自由への疾走

act.3


 依存するのは悪いことじゃない。
 けれど、それに甘えて一人で立てなくなっちまったら駄目なんだ。
 転んでも、誰かが起こしてくれるのを待っているのは子供だけ。
 自分で立ち上がれるようになったとき。
 そいつが大人になるってことなんじゃねぇかって…今の俺はそう思うよ。


I was born long ago 遠い昔に生まれた
I am the chosen I'm one 俺は選ばれた者だ
I have come to save the day 救世主としてやって来た
And I won`t leave until I`m done 使命を果たすまで後へは引かない
So that`s why you`ve got to try だからお前らも挑戦してみろよ
You got to breath and have some fun 深く息を吸って、楽しくやればいい
Though I`m not paid play this game 報酬なんて要らないゲームを続けるだけさ
And I won`t stop until I`m done 決して立ち止まらずに一気に突き進むんだ
But what I really want to knows is だが、本当は知りたいんだ

Are you gonna go my way? 
俺に付いて来るか?
And I got to got to know それだけが知りたい




「涼介はどうしてる」
 父が俺にそう言った。
「涼介はどうしてああなってしまったんだ」
 無言のままの俺に父はさらに言う。
「…お前のせいか?」
 俺は笑った。
「…そうかもな」
 吸っていた煙草を、テーブルの上の灰皿に潰した。消える煙。残る香り。
 物事ってのは、消えたように見えてもどこか跡ってもんが残ってる。この煙草みたいに。
「でも、それはあんたらも一緒だろ?」
 見えない残り香を俺は追っている。
 兄が、藤原が示した何かを。
 そして単純なことに、見つけようと思うと、そいつはボロボロと零れ落ちるように見つかった。
 馬鹿馬鹿しい。
 こんな分かりやすいものが、何で今まで見えていなかったのか?
「俺も、あんたらも、アニキに甘え過ぎてたんだよ…」
 古いアルバムを開いて見た。
 そこに映っていたのは俺と兄。両親と一緒の写真は少なく、また旅行などの遊楽の写真もなかった。
 決まりきったようにポーズを取る写真の兄の横で、俺は泣いたり、浮かれたり、馬鹿な面ばかり晒していた。
 けれど兄の表情はいつも一緒だ。
 緊張したような顔で、笑いもせず、泣きもせず、真っ直ぐにカメラを見つめるだけ。
 そしてそれは、両親と映っている写真に顕著に出ていた。
「アニキは神様でもねえし、人形でもねえし、ただの一人の人間だってことを、俺らみんな忘れちまってて、甘えてぶら下がって、アニキの限界がきてぶっ倒れちまったんだろ」
「…意味が分からん」
「…分からねーじゃねぇんだよ。分からなきゃいけないんだ。あんたも、もちろん俺もだ。ま、とりあえず、あんたもアルバム見るところから始めろよ。それでも分からないってんなら、アニキはもう家には戻って来ないだろうよ」
「どこへ行くんだ、啓介」
「…何となく…俺にも分かってきたんだよ。あんたらが俺を嫌いな理由ってのが。
俺はあんたらに嫌われても平気だった。アニキがいたからな。
けど、アニキはそうじゃなかったんだろ。だから、こうなっちまった。アニキはあんたらが好きだったんだ。けど、それをくれなかったのはあんたらじゃないのか?」
 兄が欲しかったもの。
 それは兄が俺にくれたものだった。
 そして兄は藤原からそれを貰った。
 だから兄は、もう両親に期待しないことに決めたんだ。
 昔の、俺みたいに。
「…どこへ行くんだ、啓介」
 フン、と鼻で笑って、俺は父に背を向けた。
 両親が俺を嫌いだったのは、俺が彼等の望むとおりに育たなかったからだ。
 俺の成績が悪いから。
 喧嘩ばかりするから。
 だから望まない成長をしてしまった、失敗例である俺を見るたびに、彼等は苛立ちを感じていたのだろう。
 だけど俺だっていつも苛立っていた。
 俺のように出来ていたなら、兄はもっと楽だったのだろうに。
「………さあな」
 背後からもう声はしなかった。
 やたらと重厚な造りになっている玄関の扉を開き、俺は外へ出た。
 むっとした初夏の日差し。そして空気。
 庭の草木から土の匂いがしていた。
 植物に太陽が必要なように、兄や俺にも必要なものってものがあったんだ。
子供だった俺たちに必要なもの。
 それは本当に単純で、だけど重要で。
 頼れる誰か。
 甘えられる存在。
 そんなものは皆、そいつから伸びた枝みたいなものだ。
 必要なものはただ一つ。
 絶対的愛情。
 どんなことをしても、自分を嫌いにならないでいてくれる存在。
 いつだって、どこでだって、自分の味方でいてくれる存在。
 兄は俺のそれになってくれていたのに、俺は、兄のそれになれなかった。
 だから。
 俺は今からそれになりに行くのだ。



 藤原から携帯に電話が入ったのは昨日のことだった。
『明日、うちにメシ食いに来て下さい』
 唐突なあいつの話し方には未だに慣れない。けれども、それがあいつなんだろうと納得するしかない。
『明日は涼介さんも早く帰ってくるって言うし、俺も休みだから』
 問題はあいつの紋切り型の口調ではない。重要なのは兄の感情だ。
『…アニキはそれ知ってんのか?』
『はい。言ってありますよ』
『アニキはそれでいいって言ってたのか?』
『何も言いませんでしたけど、でも大丈夫ですよ』
『…何でそう言えるんだよ…』
『ほっとしてましたから。自分から突き放しちゃったんで、仲直りしようにも出来なかったんでしょうね。啓介さんたちって、本当に兄弟喧嘩とかしないんスね』
 …兄弟喧嘩。確かにそれはない。それは俺の我が侭も癇癪も、全部兄が飲み込んでくれたからだ。
『うちは親子喧嘩なんてしょっちゅうなんで、そういうところ不思議ですよね。家族なのに、遠慮し合ってるのって…』
『…俺は遠慮なんてしたことねぇよ』
『あ、そうか。涼介さんが一人でいつも遠慮ばかりしてるんだ』
 そうだ。全部、そうだった。
 両親の期待や重圧も、俺の我が侭も、全部兄が飲み込んで受け止めた。
 それに気付かないで、俺たちは兄に押し付けることばかりをしてきたんだ。
『…そうだな。じゃ、明日はお前んち行けばいいんだな?』
『はい。場所、分かります?』
『だいたいな』
『じゃ、だいたい場所教えますね』
 …変な奴だ。しみじみそう思う。
 今では兄の横に藤原を並べても、前ほどの拒絶も無いし、嫌悪感も無い。
 ただ、変な組み合わせだと思うだけだ。
 藤原に指定された通り、近所にあったコンビニに車を止め、そこから藤原の家まで歩いて向かった。
『うち、もう車止めるところ無いんで、啓介さん歩いて来て下さい』
『普通、迎えに行くとか言わねぇか?』
『…そうですけど…あんまり他の人と二人とかって涼介さん嫌がるし…』
 昨日の電話で聞いた会話の一部を思い出す。
 兄が嫌がる…俺はそれを聞いて、笑った。俺は笑えた。前は信じられなかった兄のそんな話を聞いて、俺は噴出して笑ったのだ。
 俺の中で少しずつ色んなものが変わってきている。
 本当ならばもっと早くに起きなければならなかったその変化は、今になってやっと訪れた。
『すぐ分かりますよ。藤原とうふ店ってところ探せばいいだけですから』
 藤原の言った通り、あいつの家はすぐに見つかった。
 お世辞にも新しいとは言いがたい家。けれど、俺の家のような生活感のない殺風景なものと違い、ぬくもりのある家だと思った。
 町並みからそうだ。
 古い家屋が並び、昔ながらの商店街。
 そんなものに囲まれたあいつの家は、昔の俺が欲しがった普通に「いってらっしゃい」だとか「おかえり」だとかがある場所なのだろう。
 家の脇に、見慣れたハチロク。時刻は夕暮れ。あいつはいるのだろう。
 インターフォンも無い、玄関のドアさえ無い店の表で、俺は近所の悪ガキみたいに声をかけた。
「おーい、藤原ぁ、いるのかー?」
 店の中を覗きながらそう言えば、奥から眠そうに目を擦りながらあいつが出てきた。
「あれ?啓介さん…あ、そうか…」
 ふわあ、とあくびをしながらあいつはそう言った。
「寝てたのかよ」
「あー、天気いいんで、布団干したんですよ。そしたら取り込んだのがあんまり気持ち良さそうだったんで、つい…あ、上がって下さい」
 奥に案内されながら、俺は見慣れないとうふ屋の店の中を探るように見回した。俺の生活の中ではあり得ない環境だ。もの珍しいという感情が正しいのだろう。
「…布団干すって…洗濯とか出来るのか、あんなの?」
「は?」
 居間、と言うより茶の間と言った表現が正しい部屋に上がり、畳の上の座布団に座るよう示された。
「…あんたら、本当に兄弟だな…同じこと言ってるよ…」
 藤原が簡素な木のテーブルに置いたのは普通のコップに入った茶だった。
「あんなもん洗濯できるわけないじゃないですか。普通に陽に当てるために干すだけですよ」
「そんなんでいいのか?」
「太陽の下にしばらく干しておくと、イイ匂いしてふかふかして気持ちいいんスよ」
 俺の記憶の中では布団から太陽の匂いなんて嗅いだことが無い。
 嗅いでみます?と言って差し出したのは枕。
「それ、涼介さん使ってるやつなんで」
 言われて、それに顔を近付けて見れば、藤原が言ったとおり枕からは日向の匂いがした。
「啓介さんとこって、布団って全部クリーニングとかに出すって聞きましたけど」
「ああ」
 あの家では、誰も日向の匂いなんて知らないだろう。
 殺風景な作り物の人工物の匂いと、香水の匂い。そして消毒液の嫌な匂いだけだ。
「もったいないですね。イイ匂いなのに」
 確かに。
 そしてふと気がついたのは、こいつは日向の匂いのする奴だな、と思った。
 それは実際にいつもそんな匂いがするとか言うのではなく、雰囲気からそう感じた。
 兄が欲しかったもの。
 それが藤原で、藤原から感じる日向の匂い。
 …ああ。そうか…。色んなものがストンと俺の中で落ちた。
「もうすぐ涼介さん帰って来ると思うんですけど…」
 藤原の言葉は正しく、そう言ったすぐに、もう耳に久しくなってしまった兄のFCのエキスゾートが遠くから響いてきた。
「あ、来ましたね」
 藤原は立ち上がり、台所に向かい色々用意をし始めた。
 すぐにFCのエンジン音が止み、
「ただいま」
 ずっと聞いていなかった兄の声が聞こえた。
 顔を上げると、俺を見て、少し眉をしかめた兄の顔が見えた。
「…啓介。久しぶりだな」
 強張った顔のまま、それでも笑みを作り俺に言う兄の姿に、そんな顔を作らせた自分を俺は責めた。
「あ、涼介さん。お帰りなさい」
 藤原が顔を出し、兄にそう声をかけた瞬間、兄の強張りが溶けた。目が優しくなり、作り笑いが本当の笑みに変わり、
「ただいま」
 嬉しそうにそう言った。
 …理屈じゃねぇな。
 そう思った。
 百聞は一見にしかず。よく言ったものだ。正にその通りじゃねぇか。
「…お邪魔してマス」
 俺は兄にそう言ってやった。
 兄も俺の態度から、気付いたのだろう。もう俺が兄たちの仲を認めたことに。そして暗に揶揄したことに。
「……いらっしゃい」
 兄は先ほどの強張った笑いではない。楽しそうに笑いながらそう言った。
「あ、涼介さん、荷物置いたら手ェ洗ってくださいね」
 兄に子供のように注意する藤原。
「はいはい」
 そして子供のようにそれに嫌々従う兄。
 俺は噴出して笑った。
 何だ、こいつら。
 兄はこんな奴だったのか?
「なに笑ってるんスか」
 ふくれたように言う藤原に、俺は笑いながら言ってやった。
「イヤ…新婚家庭にお邪魔したみたいだなってな…」
「な、ちょ、何言ってるんスか!!」
 顔を真っ赤にして怒るあいつに、俺はもう嫌悪感なんて欠片も感じなかった。
「その通りだろ、拓海」
 そう言って微笑む兄にも。
「もう!何言ってんですか、涼介さんまで!」
 ここには、俺が知らない、見たこともない、幸せそうに笑える兄がいた。



 俺が藤原の家で食べたメシってのは鍋だった。
 もう初夏に近い時期に、鍋ってのは時期外れではないだろうか?
 その疑問を口に出した俺に、返ってきた藤原の答えは、
「安上がりだし片付けも楽なんですよ。つべこべ言うなら食わなくていいっすよ」
 とまたも膨れたものだった。
「別にんなこと言ってねぇじゃん。食うよ」
「…啓介は鍋なんて食べたことないからな」
「えっ?マジですか」
「…あるよ。居酒屋とかでメニューにあるだろ?」
「普通、こんなもん家で食うもんでしょう?」
「食わなかったな…」
「ああ。無かったな…」
 兄も、俺も。
 家政婦が用意した食事はいつも冷めたもので、大きくなった頃には兄が味噌汁なんかを温め直してくれが、小さい頃は本当に冷えたものしか食べていなかった。
 だから鍋など論外なのだ。
「…ほんっとうに寂しい食卓ですね、高橋家って」
 呆れたように藤原が言う。
 そしてずいっと、俺の目の前に湯気の立つ茶碗に乗ったご飯を差し出した。
「啓介さんのです」
 そして椀と箸も手渡される。
「いただきますは?」
「…いただきます」
「涼介さんもですよ?」
「…いただきます」
「よし」
 何だ、これ?俺は何を嬉しがってるんだ?俺も今、兄のように嬉しそうにしているのか?
「楽しいだろう、啓介」
 兄が俺の心を読んだようにそう言った。
 俺は答えずに目の前の飯を食べた。
 …美味かった。
 鍋の具なんて大したものは入っていなかった。ありきたりの具。いや、質素なぐらいの材料だった。白飯も、母がこだわっている有機米とかでは無いのだろう。どこかのスーパーでよく売っているありきたりの米だ。
「そういや親父さん、どうしたんだ?」
「ああ、啓介さん来るって言ったら、めんどくせぇ事になりそうだから飲みに行くって、さっさと出てっちゃいました」
「ハハ、親父さんらしいな」
 笑う兄と藤原。会話のある食卓。
 温かさのある食事。
 植物に太陽の光が必要なように、俺らにだって同等のものが必要だったのだ。
 ここにはそれがある。
 ここは兄にとっての日向なのだ。
 ゆっくり、安心できる場所。
 そして絶対の自分の味方がいて…。
 食事が終わり、俺はまたもや藤原に「ごちそうさまでした」を強要された。嫌ではなかった。どこか背中がむず痒いような、そんな感触があるだけだ。
 テーブルの上の食器が引き上げられ、兄と藤原と二人でそれを手洗いで片付けている。
 食器洗乾燥機なんて存在の欠片も無い、キッチンと呼ぶより台所と言ったほうがしっくり来る場所で、二人並びながら楽しそうに話している彼等の背中を見ながら、俺は本当に新婚家庭にお邪魔したみたいで居心地の悪さを味わった。藤原の父親がいないのは、もしかしなくてもこんな風景を見せられるのが嫌だったからではないのか?そんな事さえ思った。
 けれど。
 兄のリラックスした背中。
 楽しそうに自然と笑う顔。
 俺の記憶の中でも、アルバムの中でも探せなかった光景がここにあった。
 俺の頭の中では前に藤原に言われた言葉が巡っている。
『…啓介さん。もういいかげん涼介さんを解放してやって下さい。あの人、あんたが思ってるほど完璧な人間でも何でもないんですよ?』
 ああ、そうだ。確かにそうだな…。
『どっちかって言うと、あの人絶対不器用です』
 何もかもうまく流せず、全部飲み込んで、俺や親の前でも素直に感情表すことが出来ないくらいにな…。
『啓介さん。涼介さんは神様じゃないんですよ?』
 …そうだ。兄は神様なんかじゃない。一人の弱いただの人間だ。それを認めなかったのは、俺が兄を一人の人間として対等なものに見ていなかったからだ。
 俺の中の兄にはフィルターがかかっていて、何でも出来る強い人間だと思い込んでいた。
 兄を偶像のように崇拝するだけで、一人の人間として兄と向き合おうとしなかった。そんな俺の甘えと鈍感さが兄を傷付けた。
 今なら分かる。
 俺は子供だったのだ。
 だから俺は居間に戻ってきた兄に向き直り、正座をして頭を下げた。
 驚いた顔の兄。
「……啓介…」
「ごめん!」
 馬鹿みたいに人の家で、頭を畳に付けて下げる。
「俺が馬鹿だった!」
 兄が、微かに笑った気配がした。
「本当にごめん!」
 顔をほんの少し上げれば、兄もまた俺の前に座り、頭を下げていた。
「…俺の方こそ…ごめん」
「…な、何で、アニキが謝るんだよ?謝るのは俺だろ?!」
「…いや、俺も悪かった…。勝手だったと思う」
「んなことねぇよ」
「……や、そんなことありますよ」
 堂々巡りの頭の下げあいに、口を挟んだのは藤原だった。
「今までカケラもそう言ったところ見せなかったくせに、いきなり爆発して、それで気付いてもらえなかったからって怒るのは、涼介さんも悪いです。気付いてほしかったんなら、少しぐらいはそういうところ見せておけば良かったんです」
「………」
「…でもアニキは…」
「で、啓介さんも悪いんです。一番そばにいたくせに、全然気付かなかったってのは」
「………」
「二人とも悪いんスよ」
「………」
「………」
「そんで、二人ともお互いを許すって言ってやればいいんです。それで仲直りです。喧嘩、両成敗って言うでしょう?」
 …本当にこいつは何なんだろうな?俺たちが足掻いている間に、あっさりと何でもクリアしてしまう。一生懸命やってるこっちが馬鹿みたいじゃないか。
「……フッ…」
 兄が噴出した。俺と同じ事を思って。
「……バカくせぇ…」
 俺も笑った。
 笑う俺たちに、藤原は自分が馬鹿にされたとでも感じたのだろう。また膨れた面をしていた。
「…なんで笑うんスか…」
 こいつが兄のそばにいてくれて良かった。
 俺には出来なかったことを、当たり前みたいにしてしまう藤原に、嫉妬めいた気持ちはあるが、俺は兄の味方になると決めたのだ。
 兄が、幸せそうならそれでもういいのだ。
「…拓海に会えて良かった」
 兄が笑っている。
「拓海が好きだ」
「…ちょ、涼介さん、いきなり何ですか?!」
「一緒にいよう?」
 はい、って答えればいいんだ、藤原。
 俺の目なんか気にせずに。
 チラチラとこちらを窺いながら、顔を真っ赤にさせるあいつに俺は目で訴える。
 藤原は真っ赤な顔のまま、覚悟を決めたのかしっかりと頷いた。
「……はい」
 そして照れたように微笑んだ。
「はい。涼介さん」
 兄の前でだけ見せる、藤原のきれいな笑顔。
 …だけど。
 さすがに俺の前で抱き合うってのは、やり過ぎじゃないか?
 目の前で抱き合う二人の横で、俺は苦笑を零すしかなかった。



「親父たちとは…ちゃんと話すのか?」
 酒を持ち出してきたのは藤原。
 そしてそれを買って来たのは兄だそうだ。
 藤原の親父さん好みの日本酒。コップはさっきまで茶が入っていたやつだ。
「ああ、今度ちゃんと話し合いをするよ」
「また同じ結果になったらどうするんだよ?」
 兄のコップに、無造作に酒を注ぎながら俺は聞いた。
 そう言えば、こんなふうに腹を割りながら酒を飲み交わすこともなかった気がする。と言っても俺は車があるから手の中のコップの中身は茶のままだ。そう言ったところは、変わらず兄は厳しい。
「それは…仕方ない。分かってもらえるまで話すよ」
「俺も一緒にいる」
「啓介が?余計に荒れそうだな」
「いいじゃん。味方は多いほうがいいだろ?」
「啓介さんいるんなら、俺だって行きたいです」
「…拓海、でもな…」
「そうだ。すっげぇヤなこととか平気で言えるヤツラだぞ。やめとけよ」
「別に平気ですよ。味方は多いほうが心強いでしょう?」
「…拓海」
「心配なんですよ、涼介さんのこと」
「…ああ、そこ、ラブシーン禁止な。ちったぁ遠慮しろよ、あんたら」
「新婚だからな」
「…涼介さん…酔ってます?」
 ぎゅっと手を繋ぐ兄と藤原。
 今度の週末。
 この日向みたいなガキを連れて、俺と兄はあの家へ行くことになるようだ。
 あの両親を相手に、こいつがどんな反応をするか、今から楽しみに思っている俺は不謹慎だろうか。
 けれど。
 この二人ならきっと、大丈夫だろう。
 そう思えるだけの強さがあると信じている。
 依存しあうのは悪いことじゃない。
 けれど、それに甘えて一人で立てなくなっちまったら駄目なんだ。
 転んでも、誰かが起こしてくれるのを待っているのは子供だけ。
 自分で立ち上がれるようになったとき。
 そいつが大人になるってことなんじゃねぇかって…今の俺はそう思うよ。
 そして目の前のこの兄と藤原は、お互いを支えあいながら大人になった。
 それを純粋に羨ましいと思ったこの俺は――。

I don`t know why we always cry 俺にはわからない なぜ人は泣くのか
This we must leave and get undone 涙など振り切って
We must engage and rearrange 戦おう 新しい秩序を勝ち取るんだ
And turn this planet back to one もう一度、世界を一つにするために
So tell me why we got to die 教えてくれ 死ななければならないわけを
And kill each other one by one なぜ人は殺し合うのか
We`ve got to love and rub-a-dub 愛し合い、新たな鼓動を刻もう
We`ve got to dance and be in love 踊ろう、そして恋をしよう
But what I really want to know is だが、本当は知りたいんだ
Are you gonna go my way? 俺に付いて来るか?
And I got to got to know それだけが知りたい




――今から大人になっていく。

俺に付いて来る?
Are you gonna go my way?



LENNY KRAVITZ 「ARE YOU GONNA GO MY WAY」   END

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