公共温泉理論

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 貸切というからには、勿論涼介と拓海、二人以外の人間は存在していない言わば密室である。
 半ば強引にここに連れ込まれた拓海が抵抗する間なんて無かった。涼介は勢い良く入った更衣室の角に拓海をそのまま追いやり、そして自分の腰に巻かれていた帯を抜き取ったのだ。
 そして当たり前の如く拓海の目の前に現われたのは涼介の裸の上半身で、拓海はそこから視線を外そうとしたが何故か目がいう事を聞いてくれなかった。目の前数センチにある涼介の体は綺麗に引き締まって余計な肉など勿論ない。
 言葉も出ない拓海はただただ吃驚して涼介を見つめる事しか出来ず、その状態をいい事に、涼介が次に取った行動は、拓海の両手を拘束する事だった。
 手首を手際よく一括りに纏めて、呆然としている拓海の頭上に持ち上げ、持っていた帯でこれまた器用に縛り上げる。
 と、ここで漸くわれに返った拓海が抵抗の声を上げた。
「な、何・・・やって・・・・涼介さん?!」
「・・・・何って、いい事、だろ?」
「!」
 覆いかぶさるように自分を囲う涼介。
 拓海は何が何だか訳も分からずに・・・・それでも今の状況を必死に理解しようと涼介の目を見つめた。
 いつも自分の疑問を何でもない事のように解決してくれる涼介が、理由も無くこんな事をする筈が無い。悪ふざけなどしている所を見た事もないし、ましてや誰かを揄うなどとは想像も出来ない。だとしたら、さっき言われた言葉・・・それは、もしかしたらそう言う意味の・・・?
(・・・・違う、自分勝手に都合よく考えちゃ駄目だ。期待なんかしちゃ駄目なんだ・・・)
 だから、今のこの・・・・ふざけた状況は何かの間違いで、もしくはアルコールの影響とか・・・・
 いろんな事を多分一瞬で考えた拓海だったが、涼介はそんな拓海の思考を読み取ったかのようにふっと微笑んだ。
「俺は酔っていないし、ふざけてもいない」
 浴衣用の柔らかい帯で、しかしきつめに拘束された拓海の両手は、頭上に掲げられているせいもあって力を込めてもうまく外す事が出来ない。もがき出した拓海の動きを封じるように、拓海の両手押さえる手にぐっと力を込めた涼介が、ゆっくりと拓海に顔を近づけた。
 危険を感じたのか、反射的に俯けられる拓海の顔。
「・・・!じゃ、なな、なん、でっ!・・・おおお、おれ、何か・・・」
 何か悪い事でもしたというのか・・・?
 校舎裏に呼び出されたりとか、そういう類のイジメだったりとか・・・ま、まさか・・・
 勝手に思いを巡らせた拓海の顔色がざっと青く変色する。
 そんな拓海の心境を半ば楽しむように、涼介は更に拓海に顔を近づけて・・・・そして、空いていた片方の手で、下を向いていた拓海の顎を掴んで持ち上げた。自然と近付いた二人の距離、およそ数センチ。
 大きく見開く拓海の目を見つめて、涼介が目を細めた。
「・・・・まぁ、何が罪かと言えば・・・・藤原のその態度、だろうな・・・」
 そんな思わせぶりな言葉を吐いた涼介が、スッと顔を落として拓海の首筋に・・・
「!!!ごご、ごめんなさいっ!」
「・・・・」
「オレ、何か涼介さんの気に障る事したんですよね!ごご、ごめんなさいっ!だから・・・」
「だから?」
「・・・・か、噛まないで・・ください・・・」
「・・・・・・噛む?」
「え・・・・・だ、だって・・・いいい今っ・・・その・・・」
「ああ、これ?」
 くす、と笑った涼介が恐怖に慄く拓海の首筋に唇を近づけ・・・・そして耳の下辺りにヌルッと舌を這わせた。
「ぅひゃあっ!」
「・・・・噛む筈、無いだろ、吸血鬼じゃあるまいし・・・面白い奴だな・・・」
「な、な、な・・・・、あ・・・・あの、今のっ!・・・いい今の、何?」
「俺の舌。あまりにも美味しそうだったから舐めてみたんだけど?」
「な!・・・って、ななな、なん・・・・」
「キスは唇だけにするもんじゃないだろう?それくらいはお前だって知っているよな」
 涼介が拓海の首筋にもう一度チュッとワザとらしい音を立てた。
「そんっ・・・あっ・・そ、それは、でもっ・・」
「ああ、そうか・・・・肝心の唇がまだだったか・・・」
 フワッと微笑んだ涼介が拓海の顎に指を掛け、親指を伸ばしてゆっくり拓海の唇をなぞる。
「・・・っ!・・・」
「キスしても・・・・いい?」





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