ETERNAL
ERECTORICAL STORM番外 後編
背後で、静かに泣く人の気配がする。
拓海はそれを感じながら、同じように雨のせいだけではない、頬を涙で濡らした。
後ろで泣く気配を感じた瞬間に、悔しさが徐々に薄れ、涼介と同調するように失った痛みと、どうしようもない悲しさに襲われる。
何が「どうせ俺なんて」だ。
拓海は空へと煙になって昇っていこうとする啓介を見つめた。
『……あんたがいなくなったら…こんなに痛い』
拓海も。そして彼も…。
気がついたら惚れていた。
啓介は拓海への気持ちをそう表現した。
理屈ではない彼のその感覚に、拓海は呆れながらも彼らしくて喜びを感じた。
そしてこの告白を機に、啓介の荒んだ雰囲気が一蹴された。
学校にも真面目に通うようになったし、家族とも少しずつではあるが歩み寄っていっているらしい。
拓海の家に入り浸らなくなった事は悲しいが、それでも啓介の笑顔が増えたのは拓海にとっても嬉しいことだった。
「それに…前みたいにお前んちにいれねぇよ」
「何でですか?」
ニヤリと笑う彼の顔は、以前のままの意地悪なもののままだけど、けれど恋人となってからはそれに色気が増した。
「バぁカ。お前と二人っきりで泊まってみろ。今頃お前、泣こうが喚こうが俺に押し倒されてるぞ」
色事に慣れない拓海は、一々そんな彼の軽口に戸惑った。
彼のものになりたい。
そう思う欲求を、拓海は上手く表すことが出来ない。本音ではそうなることを望んでいるのに、いざ事に及ぼうとすると身構え、体が強張ってしまうのだ。
「…バ、バカじゃないですか」
今もそうで、真っ赤な顔のまま捻くれ口を叩いてそっぽを向く。
啓介が、手を伸ばしてきた瞬間に、ビクリと体が跳ねるのも止められない。
そんな拓海に、啓介は苦笑を浮かべて手を引っ込める。
「分かってるよ。ま、のんびりいこうぜ。お前はこれからもずっと俺のモンだしな」
怯える拓海に、これからの未来を暗示し、そして安堵させる。
ゆっくりと気持ちが深まり、そしてお互いの結びつきが深くなる。
このまま、二人ずっと一緒にいられるのだと思っていた。
喧嘩しながらも笑い合って、手を繋いで、二人ずっと一緒に歩いていけるのだと思っていた。
けれど――。
両親を連れてドライブに行くのだと、彼から電話があったのは、あの日の前日の事だった。
以前の不仲が嘘のように、少し照れながら「めんどくせーけど、車買ってもらたしさ」とぼやく彼に、拓海は電話の向こうで微笑んでいた。
「あんた、調子に乗って事故らないで下さいよ」
「やらねーよ。…お前までアニキみてぇなこと言うなよ」
何気ない会話。けれどふとトーンが変わり、彼の声に真剣みが宿る。
「…なぁ、拓海」
「はい?」
「…お前が高校卒業したら…一緒に暮らさないか?」
「…え?」
「…や、お前の卒業までって言ったら、二年後なんだけどさ」
「……はい」
「何か…俺、ダメだわ。お前いないとダメだ」
「な、に、言って……」
「マジだって。お前がいたから、こうやって親ともマトモに話せるようになったし、アニキにも素直になれた。お前がいなかったら、俺はロクデナシの馬鹿のままだったからな」
「そんな事……」
じわり、と涙で目が潤んだ。
初めて好きになった人。
初めて好きだと言ってくれた人。
何もかもが愛おしくて、そして幸せを感じさせてくれた。
けれど――。
「だから、ずっと一緒にいようぜ。永遠に」
その言葉に拓海は涙声で頷いた。
永遠なんて信じない。
もう、二度と。
『…なぁ、ずっと一緒にいような』
『…ずっと、って…』
『ずっとだよ。この先一生。永遠に』
『…そんな先ことなんて分かるわけないじゃないですか』
『分かるよ。俺はずっと拓海といる。俺が死ぬまで、ずっとだ』
自身満々に言った言葉に、心が震えるくらいに嬉しかった。
馬鹿みたいに、「死が二人を別つまで」と結婚式の誓いの真似事までさせられて、まだまだ遠いと思っていた未来のことを約束させられた。
確かに彼は約束を守った。
ただ、その月日があまりにも短かっただけで。
短すぎて。
儚すぎて。
それを永遠と認めるには短すぎる。
もう一度拓海は空を見上げ呟いた。
もう煙は見えない。心の中のように昏い空と、ザアザアと降り続ける雨粒だけが見える。
『拓海』
『…はい』
『…愛してる』
それが彼と交わした最後の言葉。
あの時、「何恥ずかしいこと言ってるんですか」ではなく、どうして素直に「俺も愛してます」と答えられなかったのか。
素直に感情を吐露する彼に、もっと自分の気持ちを伝えておけば良かった。
臆病なばかりに、彼と体を繋げることも出来なかった。
触れ合う手と、唇の先の熱を知りたかった。
けれど――。
もうそれは叶わない。
怒りは彼にだけじゃない。
後悔ばかりの自分への怒りだ。
悔しくて、悲しくて涙が溢れる。
空を見上げても彼はいない。
どこにもいない。
雨が降る。
まるで拓海の心のように。
留め止めなく溢れ、体も、心も昏い色に濡らす。
永遠なんて信じない。
『ずっと一緒にいようぜ。永遠に』
信じたくない。二度と。
「…ウソつき」
呟いた声は、雨音の中に消えた。
2006.11.5