V



 明け方まで啓介と抱き合った。
 下から突き上げられ、そして身体をボンネットに押し付けられ、両足を肩に抱え上げた啓介に、上から激しく突き入れられた。
 性格同様、激しい性交。満足そうに舌なめずりをする啓介に激しく突かれ、嵐のような快楽に溺れながら、拓海はどこか覚めた頭のままの自分がどこかに残っていた。
『いいぜ、藤原、もっと腰動かせよ』
 煽る啓介の声に重なって、あの人の声が聞こえてくるような気がした。
『いいよ、藤原…もっと乱れてごらん?』
 優しく微笑みながら、あの冷たい指で頬を撫でるあの人を感じた。
 乳首や、性器を嬲る熱い指の感触に、あの人の冷たい指の感触を重ねる。
 あの指が、あの声が、そしてあの舌が、拓海をただの快楽に溺れる生き物に変えてしまう。
 啓介に抱かれながら、拓海はその姿に涼介を見ていた。
 激しく啓介に突かれながら、これだけでは満足できない自分を感じる。
 …足りない。
 あれだけじゃ足りない。
 もっと…。
 もっと、自分を狂わすような氷のように冷たい、だけど本当は誰よりも激しく深いあの人の熱が欲しい…。
 啓介に抱かれてから、拓海が思うのはそればかり。
 けれど、あの人はおろか、啓介からも連絡は無かった。
 まるで拓海など初めから存在していなかったかのように、ぷっつりと彼らからの接触は途絶え、Dの連絡事項でさえ史裕に任せ、拓海に会おうとしない。
 思い切って、こちらから電話をかけても通じず、あげく拓海の番号が着信拒否にあっていると気付いたのは、啓介としてから4日目のことだった。
 嫌われた。
 そう思った。
 自分がいい加減なことをしていたから、見限られたのだ。そう思った。
 泣いて、苦しんで、そしてたっぷりと快楽を覚えさせられた身体は、刺激なしではいられず、毎夜自分で自分を慰める日々が続いた。
 そして一週間目。
 眠れぬ夜が続き、寝不足気味の拓海ではあったが、豆腐の配達は続けていた。
 逆に、何かをしていないと自分が壊れそうで恐い。
 おかしくなりそうな頭に、仕事を与えることで気を紛らわし、やっとの思いで自分を維持している。そんな気がしていた。
 早朝。いつものように豆腐を運び、軽くなった帰りの道はいつものように走るだけ。
 けれど。
 以前、啓介に告白された場所に、白い車がいるのを拓海は見た。
 慌ててブレーキを踏み、運転席から飛び降りるように、停車したまま動かない白のFCに駆け寄った。
 そしてそこには、拓海の期待通りの人物が目を閉じ、座っていた。
 …眠っているのだろうか?
 不安に思い、起こそうか迷いながら窓を覗きこんでいると、不意にぱちりとその目が開かれ、そして目が合った。
 深い、闇のような黒い瞳。
 それに射抜かれるように見つめられ、拓海はずっと足りないと思っていたものが何だったのかを知った。
 理屈ではない。
 本能の領域で理解する。
 …これが欲しかった。
 この人が欲しかったのだ。
 目を開けた涼介は、うっすらと、拓海を魅了する笑みを浮かべる。それだけで、拓海の身体の熱が上がる。
 ゆったりとした仕草で、涼介が身を起こし、運転席から外へと出てくる。うっとおしそうに零れ落ちる前髪を掻き揚げ、そしてふぅ、と軽く溜息を吐いた。
「少し、寝てたか…。お前が来る前には起きてるつもりだったんだがな」
 ひたり、と、あの暗闇の目が拓海に合わせられる。
「…りょう、すけさん…」
 その唇が笑みを作る。眼差しは氷のままで。
「会いたかったよ、藤原」
 その言葉に、拓海の心にも、身体に熱が点る。じわりと滲み出してきた瞳を、もう離さないようにと涼介へと向ける。
 そんな必至な拓海の思いは、目から涼介にしっかり伝わっていたのだろう。
 フッ、と淫靡に笑い、涼介は無言のまま、拓海の腕に指を伸ばす。
 ぎゅっと痛いくらいに掴まれ、身体を引き寄せられたかと思うと、途端に啓介が以前したように、身体をボンネットの上に放り投げられた。
「…啓介のボンネット、ヘコんでたぜ?いったいどれだけ激しくやったんだか」
 くすり、と嘲笑う彼の顔に、高揚していた拓海の気持ちが一気に凍りつく。
「りょ、すけさ…なんで…?」
「何で?」
 楽しげな涼介と対照的に、拓海の心はどんどん強張っていく。
「…分かってるくせに」
 だけど。
 だけど…。
「藤原…」
 触れる冷たい指先。
「俺が欲しい?」
 耳に注ぎ込まれる甘い声。
 まるで…毒だ。
 答えはもう出ている。
 だから…。

「…涼介さんが…欲しいです…」
 いったん、言葉にしてしまえば、もう遮るものは無い。
「お願い、触って」
 自分が何を言っているのか、何も分からなかった。
「いっぱい触って」
 この暴れだしそうな熱をどうにかして欲しかった。
「…お願い、何でも好きにしていいから」
 ただ、この人だけが。
「涼介さんが…欲しいんです…」
 自分の目の前で、優しく微笑むあの人が欲しかった。
 拓海の言葉に彼が満足そうに微笑み、子供にするように頭を撫でた。
「…いい子だ」
 何も考えられない。
 分かるのは、身体の中に点った狂おしいばかりの熱と、そして目の前のあの人の姿だけ。
 触られて、嬉しいと感じる自分の心だけ。
 まるで、毒のようだ…。
 彼の全てが毒のように拓海を支配する。
 けれど。
「…たっぷり可愛がってあげるよ」
 今の拓海にはそれは、喜びしか感じない。

 冷たいボンネットの上に乗せられ、優しく頭を撫でられる。
 道路沿いの、いくら早朝とは言え誰かが来るかも知れない場所で、半裸になることにもう躊躇いはなかった。
「可愛いね、藤原…」
 この人が喜んでくれるなら。
「はやく、涼介さん。いっぱい触って?」
 せがんで、自分から身体を擦り付けることも厭わない。
 コロンと彼の汗の混じった匂いを発する首筋に鼻をこすりつけ、吸い付き歯を立て舌で舐めあげる。きっとそこには自分の跡が残る。
「…好き…涼介さんが好き…」
 何も考えなくていい。
 ただ、本能だけを求めればいいのだ。
 優しく、冷たく甘い毒を注ぎ込んだこの人が、そう教えてくれた。
「俺も好きだよ」
 彼がそう言う。毒のようなその声で。
 それだけで身体が震える。心も震えて拓海の中は快楽しか見えない。
 彼の股間に手を伸ばし、布の奥に隠された欲望を取り出し、擦りあげる。
 すぐに硬くなるそこに、熱くなるそこに、溜まらない愛しさを感じる。
「して。涼介さん。早くして。ここを、早く俺の中に入れて」
 拓海の懇願に、涼介が甘く笑う。
「俺が欲しい?」
「うん、…はい。欲しい。涼介さんが欲しい」
「いい子だ、拓海」
 名前で呼ばれた。
 嬉しい。彼が可愛がってくれる。
 涼介の指が拓海の頬を撫でる。首筋を撫で、胸を這い、股間を嬲り、後ろの狭間に指は潜り込む。
 ぐりぐりと掻き回されて、拓海は喜びの嬌声を上げた。
「…本当に拓海はいい子だ」
 ぺろりと彼の舌が、拓海の乳首を舐めた。
 そっと、拓海の胸に耳を寄せ、そしてぎゅっと身体を抱きしめる。
「拓海…」
 どくどくと通常よりも早くなっている鼓動が聞こえる。
 生まれて初めて、誰かを欲しいと思った。
 だから…。



『なぁ、アニキ。何で告白しねぇんだよ?』
 拓海に「好きだ」と言って付き合うように仕向けた自分に、弟がそう言ったのは当然のことだろう。
 彼が自分に好意を抱いていることは気付いていた。
 だが、その好意は憧れに近いもので、その眼差しの中の自分は、まるで実体のない偶像のようにしか写っていないことも察していた。
 告白すれば、確かに受け入れてくれるかも知れない。
 だが。
 拓海の中の自分は虚像の自分だ。
 本当の自分は醜く、暗く、汚い。
 こんな自分を知れば、きっとあの潔癖なところのある少年は離れていくだろう。
 だから。
 …藤原を堕とせばいい…。
 そう思った。
『わっかんねぇなー。あいつも絶対アニキの事、好きだってのは分かるのに、何でそんなまどろっこしい事するんだよ?』
 この弟には分からないだろう。
 暗さの無い、明るい太陽の下で育ったような彼には。
『…藤原は俺の事を神聖視してるからな。きっと俺が好きだと言っても信じないだろう。だから俺の手を取りやすいように、まずお前で慣らさせるんだよ』
『何だよ?俺はお手軽みてぇじゃん』
 苦々しく笑う啓介に、涼介は内心の澱みを隠し、何でも無い振りで答えた。
『啓介は親しみやすいんだよ。だからあいつも、お前には同じ位置から喋ってくるだろう?俺にはそうじゃない。あいつの中で俺は、もう穢れのない立派な聖人君子なんだよ』
 その事実が、どんなに涼介に臍を咬ませているかを知らず、啓介が笑った。
『…ああ、そうかもな。それじゃ、恋愛にはならないか』
『そうだ。だからお前は藤原にこう言えばいい。「お前はアニキが好きなんだろう」ってな』
『…洗脳すんかよ?』
『いや、違う。誘導だよ』
 涼介に好意を抱きながらも、恋愛にならない拓海を自分の元へ引きずり寄せるために。
『でもさー、マジに俺が藤原とヤっちまってもいいのか?俺は、あいつとは出来ると思うけど、っつーか、願ってもないって感じだけどさぁ…』
 …知っている。啓介が拓海に対し、性的な欲望を抱えていたことは。
 自分がライバルと目す相手を、さらにバトルの高揚感と相まって、組み伏せ、征服したいと思うのは、闘争心の強い弟には有り得ることだ。ましてや拓海のような、危うげな雰囲気を持つ相手ならば特に。
 だが、それは恋ではない。
 自分とは違う。ただの征服欲から来る欲望だ。
『構わない。啓介には無理を頼むからな。それぐらいの甘い汁は吸わせてやるさ。それに、大事なのはお前を裏切っているという背徳心なんだ』
『…どう言う意味だよ?』
『背徳心は快楽を深くする』
『………』
『それに、裏切っていると言う罪悪感から、従順にもなるしな。多少の無茶はできるぜ?』
 わざと露悪に笑ってやれば、啓介は共犯者の顔で笑った。
『藤原もかわいそうになぁ。こんなおっかねぇのに惚れられちまって』
 …ああ、本当に。心からそう思うよ。
 もう狂っているのかも知れない。
 あの少年が欲しくて。
 狂いそうなほどに恋焦がれ、きっともう壊れてしまったのだ。
 だから…。



 乳輪に噛み付き、白い胸に歯形を残す。
「…ぁあん」
 そんな刺激にも拓海は甘い声をあげる。
 彼の身体に少しずつ、毒を塗りこめるように快楽を植えつけた。
 普通のセックスでは満足できない、苦痛と隣り合わせのもの。渇望する心を高めるために、拓海に自分の肌を教えなかった。
 どれだけこの身体を欲していたか、きっと拓海は知らないだろう。
 快感にもだえる彼の姿に、堪えきれず何度このまま抱いてしまおうと思った事か。
 けれど…全てはこの時のため。
「拓海、俺が欲しい?」
 乳首を舌で転がし、手のひらで性器を弄びながら、涼介の高ぶったペニスを狭間に擦り合わせる。それだけで拓海の身体は震え、手のひらに粘った液を漏らし、甲高い声を上げた。
「…ほしい…はやく、涼介さんの…ほしい…」
 身を捩じらせ、涼介を欲する拓海に、涼介は股間を握る手に力を込めた。
「…っあぁ、いや、いたぁい…」
 拓海はもう快楽で、口調がたどたどしいものになっている。まるで子どものようにぐずる彼に、涼介の愉悦は深くなる。
「本当に俺が欲しい?啓介でもいいんだろ?」
 その言葉に、拓海の身体は強張り、涙目だった瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れてくる。
「…ちがうの…けいすけさ、ちがう…涼介さんがいい…」
「…本当に?」
「…うん…け、すけさんじゃ…だめ…涼介さんが…」
 腕を首に回し、涼介の首を引き寄せ噛み付くようなキスをする。
 全身で自分を欲しがるその媚態。このためにずっと彼に毒を注ぎ込んできた。
「いい子だ…」
 彼の耳朶を噛み、耳の中に舌を差し込む
『でもさぁ、アニキは心配じゃねぇの?もしかしたら藤原は俺を選ぶって事もあるワケじゃん?』
 素直で快活な弟。けれどその分、快楽にも素直で、それを欲することを禁忌としない彼の言葉に、強がりではなく涼介は笑った。
『藤原は俺じゃないと満足できないよ』
 断言する自分に、弟は「すごい自信だ」と呆れていた。そして再度「藤原はかわいそうだな」とも。
 滑らかな肌。拓海の匂い。その肌に舌を這わせ、彼を堪能する。
 この身体の前に、自信などあるわけもない。
 ただ、繰り返し繰り返し、この身体に教え込むだけ。
 自分と言う名の毒を。
 彼が無自覚に発するこの甘美な毒に、全身を犯されている自分のように。
 自分はきっと狂っているのだ。
 彼の甘い毒に魅せられ、それを欲したあの瞬間から。
 囚われているのは自分。
 だから、彼もまた自分のように引きずりこむだけだ。
 拓海の狭い内部に熱を発する怒張を滑り込ませる。
 きゅうきゅうに絞り込むその締め付けに、どれだけ彼が自分を欲していたのかを感じる。
「…いっ、あぁっ、涼介さん…もっと…」
 焦れる身体。このまま啓介のように快楽に忠実に本能のままに突き動かしたい衝動が起きる。
 だがそれをしてはいけない。
 もっと、拓海に自分を欲しがらせるために。
「やぁ、ん…りょ、すけさ…おねがい、うごいて…」
 中に入れたまま動かない自分に焦れて、拓海が自分で腰を揺らめかす。
 もっと。
 もっと俺を欲しがればいい…。
 涼介は心の中で愉悦を高めた。
 そして限界を訴える拓海のペニスを縛り、忍ばせていたローターで嬲る。
 普通の快楽では満足できないように。
 ボンネットに腰掛ける自分の膝の上に拓海を乗せ、背後から彼を抱きしめながらその身体を暴く。
 ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てる結合部。ローターの振動で震える身体が、内部を引き締め涼介の欲望を強くした。
 耳元に、注ぎ込むように囁くのは毒。
「拓海…」
「は、あぁ、ん、いやぁ、りょ、すけさん…」
「啓介としたい?」
 繋がりながら、拓海は必至に首を横に振る。
「どうして?啓介とはしたくないの?」
「…た、たりない…け、すけさんとじゃ…りょうすけさんが、いい…」
 望む返事に涼介は満足そうに微笑んだ。
「欲張りだな、拓海は…」
 彼の足を抱え、中をかき回すように動かした。
「やぁ!あ、あぁ、いい、そこ…あぁ、りょうすけさぁん…」
「啓介だけじゃ足りないんだったら、じゃあ今度三人でしようか?」
「さ、さんにんって…?」
「そうだな…。啓介に抱かれてるお前を、俺が見ていてやるよ」
 拓海は今度は否定せず、じっと考え込むように声を堪え黙り込む。だがすぐに、
「…りょうすけさん、いる?」
「ああ、いるよ」
「…さわってくれる?」
「ああ。拓海がそうして欲しいなら」
「…き、きらいにならない…?」
 不安そうな、涙をびっしり浮かべた瞳が、縋るように背後にいる自分を振り返る。
 その瞳に浮いた涙を舌で舐め取りながら涼介は囁いた。
「ならないよ。俺の言うとおりに拓海がするんならな」
 その言葉に、拓海はこの状況にはそぐわないくらいに、幸せそうな顔で微笑んだ。
「…じゃあ…します…」
 こくり、と素直に頷き、涼介に身を預けた。
 可愛い拓海。
 これはもう、涼介のものだ。
「可愛いね、拓海…」
 彼の背中の、天使の羽をもがれたような形の肩甲骨に唇を寄せ、愉悦の笑みを浮かべる。
「お前は俺のことだけ考えていればいい…」
 この身体はまるで毒。
 自分を狂わせ、支配する。
 だが…。

「愛してるよ」

 とても幸せだ。








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