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 赤城の山で行われた喧騒の日々。
 乗り込んできたいろは坂の皇帝と、負け無しだった秋名のハチロクとのイレギュラーな、いろは坂の皇帝こと須藤京一いわく「講習会セミナー」は、藤原拓海が操るハチロクのエンジンブローと言う皮肉な結果で終わった。
 そして迎えた翌日。
 騒然とする中行われた群馬のカリスマ、赤城の白い彗星こと高橋涼介と須藤京一のバトルは、一年前に続き高橋涼介の勝利で幕を閉じた。
 走り屋史上に残る名バトル。だがこれらのバトルには、誰も知らない裏の事情が隠されていた。


 熱かった赤城の喧騒から日々が過ぎ、時期は早や秋。
 峠の木々も赤く染まり行く中、栃木県のとある居酒屋で一人黙々と酒を飲む男がいた。
 彼の名は須藤京一。
 別名いろは坂の皇帝。シラフでは聞きたくない恥ずかしいネーミングを持つ彼は、昼間は大手銀行の営業として活躍するエリート行員だった。
 昔は名字帯刀も許された豪農の家柄と言う旧家で、現在も政界で活躍する名家の跡取りとして彼は生まれた。その由緒正しい家柄が示すとおり、社会人としての彼はまるでヒーロー物の元祖とも言える某映画の主人公クラーク・ケントのように真っ黒な髪を七三に分け、顔には黒縁眼鏡と真面目そのものの姿をしている。だが彼は、夜になるとクラーク・ケントと同じくスーパーマン…ではなく、(同じくマッチョだが)バンダナを巻いた強面筋肉質の豪胆な走り屋の姿に変貌するのだ。
 この時の彼は昼間の姿だった。
 しかし醸し出す雰囲気は夜のもの。
 彼は居酒屋で一人で飲んでいるのではなかった。
 彼の周りには同僚、後輩の男女合わせて数人が囲んでいる。
 この場はいわゆる仲間内での飲み会だったのだ。
 最近、沈みがちな須藤を元気付けようと彼らが企画したのだが、結果はいわずもがない。飲めば飲むほど暗くなっていく上に、凶悪な雰囲気を放ちだす須藤の姿に、同僚たちは皆、自分たちの失敗を悔やみ始めていた。
 ひそひそと、須藤には聞こえないように囁く声は彼を慕う後輩から出されたものだ。
「どうしたんですか、須藤先輩。この前からかなりおかしいじゃないですか?いったい何があったんでしょうね」
 行員姿の須藤は、家柄も良いエリートではあるがそれを鼻にかけず、後輩同僚への面倒見もよく、接客も堅そうな雰囲気ながらも親切丁寧と評判も良かった。また彼は温厚で、どんな嫌な客でも苛立つことも無く、常に落ち着いた対応をするところから行内では「ホトケの須藤」と呼ばれているくらいだった。
 そんな彼が、とある時期を境に苛立った様子を見せ、かと思うとミスなど無い完璧な仕事をしていた彼にあるまじきうっかりミスの連発。
 同僚たちの間だけではなく、上司、果ては顧客にまで「須藤に何があった?!」と心配されているのは、彼だけが知らない事実だ。
 だから後輩の発した疑問は、いわば彼に関する全ての人たち共通の疑問であったのだが、それに答えたのは、彼と特に親しい同僚の一人。彼は須藤とは大学も同期で、プライベートな事を語ることも多かった人物だ。ちなみに彼は、須藤が走り屋の間では有名な人物であることも知っている。
「……実は、あいつブラコンなの、知ってるだろう?その溺愛する弟に、とうとう恋人が出来たらしいんだよなぁ」
 彼の言葉に、後輩が納得したように頷いた。
「ああ、なるほど。須藤先輩の弟好きってちょっと異常なくらいでしたもんねー。須藤先輩って見かけはとっつきにくいけど、中身はいい人だから結構モテるのに、全部『弟のほうが可愛い』って振っちゃったんでしょう?ちょっとした伝説ですよね。…そうですか。とうとうその弟さんにも恋人が出来たんですね…」
「それ私も知ってますよー。須藤先輩って弟の話になると凄い目が輝くんですよねー。もう、笑顔全開って感じで。確か、まだ高校生だったはずですよね?」
「いや、確か今高校三年だからもうすぐ卒業なはずだよ」
「高三かぁ。それじゃあ遅いくらいですね」
「そうなんだけど…」
 その瞬間、ドン、と店中に机に物を叩きつける音が…。
 ハッして皆が視線をやったそこには、ヒビの入ったビールジョッキを机の上で握り締め、こちらを睨む京一の姿。ピシリと、まるで石化したように固まる彼等。
「…別に俺は拓海に好きな人が出来たってのが嫌なわけじゃないんだ」
 くう、と眼鏡を外し、寄る眉間の皺を指で押さえながら彼は呻いた。
「むしろ、早く可愛い彼女を見つけて、俺にあいつの子供を見せてくれるぐらい幸せになって欲しいとさえ思ってたさ」
 だがな、と言って上げた京一の顔は、彼らが知るいつもの「ホトケの須藤」ではなかった。例えるなら仁王像。そしてメキメキと音がして、どんどん彼の手の中のジョッキに細かなヒビが増えていく。
「…なんであいつなんだ!よりによって!あの、悪魔が!!」
 いや、むしろ貴方のほうが悪魔っていうか、鬼になってますからっ!
 後輩の心の叫びは声にはならない。
「…そ、そんな怒ることないじゃないか須藤。弟、拓海君だっけ?須藤の弟が選んだ人なんだから、そんな悪魔だなんて…。少しは信用してやれよ?」
 仲の良い同僚がおそるおそるではあるが宥めるが、返ってきたのは、腹の底からぞっとするような嘲笑。目が笑っていない。
「…信用?あれのどこをどうやって信用できるって言うんだ?人を騙すために生まれてきたような奴だぞ?!それを拓海は…可愛そうに…すっかり騙されて…」
 と、何と今度は泣き始めた。
 すっかり楽しく飲んで騒げるがコンセプトの居酒屋は、いまや●のもんたの人生相談状態。み●もんたではない彼等は、むせび泣く京一をどうすることも出来ず、呆然と見ているしか出来なかった。しかしその時。
 突然誰かの携帯が鳴り出した。しかも曲は「フランダースの犬」だ。誰だ、この馬鹿!彼らが周囲を見回す中、電話に出たのは…、
「…スマン。俺だ」
 泣いていた京一。
 携帯のフリップを開き、着信の相手を見た瞬間、先ほどまで泣いていたのが嘘のように喜々として電話の通話ボタンを押した。
「…拓海か?どうしたんだ?あいつと別れる相談か?」
 …噂の弟さんですよ、オイ。気まずそうにテーブルの上の温くなった酒を飲む彼等。
「…何?今栃木に来てるって?どう言う事だ?」
 え?来てるんですか、こっちに。確か愛情あふれるノロケのような弟のラブトークの中で、弟さんは群馬県にお住まいだと聞いているんですけど?
「バトル?俺とか?…今日は無理だぞ。酒を飲んでる。…ああ、そうだ。…何?ちょっと待て?泊まるつもりでいる?どこにだ?」
 …嗚呼、好転していた空気が、またもや不穏なものに…。
「まさか…あいつは一緒か?…そうか。一人か。良かった。…うん、そうだな。確かに一人は危険だ。今から行こうか?…えっ?こっちに来る?」
 …実は彼等は誰一人として噂の京一の弟を見たことがなかった。写真でもない。何しろ京一は、見せるのも勿体ないと誰に何と言われようと、頑として弟の姿を見せようとしなかったのだ。
 だが彼等は大抵のブラコン、シスコンの方々と同じように京一の溺愛する弟のビジュアルに全くの期待をしていなかった。親の欲目とあるが、身内と言うのはたいてい五割増しくらいに良く見ているものだからだ。
 それに何より、京一の見かけだけを見ていると、同じ血筋の弟だ。似てるんだろうと彼等は誤解していた。
 そしてその誤解が解けるまで…三十分。

 三十分後。
 彼等は目の前に座る少年の姿に目を見開いていた。
「藤原拓海です。いつも兄がお世話になっています」
 礼儀正しく頭を下げた少年の姿に皆瞠目した。柔らかそうな天然の茶色の髪。小さな顔に埋め込まれた二重の大きな瞳。うっすら開いた唇は、少年の清楚なイメージを壊す官能的なもので。…つまりは。少年は滅多にお目にかかれないくらい、極上な容貌をしていたのだ。
 少年の隣には京一の姿。
 こうやって並べて見ていると、彼らに血の繋がりがあるだなんて言われても信じられない。
「拓海。お腹減ってないか?何でも食べていいぞ」
 ニコニコと、これまたいつもは見れないほどの上機嫌の京一の姿。そして居並ぶ彼等は納得した。
『こんなに可愛けりゃ、確かにブラコンにぐらいなるよな…』と。
 メニューを差し出す京一に、拓海は同席する彼らに視線を向け、困ったように首をかしげた。その瞬間、彼等は、
『なるなる!こんなに可愛けりゃ、絶対なるね!仕草まで可愛いなんて詐欺じゃん!』
 と確信を強くした。
「…でも京ちゃん、これって仕事の人たちとの飲み会でしょう?俺、邪魔じゃない?別に俺だったら、そこのコンビニにでも行って食べるし…」
『…性格まで可愛いよ!』
「遠慮しなくていいのよ、拓海くん。いつもお世話になってる須藤君の弟さんだもの。これで彼に恩が返せるものなら安いものよ?」
「そうだよ。遠慮なく食べてくれ。どうせ君の分も須藤が出してくれるだろうしさ」
 そうそう、と頷きあう彼らに、ようやく納得したのか拓海は可愛らしくペコリと頭を下げて、「いただきます」とちゃんと手を合わせて言った。
『今時珍しいいい子じゃないか…』
 それを目撃した店内中の人がそう思ったとか。
「…それで、今日はどうしてここに来たの?確か、群馬に住んでるのよね?」
「はい」
 先端を切って話しかけたのは実はアイドル好きの女子行員。
「何か用事?」
「用事って言うか、京ちゃんにちょっと用があって…」
「電車か何かで来たの?」
「いえ、自分で車運転してきましたけど」
「あ、もう免許持ってるんだ。でも大丈夫?運転、慣れてないでしょう?」
「いえ、うち豆腐屋なんで。配達とかやらされてるんで、慣れてないことはないです」
「そうなんだー。でも事故には気をつけないと」
「はい。車、傷つけたら親父に拳骨で殴られるんで」
「そういや、バトルとかって言ってたけど、君も車とか好きなほうなの?」
 これを聞いたのは京一が走り屋であることを知る同僚だ。彼もまさか、この目の前のおとなしそうな可愛い少年が、群馬では知る人ぞ知る、負け無しのダウンヒラーだとは夢にも思わないだろう。
「…はい。前は…そんな好きじゃなかったんですよ。けど、バトルとかするようになって、走るの少しづつ楽しくなってきたって言うか…そう思うようになったのは、その…ある人に会ってからなんですけど…」
 と言った瞬間、染まった拓海の頬。今時、中学生でもやらない初心な仕草に、皆その『ある人』が、先ほどまで話題の中心だった例の出来たばかりの恋人なのだろうと察した。現に、京一の顔がまた仁王のようになっている…。
「…拓海。さっきも言ったが、本当に本気なのか?ここは俺のホームコースだぞ?前の赤城のときよりも状況はシビアだ。お前に勝ち目はない。諦めたほうがいいと思うが…」
 やけに言い渋る京一。それに反し、さっきまでぼんやりしていた拓海の目が、キッと意志を持った強いものになり、
「…京ちゃん、言ったじゃん!走りで自分に勝ったら、あの人とのこと認めてくれるって!」
 そして怒鳴った。
「あの時は…そりゃ俺、エンジン壊れなくても、負けてたと思うけど、でも、あの時はまだ最後まで勝負付いてないだろ?京ちゃん、最後まで勝負してよ!俺…絶対、諦めたくないから!!」
 その拓海の必死な様子は、どれだけ「あの人」のことを真剣に思っているかが伝わってくる。同僚たちの間に、「結婚の許しを求める娘」と、それを「許さない頑固親父」の図が脳裏に浮かんだ。
「…分かった。お前がそこまで言うなら受けよう。けど、俺は前も言ったよな?お前の腕は確かに認める、と。だがあの車に乗ってる限りは無理だ。固体性能の差はどれだけ努力しようと埋められるものじゃない。結果は見えてると思うぞ?」
「…そんなの……」
 反論しようと言葉を発しかけた拓海の声に、かぶさるように聞こえてきたのは今、この場所で、絶対に聞けないだろう人の声だった。
「それはどうかな?」
 ハッとして振り返った彼らの眼に映ったのは、これまたモデル張りの美形。切れ長の奥二重。理知的な黒い瞳。やや肉厚の唇に、綺麗につりあがった眉。そして顔に見合った高身長。百八十を優に越すだろう身長に、身体の半分もあるだろう長い脚。肩幅も広く身長の高い人間にありがちな印象のないバランスの良い体格だ。
「りょ…」
「…涼介さん?」
 顔を蒼白にする京一。口をパクパクと動かし、言葉も出ないくらいに驚いている。それに対し拓海は驚いている様子一つなく、あげく、
「遅かったですね?」
 とまで言っていた。
「ああ、すまない。思ったより長引いてね」
 にっこり。誰をも魅了する悩殺スマイルを拓海に振りまき、彼は当たり前のように拓海の隣に座った。それと同時に、同席する京一の同僚たちにも頭を下げ挨拶を交わす。
「どうも。初めまして。須藤の親友の高橋涼介です」
 人当たりの良い笑顔なのに、何故か彼等はそのときぞっとしたと言う…。
 いまや拓海を挟み、京一と涼介が並びあう構図だ。かつて雌雄を争った二人が、今再び新たなるバトルのゴングを鳴らす。
「…涼介。なんでお前がここにいる?」
 やっと衝撃から立ち直った京一は、並の者なら射殺せそうなほどの視線を向けるが、もちろん涼介は並の者などではなく。
「拓海から聞いていないか?バトルするって言うからな。付き添いだ。あんないろは坂のような獣だらけの峠に、誰が一人でこんな可愛い拓海をやれるか。感謝してほしいぐらいだぞ?拓海には俺か京一がいない時には、絶対に一人で走らないよう注意しておいたからな」
「…う…、それは確かに感謝はするが…しかしお前、何でここが」
「拓海にはGPSの付いた携帯を持たせてある」
「な、何?!…お前、前俺が携帯を持てって言っても持たなかったのに、何故…」
「フッ。馬鹿だな、京一。その時は必要なかったからじゃないか。今は必要なんだよな、拓海」
「そーですね。俺、場所説明するの苦手なんで、便利ですよね」
「いつでもメール出来るし、会話も出来るものな」
「…そ、そうですね…」
 真っ赤に頬を染める拓海。いったい携帯でどんな会話を交わしているんだか…。
 そして繰り広げられるラブオーラを撒き散らす二人のやり取りに、居並ぶ同僚たちはようやく気が付いた。
 まさに!
 これこそが、京一が不調になったあげくに鬼にまで化した原因であるのだと。
『そりゃ愛する弟に、いきなり男の恋人が出来たら、そりゃ嘆くよな…』
『確かに。でも須藤君には悪いけど、この二人、絵になるわー』
「た、拓海に不埒な真似は許さんぞ!」
「この南蛮漬けおいしいですね。今度、うちでも作ってみようかな…」
「不埒?心外だな。愛にあふれた行為と言ってくれ」
「ふざけるな!お前がどう拓海を言いくるめたか知らないが、所詮お前は大きな病院の長男だそうじゃないか!いつか家の為に結婚などしなきゃいかん立場だろう?その時拓海はどうするんだ?!いいか、拓海。こいつはお前を弄ぼうとしてるんだぞ!?」
「…この揚げ出し豆腐、マズ…」
「お、オイ、聞いてるのか?」
「フッ。聞く必要もない些事だからさ。それに京一?考えても見ろ。お前じゃあるまいし、この俺が、家の為に結婚などと、不愉快な真似をするような我慢強いやつに見えるか?
 心配しなくても拓海とは結婚を前提に交際している。もう互いの親には挨拶済みだ」
『…この二人、間違いなく男同士だよな…。最近の日本では、同性同士でも結婚できたっけ?』
『いや、俺の知る限り法律はまだ改正されていないと思うぞ。でもあの高橋クンは、いつか法律すらも変えそうだがな』
『変える云々よりも、気にしないって言ったほうが適切じゃないかしら?でも凄いわ。とても真剣なのね…』
『うんざりするほどだな…』
『真実の愛ね…』
『ステキ…』
『…あら?貴女ももしかして…腐女子?』
『やだ?先輩も?』
『…意外と身近にいるもんねぇ。それとも隠れてるだけなのかしら?』
『………フジョシって何だ?』
「け、結婚だとォ?!馬鹿な!お前の親は…いや、藤原さんは納得しているのか、拓海!」
「…えーと、親父は、『兄弟同士で変なことになっちまうより、他人同士で変なことになっちまうほうがまだマシだ』だって。涼介さんちには、この前親父も含めて食事会したけど。えーと、なんか、ユイノウだって」
「ゆ、結納?!」
「…だから未だに親に逆らえないお前と一緒にするなと言っただろう、京一?うちの親はな、俺に逆らうことがどれだけ無謀かって事を嫌ってほど知ってるのさ。何しろ生まれた時からの付き合いだからな」
「………」
「それに、兄弟とは言えいつかは巣立っていくものだ。お前もいつまでも弟にばかり構っていないで、少しは周りに目を向けろ。拓海もそれを心配してたぞ」
「そうだよ、京ちゃん。京ちゃん昔から俺に幸せになれって言ってたよね?俺、幸せだよ?だから、今度は京ちゃんにも幸せになってほしいんだ。だって、京ちゃんは俺にはたった一人の兄弟だし、それに、京ちゃん、母さんが死んで、親父も忙しくって寂しかったとき、いつも一緒にいてくれたよね。俺、言わなかったけどすげぇそれ嬉しかったんだ。だから、俺…やっぱ京ちゃん好きだし、大切だから…その、幸せになって欲しいんだ…」
「…た、拓海…」
「そうだ。安心しろ、京一。この通り、拓海は俺が間違いなく幸せにするからな」
「…お前だから心配なんじゃねえかっ!」
「涼介さん、これおいしいですよ、はい、あーん」
「あーん」
「……オイ」
「…うるせえ奴だな、さっきからぐちゃぐちゃと。そんなに弟が欲しけりゃ俺の弟でよければやるぞ。一緒に風呂に入るなり添い寝するなり、好きにしてくれ。あ、もちろん血は繋がっていないから一線超えるのもOKだ。良かったな、京一。新しい弟だよ?」
「…えー、京ちゃん、啓介さんのお兄さんになるんですか?…俺、それは嫌かも…やっぱ京ちゃんには俺だけのお兄ちゃんでいてほしいかも…」
「…た、拓海…」
 感動に打ちひしがれる京一。傍らにいる拓海に抱きつこうと手を伸ばすが、その手は宙を掴んだ。
「あ、もうこんな時間ですよ、涼介さん。チェックインの時間です」
「ああ、そうだな。思いがけず長居をしてしまったな。ああ、すみません、皆さん。お邪魔してしまって。これからも至らないところもある義理の兄ですが、どうぞ見捨てず宜しくお願いします。…しばらく、使い物にならないでしょうしね…フッ」
「…ちょ、ちょっと待て!チェックインって…お前ら…」
「安心しろ。ちゃんとスィートルームを取ってある。拓海を胡散臭いホテルになんぞ泊まらせるような事はしないから大丈夫だ」
「えっ?スィートなんですか?そんな、俺、普通のだと思ってたのに…」
「拓海。考えてご覧?だってこれは婚前旅行なんだよ?思い出に残るものにしないと。少しばかりの贅沢も許されると思わないかい?」
「そういうものなんですか?」
「ああ、そういうものなんだ」
「涼介さんがそう言うなら、そうなんでしょうね」
「ああ。そうだ」

『弟さーん!確かに貴方、お兄さんの言うとおり騙されてるかもーー!!』

 同僚たちの心の叫びはとうとう言葉となって放たれることもなく、屍と化した京一と、ちょっと胸やけを起こした某銀行員たちが店内に残された。
「京一、明日のバトルは楽しみだな」
 最後に残された涼介の言葉。それに反応することすら出来なくなった京一の、翌日のバトルの結果は………言わずもがな。


 その後。屍となったまま復活できない京一の姿に、男性行員は同情を示し、女性行員はその姿から、例の二人がうまくいっていることを察し密かに萌えていたと言う。
 そして京一は、ほんの少し、自分が涼介にどうしても勝てない理由を悟り始めていた。
「…そりゃ、あんな鬼畜な悪魔と、張り合おうなんて無理ってもんだよなぁ…」
 俺、人間だし。ふと、いろは坂から空を眺め、ぽそりと呟く京一の姿を目撃してしまったいろは坂のランエボ乗りたちの間で、後にこんな都市伝説が広まる事となる。

『赤城の白いFCには悪魔が乗っている!下手に逆らったら、死ぬより恐ろしい目に合わされるぞ!!』………と


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