だって初恋だもの


 ――だって、「初恋」なんだ。
 臆病でも仕方が無いだろう?


 高橋涼介は藤原拓海の携帯の番号を知らない。
 彼が、就職してすぐに持ち始めた携帯のアドレスを、プロジェクトDのメンバーの中で真っ先に知ったのは涼介の弟である啓介だった。
『あ、何だよ、お前。携帯持ってねぇっつってたの、持ってんじゃん』
『…買ったんスよ。俺も…もう社会人だし…』
 カァ、と頬を染めながら答える彼を横目で窺いながら、涼介は歯噛みした。
 涼介は拓海が携帯を持っていなかったことすら知らなかった。
『何だよ偉そうに。一番ガキのくせにさ。ま、いいや。番号教えろよ。ほら、俺の送るしさ』
『え?え?送るって、何スか?』
『何って…赤外線で送るんだよ。ほら、貸せって。こうやるんだよ』
 啓介が拓海の携帯を奪い、勝手に操作してアドレスを送る。
 それを不思議そうに拓海が覗き込んでいるせいで、二人の顔が近くなっている。
 ――近すぎだろうが?!
 思わず、咽喉の奥で呻いてしまい、隣にいた史裕がビクリと怯えたのを覚えている。
 その後も、他のメンバーが気軽に拓海の携帯の番号を聞いているのに苛立ちを覚えながらも、涼介はプロジェクトが終わる今日のこの日まで、とうとう拓海の番号を聞くことは出来なかった。
 有り得ない話だ。
 冷静沈着と謳われた自分が、聞こうと思った瞬間に言葉に詰まり、何を話していいのかさえ失念してしまうなど。
 拓海は知らないだろう。
 何気ない一言。
 何気ない振れ合いにでさえ、どれほどの緊張と精神力を要していたのかなど。
 涼介は、じ、と自分の右の手のひらを見た。
 かつて、彼の肩にこの手で触れた事があった。
『よくやった』と激励するために。
 彼に触れた思い出はあれ一つきり。
 …そんな事が許せるはずがない。
 涼介は自分を叱咤し、勝利を喜び合うメンバーたちの中心へと歩み出す。
 彼に、大事な言葉を伝えるために。



 ――だって、「初恋」なんだ。
 不器用だって仕方ないだろう?


 拓海は秋名の麓の路肩でハチロクを停め彼を待っている。
 季節は凍て付く冬を乗り越えたとは言え、まだまだ寒さを残す初春。
 ハァと、かじかむ指に息を吹きかけ、暖を取る。
 寒くて身体が震えるが、なぜか心はポカポカ暖かかった。
 何故ならば、彼を待っているのだから。
 彼――高橋涼介を。
『……待ってる』
 プロジェクトDの最後のバトル。
 無事に彼の望む通りの結果を出し、満足のいく形で終結を迎えた今日。たくさんのメンバーたちの祝勝の言葉がかけられる中、涼介は擦れ違い様に小さく拓海の耳に呟いた。
『え?』
 聞き違いかと、振り返った拓海は、真っ直ぐに自分を見つめる涼介と目が合った。
『あの、りょうす…』
『何だ、お前!もう少し嬉しそうな顔をしろよ!ほら!!』
 けれど、それは大きな声で自分の背中を叩く啓介によりかき消された。
『え、ちょっと…啓介さん、そうじゃなくって、涼介さんが…』
『あ?』
 涼介のいた場所に視線を戻すと、彼は、ふ、と視線を逸らし背を向けた。
『アニキが何だって?』
 啓介に聞き返され、拓海の視線はまた涼介から引き離される。
 けれど意識はそのまま涼介へと向けられていた。
 聞き違い…ではない。
 確かにあの声は涼介だった。
 ドクドクと心臓が戦慄き始める。
『…あ?お前、顔赤くねぇ?』
『な、何でもないです!』
 啓介にも、誰にも知られたくなかった。
 涼介のあの小さな声で告げられた約束。
 ぎゅ、とその言葉を噛み締めるように、拓海は唇を引き結び俯いた。
 ――待ってる。
 どこで、と言うのは聞こえなかった。
 けれど拓海には確信があった。
 きっと、ここだ。
 涼介とのバトルで勝利した後、会話をしたこの場所。
 ここで涼介に恋をした。
 最初は恋だと気付かず、自然と顔が赤くなる自分をおかしいと思ったが、Dに入り、何度も彼と顔を合わせるようになり漸く気付いた。
 この感情が恋である事に。
 ハァ、と拓海はまたかじかむ指に息を吐く。
「涼介さん…まだかな…」
 手持ち無沙汰に夜空を見上げると、キラキラと無数の星が瞬いていた。



「…来ない、か」
 ザァザァと、強い風で煽られた真っ黒な湖畔が波打つのを涼介は見つめている。
 来るか、来ないか。
 それは賭けだった。
 涼介を見つめる拓海の眼差しに好意は感じられていた。
 しかし、それが性欲も併せ持った恋であるかどうかまでは分からない。
 一般的に考えて、この感情は異端なものだ。涼介はこの感情を受け入れてもらう確立は低いと考えていた。
 けれど、それでも押し黙ったまま過ぎていくのは、自分の恋のためにしたくは無かった。
 たとえ破れても、この恋にちゃんと決着を付けたかったのだ。
『秋名湖で…待ってる』
 そう拓海に告げた、自分の勇気を涼介は褒めてやりたい。
 拓海の前だと、異常なほどに臆病になる。
 最初は、その茫洋とした見かけとは裏腹の走りのセンスに。
 そしてすぐに彼個人へと興味が移り、気付けば拓海の全てに魅了されていた。
 思えば、涼介は誰かにこんなに入れ込んだ事は未だかつてない。
 初恋、と言うものなのだろう、きっと。
 初めてだからこそ臆病にもなるし、戸惑いもする。
 そして……傷付きもする。
「来ない…」
 涼介は湖畔を見つめながら呟いた。
 諦めていた恋だった。だからそれが現実になっただけのこと。
 そう言い聞かせても、勝手に傷付く心だけはどうしようも出来ない。
「藤原……」
 ザァザァと、波が立てる飛沫が湖畔に立つ涼介にまで降りかかる。
 今ならきっと、泣いても許される。
 溢れた雫は、全て煽られた湖畔の飛沫なのだと、言い訳が出来るから。
 涼介は自嘲の笑みを浮かべ、夜空を見上げた。
 まるで星の絨毯のように輝く数多の星。
 その輝きが今の涼介には痛かった。



 …来ない…来ない…涼介は来ない。
 拓海の心に不安が生まれ始めたのは1時間を過ぎた辺りだった。
 最初は遅れているだけなのだと、そう思っていた。
 けれど30分…1時間と時間を刻むごとに、どんどん胸の中に嫌な感情が沸き起こる。
 ――からかわれたかのかな?
 ――俺が涼介さんのこと、好きだと知ってて諦めさせるためにしたのかな?
 そう思うと同時に、いや、涼介はそんな人じゃないと思うのだが、胸に住み着いた不安はなかなか消えない。
 ぐす、と拓海は目に浮いた涙を手で乱暴に擦る。
 ――遅れてゴメン、藤原!
 そう言って現れて欲しい。
 ――ほら、泣くなよ。ちゃんと来ただろう?
 そう言って慰めて欲しい。
 けれど、涼介は来ない。来ないのだ。
 諦め、ハチロクのドアを開けた拓海の耳に、ナビシートに置いたままの携帯から着信音が聞こえた。
 ――まさか、涼介さん?!
 慌てて携帯を掴み、相手も確認せずに通話ボタンを押す。
「もしもし!」
 しかし、電話の相手は望んでいた相手ではなかった。
『おう、藤原!お前何してんだよ。勝手に帰んなっつーの』
 期待しただけに、落胆は大きい。
 一気にしょんぼりと肩を落とし、拓海は気の抜けた声で電話の向こうの相手の名を呼んだ。
「…なんだ…啓介さん…」
『なんだって何だよ!せっかく皆で打ち上げやろうっつってんのに、勝手に帰りやがって…空気読めよな!』
 ――俺が今、アンタにそう言いたいよ。
「…すみません。ちょっと…疲れてて…」
『ぁア?…確かに、お前なんか声変だな。風邪か?気ィ付けろよ』
「…はぁ。じゃ、俺、もう…」
『…ったく。しょうがねぇな。ノリが悪ぃ奴らだよ。アニキもどっか行っちまうし…』
「え…?」
 思いもかけない名前に、ドクンと沈み始めていた細胞がまた活動を始める。
 ドクドクと鼓動は早まり、一気に全身に血が巡る。
「涼介さん…いないんですか?」
『ああ。アニキも早々に帰っちまって、さっき電話したら妙なトコにいるみたいでさ』
「妙…って?」
『湖だよ。風の音かな。ザァザァ、波の音みてぇのもしててさ。まさか海なワケねぇだろうし、だったら湖じゃねぇの?』
 ――湖。
 拓海の耳に、あの時聞き取った言葉が甦る。

『――こで…待ってる…』

 拓海はそれを『あそこで待ってる』と思い込んだ。
 けれど。
「秋名湖だ!」
『おい、藤原?…て、ちょ…!』
 叫び、拓海は通話ボタンを切りナビシートに放り投げる。
 そして慣れ親しんだドライバーズシートに乗り込み、アクセルを全開に踏み込んだ。
 キュルキュルと、空回りしたタイヤの音が響き、焦げ臭い匂いが鼻に届く。
 ――Dに入って…涼介さんの下で走ってて良かった。
 迷いの無い仕草で、走り慣れた道を、慣れた動作を繰り返す。
 けれど、今までのどんなバトルよりも鬼気迫る走りで拓海は秋名を攻めた。
 ――涼介さんのところに、一秒でも早く行ける…。
 一年前の自分では凌駕できなかったスピードで拓海はハチロクを走らせた。
 涼介の元へと。



 ――藤原は来ない。
 そう何度も己に言い聞かせるが、足が動こうとしない。
 未練がましく、張り付いたように涼介は湖畔に佇んでいる。
 荒れていた風も今は止み、湖面は穏やかさを取り戻しているが、湖は涼介の心情と同じように真っ暗な色をのままだ。
 好きだと、そう想う相手から同じ感情を返されないのは悲しい。
 けれど、ずっとこの真っ暗な湖面を見続けるうちに、涼介は「それでも良い」と思う気持ちがある事に気付いた。
 今まで、無感情で、誰かに執着するなど有り得ないと思っていた自分が、誰かをこんなにも好きになれた。
 だから、それでいい。
 それでいいのだ。
 ふ、と目を伏せ、また開く。
 そして思い切るように、無理やりに足を動かす。
 一歩、また一歩と踏み出し、湖畔より離れていく。
 涼介の胸に痛みが走った。
 けれど、仕方が無い。
 世の中には幸せな恋ばかりではない。たまたま自分のがそうだっただけだ。
 そう無理やり自分にそう言い聞かせる。
 しかし心はそう単純ではない。
 どうしても暗くなってしまう心を吐き出すように、涼介は再び湖畔を振り返り呟いた。
「…藤原」
 彼の名を。
 未練だ…。そう思いながら、自嘲の溜息を零す。
 だが、そんな涼介の耳に微かな音が届く。
 顔を上げ、音の出所を探る。
 沈んでいた気分が一気に高揚し、「期待してはいけない」と己を叱咤する。
 けれど、期待せずにはいられない。
 あの音。
 涼介が間違えるはずもない。
 あの音はこの一年、大切に、慎重に、育て上げてきた拓海のハチロクの音なのだから。
 音はどんどん近付いてくる。
 その音から、どれだけ急がせて走っているのかまで分かる。
 どんな言葉よりも雄弁なエンジン音が涼介に伝える。
 急いている気持ちを。
 早く、涼介の元へ行きたいのだと、そう叫ぶような声が。
 ほどなく、その音が叫んでいる通りに涼介の目の前に待ち望んでいた姿が現れる。
 ギュキュゥ、と涼介の目の前に乱暴に停車し、そして運転席のドアが勢い良く開いた。

「涼介さん!」

 飛び出してきたのは、泣きそうに顔を歪めた拓海だ。
 涼介に向かい、飛び掛らんばかりに駆けてくる。
 自然と涼介は自分の両腕を広げた。
 無意識の仕草だった。
 その腕の中に、最初から決められた約束事のように拓海が飛び込む。
 腕の中に納まった熱い身体。
 まだ冷え込む時期だと言うのに、首筋から漂う汗の匂いが、彼がどれだけ焦っていたのかを伝える。
「お、オレ…場所…違って…だから、オレ…」
 元々拓海は雄弁ではない。
 けれど今は、それ以上に言葉が上手く出てこないようだった。
「ごめん、なさ…涼介さ…オレ…」
 初恋だから臆病になる。
 嫌われるのが怖くて、なかなか行動に移せない。
 初恋だから不器用になる。
 初めての経験と、制御不能な感情に何も分からずにうろたえるばかりだ。
 涼介は胸の中に熱い物が込み上げてくるのを感じた。
 言葉にしなくても伝わるものはある。
「…もういい。黙って」
 言葉なんて無意味だ。
 万の言葉を紡ぐ脳は退化し、漠然とした衝動のみが涼介を支配する。
 感じた通りに、涼介は腕の中の身体に力を込め、そして拓海の顎に指を掛け持ち上げる。
「…え?…ゥん…」
 ずっとこうしたいと思っていた。
 少し肉厚で、官能的ささえ感じる拓海の唇。
 それに触れたいと、貪りたいと願っていた。
 最初は触れるだけだったキスは、舌を伸ばし彼の唇を刺激する。
 ゆっくりと、味わうように舐めると、感極まったように、ハァと吐息を零し拓海の閉ざされていた唇がうっすらと開いた。
 その隙間を逃さず、涼介は舌を潜り込ませる。
 固い歯列を潜り込み、その奥に潜んだ舌先へと己のそれを触れ合わせ、絡める。
 ビクリと、腕の中の身体が震えた。
 けれど拒絶は無い。
「…ふぅ…ぅぐ…」
 上手く呼吸できなくて拓海が喘ぐ。
 それを知りながら、涼介はキスを止めることが出来ない。
 飲みきれなくなった唾液が拓海の唇から零れ、顎にまで伝う。
「…んん、…や、涼介さ…ハァ…くるし…」
 その唾液さえ舐め取り、まだ涼介はキスを続ける。
 けれど。
「…も…やだ…くるし…ぃって!」
 ドン!といきなり顔面に衝撃を感じる。
 何が起こったのか?
 そう認知するより先に、鼻の奥が熱くなり、ツゥっと何かが伝う感触があった。
 何だ?
 そう思い指先で拭うと、それは血だ。
「……っ!りょ、涼介さん!ご、ごめんなさい、オレ…!?」
 鼻の下のヌルリとした感触。
 まさか…ではない。
 鼻血だ。
 そして涼介は、しつこいキスのせいで拓海に頭突きをされた事を認知する。
 ――何やってんだ、俺…。
 どこまでも情けない。
 初恋だからと片付けるには…あまりにも惨めすぎる。
 ガックリと、涼介は先ほどの喜びも束の間、一転深く落ち込んだ。



 ドキドキしたのだ。
 体中が心臓にでもなったかのように戦慄いて、頭が真っ白になった。
 大慌てで涼介の元へ駆けつけ、そしていきなり彼にキスをされた。
 生まれて初めてするような、深く、濃厚なそれを。
 何の心の準備もなしのそれに、拓海は戸惑い、慌て、そして…。
 思わず頭突きをしていた…。
 自分の失態に気付いたのは、目の前で呆然と鼻血を流す彼を見た瞬間だった。
 その手のひらにベッタリと真っ赤な血。
 拓海が憧れて止まないあの秀麗な顔が血に染まっている。
「ごめ…なさい…俺…もう…どうしよ…?」
 自己嫌悪に悲しくて、情けなくて涙が出てくる。
「な、泣くな、藤原!」
 焦ったような声に、自然俯いていた顔を上げると、そこにはハンカチで血を押さえた涼介がいる.
その瞳は、いつもの怜悧さを失い、まるで迷子のように見えた。
「俺が…悪い。お前が来てくれたのが嬉しくて…暴走した。お前が嫌がるのも無理はない」
 嫌だったわけじゃない。
 ただ、びっくりしただけだ。
 その気持ちを伝えたくて、必死に泣きながら首を横に振ると、涼介の顔にほんの少し安堵が見えた。
 す、と涼介の手が持ち上がり、拓海の頬に触れる。
 長くて綺麗な指。
 骨ばってはいるが、いつも拓海はまるで作り物のようなこの指にいつも見惚れる。
「……藤原が好きだ」
 そして囁かれた言葉に、拓海の心臓が止まりそうになる。
「…え……」
「ずっと好きだった。だが…俺は誰かを好きになるのは初めての事で…ずっと言えずにいた。今も…不器用な事をした。すまない」
 ――ええと。
 頬に触れた涼介の手のひらを中心にものすごい熱が生まれる。
 そうだ。
 今、自分はあの唇にキスをされた。
 涼介の舌が拓海の口の中に入り込んで、絡まって…ゾクゾクして…。
 ――俺、涼介さんの唾液飲んじゃった…。
 思わず、胃袋に手をやる。
 もちろん嫌なわけではない。
 むしろ……。
「…藤原。嫌だったら…嫌と言ってくれるか?ちゃんと振られないと、俺も思い切れない。だから…はっきり言ってくれ」
 振るも何も。
 言葉を紡ぎたい。
 胸はいっぱいだ。いっぱい過ぎて言葉が出てこない。
 あふれ出しそうな感情が体の中で暴れて、ムズムズとしてじっとしていられない。
 ああ、そうだ。きっと涼介もさっきこんな気持ちだった。
 拓海は言葉の代わりに目の前の身体に抱きついた。
 自分より10センチは高い身長と、広い肩幅。
 拓海は自分を華奢だと思ったことは無いが、細そうに見えて体格の良い彼の腕の中だと、やけに自分が頼りなく見えた。
「……藤原?」
 ――俺だって好きだ。好きなんです!
 そう伝えたいけど言葉が出ない。
 だから、拓海は抱きついたまま顔を上げ、涼介の顎にキスをした。
「……っ?!」
 ジン、と胸が痺れてフワフワする。
 だからもっと触れたくなって、鼻を押さえる涼介の手を引き剥がし、血も何のその。現れた唇に吸付いた。
 キスの上手な仕方なんて知らない。
 過去、女の子とした時も受身で能動的に動いた事は無かった。
 けど、今の自分の気持ちをどう伝えればいいのか。そうする方法はキスしかないと思った。
「…ん…っ…ふぅ…」
 舌の絡め方なんて知らないけれど、無我夢中で吸付き、涼介の舌に自分のそれを触れさせる。
 ペロリと、先に触れると、驚きに強張っていた涼介の舌も動き出す。
 先ほどされたように。
 それ以上に。
 激しく拓海の舌を翻弄するべく動き出す。
 ピチャピチャと静かな湖畔に水音が響く。
 しかしそれは、波音ではなく、二人の唇の間から零れる音。
 涼介の血はもう止まっている。
 零れたそれを拓海は全て舐め取った。
 異常だとか、そんな風には感じない。
 涼介から零れる全部が欲しかった。
 そして思う存分、互いを貪り、すっかり腫れ上がった唇が離れ、吐息のように漸く拓海は言えた。
「……すき…です」
 その呟きを聞いた涼介は、幸せそうにニッコリ笑い、そして力いっぱい拓海を抱き締めた。



 ――だって仕方ないだろう? 「初恋」なんだ。
 叶えたいと思って、当然だ。


 涼介の携帯に拓海のアドレスが入力された。
 拓海の携帯にも涼介のアドレスが。
 誰よりも頻繁にかける相手にお互いがなり、そしてお互いの携帯にはおそろいのストラップ。
 それだけでは飽き足らず、涼介は拓海にお揃いの物を贈った。
「これ……」
「普段はチェーンにかけて首から提げてれば良い。それだと邪魔にならないだろう?」
 渡されたのはシンプルな指輪。
 けれど互いのイニシャルが刻印されたそれは、正に結婚指輪と言って差し支えないもので。
「あの……嵌めて…欲しいです」
「…喜んで」
 おずおずと、差し出された指に涼介は嬉しそうにはめ込む。
 そして涼介もまた自分の手を差し出した。
「嵌めてくれ」
「はい」
 拓海もまた、おぼつかない手つきで涼介の指にお揃いのものを嵌める。
 二人で並んで翳し、そしてニッコリと微笑んだ。
 あの夜に見た綺麗な星空。
 それと同じくらいに、互いの指でそれが瞬いている。




2008.5.25
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