メロドラマにならない男


     【前回までのあらすじ】
 藤原拓海は渋川市に住むごく平凡な高校生だった。高3の夏まで。
 しかし走り屋の世界に触れ、走りに目覚めることで彼の世界は変わった。
 そんな拓海の前に、走り屋たちの間でカリスマ的存在である高橋涼介が現れ、そして二人はお互いに惹かれあう。
 数々の困難を乗り越え、いつしか結ばれていく二人。
 だが拓海の前に突然、涼介の父が現れ、「実は君と涼介は…異父兄弟だ」と言う事実を告げる。
 衝撃を受ける拓海。そして拓海は涼介を愛しながらも、禁断の関係ゆえに別れを選ぶ…。




「どうしてだ、拓海?何故いきなり別れるだなんて言うんだ?!」
 詰め寄る涼介に拓海の表情は厳しい。
 拓海だって、出来ることなら別れたくない。しかし、実際に自分の母と涼介の母は同じ。ましてや自分は、涼介と啓介から母親を奪うような形で、彼らから奪った男の息子。
 以前、涼介が、
『朝起きたら母親がいなくてな。子供心に何が起きたのか分からなくて、とても悲しかった覚えがあるよ。今、思うと、仕事人間の父親に愛想を尽かしたんだと理解できるが、それでも子供の頃には置いていった母親を恨んだよ』
 そう言っていたのを拓海は覚えている。
 あの時の涼介は寂しそうで、大人な彼を甘やかすように抱きしめた事を思い出す。
「…ダメなんです。俺たち…もう、一緒にいられないんです…」
 項垂れ、ひたすら首を横に振り続ける拓海に、焦れたのか涼介の語調はきつくなる。
「何故だ?俺が嫌いになったのか?」
「…違います、そんな…」
「じゃあ、何故だ?理由を言ってくれ!」
「………」
「…そうか。しょせんお前の俺への気持ちなんて、そんな簡単に捨てられるような軽いものだったんだな。俺ばかりが本気になっていたと言うわけか…」
「そ、そんな、俺だって本気です!そんな、軽いものなんかじゃ…」
 言い返しながらも、どんどん目元には涙が溜まってくる。その悲痛そうな拓海の顔に、涼介もまた悲しげに顔をゆがめて、彼の頬を手のひらで包んだ。
「…それなら、理由を言ってくれ。言ってくれないと、俺だって納得できない。分かるだろう?」
「だって…」
「だって?」
「涼介さんのお父さんが…」
「父さんが何を言ったのか知らないが、あの人がいくら反対しようが俺の気持ちは…」
「そうじゃないんです!」
「…拓海?」
「…だって…俺たち…」
 コクリと唾を飲み、じっと大好きなその顔を見つめる。
 もうこれが見納めかも知れない。
 瞼に焼き付けるように、涼介を見つめながら拓海は言った。
「…俺たち…兄弟なんです…」
 二人の関係に終止符を打つ言葉を。
「えっ?!」
「涼介さんのお母さんを奪った男って…俺の親父なんです…」
「…まさか…」
「…その時、お腹にいた子供は…俺なんです…」
 とうとう言ってしまった。もうおしまい。涼介は自分を恨むだろうか?拓海はもう彼の顔を見る勇気がなく、顔を覆って涙を流し続けた。
 だが。
「…そうか。それは好都合だな」
 何故か彼は、とても明るく、そして、
「…りょ、涼介さん??」
 満面の笑顔になっている…。
「そうか、兄弟か。籍を入れる手間が省けたな」
「あ、あの…」
「ん?ああ、まさか近親相姦ってのを気にしてるのか?気にするなよ。同性愛ってだけでもうモラルはきっちり踏み外してるんだ。それにもう一項目付け加わっただけだろう」
「は?そ、そんなワケには…」
「どうせ同性同士の入籍の場合には、養子縁組をするんだ。親子よりも兄弟のほうが関係的に軽い気がしないか?」
 …いえ、全然。
 上機嫌の涼介の前に、拓海は戸惑うだけだ。
「もう血は繋がっているんだから、籍を入れる必要はないな…。兄弟って理由で、ずっと一緒にいようぜ!」
「は?あの、でも、涼介さん」
「どうした?まだ何か気になるのか?」
「だ、だって、涼介さんのお父さんとか、啓介さんとか…」
「何でこの俺が部外者の意見なんぞ気にしてやらなきゃいけないんだ?」
 …王様だ…いや、俺様がここにいるよ…。
「…え、と、あの…でもですね。その誰かに知られたら、何か言われたりなんか…」
「フッ。拓海。大丈夫だ。そういう輩はな、脅せばいいんだ。もう何もいう気が起きないくらいに…」
 フフフ…。
「そ、そうなんですか…??」
「ああ。そうなんだ」
「ハァ、そっすかー」
「これで公認の中だな。さて、新居はどこにする?」
「ハァ。どこでもいいスけど…」
「そうか。六畳一間とかでもいいな。それだけ一緒にいられるから」
「ハァ。もう何でもいいっすよ…」
「幸せになろうな、拓海!」
「ハァ。そっすねー」
 何だかどんどん涼介の勢いに押され、拓海はもう頷くだけになっている。
 そしてその心の中は、
『ま、いっか。涼介さんといられるなら』
 と、元来のぼんやりの性質のせいか、先ほどまであんなに深刻だったものが今はかなりアバウトなものになっていた。
『涼介さん、大丈夫って言うし。ま、いっかー』
 あんなに問題視していた兄弟という間柄も、涼介の言うとおり都合の良いものだとさえ思えてくるから不思議だ。
 拓海は素直に涼介の腕に身を預け、その頬を彼の首筋に埋めた。
 例え、一般社会において十分と言うか、ものすごく障害にあるような事柄でも、揺ぎ無い愛の前では全ては塵芥に等しい。
 そしてそれが、
「結婚指輪を買いに行こうな!」
「ハァ、いいっすよー」
 人の話をまったく聞かないような俺様と、常にぼんやりしているような天然少年の二人には特に。
 ようやく見え始めた二人の幸せ。
 そんな二人の幸せを、柱の影からずっと覗いていた涼介の弟、そして拓海の兄にあたる啓介は涙を堪え見守っていた。
『幸せになれよ、マイブラザー』
 ぐっと親指を突き出して、彼らにエールを送った。



      【めでたしめでたし】…なるのか??
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