羊たちの沈黙
1.初恋の人
プロジェクトDで最も常識的な人物、Dの外報係でもある史浩は、彼にこんな質問をしてしまった自分をひどく責めた。
「涼介。藤原を好きになった切っ掛けってのは何なんだ?」
史浩は、親友でもありチームリーダーでもある涼介が、チームのダウンヒルエースでもある藤原拓海と交際を始めたことをあまり快く思っていなかった。
それは藤原本人に問題があると言うわけではなく、もっと根本的な問題、彼らが『男同士』であるということが、常識派の史浩には些か受け入れがたいことだったからだ。
史浩本人は、藤原に好感を持っている。ぼーっとしたところはあるが、素直な藤原にはまるで弟か息子のような気持ちでいるし、あのキれた走りには一人の走り屋としても惚れ込んでもいる。
だがそれが、あのミスターパーフェクトとかつて渾名された涼介と恋人同士として交際となると、好意云々は抜きにして理解しがたいのだ。しかしそれはやはり他ならぬ親友と、弟的存在の藤原のこと、理解したいと思い、先ほどの質問を投げかけた理由となるのだ。
史浩の質問に、涼介はいつもの「フッ」と腹に一物隠したような笑みを浮かべた。
そして彼の答えは、常識派の史浩では予想も付かないものだった。
「初恋の人に似てたんだ」
寝耳に水であった。
涼介との付き合いは長いが、彼が恋に落ちた瞬間など史浩は知らない。女性に対しては、いつも冷めた視線で返すこの親友を密かながら危ぶんでいたのだが、いざ恋に落ちた相手が男であったので、史浩の危惧もあながち的外れでもないと思っていたのだが…。
「そ、それはやはり、男だったのか?」
「いや、女だった」
「え…そうなのか?いつだ?俺は知らないよな?」
ほんの少し、親友だと思っていた人物に裏切られたような感覚の史浩。その思いは涼介の答えでさらに深まった。
「ああ、隠していたからな。時期は小学校高学年の頃だよ」
「…どんな人だったんだ?」
「…そうだな。セーラー服がとても似合っていた…」
なるほど。では年上か。
「顔や、雰囲気は今の藤原に良く似ていた…」
そうか。癒し系の可愛い顔をしていたってことだな。
「悪者を倒したときの決め台詞が素敵で…」
…キメゼリフ??
「俺はあの頃、つくづくタキシード仮面が羨ましかったな…」
…ちょっと待て!?タキシード仮面って…。
史浩の脳内で、流れる某セーラー戦士のテーマ曲。
まさかまさかまさか!!
「……涼介…もしやと思うが、それは『月に変わっておしおきよ!』とか言ってたあるテレビ番組の主人公のことを言うのか?」
群馬の走り屋が尊敬するはずのカリスマ的リーダーは「フッ」と微笑みこう言った。
「いや、俺が好きだったのはセーラー●ーキュリーだ」
知らねえよ!んなもんよっ!!
「……ふ、藤原はそれを知っているのか…?」
「ああ。藤原快く俺の初恋をかなえてくれたよ」
と言うことは…。
「似合ってたな…藤原のセーラーマー●ュリー…。ちゃんと決め台詞も言ってくれたんだぜ。ほら」
と言って見せてくれたのは、携帯の待受け。
それは動画で、そこには史浩が見慣れたダウンヒルエースの少年の姿ではなく、超ミニのセーラー服を身にまとい、涼介いわく魅惑の決め台詞とポーズを決める美少女戦士の姿。
自他共に認める常識人の史浩は、これ以降、彼等の恋愛を理解しようなどとは夢にも思わないことに決めたようだ。
そして彼は、誰かから彼らの恋愛について聞かれても、黙して語らないようになった。
そしてその黙す姿が、まるで「怯える羊」そのままだと口さがない連中に揶揄されても、彼はそのスタイルを変えることはなかった。
だが心の奥底で史浩は、あの時垣間見た弟のように思っていた彼の美少女姿に、えもいわれぬトキメキを覚えたことは、特に親友には一生の秘密だ。
サイト開設初期作品。あまりにも使用ネタに時代を感じてしまうのでお蔵入り。