寝顔
五歳の年齢差は大きい。
やる事成す事全てが微笑ましくて、つい笑みが零れる。
自分の前で緊張する姿も、一生懸命期待に応え様と努力する姿も、藤原拓海の行動、仕草の全てが涼介を嬉しくさせた。
「涼介は本当に藤原を気に入ってるよな」
友人である史裕の言葉に、思わず苦笑してしまう。
「まぁ、な。アイツ、可愛いだろ?」
そう言うと、友人もまた「分からないでもないが…」と同意の言葉を返す。
そんな涼介の意見に反論したのは弟である啓介ぐらいだ。
「あんなヤツ、すっげぇ生意気じゃねぇか!」
鼻息荒く叫び弟は、藤原とは三歳差。
それぐらいの年齢差では、きっと張り合うことも多く素直に受け入れることが出来ないのだろう。
ともあれ。涼介は藤原拓海を気に入っていた。
類稀なドライビングセンスだけではなく、その人間性全てを。
けれどそれは、決して親愛の域を超えていないと思っていたのだけれど。
ガラリと機材の積まれたワゴンの後部ドアを開けると、毛布に包まり、うずくまるように眠る藤原がいた。
時刻は真昼。
明るい日差しから逃れるように、小さくなって顔を隠して眠り込んでいる。
自然と、その健やかな様子に笑みが零れる。
そしてそっと起こさないようにドアを閉め、眠る藤原の傍に近寄る。
大きな瞳が閉じられ、スゥスゥと寝息が聞こえる。
時折ピクピクと震える睫は、女の子のように長く豊かで、涼介はなるほど、だから藤原の瞳はいつも潤んでいるように見えるのだなと納得した。
ほんのりピンクで、柔らかそうな頬。
まるで子供のようなその質感に、涼介は笑みを浮かべたままそっと手を伸ばす。
ツン、と触れてみると、
「…うむぅ…」
眉をしかめ、唇を尖らせ呻く。
起こしてしまったか?
けれどすぐにしかめ面が解け、またふわりと穏やかな顔に戻りクゥクゥと規則ただしい寝息を漏らす。
可愛いな。
またツンと突くと、「うむぅ」と唸る。けれど起きることなく、また眠りに戻る。
尖ったり、ほころんだり。
ほんのりピンクの唇が愛らしくて、涼介は頬に滑らせた指を唇にも向かわせる。
「……は…」
触れると、ピクンと震えて、ほんのり唇が開いた。
のぞく白い歯に、涼介はドキンと胸が震えた。
「藤原?」
思わず声をかける。
何故かは分からない。
衝動のままに、唇に指を這わせ、うっすら開いた唇の隙間に指を差し込む。
チロリと、熱い舌の感触を指先に感じ、涼介はさっき声をかけた理由を自覚した。
悪戯したかったからだ。
だから、起きていないか確かめたかったのだ。
返事は無い。
寝息は乱れていないし、目は閉じられたままだ。
ドクドクと戦慄く心臓を、涼介は自分のことながら不思議に思っていた。
「う…うむぅ…うう…」
拓海が唸り、寝返りを打つ。
咄嗟に涼介は悪戯していた指を遠ざけた。
けれど、今度は拓海の方から近寄ってくる。
寝返りを打った身体は、安定を失いズルズルと涼介の方へと倒れこんできた。
そしてボスンと、涼介の膝の上に頭が落ちる。
オイオイオイ。
突然のことに驚き困る。
けれど拓海の頭は、寝心地の良い枕を得たとばかりに、ニコぉと嬉しそうに微笑み、スリスリと涼介の膝に頬ずりをした。
「……っ!」
カァ、と涼介の頬に朱色が上る。
何を照れているんだ、俺は。
馬鹿馬鹿しいと自嘲の舌打ちするが、ドクドクと鳴る鼓動まではごまかせない。
フワフワの柔らかそうな茶色の髪が涼介の膝の上で広がる。
その髪に無性に触れたくて。
涼介はその髪に指を伸ばし、絡めるように髪を撫でる。
まるで膝の上の猫を愛撫するような仕草。
スゥと撫でると、心地良さそうに拓海の鼻がスンと鳴った。
今度はズキンと心臓が痛くなった。
そしてまるで壊れたかのように、心臓に溜まった血液が全身に一気に流れていく。
藤原を可愛いとは思っていた。
けれど今の感情は、正に「食べちゃいたいほど可愛い」と言う、同性に対しふさわしくない感情を抱いてしまっている。
ぶっちゃけ、舐めたい。
舐めるほど可愛がって、おまけにキスもしたい。
「…藤原」
そっと耳元に囁く。
ピクリとかすかに動いたが、しかし目覚める気配は無い。
「藤原、起きないのか?」
ピクピクと耳ばかりが動く。けれど目は開かない。
「起きないと……」
ゴクリと涼介は唾を飲み込む。
ヤメロヤメロと頭の中で叫ぶ声が聞こえる。
しかし目の前の誘惑の方が強かった。
「…悪戯するぞ?」
言葉と同時に、頬にチュと音を立ててキスをする。
可愛らしい挨拶のようなそれに、涼介は今までのどんなものよりも興奮を覚えた。
思春期の少年のように頬が赤い。
俺は何をしているんだ。
バカじゃねぇのか。
しかし。
止まらない。
「起きないお前が悪い…」
今度は唇に触れるだけのキス。
ジンと全身が痺れたように感じた。
そして髪にもキスを落とし、前髪を持ち上げ、現れた愛らしい額にもキス。
可愛い。可愛い。
凄く可愛い。
言葉では言い表せないほどに可愛くて仕方ない。
全部にキスしたい。
思いっきり可愛がって、自分の腕の中で恥らう姿や気持ち良さそうにする姿が見たくて仕方が無い。
そして唐突に気付く。
「…俺はお前に惚れているのか…」
呟くと同時に、今まで行き先の無かったパズルのピースがストンと嵌る。
年齢が五歳も下だから可愛いと思っていた。
男なのに、可愛いと、そう思っていた。
しかしその理屈では、五歳下の男全てが可愛らしい存在と言うことになる。
だがもちろん涼介が可愛いと思うのは拓海一人だけだ。
つまりは。
「可愛いのは年下だからじゃなく、お前だからか…」
納得すると同時に、可愛がりたい衝動がますます湧き上がる。
膝の上の頭を撫で、満足げに微笑む。
涼介の膝の上の拓海の寝顔は健やかだ。
クゥクゥと愛らしい寝息を立て眠り続けている。
涼介はその眠りを損なわないように、ゆったりと頭を撫で、そして囁いた。
「可愛いい藤原。俺の膝の上が、お前にとって一番安らげる場所であるように」
何度も囁けば、睡眠学習のようにいつかは藤原に染みこむだろうか。
そして二回目を囁いたとき、拓海は嬉しそうにニッコリと微笑み、もっと欲しがるように涼介の膝を抱え、頬をぐいぐいと摺り寄せた。
「さすが藤原」
そんな藤原の頭をゆったりと撫でながら、涼介もまた嬉しそうに微笑んだ。
「覚えが早い」
ご褒美とばかりに。
健やかに眠る藤原の唇にキスを落とした。
2008.2.15