豆腐屋小町
act.1
藤原拓海には薄着になれない理由があった。
半袖、短パンなど持ってのほか。
彼は熱い夏の日でも、手足を晒すような事をしなかった。
プロDの活動が始まってすぐに、そのことに気付いた男が一人。
それは峠のカリスマ、赤城の白い彗星こと、Dのチームリーダーでもある高橋涼介その人である。
「藤原は肌が弱いのか?」
プラクティスの合間。休憩の時間に、涼介は拓海に問いかけた。
その質問は、「次のコーナーは、こう対処して…」などの会話の中でかけられたものであった為、一瞬、拓海は何を言われているのか分からなかった。
「え?何ですか??」
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、拓海は涼介の整いすぎた顔をじっと見つめ問い返した。
涼介の指が拓海の長袖のシャツを指差す。
「それ。今日は暑いほうだと思うのに、藤原はいつも長袖だから」
そこで、初めて拓海は何を言われたのかを理解した。
「ハァ?何言ってんだ、アニキ?」
ちなみにその場には啓介も、松本も、史裕もいた。
真面目な会話の中で、突然引き出された話題に、涼介以外の人間が皆目を白黒させる。
「…あ、あのこれは、別に病気とかじゃないんですけど…」
じっと、切れ長の眼差しに見つめられた拓海は、いつものように頬を赤く染めた。
「ただ、その…ちょっと、俺、男らしくない手とかしてるんで、すげぇ恥ずかしくって」
そう言いながら、拓海は俯き自分の腕を背中に隠した。
その瞬間、涼介の眉間にしわが寄る。
「藤原」
「はい?」
「見せて」
「はい??」
「…りょ、涼介、いきなり何を言ってるんだ?」
突然のことに、慌てて制止しようとする史裕を、涼介がぎろりと睨む。
「いきなりじゃない。ずっと気になっていたんだ。このままでは夜も満足に眠れないかも知れない…」
…そんな馬鹿な…。
誰もが彼の言葉にそう思ったのだが、一人だけそう思わない人物がいた。
「え、そんな…こんなことで眠れなくなるってんなら、俺、いくらだって見せますから!」
…拓海だ。涼介がにやりと笑う。
「ありがとう。じゃあ、早速見せてくれ」
「はい」
そろそろと拓海が腕を涼介の前に差し出した。途端、涼介がその腕をがっしりと掴み、有無を言わさず、バッ、と捲り上げる。
そして彼等の眼前に現れたその腕は…。
「………すげぇ」
「……こ、これは…」
「……女みたいって言うより、女の腕よりすごいですね…」
それはまるで大理石の輝き。男性ホルモンなど一切感じさせない、無毛な上に、真っ白でツヤツヤな美腕がそこにあった。
「…俺、昔から乾燥肌だったんで、母親が豆腐の余りとかで乳液みたいのを作ってくれて、毎日塗ってたんですよ。そしたら、どんどんこんな感じになっちゃって…。それ、豆乳ローションとか言って最近テレビとかで話題になってたんですけど、どうもそれ塗ってると毛が生えなくなるみたいで、だから、俺、恥ずかしいんですけど、毛、生えなくて…」
恥じらい、頬を染め俯く拓海の艶の或る表情にキラキラ輝く美腕。
…恥ずかしいとか言うよりも、これは純粋にすごいな…。
男にはあるまじき美腕。それに感動さえ覚えた啓介たちはそう思った。だが。
「…美味そうだな」
一人だけ違う思考の男がいた。言わずもがなの涼介だ。
「乾燥肌で塗っていたって事は、では全身に塗っていたということか?」
「え、あ、はい。そうですけど」
「では全身、こんな感じだって事か…」
そして遠い目をするカリスマ。何となく、その眼差しの行方を知りたくは無いなと彼等は本能的に察した。
「足を見せて」
「はい?」
「足だ」
「は、はい…」
何やら逆らえない迫力に、拓海は身を屈め、ジーンズの裾を捲り上げて膝下部分を晒した。
「ええと、こんな感じなんですけど…」
そこは腕と同様、美足。すね毛など欠片もなく、ツヤツヤの肌に覆われた真っ白な足が彼等の前に現れる。
「…あ、足でもコレか…」
「…俺、こんなキレイな足、女でも見たことねぇかも…」
「赤ちゃんの肌みたいですね」
「…あ、そんな感じかも」
口々に、美足の感動を口にする彼等。そして事件は起こった。
がし。
べろ。
「うわっ!」
「…アニキ?!」
「りょ、涼介?!」
何と涼介が、拓海の足を掴み、そしてふくらはぎを舐めたのだ。
「き、きたねーすっよ、そんなトコ!!」
真っ赤になって、慌てる拓海。
…いや、問題はそんなことじゃなくて…。
啓介たちは拓海とは逆に真っ青になった。
そんな顔色が変わる彼等を尻目に、涼介は平静なままだ。そして口の中で、拓海の味を堪能し、そして何やら頷き納得しているようだ。
「……やはり…美味いな。藤原の家の豆腐はおいしいんだな」
「え、ええ?は、はぁ。ありがとうございます」
「今度、うちにも分けてもらえるよう頼んでくれないか?」
「は、はい。それは構わないですけど…」
「こんな美味い豆腐を味わったのは初めてだ」
「そ、そうですか?あの、涼介さんって豆腐…好きなんですか?」
そう聞かれた瞬間、涼介が硬直し、またもや遠い目をした。
…豆腐って…藤原から豆腐の味、するんですかね…。
…ここで何か言葉を発しようもんなら、後でひどい目に合わされるような気がする…。
…やべぇ。俺もちょっと舐めてみてぇなんて思った…。
「…好き…そうか。好きなのかも知れないな…」
ぼそりと呟いた言葉。それの対象は豆腐なのか、それとも…。
「…え、ええと、よくわかんねーですけど、好きになってくれたら、やっぱ、嬉しいですけど…」
「…嬉しい?俺が好きだと、藤原は嬉しいのか?」
ピクリと涼介の片眉が跳ね上がり、拓海に鋭い視線を送った。それに拓海は一瞬怯むが、でもしっかりと頷いた。
「は、はい。俺んち豆腐屋なんで、好きって言ってもらえたら、嬉しいですけど…。あ、あと美味しかったって言われるのも嬉しいですね、やっぱり」
「……そうか…なるほど」
何やら考え込んでいた涼介は、拓海のその言葉を聞いた途端、難しい表情をしていたのが一転、にっこりと微笑んで拓海を見つめた。
「じゃあ、言おう。好きだ」
艶のある視線に見つめられ、真っ赤になりながらも拓海は頷いた。
「あ、ありがとうございます。う、嬉しいです」
「食べてみたいんだが、食べてもいいかな?残らず全部」
「は?はぁ、いいですけど…??」
よく分からないながらも拓海は頷いた。
にっこり。普段、絶対にお目にかかれない涼介の満面の笑顔が拓海を襲った。それに見惚れ、ぼんやりする拓海の肩に、涼介の腕が回る。
ぐい。
引き寄せられ、何故か拓海は涼介の腕の中。しかも通称「お姫様抱っこ」なんて恥ずかしいネーミングで呼ばれる形で抱えられている。
「じゃあ、早速頂こう」
「え?」
すたすた。
ガチャ。
バタン。
ゴワァアアー………。
「…………」
「…………」
「…………」
彼等は言えなかった…。
『…藤原、涼介が言っているのは、豆腐じゃなくて、お前の事なんだ!』…と。
二人がどこに消えたのか、彼等は考えるまでもなく想像が付くような気がした。
そして何が行われているかを、ついうっかり想像してしまった彼等は、真夜中のファミレスで、揃って冷奴をオーダーして食べるということをした。
そしてついつい、豆腐を突きながら、
『…藤原の体も、これぐらい真っ白で滑らかなんだろうな…』
と思ってしまい、ファミレスで前屈みになってしまうという事態を起こしてしまった。
そして。
拓海を連れて消えた涼介は、思う存分藤原家の豆腐の味を堪能し、そして満足しきった後で、こう言った。
「…とても美味しかった」
と。
その日を境に、拓海が手足を晒さない理由が変わった。
以前は、女のように白くてムダ毛すらない自分の手足を恥じてだったが、今は…。
「他の奴に食べられるかも知れないから、俺以外の前で素肌厳禁だ」
「…って言うか…こんなに食べた跡いっぱいだと、出したくても出せません…」
…と、なったようだった。
その後。
高橋涼介の大好物なものが豆腐になった。
「毎日食べても飽きないな…」
「ま、毎日は無理です!」
…豆腐の悲鳴が聞こえるほどに。