分かっていたつもりだけど。
涼介さんって気障だよね?
不安に思った拓海が悪いのだろうと思う。
あまり誇らしいものではないはずなのに、同僚のソレを見てしまったときに、羨ましいと思ってしまった自分が悪い。
ハッ、ハッ、と獣のような荒い呼吸が唇から漏れる。
体中が鋭敏になり、皮膚の全てが感覚器になったようだ。
火照る身体は異常なほどに熱く、内側から熾火で焼かれている。
「…わかった、か…?拓、海?」
身体の上から声が降る。
あまりの激しい感覚に、無意識に閉じていた瞳をうっすら開けると、頬を上気させ、拓海以上に荒い呼吸のケダモノの目をした恋人が見える。
いつも冷ややかとさえ感じていた肌に汗が浮き、流れた水滴がポタリと拓海の身体の上に落ちる。
「……んぁっ…!」
深く抉られ、拓海は背を逸らせる。
同性の恋人と付き合うまで、そんなところをそんな目的で使用するなど想像もしなかった。
最奥を穿たれ、チリチリと痛みと快楽とも付かない激しい感覚が襲う。
「…や、ぁ…!涼介さん…!」
思わず、手を伸ばし自分の体の上の人に縋る。
ぐ、と強く抉られた拍子に、背中に回した指に力が篭り、彼の滑らかな背中に爪を立てた。
「……っ…!」
彼が片目を顰め、小さく呻く。
そしてすぐに艶やかな笑みを浮かべた。
「い、いぜ…拓海。俺は別に…誰に見られる事も無いからな。もっと…お前の跡を俺に残せよ…」
耳元に、毒を注ぎ込むように甘く囁かれ、体中が粘液になって蕩けてしまいそうになる。
勝手に両足が開き、さらに引き寄せようと挟み込む彼の胴体に回り絡む。
全身で彼の体にしがみ付く。
子供過ぎた自分に彼が与えた罰と。
そして理知的だった彼の大人の部分が崩れた一瞬だった。
始まりはつまらない事だ。
社会人として働き始めた拓海は、運送業のドライバーと言う職業から、汗を掻く事がある。
そのために会社内には更衣室が備えられており、ロッカーには何枚も着替えが常備されているのが常だった。
まだ初夏になったばかりとは言え、空調の無い倉庫で、荷物の積み下ろし作業などをしていれば汗は掻く。
更衣室で制服の下に着込んだTシャツを脱いでいると、同じように作業をしていた同僚もまた、着替えのために更衣室にやって来た。
そして彼がTシャツを脱いだときに、それに気付いた。
首から胸元に続く、赤い斑点。
それが何か分からないほど、拓海はもう性的に疎くは無かった。
かつて、卒業時に別れたとは言え、彼女…のような子と性経験はあったし、一度限りの経験ではあったけど、手馴れた彼女は拓海の肌の上に虫刺されのような跡を多数残した。
思わず、注視してしまった拓海に、同僚はあっけらかんと、
『昨夜彼女が激しくてさー』
と答えた。
他の女と仲良くしているのに嫉妬し、その結果なのだそうだ。
『ま、こんだけ付けられると、正直浮気も出来ないしな。マーキングみたいなもんだろ』
困った、などと言いながら、彼はとても嬉しそうだった。
その様子に、拓海はほんの少しだけ…羨ましいと思ったのだ。
現在、拓海には恋人がいる。
その恋人の名は高橋涼介。
拓海と同じ同性の、そして年上の恋人だ。
彼と付き合い始めたのは彼が興したチーム、プロジェクトDの活動開始とほぼ同時期だった。
彼の自宅で行われたプラクティス。
理論を詰め込んだその授業の最中、何となく、お互い惹かれあうようにキスをした。
涼介は、「好きだ」だの、「悪い」だの、告白も謝罪もしなかった。
ただ、
『嫌か?』
とだけを問い、拓海が首を横に振ると、
『そうか』
と、もう一度キスをした。
身体を繋げあったのは、割とすぐだったと思う。
当たり前のように彼が拓海に圧し掛かり、そして服を剥いだ。
荒々しさのない、穏やかなセックス。
かつての女性を相手にした時とは違う、まるでスポーツか何かのように、お互いの感覚を高め、楽しもうとするものだった。
お互いの告白も、激しい恋情も無い始まりだったが、拓海は涼介を恋人と認識している。
それはたぶん涼介もそうだろう。
説明できない、互いの間に不思議な吸引力のようなものがあった。
だからこんな関係になるのも、拓海の中では自然であったし、涼介の「特別」が自分である事も理解している。
激しさの無い至極穏やかな始まりと繋がりは、拓海にとって楽ではあったが、しかし心の奥底に燻るものがあったのは否めない。
それが、同僚のキスマークで明らかになった。
愛の言葉も無い。
独占欲も無い。
涼介にとっての「特別」なのは確かに自分なのだろう。
だが、涼介は自分に恋しているわけではない。
拓海は涼介に恋している。
胸を焦がすような激しいものではないが、彼の周りに女性の影があれば嫉妬するし、彼の過去も気になる。
彼が弟と仲良くしている姿にでさえ嫉妬するのだ。
嘘をつくのは苦手な拓海はそのたびに涼介にバレて、甘く、優しく彼がそんな拓海の棘を折っていくのが常だった。
この先の未来。
涼介に恋する相手が出来たならどうしよう?
そんな不安に駆られ、いても立ってもいられず、いつも拓海の嫉妬心を涼介が解消してくれるような、そんな感覚で…彼を試したのだ。
「涼介さんの……物足りない」
二人でお互いを高め、欲情を放った後にそんな言葉を吐いた。
「Hの回数がってのじゃなくって…俺、Hってドロドロになっちゃうようなの想像してたけど…涼介さんのって気持ちいいけど…それだけだよね」
ベッドに横たわっていた彼が身体を起こし、拓海を見下ろす。
その表情は険しかった。
「…どう言う意味だ?」
その表情を見た瞬間、拓海は一瞬怯えたが、けれどゴクリと唾を飲み込み、そして言った。
「つまんない、な…って」
スゥ、と彼の切れ長の目が眇められた。
その奥の瞳には剣呑な色が宿っていた。
「へぇ…」
ギシリと、ベッドのスプリングが軋み、涼介のいつも穏やかな腕が拓海の肩を強い力で上から抑え込む。
「それはつまり…俺じゃ物足りないって?」
「そ、そうじゃないけど…」
「そうだろう?そう言っていた」
穏やかな彼が見せる怒りの表情に、拓海は自分が涼介に甘えすぎたことを悟った。
きっと彼なら、優しくいなしてくれると、そう思っていたのだ。
「拓海は…俺が物足りなかったらどうするんだ?」
低い彼の声音に自然と身体が逃げようとする。けれど圧し掛かる涼介の身体がそれを許さない。
「他の奴とする?女?それとも…男と?」
ぐい、と乱暴に足を割り開かれ、先ほどまで涼介に弄られていた最奥に指を突き入れられる。
「ここに…他の男を咥えこもうって言うのか…?」
拓海は、今までそこに涼介を受け入れた事は無い。
快感の助けとして、指で弄られることはあっても、穿たれたことは無かった。
最初、入れるものと思い込んでいた拓海は拍子抜けに思えたものだ。
それを涼介に問えば、「負担が大きい。拓海を壊すわけにはいかないからな」と言う答えが帰ってきただけだった。
その心遣いを嬉しく思いながらも、寂しく思ったのを拓海は覚えている。
今まで前立腺を弄られるだけに使用していたそこに、涼介の指が激しく暴れる。
一本だった指はすぐに三本に増え、荒々しく内部を掻き回す。
「他の奴を咥えこむ前に……俺がお前のココを…壊してやるよ」
指が抜かれたと同時に、熱く滑ったものが秘部に当る。
と、同時にメリメリと大きな物が割り込む痛みに、拓海は悲鳴を上げた。
「…ゃ、あ…!い、た…」
大きく、長いものが拓海を切り開いていく。
「…っ…そんなに締め付けるな。入らない、だろ?」
パシンと、臀部を叩かれた。
拓海の目に涙が浮かんだ。
涼介に、冗談でも叩かれたことはない。
まるで悪いことをした子供への仕置きのような仕打ちに、拓海は悲しくて涙を零した。
もう一度、涼介が拓海の臀部を叩く。
手のひらの跡が残るくらいの、強めの力で。
「…何で泣くんだ?物足りなかったんだろう?お前がお望みのドロドロのセックスとやら…こんなもんじゃないのか…?」
涼介の指が、拓海の萎れた欲望を掴み性急に擦りあげる。
強い力で与えられる刺激と激しすぎる感覚に、視界にどんどん靄がかかる。
「…人がお前のために手加減してやってたのに…こっちの気も知らねぇで…」
拓海の狭い内部を穿ちながら、涼介が舌打ち混じりに零す声が聞こえた。
キュゥ、と拓海の胸が痛み、そして竦んだ。
「だ、だって……」
「だって?」
フン、と鼻で笑いながら涼介が答える。嫌われただろうか?ますます拓海の心が萎縮する。
けれど。
「だ、って……羨ましかった…んだもん…」
嫌われたくない。だから言い訳をした。
「羨ましかった?何を…だ?」
激しかった涼介の動きが緩まる。
「キス、マーク…」
「キスマーク?」
ぴたりと、今度は涼介の動きが止まる。
「どう言う意味だ?」
まだ最奥には涼介が穿たれたままではあるが、刺激は止む。
涙で霞む目を開き、拓海は涼介の目を見つめ、言った。
「会社の、人…キスマーク付けてた…。すげぇ…嬉しそうだった、もん」
「それで…羨ましいと思ったのか?」
涼介の問いに、拓海は小さな子供のように素直に頷いた。
「だって…涼介さん…俺に…してくんねぇもん…。
大事にされてるのは…わかってる。けど…俺…涼介さんに好かれてるって証拠が…欲しかったんだもん…」
ヒック、ヒックとしゃくりあげながら、子供のように言い募ると、何故か拓海の内の涼介が大きくなったような気がした。
「…それで…俺を煽って試した、のか?」
涼介の声が掠れていた。
怒らせたのだろうか?
もう嫌われてしまったのだろうか?
悲しくて、拓海は涼介の身体に縋りついた。
「…や、だ…涼介さん…他の人んとこ…行かないで…」
自分の匂いをこすり付けるように、その胸に頬を何度も摺り寄せる。
「他の人って…どうしてそうなる?」
「だって……」
「だって?」
「…涼介さん…俺に恋してない…もん」
涼介の身体が強張ったのが分かった。
そして次の瞬間、拓海の内部の涼介が明らかに分かるほどに膨れ上がった。
「…や、何…?!」
涼介の唇から、うめき声が漏れる。
そして顔を掴まれたと思ったら、唇に噛み付くようなキスが降ってきた。
同時に、止まっていた腰の動きも再開する。
まるで荒波に揉まれたかのような激しさに、拓海はもう波を起こす身体に縋るだけしか出来なかった。
悲鳴も喘ぎ声も、全て涼介の口の中に飲み込まれた。
「ああっ…クソっ…!」
いつに無い乱暴な彼の口調で彼が叫ぶ。
「ふざけるな…お前…!」
「あ、あ…あ…あ…」
何が何だか分からない。
ただ、目の前の涼介の顔がいつもとは違う、ケダモノのそれになっていた。
「可愛すぎだ、お前…クソっ…!」
その強い眼差しと、激しすぎる感覚から逃げるように、拓海はギュッと目を閉じた。
まるで嵐の海のような。
そんな交わりを抜かないままに三度吐き出した後は、拓海の全身は力が抜けたように重く、意識さえ暫く飛んでいた。今も指先一つ動かすのさえ億劫だ。
けれど、身体は辛いのに、心は充足感に満ちていた。
激しく穿たれた最奥は熱を持ち未だ痛みを訴えているが、その痛みもまた心地良くさえ思える。
「……ごめん」
拓海の柔らかい髪を撫でながら、涼介が反省しながらも、けれど拓海と同じように喜びを隠し切れないと言った表情で謝罪した。
拓海は無言のまま首を横に振る。
「…お前があんまり可愛いこと言うから…歯止めが効かなくなっちまった」
可愛い。
初めてそんな事を言われた…。
嬉しいけど、少し恥ずかしい。
頬を染めて、照れ笑いを浮かべると、涼介の唇もまた綻ぶ。
そしてコホンと咳払いをし、居住まいを正し、きっちりと頭を下げる。
「まずは、本当に悪かった。俺がお前を不安にさせたのが悪い」
頭を下げられ、拓海は戸惑った。
涼介に謝れる謂れは無い。
むしろ、涼介を試した拓海が悪い。
無言のまま首を横に振ると、涼介がそれを制した。
「いや、俺が悪い。俺が…拓海にはっきりと…その、好きだとか、感情を吐露してなかったのが悪い。
だから、お前不安だったんだろう?俺に本当に好かれているのかどうか」
好きだ、って今言っただろうか?
拓海の頬がさらに赤くなる。
痛みを訴える奥が、またキュゥと疼く。
「…拓海に対しては最初から不思議だった。
正直、好きだと言う感情よりも先に、お前とこうなるのが当然だという、そんな感覚があった。
だがすぐに…その、お前に触れてすぐに、だ。俺はお前を……本当に愛しいと、そう感じるようになったんだ」
真摯な涼介の眼差しと声音。
それに拓海の胸が甘く痛む。
拓海は自分もだと答えるように、激しく頷いた。
声を出したくとも…叫びすぎて酷使された咽喉は、声を発することが困難になっている。
「可愛くて愛しくて大切で…。だから、お前の不利になるようなことをしたくなかった。
アナルセックスもそうだし、あからさまな嫉妬もだ。
お前、気付いてなかっただろう?俺が啓介に…嫉妬してること?」
え?と、拓海は目を見開く。
「啓介は知ってるぜ。あいつが拓海と一緒にいるたびに、すげぇ目で睨んでたからな。だからあいつから言われたよ。『俺は藤原とどうにかなろうなんてツユとも思っちゃいねぇから、アニキいいかげん睨むの止めてくれ』ってな」
知らなかった…。
勝手に顔がニヤけてくる。シーツで口元を覆い隠した。
そんな拓海の頬を、涼介が「愛しい」と指先で伝わるほどに、優しく撫でる。
見上げる彼の瞳もまた、同じ感情を湛える。
不安はもう欠片も無い。
嬉しくて撫でる指先にうっとりと頬を預ける。
「お前に嫌われるのが怖かったのかもな…。キスマークのことにしてもそうだ」
キスマーク、と聞いて拓海はうっとりと細めていた目をパチリと開けた。
「拓海、言ってただろう?しょっちゅうみんなの前で着替えるって。だから、妙な跡を残したら、お前が嫌がるかと思って…」
嫌、と言うか…。
もしキスマークを付けられて、同僚などに見つかったら…非常に恥ずかしい。
シーツを持ち上げ自分の身体を見ると、キスマークは一つも付いていない。
跡のようなものも一切ない。
あんなに激しかったのに、どうして付いてないのだろう?
目の前の涼介を見上げると、彼は困った顔で微笑んだ。
「俺が付けると…明らかにお前の相手が女じゃないってのがバレるような付け方になっちまうぜ。こことか…な」
そう言いながら、涼介の指が、シーツの中の拓海の胸の部分を指す。
瞬間、脳裏に浮かんだのは、執拗に乳首を攻めた涼介の姿だった。
乳輪に舌を這わせ、尖りを舌と指先で弄った。
そんなところにキスマークをいっぱい残すのは…確かに…女相手にしてはおかしく思われてしまうかも知れない。
うう。
呻き、シーツの中に潜り込み顔を隠す。
色々恥ずかしくなってきた。
そんな拓海のシーツの中の頭を、涼介がポンポンと優しく叩く。
「だからさ。お前に俺の跡を残すわけにはいかないんだ。けど、逆に…お前が俺に跡を残すのは大歓迎だぜ?
背中の爪痕みたいにな」
涼介は気障だ。
すごい恥ずかしい人だ。
知らなかったけど…良く考えたらそうだ。
この人、付き合う前の態度とか考えると、自分に対していつも気障だった気がする…。
もしかしなくっても、自分が気付かなかっただけだろうか?
「ほら。シーツから出て来いよ」
「……や“た”」
やっと出た声は掠れてガラガラだ。
そんな皺嗄れ声だと言うのに、涼介は嬉しそうに、また「ほら」と促す。
けれど、また出た拓海の返事は「はずかしいから…やだ」だった。
「じゃあ、しょうがないな」
皮を一枚スルンと剥くように。
涼介が拓海を覆っていたシーツを勢い良く剥ぎ取った。
素っ裸の拓海は慌てるが、動くと身体の芯が痛み、じっとしているしか出来ない。
けれど羞恥を伝える肌は薄ピンクに染まり、涼介の視界から逃げるように目を逸らす。
だが、そんな逸らされた視界の端に、ヒラヒラと舞い落ちる赤いものが目に映る。
「……え?」
思わず、視線を正面に戻すと、赤い…真っ赤な花びらが自分に舞い降り、そして裸の肌の上に落ち、まるで赤い跡のように彩った。
「キスマークの代わりだよ」
フッ、と艶やかな笑みを浮かべる彼と、ひらひら落ちる赤い花びら。
その幻想的とも思えるコントラストに、拓海は呆然としながらも赤い花びらを手に取ってみる。
薔薇だ。
この花びら。きっと薔薇の花。
初めて、彼にバトルを申し込まれたときと同じ赤い花。
あの頃から。
そうかも知れない。
初めてあの人を知ってから、ずっと彼に惹かれていたのかも知れない。
そして、彼も…。
「俺を見くびるなよ?お前が望むなら、俺はお前の迷惑にならない限り、何でもしてやるぜ?」
俺はお前にベタ惚れだからな。
そう顔を近付け、耳元に注ぎ込む。
そしてついでのように唇にキスされ、拓海は心の中で恥ずかしさに喚いた。
涼介さんって…。
涼介さんって…!
気障だ。
すげぇ恥ずかしい人だ。
けど、それらの言葉は結局拓海の口から出る事は無く、まだだるい腕を持ち上げ、目の前の彼の首に腕を回し、引き寄せ自分からもキスをする。
運命の相手と言うものがあるのなら、きっと彼がそうだ。
「……すき」
そんな言葉では足りない感情。
けれど、その言葉以上に今の気持ちを現す術を拓海は知らない。
言葉の代わりに、拓海は涼介にしがみ付く腕に力を込めた。