はシュミレートし、寂しくなった。
「…遠いな」
肩が触れ合う程度の距離ではまだ遠い。
「…遠いっすね」
拓海もまた、同じことを思ったのだろうか。ぼんやりと天井を見つめながら、手だけが俺の指を探り、握り締めてきた。俺もまた、拓海の手を握り返す。
拓海の頭が、俺の胸に擦り寄ってくる。
「…そうだな。今の感じが俺も好きだな」
俺は拓海の頭を、毎晩そうしているように抱え込み、拓海の腰に腕を回した。
二人、身を寄せ合って、一瞬家にいる時のような錯覚を覚え始めた俺が、目の前の拓海にキスをしようと顔を近づけた時、それが見えた。
「………」
拓海の背後に、やたらと目をキラキラとさせた五歳児くらいの女の子がいた。じっと俺たちを見つめている。
そして俺と目が合った瞬間、彼女は叫んだ。
「ママー!イケメン二人がベッドでラブラブしてるー!!」
俺たちの行動は素早かった。
疾風のように起き上がり、店を飛び出し、車で逃走。まるきりの不審者だが、見世物になるのは勘弁したい。
「…し、信じられない…もうあの店、行けないっすよ~」
まだ興奮が抜けないのだろう。拓海が真っ赤な顔のままで、そう何度も呟いた。
「これはもう、ベッドを買うなって事かな?」
俺は笑った。拓海といると、今まで体験したことのない事ばかりが起きるような気がする。
そしてそれらは、全て俺の中の幸せな思い出となっている。今日のあの事も。きっと思い出すたび、照れ笑いとともに思い出すだろう。
「あ~、そうかも。俺、もう今のままでいいっすよ~」
「くっついて眠れるから?」
「…そ、それもあります」
「どうする?大きいベッド、もう一回試してみるか」
「え?他に家具置いてある店、ありましたっけ?もうめぼしいところは…て、涼介さん??」
拓海が俺の目指す方向を見て、尖った声を出す。大きいベッドを堪能できるところなんて、俺はここぐらいしか思いつかないんだけどな。
「だって、大きいベッドの必要性を感じたのは、どちらかと言えば眠る時より、こっちでだろう?だったら、大きいベッドでそれを試してみないと」
まるで子供のような理屈だ。以前の俺だったら、こんな誘い方なんて考えただけで軽蔑でしていただろう。
だが今は。
「しょ、…しょうがないですね、今日だけですよ」
目の前の照れ屋な恋人が、俺の子供の部分を増長させるように甘えさせてくれるので。
誘う時は子供の部分だったが、だがさすがに大きなベッドの上では大人の部分で甘えたい。そんな事を思いながら、俺は近付くラブホテルの前でハンドルを横に切り、駐車場に進入する。
こんな場所に慣れていない恋人の、緊張を横で肌に感じながら。
結局、俺たちには大きなベッドは必要ではないらしい。
さすがに大きいと、色々出来るのだが、どうやら拓海にはその色々出来てしまう利便性がお気に召さなかったようだ。
「もう!普通でいいです!!」
そして事後、疲れから眠り込んでしまった俺たちは、目覚めて声を上げて笑ってしまった。
きっちりと、ベッドの端のほうに、腹と背中をくっつけあったスプーンポジションの体勢で、シングルベッド分の幅しか使わず眠る自分たちの姿を見つけたから。
「ベッド、いらないっすね、これ」
「ああ。そうだな」
笑いながら、俺たちはまた今日もスプーンポジションで互いの鼓動を聞きながら眠る。
互いの体が、心が、全て一つに重なるように。
2006年2月19日