水曜日


 失敗した……。
 京一は舌打ちし、踵を返そうとしたが、強い力により阻まれ、入り口近くの簡素なクローゼットの扉に叩きつけられる。
 ドン、と深夜のホテルに騒音が響く。
 そう言った目的で利用される事の多い場所だが、暴力沙汰はご法度だ。
 京一は諦めて力を抜いた。
「…俺の相手は出来ないって言うのか…?京一!」
 怒りなのか、興奮なのか。
 顔を赤らめ、激昂する男を冷静な眼差しで見つめながら、京一は溜息を零す。
 こいつはいつもこうだ。
 峠でも。
 そして今でも。
「……冷静になれ。清次」
 岩城清次。
 それが京一の今日の客の名だ。
 指定されたホテルのドアをノックし、現れたその姿を見た瞬間、京一は己の失態を知った。
 ずっと隠していたのだ、この男には。
 日光を走るようになってすぐに、自分に挑み敗北し、それ以後まるで奴隷のように従うこの男の前では、常に「皇帝」のように在りたかった。
 強く、冷徹な…。
 そう望んでいたのは京一ではなくこの男であった筈なのに…何故それを壊すような真似をするのか?
「俺は冷静だ!冷静じゃないのは、京一。お前だろう?!」
 嘘を吐け。京一はあからさまに舌打ちを零す。
 京一は縋る清次の腕を無理に引き剥がし、悠然と部屋中央のベッドへと歩んでいく。
 そして振り返り、呆然と迷子の子供のような表情で自分を見つめる清次に向き直る。
「こっちへ来い、清次」
 ヨロヨロと、覚束ない足取りで清次が京一の前に立つ。
 その項垂れた姿は、捨て犬のそれだった。
 京一はそんな清次を観察しながら、己の行動を振り返る。
 峠とは別の暗い夜の顔。
 それを京一はひた隠しにしていた。特に、この男の前では性的なことなど一切匂わせないようにと。
 それは自分を崇め、心酔と表現して過言ではない清次の期待を裏切りたくなかったこともあったが、何より、京一は知っていた。
 清次が、己に惚れている事を。
 熱く、嘗め回すような視線で見られることに敏感な京一だ。すぐにそれは気が付いた。
 けれど、清次の視線は「犯す」ものではない。
 まるで自分を清らかなもののように、神聖視する清次の視線。
 だからこそ、京一は隠さねばならなかった。
 自分は清次が思っているほど綺麗でも、純粋でも、まして清廉でもない。
 薄汚れた、男の精液に塗れることを望む雌犬だ。
 京一は皮のパンツに包まれた足を優雅に組み、目の前で立ち尽くす清次を見上げた。
「…清次。この場所をどうやって知った?」
 この場所は特殊な嗜好から、会員制で秘密厳守とされる場所だ。簡単に知る事も出来ず、また京一も簡単に見つかるような愚かな真似もしない。
 オドオドと清次が京一を窺う。
「き、聞いたんだ…う、噂で…。お前が、身体を売っていると…」
 誰に、と聞かなくても、その反応から分かるような気がした。
 きっとアイツだ。
 あの男…。嫌がらせにしてもタチが悪い。
 あれの大事にしているドライバーを、エンジンブローなどで泣かせた報復のつもりか?
 京一は深い溜息を吐いた。
「それで…お前はどうしたい?」
 問いかけると、沈み項垂れていた清次の顔が勢い良く持ち上がる。
 ゴクリと、唾を飲み込み、京一を凝視する。
「……抱きたい」
 フ、と京一は鼻で笑う。
「抱けるのか?お前に、俺が」
「抱ける!」
 京一は見せ付けるように、シャツのボタンを自ら外していく。
 煽るようにシャツを脱ぎ、そして現れた赤く腫れた自身の乳首に指を這わす。
「…お前の中の俺は壊れる。浅ましく男のペニスを欲しがるメスにな。それでも良いのか?」
 左手で乳首を嬲り、右手でパンツのファスナーを下ろしていく。
 中に潜む己の萎えたままの男根を取り出し、ゆっくりと擦った。
「……きょ、京一…」
「いい、のか?それで?お前の望む、清廉な俺ではなくとも…」
 自身の手管で、快感を覚え乳首と男根が立ち上がる。
 連動するように、後ろの蕾もジクジクと疼き始め、太く固いもので貫かれたいと騒ぎ始める。
 ゴクリと、大きく清次が唾を飲み込む。
 チラリと見た下腹部がもう膨らんでいる。…大きいな。そう思い、無意識で舌なめずりをする。
「で、出来る。俺は京一、お前が欲しいんだ!」
 京一は瞠目した。
 コイツは冷静ではない。
 目の前の美味しそうな餌に我を忘れて涎を流しているが、後で必ず後悔する。
 清次も。京一も。
 だが今は…。
 京一とて、目の前にした餌が欲しい。
 たとえ、それが己を律していた相手であろうと、しょせん京一の本質は雌犬なのだ。
 美味そうな餌を前に堪えれるほど欲望は浅くない。
 だからこそ、こうして身を堕としているのだ。
 京一は下も脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿で清次を誘った。
 手招きし、見せ付けるように両足を開く。
「来い」
 慌てて清次もまた服を脱ぐ。
 現れた筋骨逞しい身体。
 その体付きは京一の好みではないが、これはこれで楽しめる。
 何より股間のソレは京一の欲を煽る。
 腹に付きそうなほどに立ち上がった欲は、短めだが太く、びっしりと浮いた血管で覆われている。
 あれで擦られたら気持ち良い…。
「男の抱き方を知ってるのか?」
 知らないだろうな、この男は。
 不器用なまでに自分に心酔していた男。他の男を抱くなど、京一を穢すように思え無理だっただろう。
 そして予想通り、清次は首を横に振る。
「…参ったな」
 京一の呟きに、清次の顔色が変わる。
「慣れていないと…ダメなのか?!」
 焦った清次の様子に、京一の苦笑は増す。
「そうじゃない」
 こんなタイプは好みではないのだがな…。
 けれど、たまには犬を飼うのも面白いかも知れない。
 常に自分が犬であった。
 けれど、飼い主となり調教するのも一興だと、そう思ってしまったのだ。
「来い。清次」
 手招きされ、清次がおそるおそるベッドに乗り上げてくる。
 圧し掛かる身体を受け入れながら、京一は告げた。
「これはセックスじゃない」
 怯えた犬の眼差し。
 それに嗜虐的な興奮を覚えながら、京一は強者の余裕で告げた。
「お前に教えてやる。…これは…セミナーだ」



 下腹部から広がる快感の波。
 それは物理的な刺激によるものではなく、主に精神的なものが大きい。
 京一のそそり立ったペニスを頬張る音が聞こえる。
 けれどその舌の動きは拙く、たまに歯も当る。
「もっとだ、清次。もっと咽喉の奥から吸い込むように頬張るんだ」
 京一の指示通りに出来たら、ご褒美とばかりに、京一も目の前にある男根に舌を這わす。
 今、京一と清次の体制は、いわゆるシックスナインのそれだ。
 ベッドに横たわる清次の上に、顔を反対にした京一が圧し掛かっている。
 チュクチュクと先端を嬲れば、堪えきれずに清次が濃い汁を漏らす。
「…早いな、清次」
「ああ、京一ィ…京一…も、ぅ…う…」
「まだだ。ほら、舌を使って俺をイかせろ」
 京一は腰を振り、清次の口の中にペニスを押し込む。
 ぐいぐいと、擬似セックスのように清次の口を使い、何度も往復させる。
「…ぅむ、…ぐ、ぅう…」
 息苦しそうな清次の声。
 なるほどな、と京一は熱い吐息を零しながら初めて味わう高揚感を楽しんでいた。
 かつて、男たちが京一にした事。
 それを京一が清次にしている。
 嗜虐を好むわけではなく、される方を好む京一ではあるが、確かにいたぶるのは楽しい。
 自分の下で苦しげに喘ぐ男の声は甘露だ。
 そして自分の行為に、忠実に従う犬。
 乱暴な突き立てにも関わらず、必死に舌を使おうと努力しているのが窺える。
「ああ、清次…イイ。もっと、だ…、ぁあ…」
「きょ、いちィ…ふぐ…う、む…」
 ブルリと腰に集まった熱が高まり、脊髄から一気に熱いものが駆け上る。
「清次!…う、イク…!」
 堪えることはしなかった。
 京一は放つ瞬間、清次の口から己を取り出し、清次の顔面に向かって欲望を吐き出した。
「…うっ!」
 ピチャ、と僅かな粘液の音とともに、清次の顔を京一の欲が汚す。
 身を起こし、そんな清次を荒い呼吸とともに観察していると、清次はうっとりとした表情で己の顔面を汚す京一の欲を指でなぞり、口に含んだ。
「ふ、ぐ…京一…京一ィ…もっと…」
 なるほど。犬は可愛いな。
 愚かで、浅ましくて。
 体制を変え、京一は横たわったままの清次の上に馬乗りになる。
「良く出来たな、清次」
 褒め、頬を撫でると、千切れんばかりに尾を振る犬。嬉しそうに、主人の命令を待っている。
「褒美をやろう、清次」
 京一は少し腰を上げ、狭間に清次の男根が来るように位置を調整する。
「きょ、京一…」
 期待に、清次の咽喉が鳴った。
「俺を楽しませたご褒美だ」
 ぐ、と腰を落とし、自らの肉で清次の欲望を包み込む。
 ずるずると体内に清次が入り込んでいく。
 ガッチリとした太い肉。周囲を覆う血管による凹凸が内を擦って刺激を与える。
「ん、あぁ…清次…」
「京一…」
 感極まったように、数度擦っただけで清次が京一の中で粗相をする。
「う、く…」
 体内に広がる熱い奔流。
 萎えていく肉を感じながら、京一は促すように締め付けを強くした。
「す、すまない…つい…」
「構わない」
 ユサユサと、腰を強請るように振る。
「セミナーだと言ったはずだ。学べば良い。俺を。男の味を」
 覚えの早い身体は、また新たに力を漲らせ始める。
「一度で終わるはずが無いだろう?何度でも、試せ。そうして身体で覚えていくんだ」
 激しく、腰を動かし始める。
 ギシギシとベッドが音を立て軋む。
 京一の快感は深くなった。
「京一ィ…!!」
 為すがままだった清次も、腰を揺らめかせ始め、両手で京一の固い尻肉を掴み揺さぶる。
「あ、あァ…そうだ、清次…もっと…もっとだ…」
 欲が深まり、放つ粘液が互いの身体を穢し、そして最後には京一は一匹の獣になった自分を感じた。


 欲を放ち、穢れた身体をシャワーで洗い流し服を着込む。
 気だるさの残る身体を心地よく思いながら、立ち上がると背後から腕を掴まれた。
 振り返ると、まだ裸のまま粘液に汚れた清次がいる。
「何だ?」
「京一……もう…こんな事は止めてくれ」
 京一は眉を顰めた。
「俺がいる。俺がお前を抱くから、だから!」
 バシリ、と京一は清次の頬を勢い良く叩いた。
「……思い上がるな」
「京一…」
 呆然と、自分を見上げる清次に、主従を思い知らせるように睨む。
「お前が抱く?…違うだろう?俺が、お前に抱かせてやったんだ」
 清次の、萎えた男根を強い力で握る。痛みに清次が顔を歪めた。
「…お前のコレだけでは俺は満足しない。生憎、抱いてくれる男には不自由していないんだ。次があると思うな」
「い、やだ、京一…俺は…!」
 痛みに、涙を浮かべる清次に、京一は笑い、掴んでいた手を離す。
「だが、お前は面白かった。……犬としてなら飼ってやるよ」
「犬…?」
「ああ。俺の気が向いたときだけの相手だがな。俺に意見する事は許さない。俺には絶対服従だ。…守れるか?」
 一転、喜色を浮かべた清次が何度も頷く。
「ま、守る!京一をまた抱かせてもらえるなら…何でも構わない!」
 ベッドから飛び降り、清次が京一の前に跪く。
「…京一…京一が俺の主人だ…」
 そして、京一の足に口付け、嘗め回す。
 京一はそんな清次に、苦笑を浮かべながら髪を撫でる。
「…困った犬だ」
 そしてチリチリと、吐いたばかりの己の革のパンツのファスナーを引き降ろす。
「だが、悪くは無い…」
 引き降ろした隙間からペニスを取り出し、跪く清次の前に差し出す。
「ほら…ご褒美だ」
 嬉しそうに、京一の犬が欲を頬張る。
 奉仕する姿を眺め降ろしながら、京一は常とは反対の喜びを味わった。






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