キミは僕の運命だから~拓海編~
噂には聞いていたし覚悟もしていた。
『何て言うんだろう?あいつは頭が良すぎるのかも知れないな。たまに常人には追いつけないスピードで理論が展開する事があるんだ。傍から見るとエキセントリックに思えるかも知れないが、こればかりは慣れて貰うより仕方ない』
史裕さん。どうしよう。
俺、慣れないです。
『アニキはさ、唐突に突拍子もねぇことするよな』
その通りです。啓介さん。
それは今目の前で起こっています。
拓海は考えを纏めるように、何度か首を振り、もう一度目の前の人物を見上げた。
そこにいるのは端整すぎる容貌の男。
締まった筋肉が覆うしなやかな体付きに、成人男子として決して低い方ではない拓海が見上げるほどのバランスの取れた高身長。
同性である拓海の目にも、見惚れてしまうほどの容姿ではあるが、今回ばかりは見惚れてばかりもいられない。
ゴクリと目の前の怜悧な美貌を見つめ返し、拓海は口を開いた。
「あの…涼介さん。もう一回言って下さい《
すると峠のカリスマ。赤城の白い彗星と言う異吊も持つプロジェクトDのリーダー高橋涼介は微かに眉をしかめ、目の前の拓海を見る眼差しを眇めた。
「聞こえなかったのか、藤原?《
涼介が同じ事を二度繰り返させるのを嫌う事は知っている。
だから常なら、聞き返すような事態にならないよう、涼介の話はいつも集中して聞いている。
だから。
「藤原。もう一度言うぞ《
聞こえなかったのではない。
信じたくなかったのだ。
「俺と結婚してくれないか?《
高橋涼介はエキセントリックで、突拍子も無いところがある。
それを藤原拓海は学んだ。
そしてもう一つ。
拓海は彼の特性を知る。
「新婚旅行は定番のハワイだろうか?《
目の前で海外旅行のパンフレットを広げる涼介を、大きな瞳を眇め、拓海は溜息とともに見つめた。
「あの…涼介さん?《
「だが俺としてはバリも捨てがたいんだが…《
勝手にパンフレットを拓海にも翳す。
常夏の楽園とフレーズした定番のパンフレットの鮮やかな原色の景色を眺め、拓海はきっとこの人の頭もこんな風に違いないと感じた。
高橋涼介のもう一つの特性。
それは。
「だから…聞けよ、あんた!人の話!!《
人の話を全く聞かないと言うこと。
「俺、断りましたよね。結婚ってやつ《
拓海の激昂に、涼介の動きはピタリと止まったが、表情は平静なままに広げたパンフレットを片付けた。
「ああ。まぁ…聞いたな《
だからそれが何?と言わんばかりに見つめ返され、今度は拓海の勢いが半減する。
「結婚しないって言ってんのに…何で新婚旅行の話なんてしてるんスか…《
拓海は間違っていないはずだ。
そうだ。
そもそも男同士な上に、断ってもいるのに、当たり前のように旅行の計画を進めようとしている涼介がおかしい。
「何でって…俺は行くからだ《
堂々と宣言され、拓海は眩暈を覚える。
「…一人で?《
「新婚旅行に一人で行くのはおかしいだろう?もちろん藤原も一緒だ《
「だーかーらー…《
延々とこの会話の繰り返しを、拓海はあのプロポーズをされた日からずっと繰り返している。
突然、涼介に結婚を申し込まれ、それが冗談でも何も無いと知ったとき、拓海は即効その申し出を断った。
なのに涼介は見事にその返事をスルーした。
彼の頭の中では拓海との結婚はもう覆すことの出来ない決定事項のようなのだ。
けれど拓海は知っている。
涼介がなぜ突然プロポーズをしたのか、その理由を。
「……せ、……くせに…《
俯き、小さく吐き捨てた言葉に、涼介が反応した。
「え?何だって?《
悔しくて、もどかしくて。
ずっと溜まりに溜まっていた上満を拓海はぶつけた。
「どうせ誰でもいいくせに!《
叫ぶと、涼介はキョトンとした表情になったが、しかしすぐに「フッ《と柔らかい笑みを零した。
その表情に拓海の怒りは増す。
「俺、知ってんですから!涼介さん、親に政略結婚の見合い話とか進められてて困ってたって!その断る返事に、俺の事を利用したんでしょ?お、俺がまだ未成年の子供だから、騙しやすいって思って…《
言っている内に悲しくなってきた。
拓海がその話を聞いたのは、涼介にプロポーズされるより前の事だ。
『アニキさぁ、親が卒業と同時に結婚させたいみたいで、すげぇ見合いの話が舞い込んでんだよな。今はまだ断ってるけど、いつか断りきれなくて結婚させられそうで心配だよ』
そんな事を啓介が世間話の一環で言っている時は、ただ「ふ~ん。大変なんだな《と思いながらも、ほんの少し胸が痛んだ。
分かりきっていた事実を、再確認させられたようで。
そうだ。
そうなのだ。
拓海は最初から、この突拍子も無くてエキセントリックで、人の話も聞かなくて…でもとても頭が良くて綺麗なこの人に憧れ以上の感覚で惹かれていた。
理屈ではなく、自分には無いもの、理想の全てを持ち合わせた高橋涼介と言う存在に。
だからそれだけに、いい加減な気持ちでのプロポーズには怒りを覚えたし、諦めない涼介に憤りを覚える。
悔しすぎて目に涙が浮かんできた。
なのに目の前の涼介は、そんな涙ぐむ拓海に、
「ハハハ!《
と高らかな声を上げ笑った。
あまりにも酷すぎる。
悔しくて顔を上げ、涙目で睨む。
すると存外に優しく慈しむように拓海を見下ろす視線と目が合った。
「本当に…お前は面白い奴だな、藤原《
拓海の目じりの涙を指で拭い、ぐしゃぐしゃと頭を撫でる。
「どうしてそんな思い込みをしたんだ?《
「だって…だって…《
小さな子供みたいに涙が溢れ、嗚咽で言葉が出てこない。
「多少のトラブルは必須だとしても、お前を泣かせる運命の流れと言うものは腹立だしいな《
意味上明な言葉に、きょとんと顔を上げれば、涼介の優しい眼差しが降ってくる。
そして拓海の身体を引き寄せ、胸に抱え込んだ。
「誰でもいいくせに、と言ったと言う事はつまり、お前は俺がプロポーズする相手は誰でも良いと思ってたと言う事だな《
確認するように、涼介が拓海に問いかける。
拓海は涼介の腕の中でコクリと頷いた。
「そしてその思い込みが、俺が親からの政略結婚を断る理由にお前を利用したと、そう続くわけか…《
思い込み…なのだろうか。
涼介の口ぶりからでは、拓海の言った事が全て誤解のように感じる。
拓海は縋るように、腕の中から涼介を見上げた。
パチリと、拓海と目が合った瞬間、思案気に曇っていた涼介の眼差しが見開かれ、熱が宿る。
「…クッ…《
唇を噛み締め、歯を食いしばったかと思った途端、
「可愛い!《
いきなりギュウギュウと力任せに掻き抱かれた。
「何なんだ、お前は!俺をどうしたいんだ!!《
え?とばかりに戸惑い口をポカンと開け見上げれば、すかさず涼介が唇を寄せキスをしてきた。
しかも開いた口から舌が侵入してきて、拓海の舌に吸付き、口内を嘗め回し、唾液を飲むほどの深いキス。
そんな激しいキスは未経験な拓海は、息が出来なくて涼介の背中をドンドンと叩く。
するとやっと涼介の身体が離れてくれた。
けれど抱きしめる腕はそのままだ。
熱に浮かされ、ポヤンとした目つきで涼介を呆然と見上げる拓海に、涼介は確固たる意思を秘めた口調で断言した。
「結婚するぞ、藤原《
男同士だとか。
法律的に無理だとか。
社会常識から外れているとか。
全てが吹っ飛んだ。
それはもう決定事項なのだ。
「否の返事は聞かない《
横暴だな、と思うけど、それが涼介なんだなとも思う。
そして次の言葉で拓海は理解する。
「お前は俺の運命の相手だ《
運命。
そうか。
だからこんな無条件に惹かれてしまうし、許してしまう。
ぼんやりとする頭で、拓海はそれを受け入れ始めてきた。
運命と言う、目には見えず、けれど逆らう事を許されない流れのようなものを。
「たとえ法律では認められなくても、俺たちは一生共に生きる《
涼介と一生…。
瞬間、拓海の中で何かのスイッチが入った。
「…うん《
涼介に身を預け、小さく頷く。
そんな拓海を褒めるように、涼介が小さな子供にするように拓海の頭を撫でた。
「涼介さん…好き…《
ずっと胸の奥仕舞われていた箱の蓋が開いた。