サクラサク
「涼介さん、見てください!」
ほんのり、頬を酒に赤く染め、満面の笑顔でたわわに花を付ける枝を指差す。
「…見てるよ」
いつもどこか緊張を残す彼は、今は酒の影響で無邪気な子供のようになっていた。
「すごい綺麗ですねぇ」
舌っ足らずな口調は、彼が酔っ払いであることを証明している。
「…そうだな」
ともすれば先走り、走り出そうとする彼の腕を掴み引き止める
キラキラとその大きな瞳を輝かせ、まるで愛しいもののように桜の花々を眺める姿に苦笑が零れた。
いつも強張った態度の彼の緊張を解したくて、メンバーとともに花見に誘い、そして彼に勧められる酒を厳しく咎めることはしなかった。
まだ、未成年であるというのに。
彼は、周囲から勧められる酒を手にしながら、チラチラと涼介に向かい困り果てた視線を向けた。
その縋る視線が心地好くて、敢えて暫く気付かない振りをすれば、彼は意を決したように注がれたビールを見つめ、そしてぐいと煽った。
囃し立てる周りの大人たちに乗せられ、彼の杯は進んでいく。
けれど涼介は止めなかった。
『いいのか?藤原にあんなに飲ませて』
危惧する親友の声に、涼介は首を横に振った。
『構わないさ』
そして、笑う。
『何かあったら俺が責任を取るから』
最初ビールだった杯は日本酒に変わり、最後は焼酎に変化した。
さすがにもう限界だろうと止めようとするよりも早く、彼の周りの人間たちの方が潰れ、そして陽気に笑う彼が出来上がっていた。
『大丈夫か、藤原?』
そう問いかけると彼は子供のように涼介を見上げ無邪気に笑った。
『あ、涼介さんだ』
『…酔ってるな』
『うん。酔ってる〜』
涼介はふぅ、と溜息を吐き、その額を軽く小突く。
『飲みすぎだ、子供のくせに』
そう咎めると、彼はプゥと頬を膨らませ唇を尖らせる。
『…子供じゃねぇもん』
まるきり子供の仕草をしながら、抗議する。そんな彼に涼介は思わず吹き出すと、癇癪を起こしたように酔っ払いの子供は暴れた。
『馬鹿にした!涼介さんなんて嫌いだ!』
そして立ち上がりいきなり駆け出した彼を追い、涼介も急ぎ駆け出した。
けれど、すぐに彼は立ち止まり、桜の並木の真ん中で咲く花々を見上げ涼介を振り返り言ったのだ。
「涼介さん、見てください!」
花を指差し、「すごい綺麗ですねぇ」と。
「…俺…こんなゆっくり桜なんて見るの…初めてかも」
トロンとなり始めた瞼。口元は幸せそうに微笑んでいる。
フラリとぐらついた体を、涼介は支えた。
涼介の肩に、彼の頭が乗り、首筋に柔らかな髪が触れる。
「そういや…俺もそうだな」
ふふふ、と柔らかな笑みが振動となり涼介にまで伝わる。
「桜…綺麗だなぁ…」
ハラハラと、散る花びらが雪のように降る。
彼はそれに手を伸ばし、掴みたそうに指を広げ、握る。
「桜、そんなに好きなのか?」
「好き…ですよ」
クスクスと笑う。酒に酔い、熱い体。
その体を支える名目で、腰に手を回し力を込める。
「…だって」
腕の中で彼が振り返り、涼介を見上げ笑う。それこそ花が綻ぶように。
「涼介さんみたいじゃないですか」
「……え」
微笑みながら、けれど拓海はどこか寂しそうな表情を浮かべる。
「…綺麗で…手に掴めそうなのに全然掴めないとこ」
指を伸ばす。手に届かないものを掴むように。
涼介が、すぐ傍にいるのに。
「…だから…似てます」
その指が、諦めたように閉じ、パタリと下へ落ちる。
涼介はその寂しげに揺れる指先を見つめ、そして彼の視線を奪って止まない桜を見つめた。
ふ、と甘く微笑む。
「藤原」
耳に注ぎ込む。
揺れる指先を掴み、握り締める。
「俺にとっては…お前の方が桜だよ」
掴めそうで掴めない。
そして儚く美しいもの。
囁いた言葉の返事は無く、ずしりと重くなった体と、健やかな寝息が涼介の耳に届く。
見れば、さっきまで開かれていた瞳は閉ざされ、薄く開いた唇からは規則的な呼吸しか聞こえない。
「…寝たのか」
本当に、桜。
掴めそうで掴めない。
その体をぎゅっと抱きしめ、夢の中の彼に教え込むように再度思いを注ぎ込む。
「だけど俺は、掴めないままにはしないからな」
涼介は微笑んだ。
下心も無く、わざわざ彼に酒を飲ませるはずも無い。
花びらが、降ってくるのをただ待つほど気は長くない。
「藤原。掴めない桜の掴み方を教えてやるよ」
膝下に腕を通し、両手で抱き上げる。
「…根元から折ればいいんだ」
そして腕の中で散れば良い。
ふうわりと散る桜の花びら。
桜よりも朱色に染まった拓海の頬に落ち、彼を彩る。
それがまるで桜の精のようだと。
涼介は愛らしく思いにんまり微笑んだ。
2007.4.1