腹黒サンタ


 サンタを信じているか?
 そう聞かれると、答えはNOだ。
 と言うより、拓海はサンタやクリスマスと言う行事を知ったのは遅かった。
 保育園で、
『さぁ、今日はクリスマスだから、みんなにサンタさんが来てますよ〜?みんな、おっきな声で呼んでくださいね』
『はぁい』
 みんなが大きな声で叫ぶ中、拓海だけは不思議に思っていた。
 クリスマスって何だ?
 そしてサンタって何だ。
『サンタさぁん!』
 合唱のように叫ぶみんなの声で現れたのは赤い服を着た…園長先生だった。
 だから拓海は隣にいたイツキに聞いた。
『何で園長先生あんな服きてんの?』
 すると、幼馴染は顔を真っ赤にして怒った。
『何言ってんだよ!あれ、サンタさんじゃないか!!』
 それが、拓海がサンタを知った瞬間だった。
 けれど、拓海の中ではサンタ=赤い服着た大人と言う認識でしかなく、ましてや藤原家にやって来たことは一度もない。
 一度、父親に聞いてみたことはある。
『お父さん。何でうちにはサンタがこないの?』
 サンタの存在を信じていたわけではない。
 ただ、他の友達とは違い、プレゼントを一度も貰ったことのないのがつまんなかったのだ。
 すると父親はこう答えた。
『うちは豆腐屋だからな』
 それから、拓海はクリスマスに期待するのは止めたし、サンタの存在自体、ハナから信用していない。
 だから。
 だから、拓海は信じられなかった。
 いや、信じたくなかった。
 かつて、拓海にサンタの存在を熱弁していた幼馴染も、今ではサンタがいないことなどとっくに承知している。
 なのに。
 なのに、だ。
 二十歳を越えた立派な大人のこの人が。
「なぁ、藤原。お前、サンタに何お願いした?」
 そう聞いてくるのが。
 最初はからかわれているのかと思った。
「ハァ?何言ってんスか、啓介さん。お願いなんてするわけないじゃないですか」
 バカにしてんのか?
 そう思いながら睨み返したのに、啓介はあきれ果てたような顔を向けてくる。
「何やってんだよ。バッカだなぁ。お前、まだ19なんだろ?十分サンタが来る年じゃねぇか」
「………」
 何言ってんだ、この人?
 そう思っても仕方がない。
「あ、もしかしてもう働いてんの気にしてんのか?大丈夫だって。二十歳前はまだ未成年だからさ。働いててもサンタは来るんだぜ?」
 タチの悪い悪戯なのだろうか?
 それにしてはシツコイ。
「ま、俺は二十歳越えてるけどさ。まだ学生だからサンタは来るんだぜ?
 で、藤原は何をお願いするんだよ」
 ワクワクと、子供のように目を輝かせながら言う啓介。
 そんな啓介の様子に、何かおかしいぞ?と気付いたのは、高橋啓介、そして高橋涼介と言うキャラクターをプロジェクトDを通じ、だいぶ把握してくるようになったからだ。
 だから、
「……啓介さんは何をお願いしたんですか?」
 あえて質問返ししてみる。
 まさか…。
 まさか、なぁ。
 けれど、そのまさかだった。
「俺?俺は…去年はFDのホイールだったし、今年は新しいステアリングかなぁ。
 不思議なんだぜ?サンタさんにお願いしとくとさ、ちゃんと俺の思うとおりに改造されてるんだぜ?
 服とか、アクセサリーとかだとさ、何か、ちょっとこのセンスはねぇだろみたいなのが届く事があったんだけどさ。車関係でお願いすると、すっげ120%希望通りになるんだぜ。
 サンタってやっぱ、ソリに乗ってるだけあって乗り物が好きなんかなー」
「…………そうですか」
 拓海の目が、父親のように細くなる。
 どうしよう?
 そう思いながら、ちらりと視線を逸らすと、同じように目を細めた史裕が、無言のまま首を横に振っていた。
 その視線。その仕草。そして達観したような表情が全てを物語っている。
『何も言うな』と。
 拓海はたぶん理解した。
 啓介のサンタの正体。
 とても真っ赤な服が似合わない、白が似合うあの人なのだと。


 案の定、問いただしてみると、しれっとした表情で高橋涼介は頷いた。
「ああ、俺だ」
 それが何か?とばかりに聞き返されると、拓海も何も言えなくなる。
 だけど今のままでは…あまりにも…あまりにも…不憫すぎる。
「啓介さんに教えてあげないんですか?」
「何を?サンタが俺だって?」
 そう、鮮やかな笑顔で白い彗星と異名を取った彼は言った。
「だって…!もう大人なのに、真剣にサンタを信じてるんですよ!?」
 フッ、と彗星こと高橋涼介はシニカルに微笑んだ。
「藤原は見かけとは違ってリアリストだな。その点では啓介の方が無邪気だ」
「無邪気って…」
「無邪気は悪いことじゃないだろう?」
 …正直、目の前の人の邪気を見ると、悪いとは言い難い。
「あいつの良いところは、いつまでも夢見がちで少年らしさを失わないところだ。
 そのあいつの特性を生かしてやるのが、兄としての俺の努めだと思っている」
 詭弁だ。
 咄嗟にそう思うが、にっこり微笑む権力者に逆らえるはずもない。
 だからごく控えめに…聞いてみた。
 史裕あたりに言わせると「特攻」的な、あの藤原拓海であるからこそできるような、率直な質問を。
「じゃあ、…別にからかってるわけじゃないんですよね?」
 その瞬間、彗星の頬がヒクリと引きつった。
 すい、と視線を逸らし、胡散臭い笑みを口元に張り付かせ。
「ああ。もちろんだとも」
 判決は…クロ。
 真っ黒だ…。
 ハァ、と拓海は溜息を吐いた。
「……不憫」
 万感の思いを込めたその呟きは、高橋兄弟の間の関係を知る者全ての総意だ。
 拓海は啓介に伝えたかった。
『あんたのサンタは…ものすごく腹黒ですよ』
 と。
 しかし、拓海にも腹黒サンタの魔の手は伸びていたのだ。
「ところで藤原はサンタに何をお願いした?」
 兄弟して同じ質問。
 けれど、同じ質問なのに、受け取る印象がこうまで違うのは何故なのだろう?
「……何って…」
 ゾクリ、と背中を走ったのは悪寒。
 本能的に察していたのだろう。今迫りつつある…重大な危機を。
 そしてその本能が、拓海に答えることを躊躇わせた。
「いや、何も言わなくてもいい。お前のサンタが当ててやろう」
 お前のサンタ…サンタ…はぁ?!
「ちょ、涼介さん?!」
 慌てて、涼介を制しようとするのだが、それで引くほど目の前の腹黒サンタは軟弱ではない。
 むしろ、強靭…いや、極悪。
 うっすら笑みを浮かべた唇に、細く長い人差し指を当て、「う〜ん」と考え込む。
 そのわざとらしいまでのフリに、ゾワゾワと拓海の悪寒が激しくなる。
 そして、さも「閃いた!」とばかりに、ピーンと人差し指を掲げる。
「分かったぞ。藤原の望みが」
 何だよ、その爽やかを装った演技…逆にコエー。
 まるで体操のお兄さんのような爽やかな仕草であるのに、受け止める印象は正反対。胡散臭いことこの上ない。
「では、一足早いがお前のサンタさんからプレゼントだ」
 がし、と素早い動きで両肩を掴まれ、拘束される。
 逃げろ、逃げろと本能は叫ぶ。
 けれど捕食者の前で、獲物の足掻きなど食事の前のたわいない遊びに過ぎない。
「藤原の望み」
 ニコリ、と微笑むその顔に、拓海の血の気が引く。

「お前に恋人をやろう」

 …望んでません。
 そんな叫びはサンタに届かず、拓海は生まれて初めてクリスマスプレゼントをサンタから貰った。


 肌寒い冬。
 世間はクリスマスだと浮かれる日の翌朝。
 ニコニコと笑顔の金髪の無邪気な人は、辛そうにしている拓海の肩を叩いて励ました。
「何だ、元気ねぇな。イブだからって遊びすぎてんじゃねぇぞー」
 ワハハ、と元気丸出しで言われ、ちょっとだけ拓海は泣きたくなった。
 遊んでたんじゃねぇ。……あんたのサンタのせいだよ。
「それよりさー。聞いてくれよ。俺の望み通り、ステアリングが変わってたんだぜー。しかも、これがすっげイイんだよ。前のより、こう手に馴染むっつーのかなぁ。何でサンタって俺の好みが分かるんだろうなー?」
 それはあんたのサンタが、あんたの身近にいて好みを全部把握してるからだよ。
 そう言いたい。
 言いたい…が。
「んで、藤原はサンタから何を貰ったんだ?」
 貰った、と言うか。された、と言うか…。
「……でっかいケーキみたいなもんです」
「あ?」
「ケーキって、おいしいけど…たくさんだとウンザリしてきますよね。そんな感じのもんです」
「よくわかんねーけど、嫌いなもんじゃなかったって事か?」
「……でかすぎますけどね」
 フ、とシニカルな笑みが浮かぶ。
 何故だろう。あのプレゼントを貰ってから、こんな笑みが良く出る。
「んじゃ、良かったじゃねぇか」
 良かった…のか。
 でも、と拓海は思った。
「俺……もうサンタから絶対プレゼントを貰いません!」
 そう断言した拓海の脳裏に、昨日自分がしたミニスカサンタコスの自分が浮かんだ。
『俺がお前のサンタなら、お前は俺のサンタだな』
 得意の理論で押し通し、
『さぁ、プレゼントをくれ』
 そう強請る姿は、正に腹黒サンタ。
 拓海の中で、サンタ=腹黒の図式が成立したクリスマスの(不?)幸せな一日。



2008.12.25
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