「これは罰だよ」
そう、秀麗な顔を歪め、その男は鮮やかに微笑んだ。
ずっと己の中で燻る感情はあった。
けれど、須藤京一はそれを精神力で押さえつけ、己の深奥に閉じ込めてきた。
だが、あの少年が現れたことで、京一の中でその感情が暴れ出し、そして醜い行いを京一にさせた。
「これは罰だよ」
微笑む男に、京一は抗うように身動ぎするが、柱から伸びた手枷で拘束された四肢は、いたずらに京一の肌を傷つけるだけでビクともしない。
「うーうぅ…」
反論しようにも、口にはべったりとガムテープが貼られていた。
京一は混乱しながらも、ぐるりと自分が今置かれている状況を確認すべく、視線を周囲に巡らせた。
赤と黒で構成された淫靡な内装。
そして自分は真っ赤なシーツの上のベッドで、脇に伸びる柱に繋がる枷で仰向けの状態で拘束されている。
「悪趣味な部屋だろう?お前のために、考え得る最悪の部屋を選んでやったよ」
そう、無様に解剖される蛙のように固定された京一を嘲笑うのは、京一がライバルと目していた男。高橋涼介だ。
目の前の男に対し、京一の中に燻る感情がある。
それは敵愾心故だと、ずっとそう思ってきた。
この男に拘ってしまう、自分の感情の理由を。
しかし、あの少年が現れたことで、京一はその感情が何であるのかを否が応でも悟ってしまった。
自分には見せない執着を見せる彼の姿。
あの少年には見せる、甘く優しい笑顔。
それらは、決して京一が涼介に向けられること無いものだ。
涼介の口から、あの少年の名が出るたびに、胸が焼け付くような想いを味わった。
そしてその感情が暴発し、京一にあの少年を攻撃させた。
煙を上げる車の前に立ち尽くし、涙を流していた少年の姿が目に焼きついている。
あの少年を挑発したのは、涼介にあの子供より己のほうが優れていることを誇示したかったからだ。
そして結果は、京一にとっても苦い結果を生み、そして今の状況へと至っている。
翌日の涼介とのバトルで敗北し、自分の感情が叶うはずも無いことを思い知らされたと言うのに、呼び出され、のこのこと出向いてしまった己が愚かなのだろう。
いや、恋と言うものは人を愚かにさせるものだ。
呼び出され、出向いた京一に、笑顔で涼介はスタンガンを向けた。
腹に感じた激痛とともに意識を失い、そして目覚めてみるとこの状況だ。
「良い様だな、京一」
自分を見下ろす男の眼差しは復讐心に満ちていた。
彼は自分を許さない。
彼の大事なあの少年を傷つけた己を。
京一は見誤っていたのだ。
涼介のあの少年への執着を。
そして目の前の男の、薄暗い性質を。
答えれず、ただ驚愕の眼で涼介を凝視する京一を、涼介は薄い笑みを浮かべる。
そしてベッドサイドに置かれたケースに手をやり、そこから銀色に光るものを取り出した。
キラリと、鋭利なものが照明に照らされ煌めく。
「動くなよ。切ってもいいんだが、血を残すと厄介だ」
彼が手にしたのはナイフ…いや、違う。
手術用のメスだ。
尖った刃先を京一の襟下に差込み、そして勢い良く切り裂いていく。
スルスルと、音も無く衣服が切られ、京一の上半身は布の残骸で覆われているだけになった。
クスクスと涼介が布を切り裂きながら嘲笑う。
冷たい刃物と、闇を感じる笑みを浮かべる男への恐怖に京一の肌が総毛立つ。
だがそれと同時に、得体の知れない何かが押し殺した心の内部より湧き起こった。
真っ先にそれに気付いたのは、当人である京一ではなく、涼介だった。
「…何だ、お前?」
クッ、と鼻で涼介が笑いながら尖った刃先を京一の下腹部へ向ける。
「勃ってるのか?」
その言葉に、京一は冷水を浴びたような気がした。
自身の体の変化だ。
そうである事は見なくても分かる。
だが、認めたくなかった。
恐怖しか感じないはずの涼介の行動に、欲望を見せる己自身を。
「…随分と変態的な趣味だな、お前は」
秀麗な顔を歪め、涼介が京一を笑う。
「お前が、俺に惚れていることは分かっていたよ」
見えなかった自分の感情さえ、目の前の男にはお見通しだったと言うのだろうか。
「俺はそう言った感情を向けられるのには慣れているからな」
涼介がメスの柄で京一の腹をなぞる。
硬化していた欲望がさらに増すのを京一は感じた。
「気が向けば、そう言った輩に情けをくれてやるぐらいはするんだが……。お前では無理だ」
ぐ、と柄が京一の臍下を押す。
痛みと、快楽の狭間で京一は呻いた。
「穢らわしい」
メスの圧迫が消え、刃先がキラリと煌めいた。
振り下ろされたメスがジーンズのボタンを切り飛ばす。
勢い良く切られたボタンが飛び、京一の腹の上に落ち、そしてシーツの上に転がった。
「俺はお前には一切触れない。それがお前に対する…俺の罰だよ」
メスをベッドサイドに戻した涼介は、ベッドから離れる。
それと同時に、室内にゆらりと動く気配が漂った。
「もういいんですか?」
部屋に響く、第三者の声に、京一の体が強張る。
今まで、涼介の他に存在を感じなかったこの部屋に、もう一人いると言うのだろうか?
視線を声がした部屋の隅に向けると、そこには確かに男が立っていた。
見知らぬ男だ。
中肉中背の、特に特徴のあるように見えない男だ。
その男が京一に、穏やかな笑みを向ける。
場にそぐわないほどの。
「ああ。待たせたな、松本。存分に嬲ってやれ」
総身に冷水を浴びたような気がした。
驚き、傍らに立つ涼介を見上げると、彼は嫣然と微笑んだ。
「俺の目の前で他の男に嬲られろ。それが…俺が与えるお前への罰だよ」
松本と呼ばれた男が衣服を脱いでいく。
みっしりと鋼のように詰まった男の筋肉質な肉体。
京一には、男のその肉体が凶器のように見えた。