擦れ違い様に君は
涼介さんのバーカ。
そう、心の中で何度も呟く。
『ゴメン。会えなくなった』
申し訳なさそうに謝る電話の声を聞くたびに、そう思う。
――どうせ会えないんなら約束なんてしなきゃいいのに。
いつもそう思うけど、バカな俺は何度も浮かれた声で
『会えないか?』
の言葉に、
『はい』
と答えてしまう。
ドキドキ、いっつも興奮して、でもすぐに『ゴメン』の電話でショボン。
今回もそうだ。
一緒に出かけようと言うから、仕事を休みにして予定を空けた。
けどその前日にやっぱり『ダメになった』と電話が入った。
『いいですよ、気にしないで。涼介さんはお仕事頑張って下さい』
物分りのいい返事を返しながら、心の中で舌を出している。
ムカつく。
本当は会えないんじゃなくて、会いたくないんじゃないかなんて被害妄想までしてくる。
でも涼介さんが忙しいのは良く知っている。
弟である啓介さんの
『アニキは滅多に家に帰って来れないみたいだ。ほとんど大学に泊り込みみたいになってるぜ?』
の証言もあるし、たま〜に会う涼介さんの窶れ具合を見て、疑えるほど優しくないわけでもない。
だから、仕方ないって分かってる。
けど、やっぱり会いたいと思う恋心があるから、浮かれた分だけ会えないのが悔しくて。
心の中だけで呟いている。
涼介さんのバーカ、って。
せっかく休んだのに涼介さんのバーカ。
ずっと会ってないって分かってんのかな、バーカ。
忙しくても、俺のことをちょっとぐらいは思い出せってんだ、バーカ。
心の中で繰り返しながら、せっかく休みにしたのだからと街をブラブラしていると、目の前から当の涼介さんが歩いてきた。
「え?」
傍には涼介さんと同年代の頭の良さそうな人や、年配の偉そうな人。
そして涼介さんはキッチリ、スーツにネクタイをした姿だった。
見るからに、遊びなんかではないのが分かる。
どこか固い表情をした涼介さんを見るまでもなく、その空気を見ただけで気軽に話しかけられる雰囲気ではなかったけれど。
どんどん歩いてくる涼介さんが、固まる俺の方へと近付いてくる。
どうしよう?どうしよう?と悩んでいる間に、涼介さんの目がスゥっと俺に向けられ、確かに俺を確認したはずなのに、すぐにそれは自然と逸らされた。
「え?」
俺の事をちゃんと見たよね、涼介さん?
なのに何で無反応なの??
そしてそのまま涼介さんは俺を無視して通り過ぎていった。
視線を合わせることもなく。
ただの擦れ違いの人みたいに俺を無視して行ったのだ。
そりゃ恋人同士としてまだまだ未熟だけど。
まだまだ成熟しない俺に合わせて、涼介さんに子供っぽい付き合いを強いてしまっているけど。
俺のことどうでも良くなった?
俺のことなんて嫌いになった??
悲しくて目が潤む。
偉そうな人と一緒だったんだから、俺なんかと親しげに話すわけにいかないのは、頭の中で分かってる。
分かってる。だけど、でも…!
悲しくて項垂れていたので、だから気付かなかった。
背後に迫る荒々しい足音。
そして荒い呼吸音。
「え?」
ぐい、といきなり肩を掴まれ、無理やり振り向かされる。
驚いて顔を上げると、真剣な顔をした涼介さんが目の前にいた。
髪が乱れて、額にはうっすら汗まで浮いている。
大急ぎでやって来たのが丸分かり。
ビックリしてまた固まっていると、抱き締められて、そして。
キスされた。
街中で。しかも人前で。
簡単なヤツじゃない激しいの。
ちゅーって俺の全部を吸い尽くすぐらいの勢いでキスして、そして感触を味わうように頬をスリスリしてきた。
何?
いったい何なワケ??
「よし!」
そしてギューって抱き締めた後、満足そうに笑って涼介さんは俺の身体を離した。
「充電完了」
そして照れ笑い。
「これで頑張れる」
じゃあな、と手を振り、そのまま涼介さんは早足で駆けて行く。
その背中に、俺はぼんやりと手を振りながら、ジワジワと今の出来事を確認した。
――あの人は!
あの人は何て事を?!
どうすんだよ?
取り残された俺はさ。人前であんなことするから、周りの人の目が痛いじゃないか。
すっげ恥ずかしいし!
でも。
でも…。
俺は去っていく涼介さんの背中に、大きな声で叫んだ。
「涼介さん!」
名前を呼ぶと、足が止まり振り替える。
「頑張ってね!!」
俺の言葉に、涼介さんが答えるように手を上げた。
バーカバーカ。
何度も心の中で呟く。
涼介さんのバーカ。
呟く言葉は同じ。
でも俺の顔は、さっきとは違って嬉しそうになっている。
「充電だって」
ニンマリとしてしまう頬を手のひらで押える。
「頑張れる、だって」
そっか。俺って涼介さんのエネルギーになれるんだ。
嬉しくて、でも恥ずかしくて。
だから心の中で何度も呟いた。
涼介さんのバーカ
って。
けど大好きですよ
と、でもその後に続くのだけれども。
2008.2.19