ETERNAL
ERECTORICAL STORM番外 前編
ザアザアと降りしきる雨の中。
じっと灰色の空へと昇っていこうとする煙を見つめている。
拓海の胸中には、悲しみも、寂しさも苦しみも無かった。
ただ―…。
彼に対して純粋な怒りだけがあった。
「…ウソつき」
悔しくて、呟いた言葉は雨音の中に消えた。
脳裏にはこの雨空とは対照的な、太陽のように笑う彼の顔だけが浮かぶ。
あの時もそうだった。
拓海の中には怒りしかなかった。
自分よりも体格の大きな男たちに囲まれ、今から彼らが何をしようとしているのか、よく承知していながらも。
殴られたり、蹴られたりよりも、卑怯な手段を用いてきた相手への怒りが勝る。
「御木、まさかこんなガキにやられたのか?」
目の前の、殴られた跡がまだくっきりと残る顔のかつての先輩。その跡を付けたのは拓海だ。
高校に入学したばかりの拓海は、元来の柔らかな顔立ちと、そしてまだ成長期段階のため華奢な体格から女の子に間違われることがよくあった。
それを、入部したサッカー部の先輩である目の前の男に揶揄され始めたのは、入ってすぐの事だった。
『女みてぇ』
と嘲り、拓海を女扱いするのはまだしも、体に触れ撫で回すと言った性的なものを含んだ嫌がらせが続いた時、拓海の堪忍袋の尾が切れた。
女の子のような顔立ちのため、大人しいと思われがちだが、元来拓海は負けず嫌いで気が強い。
だから、殴った。
それでサッカー部を辞めさせられることになろうと、謹慎処分を受けることになろうと、拓海には構わなかった。
ムカついたから、殴る。拓海にとってそれが全てで、他のことは関係ない。
だから今の事態も、拓海にとっては関係ない事のうちの一つだ。
「うるせぇな。油断したんだよ。まさかこんな女みてぇなツラで殴ってくるなんて思わなかったしさ」
「確かにな。かっわいい顔してんのに、おっかねぇ」
ゲラゲラと笑いながら、男たちが拓海に手を伸ばしてくる。拓海はその手を叩き落した。
叩かれた男はムッとし、そして他の男たちはますます楽しげに笑い声をあげた。
「お、すっげ気が強ェ。やる気だぜ、コイツ?」
「素直に謝れば許してやったのにな」
「じゃ、覚悟してもらおうか、お譲ちゃん」
嘲りながら、男たちが近寄る。拓海は怯むことなく、彼らを睨み返した。
拓海を侮り、ゆったりとしたモーションで相手の拳が拓海に向かい振り下ろされる。拓海はそれを避け、膝に蹴りを食らわした。
体勢を崩した男が膝を付く。その隙に拓海は首謀者でもある御木の前に立ち、そして怒りのままにまた彼の頬をぶん殴った。
御木の顔がぶれ、ぐらりと倒れる。拳には血が滲み、拓海の拳も腫れている。
「…っのヤロウ!」
だがその後が続かない。怒りのまま衝動で御木を殴ったはいいが、拓海に元より逃げることは考えていない。御木の傍にいた男が、拓海の襟首を掴み、そして避ける間もなく頬に鈍い痛みが走った。
拓海は殴った男を睨む。痛みは気にならなかった。今の拓海は理不尽なことへの激しい怒りばかりがある。
しかしそんな拓海の負けん気は、男たちの怒りも煽る。
カァと興奮に顔を真っ赤にした男は、もう一発殴ろうと拳を振り上げる。
けれど、それがもう一度拓海に降ってくることは無かった。
「……何やってんだ、お前ら」
止めたのは彼らの背後から、うっそりと現れた人物だった。
制服のまま煙草を咥え、そしてその髪の毛は学生服には違和感のある綺麗な金髪だ。
彼が現れた瞬間、興奮に顔を赤くしていた男たちの顔色が青くなった。
「け、啓介さん!!」
拓海の襟首を掴んでいた男の手が離れる。拓海はその手がかすかに震えていることに気付いた。
怒りはある。彼らに対し。
けれど新たに現れた人物に対する好奇心もあった。
拓海は逃げることもせず、そこに留まり彼らの背後にいる人物を窺った。
着崩した制服と、なのにだらしなく見えない高い身長とバランスの良いスタイル。
その上に乗っている顔もまた、派手な金髪の頭に似合う整った精悍な容貌をしていた。
そして男は、その精悍な顔に似つかわしい、獰猛な笑みを浮かべた。
「さっきから見てりゃぁ、ガキ一人相手にお前らよってたかってフクロか?」
「い、いえ、そんな…」
彼らの様子から、啓介と呼ばれた男がどんな存在なのかがよく分かる。
啓介と体格的には変わらない彼らが集まっているというのに、たった一人の男相手に心底怯えきっている。
そして拓海は、啓介が彼らの怯えの通りの人物であることを知る。
ドスン、と鈍い音が響いた。
啓介の長い足が、答えた男の腹にめり込んでいる。
「…そんな、じゃねーんだよ。『はい、そうです』だろうが。あァ?」
一切の口答えを許さない非道さ。体を折り曲げ、痛みと苦しさによる生理的な涙を流す男の様子から、彼の実力も拓海は知る。
「こんな小せぇガキ相手に威張ってんじゃねぇよ、クソが!」
啓介の拳が閃く。
拓海を囲んでいた男たちが、どんどん地に沈んでいくのを拓海はなすすべもなく見ていた。
「…すいません…勘弁してください…」
哀願する男たちの叫びも聞かず、啓介は無情に相手を叩きのめす。
「すいませんじゃねーんだよ、バーカ」
にやり、とその凶暴な笑みを浮かべ、楽しげに無駄のない俊敏な動きで男たちをいたぶる啓介の動きは、暴力と言うよりも、完成された一つの芸術のようだった。
けれど。
拓海はそんな啓介に見惚れたままでいれない理由があった。
啓介に叩き伏せられ、這々の態で男たちが逃げていく。
それに啓介が蔑笑を浮かべ、「今度見かけたら殺すぞ」と、さらに彼らに次もまたあるのだということを示し、追い討ちをかける。
そしてその場に残ったのは、拓海と啓介だけになった時。
男たちに向けていた凶暴な眼差しとは違う、労わるような眼差しが拓海に向けられた。
「…大丈夫か?」
前に立たれると、拓海よりも遥かに身長が大きなことに気付く。
さっきまでの凶暴な姿と、そして彼の普通ではない身なりと溢れ出る独特のオーラ。
一般人を怯ませるには十分な要素であるのに、けれど拓海の中にあったのは怯えでも、感謝の気持ちでもなかった。
それは、怒り。
差し出された啓介の腕を払い、睨んだ。
「俺は……」
目の前の啓介の顔が、キョトンと不思議そうに拓海を見つめ返している。
「俺は…ちっせぇガキじゃない!」
怒鳴ると、呆気にとられていた啓介の顔が緩んだ。
「…っく、ハハハ」
そして腹を抱え、盛大な笑い声を上げた。
啓介は先ほどとは全く違う明るい表情で拓海に笑いかける。
「お前、面白ェ奴だな。俺は高橋啓介。お前の名前は?」
拓海は怒っていた。
けれど目の前で豪快に笑う彼を目の前にしていると、怒っている自分がバカらしくなり、そして沸きあがってきたのは助けられた事への感謝の気持ちだ。
すぅ、と感情が静まり、そして助けてくれた彼に対し、非礼なことをしてしまった自分に気付く。
「…藤原…拓海です。あの…」
「ん?」
「…ありがとうございました」
さっきまでの勢いが消え、神妙に頭を下げ礼を言う。
すると啓介の顔がますます楽しそうなものへと変化した。
「宜しくな、藤原。仲良くしてくれ」
差し出された手。拓海は今度は叩き落さず、握り返した。
これが、拓海と啓介の出会いだった。
2006.10.28