どうする?俺?
バトルが終わった後はいつも頭がぼうっとする。
そう涼介さんに漏らした途端、俺のバトル後の運転は禁止になった。
そして恐れおおいことに、いつも涼介さんが俺のハチロクに乗って運転席に座る。
「自分の車を他人に運転されるのは嫌だろうが、お前が心配なんだ。我慢してくれ」
涼介さんには以前にバトルで勝ったことはあるけれど、俺はあのときのことを今でもまぐれだと思っている。
あの人ほど早くて、そしておっかなかったバトルの相手を俺は知らない。
あの人の走りを見て、初めて「バトルしたい」とも思った。
すげぇ胸がドキドキして、恐くて、でもどこか嬉しくて仕方がなかった。
そんな俺にとって涼介さんのドラテクは憧れ以上のものがある。
涼介さんに運転してもらえるなら、俺のハチロクも本望だろうなとさえ思うのに。
「いえ、全然平気っす。…って言うか、すごい嬉しいです」
そう言うと涼介さんは、あの「フッ」って顔で笑った。初めてバトルした後、話しかけた俺に見せた、あの顔と同じだ。
「…鈍いんだか、わざとなかのか…」
「え?」
「…いや、藤原がいいんなら、遠慮なく運転させてもらうよ」
それから涼介さんは、バトル後の俺の専属運転手(啓介さん命名)になった。
涼介さんの運転は、バトルで張り詰めた俺の精神を和ませるくらいに優しい。
でも本当は激しい走りもできるのを俺は知っている。けど涼介さんがそんなふうに走るのは、疲れている俺のためだってことを、俺は運転から知る。
隣で憧れの人がハンドル握ってて、そんで俺はナビになんて座ってて。
これで俺が女だったらイチコロなんだろうな。
きっと世の中の女の人たちがものすごい望んでいるポジションに俺は座っている。
それに申し訳なさを感じるけど、でも嬉しさと、そして誇らしさがある。
今日も俺は涼介さんの運転する横で、ゆらゆら、柔らかな振動に揺られていた。
…ああ、気持ちいいなぁ。
思わず、うっとりと目を閉じる。このまま揺られて眠ってしまいたいくらいに心地好い。
けれどそんな俺に気付いた涼介さんが、「チッ」と舌打ちして、そしていきなり走りが変わった。
「…限界、だな」
突然アクセルをベタ踏み。エンジンが唸り、かかったGで俺はナビシートに押し付けられる。
「…涼介さん?」
驚いて横を見つめる俺が見たのは、今まで見たことない顔で笑う涼介さんだった。
何て言うんだろう?
…すごい…色気に溢れてるって言うのか、獰猛な獣みたいな…そんな顔。
エンジンを唸らせて、涼介さんはいつもの帰り道を外れる。
そして向かったのは夜景が綺麗でデートコースには最適だと以前にイツキが騒いでいたところだった。
何でこんなところに来たんだろう?
不思議に思いながら、運転席から降りた涼介さんを追って、俺もドアを開けた。
涼介さんは俺の方を見ず、眼下に広がる星の灯りのようなたくさんの光たちを見つめている。
夜風が冷たい。ブル、と震えながら俺は涼介さんの隣に立った。
「…涼介さん?」
どうして?
そんな思いをこめて見上げると、涼介さんの顔には、さっきの獰猛な色気は無かった。
自嘲をこめた苦笑を浮かべている。
「…本当は段階を踏んでお前とここに来たかったんだよ」
「段階?」
何の?バトルのこと??
「その顔じゃ全く通じてなかったんだな」
「は?」
涼介さんは頭のてっぺんからつま先まで、吐き出すような深い、本当にふか〜い溜息を吐いた。
「…参るぜ、まったく。誰かを口説くなんて俺も初めてなのもあるが、お前も鈍すぎた」
くどく?…って何?鈍いってのはよく言われるけど。
「いい加減意識しろよ。いつまで経っても無防備に隣で座られてたら、俺の理性も限界だ」
りせい?げんかい?
え?え?ええ??
「…あの…りょう、すけさん?」
変なの。声が掠れて胸がドキドキする。
「…今からクサいこと言うぞ」
らしくなく、涼介さんの顔が赤くなって照れたように微笑む。
「この夜景よりも、お前の方が俺には眩しく映るよ」
「…?!!」
ジワ〜っと、来て、そしてドン!!と大砲で撃たれたみたいに…キた!
バクバク、バクバクと心臓が激しく鳴り出す。
「…え、あの…」
言葉が出ない。何言ってるんですか?とか、ほら、笑ってごまかせよよ、俺!
真っ赤な顔で、俯いている俺の頬に涼介さんがその長く細い指で触れる。
「…藤原」
に、逃げろ、俺?!
何で動かないんだよ、俺の足!
「好きだ」
何で喜んでるんだよ、俺?!
何だよ、ものすっごく嬉しい!何だよ、この幸福感!
心臓の音はもう大太鼓だ。俺は固まったみたいに動けなくなって、じっと涼介さんの顔を見つめたまま硬直していた。
指先が震えているのは、寒いからじゃない。
顔が赤くなっているのは、風邪を引いたからでもない。
目が潤むのは…悲しいからでは絶対にない。
そんな俺を、涼介さんは「フッ」と笑って指を離す。
「返事は急がないよ」
離れた指が寂しい。
もっと触れていて欲しかったのに。
「でも、俺をいい加減に意識して欲しかったんだよ。…恋愛対象として」
涼介さんが笑う。それこそ華が綻ぶように。
「これで、お前はもう俺の隣で安心できないだろう?」
微笑みながら、満足したように涼介さんは俺に背中を向けて夜景を見つめる。
何で…。
「お前は知らないだろうな」
何で…。
「俺がいつも、どれだけ理性を働かせて、隣で心地良さそうに眠っているお前を見ていたか」
…何で?
「好きになれ、とは今は言わない」
…ああ、クソ。だから何でだよ?!
「ただ、今は俺を意識してくれるだけで…」
涼介さんの言葉がとまる。
びっくりしたように涼介さんが振り返り、自分の背中を見つめている。
そこにいるのは俺だ。
涼介さんの広い背中にぴったりくっついて、真っ赤な顔で俯く俺。
ぎゅ、っと涼介さんのシャツを掴む手に力を込める。
「…藤、原?」
涼介さんの声が掠れる。
俺がドキドキしていることなんて、寄り添った背中ごしに感じる、激しい鼓動で伝わるはずだ。
どうするんだよ、俺?
何してるんだよ、俺?
ワケわかんねぇ。
でも…涼介さんが俺を見てなくて、背中を向けているのは嫌だったんだ。
「…や、夜景より…」
「え?」
「…俺のほうがいいって言ったのに…」
「藤原…」
涼介さんの手が、シャツを握り締める俺の手に重なる。…あったかい。うわ、すげぇ幸せかも。
「…そっち…見ないで」
何だろう?何なんだろう、この気持ち。
涼介さんは好きだ。憧れている。けど、それだけじゃなかったのかな?
「藤原」
涼介さんの声に、おそるおそる顔を上げる。笑ってた。これ以上ないくらいに、嬉しそうに。
「そっちを見るなってことは…こっちを見ればいいのか?」
涼介さんが俺を見つめる。熱を込めて。
俺は頷いた。
「……はい」
ぎゅ、っと涼介さんの腕が俺の体に回る。これ以上ないくらいにくっつけて、俺の幸福感は増す。
「…返事は急がないと言ったが、前言撤回してもいいかな」
「……はい」
「藤原」
…ああ、駄目だ。酸欠で死にそう。
「俺のことが好き?」
…どうする?どうする、俺?!
「…そうか。ありがとう」
何で勝手に頷いてんだよ、俺!
「…好き」
何勝手に喋ってんだよ、俺!
「藤原……」
何で目ェ瞑ってんだよ、俺!
「…ん…」
…何で…大人しくキスされてんの、俺?
ただハッキリしていることは…今の俺がものすごく幸せだってこと。
だから…俺は目を閉じたまま涼介さんの腕に身を預けた。
2003.11.2