St.Valentine's Day 2007


 甘いものが好きなのは知っていた。
 数少ない顔合わせの時に、時おり菓子を「手っ取り早い栄養補給」と称し口にしていたのを見ていたから。
 彼の親友である史裕からも、
『あいつ、あんな顔して甘いものが好物なんだ』
 と聞いてもいた。
 だから、いつも意識することがないイベントが近付き、立ち寄るコンビニなどでそれ関連の商品につい目を奪われてしまうのかも知れない。
 じっと棚のチョコレートを凝視し、我に返り真っ赤な顔で逃げるように立ち去る。
 それの繰り返しを重ね、拓海は衝動的にチョコレートを買った。
 とは言え、それ用に綺麗にラッピングされたものでは無い。
 オールシーズン売られている高濃度カカオのチョコだ。
 甘ったるいものより、苦味の強いもののほうが好きだと、知っていたから。
『…あ、これいつも涼介さん食べてるよな』
 なんて、手に取ったが最後、フラフラと熱に浮かされたように、拓海はそれをレジへと運んでいた。
 そしてそれは、今目の前にある。

 もしも拓海が女なら。

 気にすることなく、「いつもお世話になっているから」とか何とか、言い訳をつけて送ることは出来るだろう。
 だが、拓海の性別は男。
 自分に置き換えて、男である自分が、男であるあの人にバレンタインの日に、チョコを送ってどう思われるか?
 答えは…キモいだ。
 買ったはいいが、躊躇する。
 けど…送りたい。
 悩み、悩んだ末に拓海は良いアイデアを思い浮かぶ。
 そしてそうと決まれば話は早い。
「このままじゃあれだから…ちょっと作ってみようかな?」
 なんて、父親が飲みに出かけて留守なのを良いことにキッチンでゴソゴソ。
 料理はそれなりに得意だが、お菓子作りは不得手だ。
 けれど、唯一作れるものが一つ。
 それがクッキーだ。
 かつて、幼い頃に母親が作ってくれたお菓子。
 それを思い出し、彼女の残してくれたレシピを元に命日には必ずクッキーを作る。
 今日はそれにチョコを練りこみ、そして砕いたチョコをチップ状にして混ぜる。
 生地を広げ、星型の型抜きで切り取り、オーブンで焼いたら出来上がり。
 100円ショップで揃えた包装用パッケージに詰めたそれは、立派な手作りバレンタインギフトの出来上がり。
 後は、それを渡すだけだ。
 たとえ、それが「拓海から」のものと告げなくても。


 2月14日は水曜だ。
 平日だろうが、走るにはまだ悪条件が重なる中途半端なこの日に、レッドサンズのメンバーが赤城に集まるのは毎年恒例のことなのだと、史裕が教えてくれた。
『走り屋なんてものは、女の子に縁遠くてな。憂さ晴らしってのもあるにはあるんだが…何より一番の大きな理由は…ギャラリーの女の子たちなんだよ』
 赤城のギャラリーの大半は女性だ。
 そして彼女たちのほとんどが高橋兄弟のファン。
 その彼女たちが史裕に詰め寄ったらしい。
『2月14日に、彼等を呼び寄せて欲しい』
 と。
 もちろんバレンタインのプレゼントを贈るために。
 そして兄弟も、外では受け付けないチョコを赤城では受け取る。
 自分たちが食べるためではなく、メンバーにお裾分けするために。
 それが赤城の恒例行事なのだと聞いた拓海は、改めてあの兄弟がカッコいいのだと言うことを思い知らされ、複雑な気持ちになったのを覚えている。
『藤原も14日には赤城に来いよ。あいつらに贈られるチョコは高いモンばかりだから美味いぜ?』
 苦笑しながら言う史裕に、拓海は首をかしげながら迷ったように頷いた。
 そして拓海は、あの返事通りに赤城に着いている。
 そこは想像以上だった。
 いつもの倍以上の女の人の数。
 彼女たちの全てがいわゆる勝負服でフルメイク。
 キツい香水の匂いが色々合わさり、静かだった峠に異様な熱気を放っている。
「なんか…すごい、ですね」
 その迫力に押されながら、拓海は息を飲み呟いた。
 傍らでハチロクのメカニックだと紹介された松本が頷く。
「ああ。毎年凄くなっていくみたいだな」
 眺めていると、レッドサンズのメンバーがダンボール箱を抱えて彼女たちの群れの中に突っ込んでいく。
 そして帰ってきたときには、空だったダンボール箱にはいっぱいのチョコが詰まっていた。
「…啓介さんたちは受け取らないんですか?」
 涼介、とは言わずにあえて啓介の名を言う。
 妙なところで意識し、緊張している
「ああ。啓介さんも、涼介さんもだけど、その気が無いのに直接受け取って勘違いされるのを避けてるんだよ」
 実際、昔色々あったみたいだし。
 そう続けられ、まるで彼らの武勇伝を聞いているみたいだ。
「…すごい…モテるんですね」
 分かってたことを改めて実感する。悲しい気持ちになるのは、拓海の我侭だ。そして惨めな気持ちになるのも、拓海の勝手だ。
 ぎゅ、っと。カバンの中に入ったプレゼントの箱を抱きしめる。
「まぁ…ね。あれだけカッコ良かったらね。それに、涼介さんなんて、頭も、車も、見た目も全部良いんだから、つくづく神様は不公平だと思うよ」
 コクン、と、拓海は無言のまま頷いた。
 そんな完璧な人に恋をした。
 男である自分が。
 カバンの中の手作りクッキー。そんなものを作ってきた自分が、どうしようもないほど恥ずかしく思える。
 俯き、落ち込んでいると、後ろからドンと突き飛ばされた。
「…いて」
「何やってんだよ、藤原ァ」
 後ろを見なくても誰なのか分かる。香る煙草の匂いと、その声と乱暴な仕草。
「…痛いじゃないですか、啓介さん」
 ムッとしながらも、けれど今日はいつものように歯向かう元気が無い。
「ん?どした?今日は大人しいじゃねぇか」
 俯く拓海の顔を覗き込み、心配そうに顔色を窺う。乱暴に扱ったかと思えば、一転こんな風に優しくする。だから、憎めない。
「何でもないっすよ。寒いだけです」
 空元気で、微笑む。
「…そっか?まぁ…そんなお前にプレゼントだ。ほら」
 と差し出したのは拓海も知る高級メーカーのチョコレート。
「え?」
「オスソワケ」
 見れば、啓介の背後ではメンバーたちがダンボールの箱から好きなチョコレートを選び持って行っている。
 これがいわゆる、史裕の言っていた「お裾分け」なんだろうと拓海は察した。
 だが拓海はそれを断った。
「…いいです」
「あ?何で?」
「何か…贈ってくれた女の人たちに申し訳ないし…」
 ふぅ、と目の前で啓介が煙草の煙を空に向けて吐き出す。
「気にすることなんてねぇよ。あんな女連中なんてみんなゲーム感覚だからな。俺らとイッパツやって自慢してぇだけなんだし」
「い、イッパ…って…」
 いきなりの話題に、拓海はカァと頬を染めうろたえる。そんな拓海に、啓介の眉尻が跳ね上がり、キュゥ、と唇が上につりあがった。
「あ、なぁに動揺してんだよ」
 嬉しそうに、拓海の首を腕に抱え、アームロックを決める。
「お前、もしかして童貞か?」
 その通りなだけに、ますます顔は赤くなっていく。
「マジ?…ナマイキなだけかと思ったら、お前カワイイじゃん」
 ワシャワシャと乱暴に髪の毛を撫でられ、恥ずかしいやらムカつくやら。
 抱え込む腕から、抜け出そうと必死に暴れる。
「やめて下さいって、啓介さ…」

「…啓介」

 だがピタリと、拓海の動きが止まる。
 そして啓介の動きも。
「嫌がってるだろう?離してやれ」
 静かな声音なのに、命令する響きを感じる。
 啓介も、さっきは拓海がどんなに暴れても離してくれなかったのに、あっさりとその腕を解いた。
「ちょっとフザけてただけだって、アニキ〜」
「嫌がってたことには変わりはないだろう?」
 悪戯を見つかり、バツが悪そうな啓介と、不機嫌な涼介。
 いざ目当ての人物の出現に、拓海の緊張は否が応でも増した。
 目の前で、涼介が優しげな微笑を浮かべる。
「悪かったな、藤原。啓介はまだ子供なんだ。気を悪くしないでやってくれ」
「え、…あの、俺は、別に…」
 動揺して声も出ない。頬を赤く染め、うろたえる拓海を見つめる涼介の眼差しがやけに優しく感じられて、ますます居たたまれない。
「ガキじゃねぇよ。それに、俺がガキだったら藤原はもっとガキじゃねぇか。何しろ、ど…」
「わ〜!!啓介さん!!」
 慌てて、彼の言葉を叫んでかき消す。
 それだけに飽き足らず、飛びつき、手のひらでその口を塞ぐ。
 ニヤニヤと、啓介が笑う。
「あ、悪ぃ。内緒だったな」
 コクコクと拓海も何度も頷く。
 余計なことを言われて、これ以上恥をかかされてはたまらない。
「内緒です!」
 強く念を押した瞬間、啓介の顔が強張った。
『…あれ?』
 そんなにキツい言い方だったろうか?などと拓海が思った途端、ぐい、と背後から腕を掴まれた。
「啓介。あっちに行ってろ」
「あ、ああ…」
 声だけで分かる。涼介は怒っている。
 だが、何故?
「…わりぃ、アニキ。ふざけすぎた」
 恐ろしくて後ろが見れない。
 謝り、立ち去る啓介とともに、拓海も行こうとしたのだが腕を捕まれ適わない。
「あ、の……」
「話があるんだ。ちょっといいか?」
「あ、はい」
 拓海は頷く。
 やっとの思いで彼の顔を見れば、眉間にしわを寄せ、難しそうな表情になっている。
 一気に、気分が沈み、悪い想像ばかりが広がる。
『もしかして…Dのメンバーからやっぱり外れてくれとか…』
 そうしたら、もう彼とは個人的に会うことも適わなくなる。
 だったら…、とやけに焦り、拓海はカバンの中からクッキーの入った箱を取り出した。
「あ、あの、涼介さん、これ!」
 そして涼介の前に押し出す。
「と、友達に頼まれて…どうしても涼介さんに渡してくれって…」
 人から頼まれたことにしたら、渡しても不自然じゃないだろう。
 自分の気持ちを伝えたいわけじゃなかった。
 ただ、それを涼介が受け取り、一口でも良いから食べてくれたら、自分の恋心が少しは報われたような気がした。
 なのに。
 涼介はそれを見た途端、あからさまに不機嫌な顔で舌打ちをした。
「悪いが、受け取れない」
「で、でも、俺も困るし…あの、受け取ってくれるだけでいいんです」
 きっぱりと断る涼介に引き下がるわけにはいかない。
 拓海だって必至なのだ。
 涼介はもう一度舌打ちをした。それにビクリと怯みながらも、拓海は耐える。
「…受け取るだけでいいんだな」
「はい」
「…分かった」
 拓海の手から、涼介の手に箱が移る。
 けれどホッとしたのも束の間。
「おい」
 通りすがりのレッドサンズのメンバーを呼びとめ、彼の手に箱を渡す。
「不用品に追加だ」
 涼介の手から、拓海の想いが離れていく。
 いや、この状況は「捨てられた」のだと言ったほうが正しい。
 ここが自分の部屋で、誰もいない状況だったら。
 大声をあげて泣きたかった。
 あっさりと捨てられたプレゼント。
 それが、まるで拓海の彼への恋心を全否定されたような気がした。
 俯き、必死に涙を堪える拓海の腕を、また涼介が引いた。
「おいで」
 拓海は逆らわなかった。いや、気力も無い。
「話があるんだ」
 腕を引かれ、人気の無い場所へと連れていかれる。
 涼介は酷い人だ。
 酷い人だと思うのに…。
 繋いだ腕に。
 ほんのり香る、彼の匂いに。
 耳に心地好く響く低音の声に。

 好きだ、と。

 そう思う心を止められない。
 そんな自分が哀れで、惨めで、拓海はますます泣きたくなる衝動を堪えた。



「藤原」
 名を呼ばれ、顔を上げる。
 街灯や明かりから離れた場所のため、薄暗くて顔がはっきりしない。
 これなら、泣きそうな顔でもばれないだろう。
 拓海は真正面から涼介を見返す。
 彼は、夜目でも真剣な表情をしているのが見て取れた。
 その表情に、拓海はますます嫌な予感がする。
 けれど。
「これ、受け取ってくれないか」
 そう言い、彼は拓海の手を取り、そこに両の手のひらを合わせたくらいのサイズの箱を乗せる。
 いわゆる、それがバレンタインのチョコレートで。
 しかも今までお目にかかったことがないくらい高級なものだと、パッケージから見て取れた。
 そしてそんなチョコは、「本命」と呼ばれる類の人に与えられるものだと言うことも。
 拓海は悲しくなった。

 涼介は、貰った本命チョコでさえ、他人に軽々しく与えてしまえれる人なのだと、そう思って。

 だから、ずっと堪えていた涙がボロボロと溢れ出す。
「…藤原…嫌だったか?」
 いつも冷静な彼の声が、珍しく慌てていた。
 恋しさ余って憎さ百倍、とは言うけれど、拓海は自分が泣いたことで、少しはこの人も困ればいいんだと少し意地の悪い気持ちになった。
「…涼介さん、酷いです」
 涙声で涼介を詰る。
「何で…こんな事するんですか」
「何でと言われても…その…藤原にあげたかったんだ」
 ますます、涼介の困惑は激しくなっているらしい。彼らしくなく歯切れが悪い。
「…酷いです…涼介さん…」
「…そうか…そんなに酷いか」
 涼介の声は、自嘲気味に聞こえた。
「あ、あれ、本命チョコでしょう?」
「……ああ」
「そんなの…簡単に人にあげるなんて…酷いです」
「簡単…じゃないんだけどな…」
「あげた人の気持ち、考えたことあるんですか?」
「……よく分かってるさ」
「涼介さんのこと、本当に好きであげてるのに、何で人にあげれるんだよ…」
 ぐすぐすと泣きながら、さっきの事を思い出し、詰り泣く。
 だって、本当に悲しかったのだ。
「……ちょっと待て」
「不用品って、言った…」
 みっともない。子供のような愚図り方だ。でも止められない。
「待て。話が見えない。いったん整理させてくれ」
「だって、涼介さん捨てたじゃないですか!」
「何をだ!」
 興奮してくる拓海に合わせ、涼介まで気分も向上してくる。
 だが、そんな事は今の拓海には判断できない。
「俺のチョコ!!」
 思わず、叫んでしまう。
「………は?」
 そのすっとぼけた返事に、ますます悲しくなってしまう。
「うう〜…一生懸命作ったのに〜…」
「ちょ、ちょっと待て…不用品…俺のチョコ…作った…」
 拓海が泣いているのに、構わず涼介はブツブツ呟いている。
 とうとう無視されてしまった。こんなにうっとおしいことをしていたら当たり前だと思うのだが、やはり悲しい。
「……まさか…お前、さっきのチョコ…藤原からのか?」
 だが、涼介の問いかけに一気に興奮していた頭が冷える。
「……あ…」
 今までの自分の言動を思い返す。
 そして、丸きり「告白」と変わらないことを思い出し、一気に慌てた。
 頭で考えるより先に、体が逃げ出そうとした。
 だがそれよりも早く涼介の腕が拓海を捉え、抱きしめた。
 彼の腕の中で暴れるのだが、離れてくれない。
 拓海の頭上から楽しそうな笑い声が降る。
「…そうか、お前からか」
 フフフ、笑う声に、拓海はバカにされたのだとますます涙を零す。
 しゃくり上げ始めた拓海に構わず、涼介は笑いながら拓海を抱きしめる腕に力を込め、髪に頬ずりする。
 何がこんなに楽しいのだろうか、この人は。
 拓海がこんなに悲しいのに。
 いっそ、嫌ってしまえたら楽なのに、抱きしめられドキドキする自分もいるから始末に終えない。
 だが、上機嫌だった涼介が一転、下降する。
「…って、拙い!!」
 いきなり叫び、そして拓海と手を繋いだまま走り出す。
「…は、…え、涼介さん!」
 いきなりの展開に、拓海は混乱するばかりだ。
 だが繋いだ手は離れず、涼介と一緒に走る。
 メンバーの元に拓海と一緒に戻った涼介は、ダンボールを漁る人ごみの中に掻き分け、いつもの冷静さをかなぐり捨てて怒鳴った。
「俺のチョコは!」
「…は?」
「…え?」
 髪を乱し、慌てる涼介と、涙を流す拓海。
 それだけでも驚いているのに、何とあの涼介が今まで見向きもしなかったチョコの山の中に顔を突っ込み漁り始める。
「ど、どうしたんだ涼介?!」
 問いかける史裕の声も聞こえない。
 困り、拓海に問いかける視線を向けるが、こっちもこっちで何が起こったのやらと言う表情だ。
 そして涼介は、高級メーカーの箱の山たちの中から素朴な、ブルーの包装紙のそれを見つけ出す。
「…俺のチョコ…」
 うっとり、頬ずりまでする姿は驚愕以外の何物でもない。
 何より、一番驚いていたのは拓海だろう。
 何故涼介がこんなに慌てて、捨てたはずの拓海のチョコを見つけたのか。そして頬ずりまでしているのか?
『…もしかして、俺に気を使ってんのかな?』
 ますます悲しくなる。
 だがそんな拓海に気付かず、衆人環視の前で涼介は箱を開け、中のクッキーを取り出し食べる。
 そして満面の笑顔。
「…美味いな」
 やっぱりだ。涼介は拓海に気を使ってくれているんだ。
 悲しくて堪らなくなり、いったん止まったはずの涙がまた零れる。
「…泣くなよ、藤原」
 涼介の指が、拓海の目尻をなぞり涙を拭う。
「……」
 ぷい、と顔をそむけようとするのだが、涼介の指がそれを許さなかった。
「お前のチョコは確かに受け取った。だから…」
 涼介の手に現れたのは、さっきの本命チョコ。
「俺からのチョコレートも、受け取ってくれないか?」
 ほら、やっぱりだ。
 涼介は何も分かってくれてない。
 悔しくて、無言のままそっぽを向き続ける。
「……受け取ってくれないのか?」
 受け取れるはずがない。
 何で分からないのだろう。
 喜び弾けていた涼介の笑顔が消え、悲しそうな表情に変わる。
「…だって…人のだし…」
「え?」
「…涼介さんが好きで、贈られたものを、俺、貰えません」
 ふう、と目の前で涼介が溜息をついた。
 呆れられた?
 拓海は顔を歪め、また涙を流す。
「あのな、藤原……」
 涼介が何かを言い募ろうとするより先に、だが違う人物の声が先に響いた。
「藤原、受け取ってやってくれ!」
 大きな声に、ふと目を向ければそこには啓介。
 本当に困り果てたような表情で、しかも拓海を拝むジェスチャーまでしている。
「そのチョコは、アニキが一ヶ月も前からお前の好みを探って、選び抜いたモンなんだ!お前が受け取ってくれねぇと…アニキの努力と、試食に付き合わされた俺の努力は無駄になっちまう!だから…受け取ってくれ!!」
「………」
「………」
「………」

 赤城に、静寂が訪れた。

 そして拓海の頭の中に、色んなものが振ってくる。
 涼介の言葉。表情。態度。
 さらに、さっきの啓介の言葉。
 もしか…して?
 もしかして?
 まさか??
 そう思いながら、涼介を見つめれば、照れ笑いの表情を浮かべる彼がいる。
 おずおずと手を伸ばし、涼介の手の中のチョコを受け取る。
「…ありがとう」
 何故か、そう言ったのは涼介だった。
 チョコの箱を胸に抱きしめ、今の素直な気持ちを拓海は告げた。
「……嬉しい」
 今、自分に出来る最高の笑顔でそう微笑めば、目の前の涼介がらしくなく赤くなる。
 そして…何故か周囲の人々まで赤くなる。
 何でだろう?とキョトンと首をかしげても、赤くなる。
 でも涼介は今度は赤くはならずに怖い顔で周りの人間全てを睨み付けた。
「藤原…そんな顔、他の奴等の前でするな」
 怒っている…らしい。
 しゅん、と項垂れれば今度は焦る。
「怒ってるわけじゃないんだ、ただ、そんな可愛い顔を他の奴等に見せたら俺が妬くだけだ」
 ヤク?
 焼く?
 妬く??
「涼介さんが…妬くんですか?」
「ああ。妬くな。今、ここにいる奴等の脳裏からお前に関する記憶を消してやりたいくらいに」
 その厳しい視線に、本当に妬いているらしいことを確認し、拓海はまた微笑む。
「……嬉しい」
 たとえ取り越し苦労でも、こんな顔が可愛いはずは無いとは思っていても、いつも冷淡な人が感情を露にして嫉妬してくれるのは嬉しい。
 それだけ、拓海のことが好きだという証拠に思えて。
 拓海の微笑みに、また涼介の顔が染まり、そして周りの人々も動揺する。
 そんな涼介に、啓介がポンと肩を叩き激励した。
「…大変だな、アニキ」
「…ああ」
 何がだろうか?何か不味かったのだろうか?
 不安になり、縋るような目を向けても、涼介は動揺した。
「あのな、藤原…」
 そんな涼介を助けるように、啓介が口を開く。
 わけが分からなくて啓介を見れば、呆れた表情で涼介と拓海の二人を見比べている。
「アニキはお前にベタボレなんだから、あんまり苛めてやるなよ…」
 苛めてる?自分が?
 と言うより…ベタボレ?
 信じられない事を聞いた気分で、また首をかしげれば、二人揃って溜息を吐かれた。
「改めて言うが…」
 真剣な表情の涼介が拓海を見つめる。
 思わず、その顔に見惚れ、ぼんやりと拓海もまた見返す。
「俺は…お前が好きだ」
 パチパチと瞬きを繰り返し、
「藤原拓海、俺はお前に惚れている」
 そして言葉を理解し、ボッと一気に顔中を赤く染める。
「藤原、お前は?お前は俺のことをどう思っている?」
 絶対に、苛められているのは涼介ではなく自分だ。
 もう分かりきっているはずの答えを、こんな風に改まって聞くなんて。
 でも、どこか必至な涼介の眼差しに、拓海は無言のまま頷き、そして覚束ない口を開き、伝える。
「…好き…です。俺も…あの、涼介さんが…」
 痞えながら一生懸命な気持ちを込めて伝えたら、涼介が安堵の笑みを浮かべ、そしてさらに抱きしめられた。
 間近で、感じる彼の匂いと聞こえる鼓動。
 それは、拓海と同じく早鐘を打っていた。
「…ありがとう」
 頭の上から降ってくる感謝の声。
 そう言いたいのは拓海の方だ。
 まるで夢のように、叶うはずがないと思っていた恋が叶った。
 とても嬉しくて、そして幸せだ。
 涼介の腕の中で彼の鼓動だけを聞く拓海は、だから聞かなかったし見なかった。

 周りで、驚きながらも拍手をあげる人々の姿を。

 拓海が、プロジェクトD内はおろか、走り屋と呼ばれる人種全てから、
「あの高橋涼介の溺愛する恋人」
 と呼ばれ、すっかり公認の仲になってしまっていることを、自覚するのはもう少し後になる。

 ただ今は、手の中のこの幸せを味わい喜びを噛み締めている。
 涼介から貰ったチョコの封を開け、口にする。
「…美味いか?」
「はい。美味しいです」
 涼介から貰ったチョコは、口の中で芳醇な甘さと、そしてどこかホロ苦いものだった。
 まるで自分の恋のようなそれを、拓海は幸せな気持ちでもう一粒口に入れる。
「そうか。俺も美味いよ」
「…良かった」
 涼介の手の中の拓海の手作りクッキー。
 高級なチョコと、素朴なクッキーの組合せはまるで自分たちのようだけど、それが好きなのだから仕方がない。
「…味見…してみるか?」
「味見、ですか?」
 自分で作ったものだから、味見は何度もしている。
 だから拓海は首を横に振りかけたが、すぐに気がついた。
「…あ、そっか。涼介さんもこれ食べたいんですね。はい、どうぞ」
 そう言い、笑顔で彼の前にチョコを摘んで差し出す。
 何故だろうか。
 涼介が落胆しているように見えた。
「…涼介さん?」
 そんな二人の背後から、またも啓介が呟いた。

「大変だな…アニキ」

 うるせぇ、と涼介が怒鳴った。
 そんな乱暴な彼を見たことは無い。
 思えば、今日一日だけで涼介の色んな顔を見た。
 それが嬉しくて微笑めば、また涼介の顔が赤くなった。




2007.2.3
1