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虚像の男


 同性相手に見惚れる事があるだなんて彼に出会うまで知らなかった。
 女の人とは違う綺麗さだけど、見ているだけで幸せな気持ちになれた。
 それを幼馴染のイツキや、先輩である池谷たちに言っても理解をしてもらえなかった。
『お前、何で高橋涼介の前に出ると赤くなるんだよ』
 そりゃ、あの人はカッコいいけどさ。男だぜ?
 そんな長馴染みの言葉に、逆に何故彼らがあの人に見惚れないのかが不思議だった。
 今も。
 遠くからでも綺麗なのが分かる。
 顔もそうだが、スタイルもバランスが良くて綺麗なのだ。
 拓海の周りは自分も含め、六頭身か五頭身ばかりが通常だ。
 けれどあの人は紛れも無く八頭身。
 顔も小さくて、手足も長い。
 芸能人なんてお目にかかった事は無いが、どんな芸能人よりも綺麗に見える。
 うっとり、見惚れていると、パシンと後ろから頭を叩かれた。
 振り向くとそこには煙草を銜え、しかめっ面をした背の高い人物が見下ろしていた。
「…何するんですか、啓介さん」
 ぷう、と唇を尖らせ不満を零すと、啓介は煙草を指に挟み、「何つーのはこっちのセリフだ」と吐き捨てた。
「さっきから見てりゃお前…アニキの事をデレデレと頬染めて見やがって。どこのオトメだ、お前は?」
「オトメじゃねーっすよ」
 頬を膨らませ、そっぽを向いて、また綺麗なあの人を眺める。それだけで不機嫌が消えて嬉しくて仕方がなくなる。
 そんな拓海に、啓介はハァと溜息を吐いた。
「…ったく。そんなに好きかねぇ、アニキがさ」
 そんな啓介の呟きに、拓海は目を見開き啓介を凝視する。
「何言ってんですか、啓介さん!」
 照れ隠し、とは違う激昂した様子に、啓介も眉をしかめ拓海を凝視する。
「涼介さんのこと好きだなんて、そんな…おこがましい!」
「……はぁ??」
「恐れ多くて、そんな気持ちも持てないですよ!」
 ポロリと、啓介の指から煙草が落ちた。
 額に手をあて、緩く首を何度か横に振る。
「…ちょっと待て」
 そう言っている間に、また拓海の視線は涼介へ戻っている。その瞳にキラキラとした輝きを称え。
「あの、さ…つまり、お前アニキのことは好きなんだよな」
「好きではないですよ」
「ハァ??」
「俺なんかが涼介さんのことを好きなんて思えないですよ」
「……意味わかんねぇんだけど」
「俺は見てるだけで幸せなんです…」
 言葉通り、うっとりと涼介を見つめる拓海の言葉に嘘は無い。
「そんな目と顔してアニキ見てんのに、好きじゃねぇっつーのが意味わかんねぇ。
 だから好きなんだろ?」
 イライラと問いかける啓介に、拓海は暫く考えてから答えた。
「……好き、とかじゃなくって…憧れてる、になるんですかね?」
「…ハァ?」
「好き、とかだったら、仲良くなりたいとか、思うんだろうけど、俺そんな事思わないし」
「………何で?仲良くなればいいだろ?アニキも喜ぶぜ」
「そんな!恥ずかしい!!」
「……ハァ??」
「な、仲良くだなんて…近寄るだけで気後れするのに!」
 言葉通りに、顔中を真っ赤に染めて、首を振る姿は憧れのアイドルを前にした乙女のようだった。
 啓介はこめかみをトントンと指で叩きながら、そんな拓海を眺める。
「…好き…よりも、濃いってわけか…」
 厄介だな…。
 そう呟いた声は拓海には届かない。
「何か言いました?」
「いんや」
 ポケットからまた煙草を取り出し、口に銜え火を点ける。
「アニキに見惚れるっつーんなら、じゃ、お前俺にも見惚れるわけ?」
「はぁ?」
 眉間に皺を寄せ、さも心外な事を聞いたと言わんばかりの表情に、予想通りとは言え、少し傷付く。
「何で俺が啓介さんに見惚れなきゃいけないんですか」
 フゥ、と煙を空に向け吐き出した。
「だってさ、俺ら兄弟だもん。似てるって言われるんだぜ?雰囲気は違うけど、造りとかはさ」
 そう言うと、拓海は今気が付いたとばかりに、啓介の全身を上から下まで眺め、そして頷いた。
「確かに…カッコいいですよね。啓介さん」
「お、おぅ。まぁな」
「でも綺麗ではないですよね」
「…………」
 フゥゥゥ…と、俯き長い煙を吐き出す。
 また拓海の視線は涼介に戻っている。瞳に光を宿して。
「本当に、同じ兄弟なのに涼介さんは凄い綺麗ですよね~。何でだろ?」
 …こっちが聞きたい。
 溜まった灰を、指で弾き落としながら、啓介はまたこめかみを指で叩いた。
「…キレイキレイ言ってるけどさ、アニキも普通の男だぜ?」
「…そりゃ…分かってますけど…」
「飯も食うし、トイレも行くしさ。寝起きとかはぼうっとしてるし、不機嫌だと八つ当たりもするしな」
「そうですか~」
 痘痕にエクボ。
 拓海のキラキラする瞳は変わらない。
「モテまくりに見えるけど、基本淡白だからカノジョとか滅多に作らないしな」
「……カノジョ、やっぱいるんですよね」
 どんな人なんだろう??
 と、さらに目を輝かせ言う拓海に、啓介の溜息は深くなる。
「やっぱり綺麗な人なんですよね?涼介さんと釣り合うような。…見てみたいなぁ…」
 ダメだ、こりゃ。
 啓介はもう心の中で白旗をあげた。
 兄の為に。
 そう思い水をかけたのだが…全く効果がないどころか、防水仕立てだ。
「そんなに気になるんだったら、アニキに聞いてみろよ。ほら」
 ドン、と突き飛ばし、啓介は背中を向けた。
 後はもう兄の仕事だ。
「何するんですか、啓介さ……?!!」
 怒鳴りかけた声が途中で止まる。
 おそるおそる振り向いた拓海の目に映ったのは、遠くから眺めていた綺麗な顔。
 今の状況は、涼介に支えられ彼の腕の中にいるという夢にも見れないような体勢だった。
「……す、すみませ…あの、啓介さんが!」
 慌てふためき、真っ赤な顔でジタバタと小動物のように暴れる。
 そんな拓海の肩を抱きしめながら、困ったように涼介は微笑んだ。
「俺の好きな人、気になる?」
 そう問うと、動きがピタリと止まり、視線がウロウロと彷徨う。
 そして暫くの迷いの後、コクリと頷いた。
 けれど見上げる視線に不安の色はなく、期待や好奇心に満ち溢れた色しかない。
 そんな拓海の反応に、涼介は苦笑いしながら口を開いた。
「……言っておくが、今は恋人はいない。俺の片思いだ」
「涼介さんが?」
「そうだ」
 驚き、目を見開き凝視する。その姿は何だか車の前に飛び出した子猫のようだった。
「…告白とか、しないんですか?」
 したらすぐに誰でもOKしそうなのに…。
 ボソボソと呟かれた言葉は、しっかり涼介の耳にも届いた。
「しようと思ってるんだが…OKすると思う?」
「はい」
 はっきりと頷く。
「俺の好きな人は、…そうだな。カワイイな。かわいくて仕方がない」
「…へぇ…」
 何だ、綺麗系じゃないんだ。
 ちょっと意外だと拓海は思った。
「背は…俺より10センチは低いかな」
 それでも女の人にすれば大きな方だ。その身長差で並んだ姿を想像すれば、まるでモデルのような二人が浮かんだ。
「髪は短くて…黒じゃなくて茶色。染めてるわけではないみたいだな」
 何故か、拓海の髪を触りながらそう語る。もう拓海は顔どころか、全身真っ赤だ。
「猫っ毛で、手触りが良い…」
 涼介の口ぶりや仕草から、どれだけその人が好きなのかが窺えた。
 ほんの少しだけ、チクリと痛む胸をけれど拓海は気が付かない振りをした。
「どんな人か…見たい?」
 見れるのだろうか?
 ほんの少し見上げると、困った顔で拓海を見つめる涼介の顔と出会った。
「……見れるんですか?」
「ああ。藤原も良く知っている人だ」
 良く知っている。
 拓海は一瞬で、色んな人間の顔を思い浮かべた。
 真子、沙雪…ああ、ダメだ。身長が足りないし、髪も短くない。
「会わせてやるよ」
 腕を捕まれ、引っ張られた。
 連れて行かれたのはすぐ近くに停めてあった拓海のハチロクだ。
 そして涼介は拓海の頭を掴み、ぐい、と下に押しやった。
 ちょうど、サイドミラーの位置に顔がくるように。
「これが、俺がこれだけ言っても全然気付いてくれない連れない俺の想い人」
「………え?」
 鏡に映るのは、もちろんだが自分の顔。
「良く見たか?」
 無意識に、頷いた。
 そうか、と涼介は苦笑し手を離した。
「敵はお前の中の俺の虚像か…厄介だな」
 顎に手を当て、暫く思案していたが、すぐに呆然とする拓海に視線を移し、艶やかな笑みを拓海に見せた。
「俺は諦めないからな」
 意味が…分からない。
「覚悟しておけよ」
 そんな言葉だけを残し、立ち去る涼介の後姿を見ながら、拓海はズルズルと地面の上にへたり込んだ。
「…腰…抜けた…」
 未だ意味は分からないし、自分の上に降りかかったものが何であるのかを理解できない。
 けれど、ドクドクと割れ鐘のように鳴り続ける胸を拳で押さえながら、何となく拓海は、もう涼介を、
『好きではない』
 だなんて言えない自分を自覚した。



2007.5.8
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