恋愛感情なんて抱いているつもりは無かった。
そもそも、彼女を「女」として見た事も無い。
自分の好みとは正反対の、薄っぺらくメリハリの無い身体。身長も高く、肩幅も広い。
顔は多少、目が大きくて整ってはいるようだが、全体的に色気が無くて、女と言うより少年と言った方が近かった。
彼女自身も初対面で相手から女に見られる事は滅多にないし、男に間違われてばかりだと言っていた。
だから、何度も会うことも無い相手では訂正することを諦め男として通すことが多いのだとも。
啓介もまた、彼女をずっと男だと思い込んできた。
バトルで自分を負かし、あまつさえ尊敬する兄にも勝利した負け知らずのダウンヒラー。
それがまさか、女で、しかもまだ高校生だと言うのだから、驚きを通り越して衝撃だ。
「藤原……」
おそるおそる手を伸ばすと、目の前の彼女が眦を朱に染め、恥らったように俯いた。
啓介は赤いその頬に指を這わせ、そして唇を寄せた。
口紅も、グロスも引いてない薄桃色の少し厚みのある唇。
通常の女ならあるはずの香水や化粧の匂いが一切しない。
日向と、ミルクのような柔らかな香りだけが啓介の鼻腔に届いている。
微かに震える唇に啄ばむように触れる。
徐々に震えが止まり、優しく撫でるようにその唇を舌でゆっくりとなぞると、固く閉ざされていた唇が開き、啓介の舌を迎え入れた。
彼女の口内は温かかった。
奥で縮こまる舌に自身の舌を絡め、強く吸付く。
溢れた唾液が唇の端から零れ落ち、彼女の首筋を伝い、Tシャツの襟元にまで流れる。
唾液で、色の変わった布地。
その流れを追うように、啓介は首筋から、そしてTシャツの襟に指を掛け引っ張り、彼女の鎖骨にまで舌を這わせる。
「…ぅ…ん…」
ぶるぶると彼女の身体が小刻みに震える。
けれど彼女の手は啓介の動きを止めることなく、だらんとシートの横に力なく置かれたままだ。
そんな彼女へのご褒美のように、啓介はちゅぅ、と、首に吸付き赤い跡を残した。
恋愛感情なんて無かったはずだ。
そもそも、自分は彼女を「女」としても見ていなかったはずなのに。
彼女に残された自分の印に、啓介は満足そうに舌なめずりをする。
「…藤原」
ぎゅっと閉じていた彼女の瞳がうっすら開く。
眦を紅く染め、涙を滲ませたその瞳。
恋愛感情なんて無いはずだ。
なのに何故。
「…俺のモノになれよ」
こんなにも狂おしいまでの情動を感じているのだろう?
歩いて駅まで行く。
そんな事を言い出した拓海を止めたのは啓介だ。
啓介の兄である高橋涼介が興したプロジェクトD。
そのダブルエースとして選ばれたのが啓介と、そして彼女。藤原拓海だった。
Dが始まる前に、何度か高橋家で涼介から走りに関するレクチャーを行われることがあった。
その際には、たいてい拓海と啓介の両方が集められ、一緒に涼介の講義が行われる。
今回もそのつもりであったのだが、肝心の涼介の都合が悪くなり取りやめになってしまった。
その知らせが届いた時、拓海はもう高橋家に到着してしまった後だった。
じゃあ、帰ります。
そう、あっさりと踵を返そうとする彼女を、別に啓介は引き止めようとはしなかった。
そっか。じゃあな。気を付けて帰れよ。
そう言い、玄関扉を開け拓海を送り出そうとしたとき、ふとガレージを見た啓介の視界に、あると思っていたはずのものが無かった。
お前、ハチロクどうしたんだよ。
拓海が停めやすいように、ガレージのシャッターは閉めていなかった。
ハチロク用にと空けたスペースは空のままで、ガレージには啓介のFDしか見えなかった。
え?と、キョトンと拓海が首を傾げた。
来る途中で松本さんに預けてきました。ここまでは松本さんが送ってくれんです。
ふぅん、と相槌を打ちながら、啓介はちょっと待てよと眉を顰める。
そんじゃ、お前、ここからどうやって帰るつもりなんだよ。
そう問うと、彼女は当たり前のように「歩いてです」と答えた。
住宅街で、駅にそう遠くは無いとは言え、時刻は夜に近付こうとしていた。
何だよ。じゃあ、俺がお前んちまで送ってやるよ。
そう言うと、彼女はとんでもないとばかりに首を横に振った。
いいです。
気にすんな。送るって。
だって、悪いです。
だから気にすんなって。お前もそうだろうけど、車走らせるのって苦じゃねぇんだよ。むしろ、少しでも乗っていてぇくらい?そう言うわけだから俺に車出させろよ。
…じゃあ、お願いします。
渋々と言った様子ではあったけれど、頷いた拓海を助手席に乗せ、啓介はFDのドライバーズシートに乗り込みエンジンをかける。
そして走り出そうと傍らの拓海を見れば、彼女はモタモタと何か不思議な行動をしていた。
お前、何やってんだよ?
呆れた風に問いかけると、焦った様子で拓海が啓介を見つめる。
あの……これ、シートベルト締められないんですけど。
はぁ?お前、何やってんだよ?
だって、俺、こんな新しい車乗ったことないから…よく分かんないもん。
新しいって、んなもんどの車も一緒だろうが。
違いますよ…!え〜と、こうなって…。
ああ、そうじゃねぇって。…仕方ねぇなぁ。ここを引っ張って…。
何気なく、啓介は助手席に身体を乗り出し、シートに収まる拓海に覆いかぶさるように、シートベルトに手を伸ばした。
シュルン、と伸びたシートベルト。
ほら。これを伸ばして、ここの金具に…。
説明をしながら、ふと啓介は拓海の方へ視線を向け、そして今の自分の体勢に漸く気が付いた。
すぐ目の前に、拓海の顔があった。
触れ合うほどに近いほどに迫った彼女の顔。
驚きに目を見開いた彼女の瞳は固まったように啓介に据えられ、そしてその頬は羞恥に赤く染まっている。
薄く開いたままのほんのり色付いた桃色のふっくらとした唇は小さく震え、その微かな吐息が啓介の頬に届く。
魅入られたように、啓介もまたそんな拓海から視線が逸らせない。
頬に当る吐息の温かい感触。
さらに、鼻腔に彼女のものと思われる、シャンプーの微かな香りが漂った。
啓介が今まで関係を持った相手のようなきつい香水に覆われた匂いではない。
優しい、ほのかな香り。
あ……の……。
膠着を壊したのは拓海の方からだった。
顔を俯かせ、視線を外し、恥ずかしそうに身動ぎをする。
しかし、身動ぎをすることで、密着した身体が余計に啓介に擦り付けられる事になり、胸部に感じた彼女の身体の感触に、ゾクリと、尾?骨に衝動が走った。
その衝動には覚えがある。
下腹部に熱が溜まる前の兆候として。
女の艶(あで)な姿を目の前にした時と同じ、そんな兆候を何気ない接触で感じたのだ。
コクリと唾を飲み込み、啓介は拓海の身体から身を離し、たわんだシートベルトを引っ張った。
この…金具に嵌めこむだけだよ。…一緒だろ?
平静を装っていたが、奥歯をギリリと噛み締めていた。
伸びたシートベルトを、金具に装着しようと彼女の身体にベルトを被せる。
その瞬間、またあの情動の兆候が啓介を襲う。
『……縛っているみたいだ』
金具に装着されたベルトのたわみが消え、彼女の身体に適度に食い込む。
衣服に隠された彼女のラインを知らせるように、襷がけになったベルトと、腰に回されたベルト。
板のような身体だと思ったその胸に、ささやかな膨らみがある事を。
その腰が引き締まっている事を啓介に伝える。
もう一度ゴクリと唾を飲み込み、振り払うように啓介はドライバーズシートに納まり、前方へと視線を向けた。
ぞわぞわと、背筋にずっと悪寒めいた感覚が走っている。
視線を逸らしたのに、まだ感覚器が全て彼女の方へ向かっているようで肌がピリピリする。
無言のまま車を走らせた。
ガレージを抜け、車道に出ると、ちょうど夕方のラッシュ時と重なってしまったのか、道は少々混んでいた。
中々進まず、何度も信号待ちで停車する。
気まずさから口数は少ない。
拓海は元から喋るほうでは無いが、啓介の性質が社交的であるため、会話に困る事は今まで無かった。
だが、今は啓介は彼女に喋る言葉が見つからない。
『……さっきのあれは…何だったんだろう?』
未だ背筋にビリビリとした感覚は淀んでいる。
下腹部の熱は一旦は収まったようだが、まだ燻るものはあるようだ。
落ち着かず、啓介は狭いシートの中で身動ぎをする。
あ〜…と…。道…混んでるな…。
空咳をしながら、漸く出た言葉はそれだけだった。
…そう…ですね。
彼女の声も掠れていた。
チラリと、信号でまた停車した際に傍らの彼女へ視線を向ける。
シートベルトに固定され、俯き縮こまるようにシートに収まる彼女がいた。
その滑らかな横顔。赤い頬。ふっくらとした唇。
目尻に朱色が乗っている。耳もまた頬と同じ赤い色に染まっていた。
シートベルトで浮き彫りになった細い体。
布地の下の、そのささやかな膨らみに指を這わせ、尖りを舌で味わいたいと……、衝動的に感じ、啓介は自身のその情動に困惑した。
『何でだ?俺…何サカってんだ…?』
タマっていた記憶は無い。
十代の頃より、性欲も多少は落ち着いたし、車を走らせることで、多少の性欲も出番を無くしていたのに。
何でだ?何で?
また視線を彼女へ向ける。
すると、彼女もまた、こちらを見ていた。
大きな、潤んだ瞳と目が合う。
濡れた瞳に魅入られたように。
その瞬間、啓介の理性が焼き切れた。
己をシートに固定するベルトを手早く外し、そして傍らの彼女の体に覆いかぶさる。
「藤原」
ハァ、と吐き出した呼吸が熱い。焼けるように熱かった。
吐息を彼女の唇に吹きかけるように寄せ、そして彼女の呼吸を自身の唇で飲み込む。
くちゅ、と重なり合った互いの唇から粘液質な音が漏れる。
信号が変わっても、停車したままのFDに向かい、背後の車がクラクションを鳴らすまで、啓介は彼女の唇から離れる事が出来なかった。
急遽車の進路を変え、またFDは高橋家のガレージに戻ってきた。
けれど今回は、ガレージのシャッターは閉める。
リモコン操作でどんどん閉まっていくシャッターを、拓海が不安そうな顔で見つめていた。
暗くなっていく車内。
その頼りない拓海の表情と、密室であるという状況に、啓介の興奮は否が応にも増す。
ガコンと、シャッターが完全に閉まると同時に、また啓介は彼女の体に覆いかぶさる。
彼女を固定するシートベルトは外さない。
「ふじ、わら…」
啄ばむようなキスの合間に、指を頬から肩へ。そして胸へと移動させる。
「…や、ん…」
小さな膨らみを強い力で握り締めると、ぶるぶると彼女の体が震えた。
きゅ、きゅ、とリズムを加え揉み込む。
「…や…いた…」
拒むように彼女が身を捩るが。ベルトに固定されているため、逃げることは出来ない。
啓介は舌なめずりをしながら、彼女の首筋に舌を滑らせ、そして指の力を強める。
「…フ…硬くなってきた」
布地の上からと言えども、執拗に揉まれたことで、彼女の先端が強張っていた。
つ、と指先でその部分を突くと、過剰なまでに彼女の体がビクリと跳ねた。
そして羞恥に全身を朱色に染め、身体を縮ませる。
「…は、ずかし…やだ…」
ポロリと、堪えきれず彼女の眦から涙が零れる。
啓介はそれを舌で舐め取りながら、己の中の嗜虐心が増したのを感じた。
す、と指を腰に滑らせ、今度は布地の下へと潜り込ませていく。
思った通りの滑らかな肌。
しっとりと心地良ささえ感じるその肌の感触を楽しみながら、啓介は布地を持ち上げながら指を上へと向けていく。
ぐい、と布地をたくし上げ、首元付近で纏わり付かせながら、剥き出しになった肌に啓介は視線を向ける。
露になった真っ白な胸に、シートベルトが無粋に絡み付いているように見える。
ゴクリと、啓介はまた唾を飲み込む。
「…お前…やべぇ…」
見せ付けるように舌を伸ばし、彼女の膨らみの先端へと向ける。
「や、…ぁ」
ふるりと、彼女の体が震えたが、その表情には怖れと、そして同時に期待めいたもの見えた。
尖らせた舌で淡い色の先端を転がし、歯でゆるく挟んで刺激する。
その度に、彼女は聞いたことのないほど甘く高い吐息のような声を上げた。
「…や、だ…だめ…けぇ、すけさ…」
彼女の声は高くない。
女性としては低めで、抑揚溢れる話し方をする方でもなかった。
けれど今彼女が上げる声の全てが、どんな女の喘ぎ声よりも艶を感じさせた。
ゾクゾクと背指示に電流のようなものが走る。
手のひらの中の緩やかな膨らみ。そして舌先に感じる硬い尖り。
ペロリと肉食獣の顔で舌なめずりをし、啓介は指先を腰部へと移す。
ジーンズの上から、太ももを撫で、足の付け根を撫であげると、彼女は新しい刺激に敏感に反応した。
「…や…!」
ぐい、と大人しかった腕が啓介を突き放そうと押し退ける。
けれどその力は弱く、形だけの抵抗でしかない。
「ここ……」
固く閉ざされた両足の間の狭間を厚いジーンズ生地の上から撫でる。
「…熱くなってるぜ?」
ふ、と微笑み、熱い吐息を浴びせながら、顔を臍の辺りまで移動する。
まるでバトルの時のように、自分の体中の血が熱くなっているのを感じた。
興奮で微かに震える指で、そっとジーンズのボタンを外し、ファスナーを引き降ろす。
開いた隙間から見える淡い色の下着。
ゴクリと唾を飲み、啓介はその布地の中に手を入れた。
まず感じたのは、彼女の髪とは質の違う硬い毛の感触。指で嘗めるように、その毛を撫でると彼女が息を呑んだ。
「…ひ、…ぅ」
見上げるその眦にうっすら涙の粒が浮いている。
ああ。
啓介はひっそり感嘆の声を上げた。
コイツはこんな顔をするんだ。
こんな…声を上げるんだ。
もっと色んな顔を見たくて、指をさらに下方へと滑らせる。
割れ目の奥の小さな尖りを指先に感じる。
そっとその部分に指で押すと、ビクンと目に見えるほどの大きさで彼女の身体が跳ねた。
そしてさらにその下の部分に指を動かす。
ぬるりと滑った粘液が指を塗らした。
啓介の下腹部が一気に熱くなる。
履いたジーンズの前部分が張り詰めて痛い。心臓が下半身に移ったようだ。
今すぐそこを寛げて、痛いくらいに固くなった自身で、この濡れた部分に突き入れたい。
それは衝動だった。
しかし、それをするにはこの場は狭すぎる。
啓介は舌打ちし、彼女を縛るシートベルトの金具を外した。
突然の解放に、ぎゅっと閉ざされていた彼女の瞳が開く。その拍子に、目尻に溜まっていた涙の粒が頬を伝い零れ落ちる。
「……あ、の…」
不安そうに啓介を見つめる拓海に、彼は奥歯を噛み締めた。
急く気持ちが、余裕を無くし、彼女に対し不機嫌そうな表情しか見せれない。
彼女の顔がますます不安に沈む。
「……狭いんだよ」
「…え?」
「ここじゃ、狭くてお前ん中に入れねぇんだよ」
一瞬、きょとんと言葉の意味が理解できていないようだった彼女は、しかしすぐにそれを察したのか、林檎のように顔中を真っ赤に染めた。
「お前を真っ裸にして、お前の体中嘗め尽くして、俺のをお前ん中に入れてぇ…」
ガチャリとドアを開け、車の外に出る。
そして助手席に回り、彼女を導くようにドアを開けた。
「…俺の部屋、行こうぜ」
有無を言わさず、彼女の手を引っ張り、助手席から引きずり出す。
「あ…、け、啓介さん…!」
戸惑い、彼女の足が止まる。
それに啓介は舌打ちし、彼女の腕を自身の張り詰めた熱の塊へ触れさせる。
布地の上からとは言え、男性の、ましてや欲望を兆したそんな場所に触れるのは初めてなのだろう。
彼女の顔が泣きそうに歪んだ。
「……もうこうなってんだよ。…やべぇんだよ…」
緩慢な布地の上からの刺激とは言え、あの拓海の指が自分の欲望に触れている。
それはますます啓介の欲を煽った。
「…ぅ」
片目を顰め、口から熱い吐息が漏れる。
いっそジーンズを脱ぎ捨て、彼女の指に自分のを直に触れさせたい。
ステアリングを握る、女にしては少し硬い指が、自身のを握り、擦る姿を想像しただけで、また欲望が硬く張り詰めた。
このままだと、みっともなく服の中で暴発しそうで、啓介は彼女の腕を引っ張り、また歩を進めた。
「……部屋、行こうぜ」
真っ赤な顔で俯いたままの彼女はもう逆らわなかった。
ただ、無言のままコクンと、小さく頷いた。