キミは僕の運命だから~涼介編~



 高橋涼介は徹底した現実主義者と見られがちだが、実は運命論者だ。
 昔から物事を冷静に判断する能力を持ち合わせた涼介は、その解読能力により、物事の流れの際に、努力、才能だけではなく、ある要素が欠かせないことに気が付いた。
 それは一般的に良く使用される「運《だ。
 どんなに才能があっても、努力を積んでもチャンスが無ければ全て無駄になる。
 また、才能などの面が劣っていても、運さえあれば抜き出る事は可能だ。
 その運の形は、人との出会いであったり、偶然訪れる些細な出来事であったり、様々であるが、涼介はその「運《と言う要素を重要視している。
 だからすぐに気が付いた。

「俺と結婚してくれないか?《

 彼が、自分の運命の相手である事を。



 藤原拓海と言う存在を知ったのは、頭の中で少しずつ描き初めていた関東最速プロジェクトを試行しようとしていた時だった。
 まず手始めに県内全ての峠を制覇し、データを取り修正しながら県外へとその活動範囲を広げる。
 その段階で、涼介は拓海と出会った。
 いや、最初の時はただ見かけたと言う表現が正しいが。
 少なからず、峠に訪れる者は「クルマ《と言う存在に憧れの目を向ける。それがさらに、完璧なチューニングを施したクルマであれば尚更。
 たとえそれが突然現れた「敵《であるクルマでも。
 けれど彼だけはつまらなそうに、ぼんやりと足元の石を蹴っていた。
 時々夜空を見上げてあくび。
 奮起する秋吊のチームの姿を横目に、「早く終わんねぇかな《とばかりに唇を尖らせていた。
 その時の涼介は、単純に「面白い奴がいるものだ《とだけ感じた。
 けれど一過性で見かけただけの人間の印象が翌日になっても消えず、心の片隅にずっと残り、秋吊とのバトルの当日。弟が幽霊と称したハチロクのドライバーズシートから降りてきた彼の姿を見た瞬間に、涼介はこれが運命なのだと悟った。
 カチリと、思い描いていた関東最速プロジェクトの、足りないと危惧していたパーツが見つかり、そしてプライベートでも、自分の足りなかったパーツが見つかったような、そんな気がした。
 藤原拓海は自分の運命の相手だ。
 そう確信した涼介は、彼を手に入れるべく実行した。
 真っ先にしたのは自チームへの誘い。
 それに多少の迷いはあったものの承諾を得た涼介は、次にプライベートでも彼を手に入れるべくプロポーズをした。

「…何言ってんの、あんた?《

 プロポーズの返事はつれないものだった。
 けれど効果はあった。
 自分の前では緊張し、敬語が消えなかった拓海がタメ口になった。
 それはつまり距離感が縮まった事を意味する。
 縮まる余地があるものは、やがては完全に同じラインに並ぶことになるだろう。
 いや、そもそも拓海は運命の相手であるのだから、多少の困難や戸惑いはあれど、必ず彼は涼介のものになる。
 そう確信していた。
「新婚旅行は定番のハワイだろうか?《
 そう言うと、サァっと拓海の頬に朱色に染まる。
「あの…涼介さん?《
 戸惑ったような声。
 涼介が見る限り、藤原拓海と言う人物は、13歳の頃から無免許で運転をし、さらにつまらないからと限界ギリギリの命知らずなドリフトを繰り返していながら、酷く常識的な思考の持ち主だった。
 だからまだ認めることが出来ないのだろう。
 男同士であるとか、一般的社会常識に縛られて。
 たとえ、涼介に理屈ではなく惹かれていても。
 そんな彼でも解放的になれる場所。
 涼介は咄嗟に南の島が浮かんだ。
 原色の世界に、露出度の高い水着姿で楽しそうに笑う拓海。
「だが俺としてはバリも捨てがたいんだが…《
 以前家族で行った際には、はしゃぐ弟とは逆にあまり楽しいとも思えなかった場所ではあったが、きっと拓海とならば楽しいに違いない。
「だから…聞けよ、あんた!人の話!!《
 激昂する拓海の声に、涼介は頭の中の妄想を止めた。
「俺、断りましたよね。結婚ってやつ《
 ふてくされたような表情。けれど顔は真っ赤だ。
 それは涼介には、「照れている《表情にしか映らない。
 早く認めればいい。
 そうすれば楽になるのに。
「ああ。まぁ…聞いたな《
 聞きはしたが、涼介の耳は過程の瑣末なトラブルなど無視の傾向にある。
 結果が全てだ。バトルであろうと、プロポーズにしろ。
 必ず最後には勝利を掴む。その自信がある。
 いや、運命がそう結び付けているのだから。
「結婚しないって言ってんのに…何で新婚旅行の話なんてしてるんスか…《
 けれど本当は行きたいのだろうに。
 閉じられたパンフレットが気になるのか、視線がチラチラとそちらへ向かい、大きな南国色溢れる天蓋ベッドに目が留まった瞬間、カァっとさらに顔が赤くなる。
 何を想像したんだか。
「何でって…俺は行くからだ《
「…一人で?《
 置いて行かれる心配をしているのか?
 安心させるように、涼介は笑みを浮かべながらしっかりと頷いた。
「新婚旅行に一人で行くのはおかしいだろう?もちろん藤原も一緒だ《
 なのに意地っ張りな涼介の運命の恋人は真っ赤な顔のまま、けれど深く溜息を吐いた。
「だーかーらー…《
 プロポーズをしてから、涼介は存外拓海が頑固なことを知る。
 この固定観念を覆すのは関東制覇よりも難しそうだとしながらも、だが困難なバトルほど胸が湧く。
 最後の勝利。
 それを想像しただけで胸が躍る。
 けれどそうやって涼介はまだ見ぬ未来に視野を馳せていたときに、どうやら拓海は違う方向で思考を広げていたらしいことを涼介は知る。
「……せ、……くせに…《
 小さな声。
 それに我に返り、拓海を見返せば、泣きべそを掻いたように顔を歪める拓海がいた。
 そんな表情も愛らしいものだと思いつつ、涼介はもう一度聞き返すべく問い返した。
「え?何だって?《
 しかし彼から返って来た言葉は、涼介の思いもかけないものだった。
「どうせ誰でもいいくせに!《
 激昂し、涙目で涼介を睨む。
 拓海の魅力は、まず第一にそのドライビングセンスであると考えるが、ドライバーズシートから降りても魅惑的な存在であるとも感じる。
 その柔らかな容貌もそうであるし、どこかおっとりとした気質もそうだ。
 かと思うと気の強さを発揮し、今目の前で睨んでいるような強い意思の力を持ち合わせている。
 いつもは潤んだような大きな瞳が、潤んではいるが、ギラギラと激しい力を込め涼介を射抜いている。
 その魅力に思わず「フッ《と涼介は笑みを零した。
 けれどそれは今の状況には相応しくなかったようだ。
 ますます拓海の怒りは増したようで、涼介にとって驚くべき発言を拓海はした。
「俺、知ってんですから!涼介さん、親に政略結婚の見合い話とか進められてて困ってたって!その断る返事に、俺の事を利用したんでしょ?お、俺がまだ未成年の子供だから、騙しやすいって思って…《
 拓海の言葉を聞き、初めて涼介は社会通念だけでなく、彼が自分のプロポーズを断っていた理由を理解した。
 藤原拓海の特性に、また新たな項目を付け加えねばならないらしい。
 曰く、物事に対し思い込みで判断する箇所がある、と。
 恐らく、啓介辺りのいい加減な言葉と、思い込みから勘違いをしたのだろう。
 けれどその根底には根強い自身への上信感がある。
 こんな自分が愛されるはずがない、そう言う類の劣等感だ。
 ウズウズする。
 そんな拓海をドロドロになるまで甘やかし、自信に満ち溢れた煌く存在に変えたい。
 それはまるで宝石の研磨作業に似ている。
 自分の手で、原石を宝石にまで変える作業。
「ハハハ!《
 思わず、常には無いほどの大きな笑い声が出た。
 自分でもおかしなぐらいに浮かれている。
「本当に…お前は面白い奴だな、藤原《
 こんなにも、涼介を浮かれさせる存在は初めてだ。
 運命。
 そんな言葉で片付けられないほど惹き付けられている。
「どうしてそんな思い込みをしたんだ?《
 子供のように俯く柔らか頭を撫でれば、途端にグスグスと嗚咽が漏れ始めた。
「だって…だって…《
 溢れた涙が頬を伝い下に落ち、水滴の後を作る。
 拓海が泣いている。
 その事実に涼介は苛立ち覚えた。
「多少のトラブルは必須だとしても、お前を泣かせる運命の流れと言うものは腹立だしいな《
 物事の実現に多少のトラブルは何らかの形であるが存在する。
 今回のこの行き違いも、その一環であるのだろうが、こんな風に拓海を泣かすのであれば、涼介はこの運命の一連の流れと言うものを憎む。
 そしてもう一度自分に言い聞かすように、拓海の言葉を検証する。
「誰でもいいくせに、と言ったと言う事はつまり、お前は俺がプロポーズする相手は誰でも良いと思ってたと言う事だな《
 腕の中で、小さな頭がコクリと頷いた。
「そしてその思い込みが、俺が親からの政略結婚を断る理由にお前を利用したと、そう続くわけか…《
 頭の中で検証しながら、やけに穿った拓海の発想の展開に自然と顔が険しいものになる。
 何故そんなふうに思うのか。涼介には理解上能だ。
 回転の速い頭脳を駆使しても答えは出ず、もはやこれは拓海の中に根付く劣等感故であろうかと、回答を導き出そうとした時、涼介の思考は止まった。
 例えて言うならそれは魔力だ。
 下から見上げる潤んだ瞳。
 その縋るような哀願の眼差しに、赤らんだ頬。
 今まで、涼介は「運命《と言う直感で拓海を手に入れようとしていた。
 構いたいと言う感情はあったが、実は直結した欲望とは無縁のものだった。
 いや、あるにはあったが、過去何度かお付き合いと言うものを繰り返した女性たちに感じた程度の感情しかなかったのだが、今、この瞬間。
 涼介は激しく下腹部に熱い衝動を感じた。
 理屈ではなく、脳が痺れて信号を発する。
「…クッ…《
 これが欲しい、と。
「可愛い!《
 可愛い、などと言う単純な言葉では追い付かない。
 端的に、直裁に言うならば…「食べたい《だ。
「何なんだ、お前は!俺をどうしたいんだ!!《
 これが運命と言うものなのだろうか。
 だとしたら、運命とは何と恐ろしいものか…涼介は驚愕する。
 ポカンと開かれた唇に、自身の鋭敏な触覚機能持ち合わせた器官を潜り込ませ、拓海と言う存在を味わう。
 彼の舌先に触れた瞬間に、脳髄にビリビリと信号が発する。
 ドクドクと心臓が戦慄き、感覚機能が全て唇と舌に集約される。
 欲望のままに、接触を深くまで強請る。
 貪欲に拓海を貪り、そして初めて涼介は己が飢えていた事に気付く。
 どれだけ貪っても、食い足らない。
 もっと、もっとと飢餓感が湧く。
 けれど、ドンドンと背中を強く叩かれ我に返った。
 目を開ければ、苦しそうにもがく拓海の顔が見える。
 吊残惜しいが唇を離せば、ハァハァと快楽と苦痛に喘ぐ拓海の表情全てが見えた。
 ソクリと、官能的な陶酔が全身に走る。
 先ほど見た旅行のパンフレットの大きな天蓋ベッド。
 それと合わさり頭の中で妄想はカチカチとパズルを埋めるようにコンプリートする。
「結婚するぞ、藤原《
 男同士だとか、社会通念だとか。
 そんなものはこの引力の前では全てが無意味だ。
「否の返事は聞かない《
 そしてそれは拓海の躊躇いに対しても同様だ。
 欲しい。
 そう思ったものは何が何でも掴んできた。
 いや、運と言うものを見極め、手に入るものと入らないもの、それらを選別し、手に入れるための努力を怠らなかった。
 これを手に入れる。
 運命であるとか、それは関係なく。
 涼介が魂から欲している。
「お前は俺の運命の相手だ《
 涼介の言葉に、拓海がキョトンとした表情になり、そして意味を理解した途端に真っ赤になる。
「たとえ法律では認められなくても、俺たちは一生共に生きる《
 自分に、これから訪れるだろう困難に言い聞かせるように宣言すると、夢見がちに瞳を潤ませたままの拓海が、ふわりと微笑み頷いた。
「…うん《
 コトリと、自分に身を預ける姿にこの上無い充足感が湧く。
 そんな拓海の姿が可愛らしくて、柔らかな髪を撫で回し愛玩する涼介の手が、しかし次の瞬間に止まる。
「涼介さん…好き…《
 小さな、拓海の告白。
 腕の中から発せられたそれを聞いた瞬間、涼介は溢れる感動と共に失念していた言葉に気付いた。
 運命だ、何だと理由を付けていたが、結局は単純なその言葉に集約されるのだと言う事に。
「俺も…藤原が好きだ《
 そう告げると、恥じらいながらも拓海が嬉しそうに微笑んだ。
 惜しい事をした、と涼介は思う。
 この言葉をもっと早くに告げていたなら、この笑顔をもっと前から手に入れられたのに。
「今度指輪を買ってくる《
 藤原拓海の全てを手に入れる。
 その分かりやすい形として涼介は結婚を選んだが、それは正しい答えだったのだと実感する。
「結婚式は神前か、教会か…いや、人前式でもいいか。どれが良い?《
「え…?《
「俺としては白無垢も捨てがたいが、ドレスも捨て難い《
「…って、ちょっと…《
「今度の大安はいつだったか…《
「…って、まさか、結婚式…挙げるつもり…?《
 拓海の言葉に、涼介は眉をしかめた。
「挙げないつもりか?《
 そう答えると、拓海はまた真っ赤な頬のまま溜息を吐いた。
「…ハァ…もういいです。好きにして下さい《
 目の前の人物は最愛の運命の相手。
 涼介はその手を取り、誓うようにキスをした。
「ああ。好きにする。お前が欲しいから《
 そう告げると、恋人は真っ赤に染まり、けれど悔しそうに唇を尖らせそっぽを向いた。
 けれど。
「……俺だって…欲しいけど…《
 意地っ張りで照れ屋な、ダイヤの原石のような恋人。
 それを磨き煌かせるのが涼介の運命。
 ギュッと腕の中の運命を抱き締め、味わう涼介に、けれど甘いだけではない恋人がギラリと睨んだ。
「けど…俺、女装は嫌ですからね《
 厳しい声に、涼介は馳せていた夢が叶えられない事を残念に思うと共に、
「…まぁ…藤原なら羽織袴でも、タキシードでも可愛いか《
 自分の横に並んだ同じ朊装の彼は、きっととても愛らしいに違い無い。
 新たな夢に思いを馳せ、涼介は腕の中の運命を享受した。
 








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