嫉妬
恋人同士と言う関係になって3年。
一緒に暮らし始めて2年。
確かに、以前より些細なことで喧嘩が多くなったし、何気ない会話が少なくなった。
いわゆる、倦怠期であるのだろうとは思うが、それでも相手を思う気持ちに変化は無いし、涼介は変わらず拓海を可愛いと思っている。
けれど、それは涼介主観の話であって、肝心の相手である拓海の気持ちまでは推し量れない。
好かれていると言う自信があるし、今では彼の一番身近な存在になっていると言う自負もあったのだが、それはほんの些細な事で崩れてしまうものなのだと、涼介は今実感していた。
「え、そうなんだ。へぇ…フフフ」
ただいま、と玄関のドアを開けても、出迎えの無いのを不審に思った涼介は、リビングを覗いて固まった。
拓海はリビングにいた。
ソファに座り、携帯を片手に長電話をしているようで、手にオタマを握っているところを見ると、料理中に突然電話が掛かってきて、そのまま会話をしていると言った状態だろうか。
涼介が固まったのは、何も拓海の長電話が理由ではなかった。
あまり会話が得意ではない拓海が、確かに長電話をするのは珍しい事ではあったが、そう驚くべきことでもない。
涼介が驚いたのは、拓海がとても楽しそうに電話をしていると言う事実と、
「うん、うん。そっか。茂木ってそうだっけ」
電話の相手が、いわゆる拓海の元カノであると言う事実だった。
茂木と言う名前を、涼介はよく覚えている。
拓海の初キスの相手で、おまけに初Hの相手でもある。
付き合い始める前から腹立だしい相手だと記憶していたが、今でもその名前を聞くだけで苛立ちが湧く。
「…え?うん。やだな、ちゃんと言うから。そんな笑うなよ」
しかし今はそれだけではなく、自分には見せない無邪気な顔で笑う拓海に不安が湧いた。
元々、性的にはノーマルだった拓海を、騙すように手に入れた。
倦怠感も湧いてきた今。涼介との恋愛が間違いだったと気付いて、女の子の方が良くなってきたのではないか?
「茂木。誕生日おめでとう。何か…プレゼントとかっている?」
可愛い可愛い涼介の拓海。
けれど、女の子と電話をしている拓海のその表情は、可愛らしいだけではなく、男らしさを兼ねたものだった。
涼介の知らない顔。
「いいよ、遠慮しなくても。俺がさ…贈りたいんだ」
胸の中にどす黒いものが湧く。
そんな顔で、女を抱いたのだろうか。
そんな顔で、女に愛を囁いたのだろうか。
「うん、元気で。じゃあ、またな」
電話が切られる。
ふぅ、と長い会話に、溜息を吐いた拓海は、切れた電話を眺め、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
その瞬間、涼介の頭が煮えたように熱くなった。
「ずいぶん楽しそうだったな」
いつもよりも遥かに低いトーンでそう声をかけると、全く涼介の存在に気付いていなかった拓海の体がビクリと跳ねる。
「な、何だ、涼介さん。いつ帰って来たの?」
振り向いた拓海の顔に、「しまった!」と言う感情が浮かぶ。けれどそれを取り繕うように、作ったような笑顔をすぐに浮かべそれを消した。
そんな拓海に、また涼介の中にプチリと何かが切れる。
「誰からだったんだ、電話」
「え…あの…昔の、友達で…」
「茂木って…言ってたか…電話の相手」
「涼介さん、聞いて…?!」
カァ、と、拓海の頬に赤みが差す。
涼介の頭が沸騰したように煮えた。
「お前の元カノだろ?そいつ」
「……そ、それは…」
「そいつと仲良く話して、おまけにプレゼント?」
「だ、だって、それは…」
言い淀んだまま、言い訳もしない拓海に、どんどん涼介の怒りは増す。
自分でも抑え切れないほどの醜い感情だった。
「お前、その女とヤりたいのか?」
「な、何を?!」
「そう言う事だろう?女に物を贈るなんてな」
「違う!それは…」
「違わねぇよ。なぁ…拓海」
涼介は拓海の腕を掴み、ギリギリと痛いくらいに力をこめる。
「俺に飽きたか?」
「…え?」
「男同士の恋愛なんて馬鹿らしくなったか?俺より、女の方が良くなったのか?!」
感情が制御できなかった。
溢れる言葉を、そのまま拓海に投げつける。
今の自分はみっともない顔をしていると言う自覚もあった。
けれど止まらない。
涼介の勢いに、戸惑っていた拓海が、ポカンと口を開け呆けたようになった。
そして徐々にその表情に笑みが浮かび、最後はクスクスと笑い声を上げた。
「…何が可笑しい」
拓海の笑い声に、ムッとして低い声を出しても、もう拓海は戸惑いも恐れもしなかった。
「だって、可笑しいですよ」
嬉しそうに笑いながら、涼介の胸に勢い良く飛び込んで来る。
突然飛び込んできた体に、涼介は戸惑い眉をひそめる。
腕の中から、まだ笑い声が聞こえる。
「あのさ、涼介さん。プレゼントってのは出産祝いだよ」
「…え?」
一気に頭が冷える。
そしてクスクスと笑う拓海の声だけが涼介の中に染みこむ。
「茂木さ。子供生んだんだって。で、面白いのが子供が自分の誕生日と全く同じ日に生まれたんだって」
「結婚…したのか」
「うん。出来ちゃった結婚だってさ。アイツらしい」
一気に体の力が抜ける。
馬鹿馬鹿しいことで、馬鹿らしいほどに激しく嫉妬した。
そんな自分が無性に恥ずかしい。
「でも、すごい恋愛結婚なんだってさ。それで、さ。茂木が言うんだ」
『拓海君。ちゃんと今の恋人に好きって言うのよ?』
「…ってさ。茂木は今の旦那さんに毎日言ってもらって幸せだから、ちゃんと俺にも相手に言えって、そう言うんだよ」
腕の中で、拓海が顔を上げ、涼介の目を覗き込む。
「言われたらさ、俺、涼介さんにあんまり好きとか言わないし…それに涼介さんも言わないでしょ?最近は特にさ」
「そう…だったか」
慣れ。
そう言えば単純だが、慣れすぎてしまっていたのだろう。
傍にいることに。
だから、それが崩れそうになった時に、激しく動揺し、そして傍にいることへの感謝も忘れていた。
「でも、どんな言葉よりもすげぇ伝わったよ。涼介さんの気持ち」
フフフ、と微笑む拓海の顔は、可愛らしいだけのものではなかった。
涼介と対等な男の顔をしている。
恋人を慈しみ、守りたいと、そう願う男の顔だ。
ずっとそんな顔をしていたのに、気付かなかったのは涼介の拓海に対する関心が薄れていたからかも知れない。
毎日。彼は変わらないと、現状に甘え過ぎていたからかも知れない。
「すごい嬉しかった。涼介さんの嫉妬。俺さ、正直、最近涼介さん素っ気無いから、もう俺に飽きたのかもって思ってたんだけど、そうじゃないよね?」
やっと、涼介は拓海の身体を抱き締めた。
「拓海」
腕の中の感触は、いつも同じだと思っていたけれど、そうではなかった。
毎日、変化するのだ。彼も。そして自分も。
「…好きだ。言葉で言い尽くせないくらい…好きだ」
彼に会ったとき、運命だと思った。
手に入れたくて、みっともなく足掻き、やっと手に入れたときは、涙が零れそうなほどに嬉しかった。
「うん。俺も…すごい好き。涼介さんのこと、何でこんなに好きなんだろうって、おかしくなるくらいに好き」
顔を寄せ、鼻を摺り寄せ、啄ばむようなキスをする。
自然と、二人からクスクスと笑い声が零れる。
「ごめんな」
「俺も、ごめん。最近涼介さんにいい加減だったかも」
「俺だってそうだろ?Hも手抜きだったしな」
ブワッと拓海の顔が真っ赤に染まる。
そんなところは変わらない。
涼介の可愛い拓海のままだ。
「涼介さんはいい加減なくらいでいい!あんた、エロいもん!!」
過去に何をされたのか、思い出したのだろう。涼介の腕の中の体が、まるで熱を持ったように熱くなっている。
「いや、反省した」
笑顔のまま拓海の身体を横抱きに抱える。
「わっ!」
「新婚の時のように、お前を愛してやるよ」
戸惑い固まっていた拓海が、けれど真っ赤な顔のまま涼介の目を見返し、そして腕を伸ばし首に絡め涼介を引き寄せる。
「じゃあ…新婚の時とは違う俺を涼介さんに見せてやる」
真っ赤な顔のままの勇ましい表情。
いったい何をしてくれるのやら。
「楽しみにしてるよ」
毎日拓海に好きだと言おう。
そして毎日拓海に恋をしよう。
それは決して難しいことではないはずだ。
「好きだよ、拓海。ずっとね」
この存在が腕の中にある限り。
「俺も…好き。ずっと」
首にしがみ付き、そして可愛らしいキスを涼介に贈る。
ニコリと微笑み、そして涼介は腕の中の宝物を抱えたまま、寝室のドアを開いた。
2008.2.25