電話と夜と独り言


『…分かるよ、藤原の事なら』
 そう、あの人が笑った。


 眠る前に、彼の顔が浮かぶ。
 難しそうな顔。
 ほんの少しだけ唇を引き上げ笑う顔。
 寂しそうな顔。
 ぐっすりと眠っている顔。
 いつも遠くからだけ眺める事しか出来ない顔。
 ドキドキ。胸が高鳴って、そしてすぐにシクシク胸が痛む。
 馬鹿みたいに切なくて泣いて、そして夢の中で彼の微笑む顔を見て、ほんの少しだけ幸せな気持ちになれた。
 叶うつもりも、叶えるつもりもないこの思いが、「恋」と呼ばれるものであることに気付いたのはだいぶ前の事だ。
 密かに、秘めやかに自分の胸にだけ締まっておこうと思ったのに。
 ……欲が生まれた。


『眠そうだな』
 ぼうっとしていた自分の顔を覗き込まれ目を見開けば、びっくりするぐらい近くに彼の顔があった。
 長い睫毛が何度か瞬き、そして厳しい表情で問いかけた。
『悩み事か?』
 慌てて首を振る。
『ただ…寝不足なだけです』
 緊張に声が震えていた。
 そんな自分に、彼はフッと口元だけで微笑み、そして俯いていた自分の前髪に触れた。
『……嘘吐くなよ』
『嘘なんて…!』
 前髪を掻き揚げ、顎に指をかけられ俯いていた顔を持ち上げられる。
 真正面から彼の真剣な眼差しに射られ、硬直した。
『そんな顔して…』
 目尻に彼の長い指が伝う。
『それでただの寝不足?』
 声が出なかった。瞬きすらも忘れて彼の顔を見つめる。
『そうじゃないだろう?』
 やっとの思いで出た言葉は、小さな小さな呟きだけだった。
『……どうして?』
 小さな囁きのような言葉は、けれどちゃんと彼の耳に届いていた。
 クス、と今まで見たことのない顔で笑う。
 目元がほんのり赤い。照れ笑いと言うものだった事に気づいたのは、だいぶ経ってからの事だった。
『…分かるよ、藤原の事なら』


 目を開く。
 閉じても、開いても頭に浮かぶのはあの照れ笑いの顔ばかり。
 あの後、彼は史裕に呼ばれ、拓海の髪を名残惜しそうに触れながら、
『後でな』
 の言葉を残し去った。
 心臓に手を当てる。
 ドキドキ、戦慄いている。
 彼のあの笑顔に欲が生まれた。

『涼介さんのこと、好きでいても良い?』

『涼介さんのこと、好きって言っても良い?』

 怖れて嘆くばかりだった気持ちに光が点る。
 眠れなくて何度も寝返りを打ち、そして枕元の携帯に手をかけ、彼のアドレスを呼び出す。
 ボタンを押そうとして…何度も止める。
 何度も唾を飲み込み、けれど押せなくて諦めてフリップを閉じた。
 途端。
 電話が鳴った。
 直感的に感じた。
 ドクドク。
 全身が心臓になったような心地。
 震える指先で携帯のフリップを開き、そして通話のボタンを押す。

『もしもし。藤原?』

 聞こえた声は期待していた人物のもので。
 そして言った言葉も期待していた通りだった。


『どうしてお前の気持ちが分かったのかって?
 そんなの分かるよ。惚れた相手の事だからな』





2007.5.21
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