愛のエプロン
通説によれば、意中の男性を落とすには、見かけや性格などよりも、美味い料理で釣るのが効果的であるらしい。
幸いにも、高橋涼介は見かけも性格も(自称)かなり良い部類に入る。
さらにそこに、料理上手と言うカテゴリーまで加わったら、完璧なのではないかと彼は考えた。
と言うのも、彼には意中の相手がいた。
その名前は藤原拓海。
名前の響きも、見かけもどこか可愛らしい彼よりも5歳も年下の男の子だ。
若く、見かけも愛らしく、性格は極上天然素材な彼に、涼介は日ごろからせっせとアピールを続けるのだが、反応はイマイチだ。
よって、涼介は見かけや性格でも落ちない拓海を、見事に料理で釣ろうと考えた。
思いつき、準備期間に一週間。
まず料理初心者な彼は、失敗の少ないカレーを作ることに決めた。
材料を吟味し、厳選された有機栽培の野菜と極上黒毛和牛で作るビーフカレーがメニューとして選ばれた。
料理開始。
まず材料を切る。…本によれば、一センチ大のサイコロ状に切るとのこと。正確さを求め、一つ一つ定規で測りながら切る。
…ムッ。一ミリ大きいな。ムム…今度は一ミリ少ない…廃棄だ。
一時間後。
用意した材料を全て切る。不思議なことに何故か廃棄したゴミのほうが多く、実際の材料は三分の一以下だ。
次に行ったのはタマネギのみじん切りを飴色に炒めること。
これを加える事で、カレーにコクと深みが生まれる。
飴色になるまで本によれば三十分から一時間必要です、との事。
しかし開始五分で飴色タマネギは出来た。
おかしい。本の時間は正確では無いのか?いつか抗議せねば…と、涼介は飴色を越え、火が強すぎたせいで普通に真っ黒に焦げたタマネギを眺めながら思った。
そして次にメイン食材である牛肉の調理に取り掛かる。
筋切り…うん?何故だ?ミンチになったぞ??包丁の先でやらねばならないものを、刃の部分で叩いてしまった事に気付かない涼介。
ワインに漬け込み暫く寝かせる…寝かせる?肉をどうやって寝かせると言うんだ?とりあえず、涼介はワインに漬け込んだ肉を零れないよう蓋つきの容器に入れ、自室の布団の中に包んでみた。
そして寝かせた肉を、小麦粉につけて軽くバターで炒める…何だ、料理なんて簡単じゃないか。調子に乗った涼介は、フライパンを大きく回し、漬け込んでいたワインのアルコールで、肉に火が燃え移りフライパンの上で焚き火が起こる。
…派手だな。これが本によるとフランベと言う技か。(違います)
フライパンの上には消し炭のようになった肉の塊。
それを鍋に投入し、後は煮込んで待つ。
カレールーは、さすがに自分でスパイスをブレンドするのは難しいだろうと市販のルーを買ってきた。
意外と食い意地が張っていたせいで、そこそこ料理の出来る弟によれば、ルーは違うものを二つ使用すると美味しくなるらしい。
もちろん涼介も、ルーを二つ使用する。
ルー、投入。
…おかしい。カレーと言うものは、普通もっと液状なものなのではないだろうか?
何故か鍋の中には茶色い固形の固まり。かき回す腕も一苦労だ。ルーの分量が多すぎて、固まってしまった事に気付かない涼介は、とりあえず水を足してみた。ぐるぐる、液状になったような気がする。
だが水を入れてしまったことで、味が薄くなってしまったようだ。そう言えば、啓介はこんな事も言っていたな、と涼介は思い出した。
『カレーはな、隠し味が大切なんだよ』
なるほど。隠し味か。カレーに隠し味…と考え、涼介が取り出したのはタバスコ。
藤原は以前、辛いものが好きだと言っていた。辛くすれば彼は喜んでくれるだろう。
一本、投入。
よし、辛さはこんなものか。まろやかさが足りないような気がするな。そうだ、藤原は以前ファミレスで、
『サラダとかには俺、ドレッシングよりマヨネーズのほうが好きっすね。何でもマヨネーズかけますよ』
と言っていた。
マヨネーズ投入。
…ムム、色が茶色ではなく黄土色になってしまった!
これではカレーらしくない。ケチャップ投入。
まだ足りないか。ソース、投入。よし、こんなものだな。
味見をする。
…こんなものだろう。
後はこれを藤原に食べされるたけだ。フフフ…。
影から、この光景を見ていた弟は、ブルブル震えながら拓海の運命を憂えた。
結果。
料理上手は幸せを呼ぶ。涼介はそう思った。
カレーを食べた拓海は、涼介の手作りカレーに涙を流して喜び、しかも、
『涼介さんはもう料理しなくていいです!これからは、一生俺がしますから!だからもう料理はしないで下さい!!』
と、熱烈なプロポーズまでされてしまった。
どうやら、拓海は自分の手料理を自分に食べさせたいらしい。
『俺が作ろうか?』
と言うと、ものすごい勢いで首を横に振り、
『いえ!絶対に俺が作ります!!』
と言い張った。
可愛い奴だ、と涼介はほくそ笑み、料理上手な妻を立てるのも男の甲斐性かと、拓海の好きなようにさせた。
…一方。こちらは拓海。
彼は食べる前に史裕からこんな注意を受けていた。
『あのな、藤原』
『はい?』
『これを飲んでおけ』
渡されたのは胃薬。
『えっと…どう言う意味ですか?』
『たぶん…いや、絶対に涼介が作る料理は不味い!』
と言うのも…と史裕が続けて言うには、涼介はハードワークによる不摂生や睡眠不足、また過度のストレスにより味覚障害が起きているらしい。だが本人は全く気付かず、自分は普通と思い込んでいるそうだ。
『だからきっと、あいつの出す料理はマトモな舌の持ち主には耐えられないもののはずだ!悪いことは言わない。食べる振りをして、袖口なんかに捨てておけ!』
拓海はそんな史裕の言葉を大げさだと思ったが、向かった高橋邸で、涙を流しながら手を擦り合わせ土下座し拝む啓介と、上機嫌な涼介とは裏腹に、怪しげな匂いを発するカレーもどきを見たときに、自分の考えが間違っていたことに気付いた。
味は……例えて言うなら地獄の泥沼。
そして拓海に芽生えたのは、主婦の魂。
幼い頃から母の代わりに台所に立ち、そこらの主婦顔負けに家事をこなす拓海にとって、涼介の存在は、主婦…いや料理人バスター。
メラメラと燃え上がってきた、料理の魂に真っ向から勝負をかけるような涼介の味覚。
それを改善させる事こそ今の自分の使命だ。拓海はそう思い込んだ。
『一生料理を作ります!(そして絶対に涼介さんにはもう二度と料理はさせない!!)』
その誓いを胸に。
そして今日も明日も。
拓海はせっせと涼介のために、味覚障害に有効だという亜鉛をふんだんに使った料理を作成する。
――こんな、料理が生み出す一つの奇跡。
男同士と言う垣根を越えて、二人の仲は、味覚障害が治ってもきっと続く。
先天的に、料理下手と言う、涼介の特性がある限り…。
ちなみに。
涼介特製カレーを、好奇心が抑えきれず、一口舐めてみた啓介は、その後一週間、食中毒症状を起こして寝込んだ。
彼は言う。
『あれは犯罪だ…』
と。
高橋涼介。
密かに、新たな伝説をここに更新したらしい。
2005.11.18