猫じゃらし
act.2
ふわあ、と欠伸。
ぐん、と伸びをすれば鮮やかな太陽が見える。
今日もハチネコは指定席であるハチロクのボンネットの上で寝転がっている。
点々と、猫の足跡が黒い板金の上に残るのだが、持ち主である人物はおおらかで全く気にしない。
今日のボンネットは太陽の熱しか感じない。
これが明け方頃になると、ここはコタツのように熱くなっていることがある。
その熱の違いを、何度も寝転がるたびにハチネコは学んだ。
この車が走ってくる前は。
ボンネットも静かだ。穏やかな熱しか感じない。
けれどこの車が走ってきた後。
ボンネットはその衝動を残すようにジワジワ、熱いままになる。
今日はこの車は眠ったままだ。
だからと言って、この車の持ち主が出かけていないわけではない。
車の持ち主は、違う車がやって来てそれに乗って出かけてしまった。
眠るのには適しなさそうな車だった。
寒そうな色でハチネコはあれは好きではない。
でも、それに乗り込む拓海の顔は陽だまりのようにホコホコで、お花のように鮮やかだった。
『じゃあな。行ってくるよ』
と、ハチロクの上で眠る猫の頭を撫で、彼はあの車に乗り込んで行ってしまった。
――面白くない。
そう思うのは当然のこと。
ハチネコだって彼のことが好きなのだから。
『藤原の家の猫?』
彼の眩い笑顔を向けられている人物が、車から降りハチネコを指差した。
気に入らない。
フー。
威嚇の声を思わず上げ、そっぽを向いた。
『いいえ、違います。近所のネコなんですけど人懐っこくて』
ニコリと微笑みながら答える彼に、ハチネコは「そんなことねえよ」と「フガー」と鳴いた。
すると彼の笑顔を向けられた人物もまた「フッ…」とハチネコと同じニュアンスで笑った。
『…人懐っこいようには見えないけどな』
『え?』
『いや、何でもない』
あの男の腕が拓海の腰に回り、ハチネコに見せ付けるように引き寄せる。
『そこはお前に貸してやるよ。けど…ここは俺のものだけどな』
小さな、小さな声。
呟くようなその声は、男の傍らの彼には聞こえず、広範囲の音を拾うネコの耳には届いた。
『え?何か言いました?』
気に入らない。
まったく以って気に入らない。
『いや…何でもないよ』
ニコリと彼に向かい微笑むその笑顔は最上級のメスに向けるもの同等。
そして彼の顔もまた同じ。
胸がムカムカして歯噛みする。
けれど、ハチネコの本能が伝えるのだ。
――アイツは強い、と。
強いオスだけがメスを手に入れられる。
仕方が無い。だから仕方ない。
彼はメスではないけれど、どんなメスよりかわいらしいから。
どうしても強いオスが寄ってきてしまう。
あんなオスが付いていたら他のオスなんて適うはずもない。
ハチネコにしても然りだ。
ぐん、と伸びをして空を見上げた。
ま、いいさ。
この陽だまりのような空気の彼は好きだけど、あの男と喧嘩するほど恐れ知らずにはなれない。
こうやってこの車の上で寝転がっていれば、また彼が
『おはよう』
『じゃあな』
『ただいま』
と頭を撫で声をかけてくれる。
それだけでハチネコは幸せだ。
ぐるんとボンネットの上でまた丸くなり、ハチネコはぽかぽかとする鉄板の上でまた目を閉じた。
2007年9月9日