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それは見えにくいものだから


 切欠は何だったのか。
 拓海はユラユラと揺らめく天井を眺めながら考える。
 身体の上で、涼介が端整な顔を歪め、汗を掻き、腰を動かしている。
 ――気持ち良いのかな、涼介さん。
 拓海は気持ち良い。最初は痛みが強かったけれど、今は頭がおかしくなってしまうくらいに気持ち良い。
 でも拓海が見る限り、涼介はいつも苦行を強いられているように拓海とセックスをする。
 嫌ならしなきゃいいのに。
 そう思うけど、涼介は律儀な人だから、きっとしなきゃいけないと思っているのだろう。
 だって、付き合っているのだから。
 涼介の身体がブルリと震え、拓海の内に欲望を吐き出す。
 ゴム越しにもその感触は伝わって、拓海もまた頂点に向かう。
 脱力した涼介の身体が、拓海の上にのしかかる。
 この重みにもだいぶ馴れた。
 そして。
「――大丈夫か?」
 心配そうに、汗で濡れた拓海の額に張り付く髪をかき上げ問いかける。
 拓海はそれに小さく頷くと、涼介は安堵したように口元を緩めるが、クッキリと刻んだ眉間の皺は消えない。
 後悔するなら、ヤらなきゃいいのに。
 そう思うけれど、拓海には口に出せない。
「シャワー、浴びれる?」
 その問いには拓海は首を横に振った。
 今はまだ動きたくない。
「そうか。じゃあ、身体を拭こうか?」
 涼介は優しい。
 丁寧だし、乱暴にすることも無い。
 いつも穏やかで、拓海を甘やかしてくれる。
 恋人のように、ではなく。
 まるで兄のように。
「もうちょっと休んだら入るんで…涼介さん先に入ってて下さい」
 何度同じ遣り取りを繰り返したか。
 拓海の答えはいつも同じなのに、涼介はいつも拓海を気遣い問いかける。
 涼介は優しい。
「そうか。じゃ、入るが…無理に動くなよ」
「はい」
 優しすぎるのだ。
 部屋を出て行く背中を見ながら、拓海は小さな溜息を零した。
 姿がバスルームに消え、やっと拓海はゴロリとうつ伏せ、顔を枕に埋めて本音を吐き出す。
「もっと乱暴に扱ってもいいのに…」
 まるで壊れ物のように、涼介は拓海を丁寧に扱う。
「いつまで経っても…俺に気ィ使ってばかりでさ」
 遠慮がちに拓海に触れ、そして苦行のように拓海を抱く。
「本当ならもっと、横柄になるモンじゃねぇの?」
 これだけ抱き合ってても、涼介は他人行儀なままだ。
 それがどうしてなのかなんて、拓海は理由を良く知っているけれど。
 ハァ、と長い溜息を吐く。
「…仕方ねぇか。どうせお情けで付き合って貰ってんだし…」
 この関係の始まりは同情だ。
 拓海はそう確信している。
 切欠は拓海の感情を、涼介に知られた事が始まりだった。
 いや、聡い涼介は最初から拓海の感情に気付いていたのだろう。
 気付いていて、ごまかしていた。
 なのにそれをごまかせなくしたのは拓海だ。
 涼介の脱ぎ捨てたジャケットを抱き締め、顔を埋めていた姿を見られた。
 上手くごまかせば良かったのに、狼狽して「すみません」と何度も繰り返し泣いてしまった。
 涼介はそんな拓海に、最初に溜息を零した。
『仕方ない』と、そう言いたげに。
 溜息を吐いたのだ。
『藤原は俺が好きなのか?』
 問いではなく、確認の言葉にも、拓海は首を振れば良かった。
 今思うと、それが彼の最後の逃げ道だったのに。
 けれど拓海は頷いた。
『気持ち悪いですよね…すみません』
 何度も謝り、
『俺、Dを辞めます』
 そう言うと、涼介は顔色を変えた。
『それは困る』
 クッキリと眉間に皺を寄せ、そして彼は言った。
『…分かった。付き合おう』
 その返事に、拓海は何も考えずに浮かれて泣いた。嬉しくて。
 けれど時間の経過と共に、自分が何をしたのかに気付いた。
 涼介を同情と脅迫で縛った事に。
 そんな始まりだったのに、涼介はちゃんと恋人らしく振舞ってくれる。
 丁寧に、優しく。
 卑怯な拓海を慈しんでくれる。
「…それが恋じゃないからって…文句は言えないよな」
 ハァ、と拓海は悔恨の吐息を枕に埋める。
「…ゴメン、涼介さん」
 涼介を苦しめている。
 その自覚はあるけれど、お情けであろうと差し出された手を離す事は出来ない。
「ゴメン…」
 好きだから。
 その言葉が拓海を我侭にさせている。



 自分でも、乗れていない自覚はあった。
 ハチロクのセッティングを変えた後は、必ず史裕か松本により走りのチェックをされる。
 何度も走り、慣らしてバトルに向かう。
 順応性の高い拓海は、だいたい一度で変化を感じ取り、乗りこなすことが出来た。
 今回のセッティングも完璧だ。
 拓海の走りやすいタイミングに車は仕上がっている。
 頭で考えるより、体で感じる方の拓海は、いつも「あともうちょっとだったら」が消えていることに驚き、そして喜びながら走っていた。
 けれど最近はそれが出来ない。
「ちょっと…気負い過ぎじゃないか?」
 何度走ってもしっくり行かない。
 そんな拓海に、史裕がそう言った。
「藤原の焦りは分かるよ。エースに向けられるプレッシャーは大変なものだ。ましてや、最近ではバトルの質がどんどん過酷なものになっていると思う。それを乗り越え勝ちを重ねる事がどれだけ大変か、想像だけだが分かってるつもりだ」
 プレッシャー。
 そう…かも知れない。
 自分でも焦っている自覚はある。
 負けられない。絶対に負けられないと、頭の奥から、ずっと命令する声が聞こえる。
「前は、藤原はもっと伸びやかに走っていただろう?けど、最近のお前は、どうも…気負いばかりが先行して、強張っているような気がする。
 もっと、そうだな。俺が言うことじゃないかもしれないが、気楽に走っていいんだよ。たとえ負けたとしても、それはお前のせいじゃなくて、チームリーダーである涼介の責任なんだからな」
 宥めようとする史裕の言葉に、逆にカッと頭に血が昇る。
「それじゃ駄目なんです!」
 昂ぶった声を上げた拓海に、史裕が驚き目を見開く。
 それに気まずそうに顔を背け、拓海はハチロクから離れた。
 今の精神状態で乗っても、きっと結果は悪くなるばかりだ。
「すみません。ちょっと…頭冷やしてきます」
「お、おい、藤原!」
 史裕の声を聞かず、拓海は早足でその場を離れた。
 夜風に身を晒しながら、拓海は渦巻く胸の内を、溜息にして吐き出す。
 けれど吐き出したと思った澱みは、すぐにまた溜まり拓海の内に積もる。
 負けられない。負けられないと頭の奥から声がする。
 前は「負けたくない」そう思っていた。
 けれど今は「負けられない」と、そう思っている。
 自覚している。
 それはチームの為じゃない。
 自分なんかの走りのために、我慢をさせている涼介のためだ。
 涼介に幻滅されたくない。
 望む走りをしなくなった自分は、きっと彼から切り捨てられる。
 そうだ。つまりは涼介に捨てられないようにと、自分の為なのだ。
 こんな自分の事ばかりだから、きっとハチロクがそっぽを向いてしまったんだ。
 悲しくて切なくて、拓海は滲んできた景色に目を擦る。
 だから、気付かなかった。
 目の前に眩いライトが突然現れた事に。
「藤原!」
 史裕の叫び声と、甲高いスキール音がやけに遠くに感じた。




「馬鹿か、お前」
 父親の叱責が耳に痛い。
 拓海は治療を終え、病院の診察室のある廊下にいた。
「…んな、バカバカ言わなくてもいいじゃねぇか」
 ブスっとふてくされ、そっぽを向くと、怪我した頭がズキリと痛んだ。
「馬鹿じゃねぇか。いきなり車道に飛び出して、車に轢かれそうになって、避けすぎて素っ転んで頭打つなんてな」
 本当の事だけに耳が痛い。
 ぼうっとしていて車が来ている事に気付かなかった。
 持ち前の反射神経で避けたのはいいが、拍子に足が滑り、ガードレールに後頭部を打ってしまったのだ。
「まぁ…ですが藤原さん。大した事なくて良かったじゃないですか」
 宥める史裕に、文太は素直に世話になった礼を言い、そして拓海の頭をバシンと叩いた。
「いってぇ!」
「俺はもう行くからな。どうせお前、今日は配達行けねぇだろうし。俺は忙しいんだよ。じゃあな」
 幸いにも、頭部に異常は無く、怪我もタンコブ程度で済んだ。
 元々、病院に行かなくても良いと言うのを、史裕に無理に連れて来られたのだ。
 忙しいところを呼び出され、おまけに取り越し苦労だった文太の腹立ちは分かるが、何も怪我した頭を叩くことは無いでないか。
 恨めしくて去る背中を睨んでいると、隣で史裕が「ククク」と偲び笑いを零した。
 ムッとして唇を尖らせ、
「何ですか?」
 今度は史裕を睨むと、そんな拓海にさらに史裕の笑いは増す。
「いや…ずいぶん心配したんだろうなと思って」
「ハァ?」
「藤原は愛されてるな。お父さんに」
「…何言ってんですか、史裕さん」
 嫌われてはいないとは思うが、いつも叱られたり叩かれたり。拓海の中の文太は決して優しい存在ではない。
「史裕さんも見たでしょう?あの親父…わざわざ怪我したところ叩いて。おまけに人の事をバカバカって」
 ムスッとしているのに、史裕は笑う。
「とても心配したからだろう?無事で安心して、そしたらあんなに心配したのって…悔しくなったんだろう?そんなもんだよ」
「…どんなモンですか…」
 拓海に史裕の言葉の意味はあまり良く分からない。
「愛情なんて、見えにくいものだからね。本人よりも、ちょっと離れたところから見てる方が分かりやすいときもある」
「そんな…モンっすか?」
「そんなものだよ。普段は見えにくくても、病気をした時や怪我をした時。そんな時が一番見えやすいのかも知れないな」
 よく分からない。
 けれど、言われた瞬間に思い出したことがあった。
 拓海が病気をした時に、文太はさっきみたいに拓海に「馬鹿」だの文句を言いながら、それでも傍にいて頭を撫でてくれた。
『早く治ってくれねぇとうちの働き手が一人減っちまうんだよ。だからとっとと元気になれよ』
 そんな文太の言葉にムッとしながらも、額に当てられた水仕事のせいで冷たくなった手が心地好かった。
「そ…なのかな…」
「そんなものだよ。見えにくいから、人は不安になったり、色々あるんだろうけどな」
 ちょっと自嘲を込めた言葉に、拓海が史裕を見上げると苦笑いが見えた。
「…体験談?」
「まぁね。大人になると、どんどん見せなくなってくるからなぁ…。俺もそうだけど」
 そんなふうに呟く史裕は、きっと良い恋をしているのだろう。
 羨ましいな。
 そう思った瞬間、聞き覚えのあるスキール音が聞こえた。
 静かな筈の病院に、似つかわしくない音。
「……え?」
「あれ…涼介?」
 啓介かと思った。
 拓海は、そんな急いた音を出す彼を知らないから。
 しかし史裕の口から出たのは「涼介」の名だった。
「涼介にも知らせたんだ。チームリーダーだからね。でも、やけに…」
 早足で廊下を駆けてくる音がする。
 荒い呼吸。
 まさか…。
 そう思う拓海の気持ちを肯定するように、廊下の向こうから息を切らして涼介が走ってくる。
「史裕!藤原は?!」
 ドクンと、心臓が跳ねた。
 そこにいたのは、いつも穏やかな彼では無かった。
 髪を乱し、服が着崩れた姿。
 駆けてきた涼介は、史裕の傍らの拓海に気付いた途端、その端整な顔が泣き出しそうに歪んだ。
「藤原!」
 そして拓海の目の前に来た瞬間、腕の中に囲い込む。
 汗の匂いがした。
 どれだけ急いだのだろうか。
 心臓がドクドクと激しく脈打ち、頭上からはハァハァと荒いままの呼吸が聞こえる。
「…け、がは…」
 乱れた呼吸のまま、言葉を途切れらせながらの問いに、拓海の視界がブワッと潤む。
 ――ヤバい…泣きそう。
 返事が出来なくて、ヒクッとしゃくりあげるような呼吸音だけが漏れる。
 返事の無い拓海に焦れたように、今度は史裕に問いかけた。
「史裕。藤原の怪我の具合は?」
 取り乱した親友の姿に面食らっていた史裕は、けれどその問いにコクコクと機械的に頷き、そしてやっと言葉を発した。
「あ…、ああ。大丈夫だ。異常は無い。かすり傷だけだ」
 史裕の返事に、拓海の頭上から長く深い溜息が聞こえた。
「……良かった」
 そして拓海を囲い込む腕の力が増す。
 目の前の涼介のシャツのボタンが段違いになっている。
 襟は立ち、足元を見れば見覚えのある靴を履いている。
 ――これ、啓介さんのスニーカー…。
 まるで、玄関にあるものをそのまま履いてきた、そんな風に裸足で踵を踏んだままで。
「な、なぁ、涼介。まさかお前ら…」
 暫く、互いの体温を確かめるように抱き合う二人に、恐る恐る史裕が声をかけてくる。
 けれど、
「史裕」
 固い涼介の声がそれを遮った。
「悪い。今はお前の質問に答える余裕が無い」
 必死な親友の姿に、史裕は答えを知った。
 そんな彼の姿こそが、知りたかった答えなのだと。
「…いいさ。じゃあ、後でな。藤原はお前に任せるよ」
「ああ」
 涙が零れてくる。
『見えにくいものだから』
 そう言っていた史裕の言葉が蘇る。
 聞いてもいいのだろうか。
 ずっと恐くて聞けなかったこと。
「涼介さん…」
 今も怖い。聞くのは。
 けれど、取り乱し現れた涼介の姿が拓海に勇気をくれた。
「俺のこと…好きですか?」
 涼介の唇が戦慄いた。
 そして出た言葉は、拓海の望むものではなかった。



「良いのか?」
 拓海の体を離し、涼介が逆に聞く。
 意味が分からず涙目のまま首を傾げると、涼介は困った風に微笑んで。拓海の頬を撫でた。
「それを聞いてしまうと…お前はもう逃げられなくなるぞ」
「え…?」
 ハァと、深い溜息を零しながら、涼介は言った。
「俺はな、重いんだよ。一度惚れ込むとトコトンだ。独占欲も強いし、過干渉になる。相手の全てを知りたいし、俺のものにしたくなる。絶対に手放さない」
 涼介の指が、拓海の目尻の涙を拭う。
「逃げたくなっても…逃がさない。例え相手が嫌がってもな。…俺はそう言うヤツなんだよ」
「お、れは…」
 拭われる次から、涙が溢れてくる。
 涼介の眼差しが優しい。優しいけれど、熱を孕んでいる。
 拓海の欲しかった眼差しだ。
「俺は…涼介さんが好きです。すげぇ…好き、だから…」
 ブワッとまた涙が溢れて、涼介の体にしがみつく。
 涼介はそんな拓海を、同じ力で抱き締めた。
「…馬鹿だな、お前。今なら俺も逃がしてやれたのに」
「そ、んなの、いい…」
「後悔するぞ?」
「し、ない」
「するよ、お前は。きっと。俺みたいのになんか、捕まらなきゃ良かった、ってな」
 腕の中で、何度も首を横に振る。
 けれど涼介は信じない。
「まだ19だろ?これから色んな人間に出会う。可愛い女の子と知り合って、いつか結婚して家庭作ってさ。そしたら俺との事なんて気の迷いだったって…気付く」
 何でそんな事を言うのだろうか。
 気の迷いなんかじゃない。
 拓海は間違いじゃない。
「だが……すまない」
 否定する言葉と裏腹に、涼介の腕の力が強まる。苦しいほどに。
「もう、無理だ。お前が嫌がっても、後悔しても……俺はお前を手放せない。史裕からお前が怪我をしたと電話があったときに、頭が真っ白になったよ。ずっと…ずっと堪えていたものがあの瞬間に消えて無くっちまった」
 仰向けた顔に、口付けが降りてくる。
 間近に迫った涼介の顔。長い睫が微かに震えているのを確認した途端、唇に彼の舌が潜り込んできた。
 いつもの、触れるだけの、時折食むだけの穏やかなものではない。
 拓海を吸い尽くすように、貪るように激しく拓海の内部を蹂躙する。
 涼介の胸にしがみ付く拓海の指が震える。
 こんなキスは知らない。
 こんなに激しい情熱を拓海は知らない。
 呼吸ごと貪るように涼介の舌が拓海の口内を食い尽くす。
 息苦しくて呻くと、やっと唇は離れたのだが、唇の間に透明な唾液の糸が繋がった。
 それさえも残すことなく、涼介の舌が拾い舐め上げる。
「お前を抱きたいよ」
 ゾクリと背中に走ったのは、歓びだ。
「何度も、お前の中に俺を注ぎ込みたい。お前が…ずっと欲しかった」
 拓海の腕を掴む、涼介の指が肌に食い込む。
 この激しさこそを求めていた。
「お前が…好きだ」
 この言葉が欲しかった。
 涙腺が壊れたように、目から涙がボロボロと溢れ出す。
 子供のように泣きじゃくり、涼介にしがみ付き、何度も何度も彼の名を呼んだ。



「ごめんな」
 と、拓海の肌に吸付きながら涼介は謝った。
 拓海の内部に、涼介の熱い欲望が埋め込まれている。
 それがズルリと動き、拓海は抑えきれない甘い呻きを上げた。
 汗で濡れた肌にしがみ付き、頬を摺り寄せる。
 涼介の匂いがする。
 汗と、彼の体臭の混じった匂い。
 嬉しくて、ギュッと内部を締め付けると、いつもは緩慢な感触だったそれの形が、ダイレクトに伝わる。
 燃えるような熱さまで。
『それ…嫌だ』
 そう、ゴムを拒絶したのは拓海だ。涼介を直に感じたかった。
 けれど拒否するかと思われた涼介は、婀娜っぽく微笑み、
『俺もだ』
 と答えた。
『本当はお前を直に感じたかった』
 と、拓海が欲しがっていた言葉まで付けて。
「ずっと…我慢していた。お前に触れること…」
 箍が外れたように、涼介は拓海の体を貪った。
「本当は…手を出すこと自体…しないつもりだった。けど、それは無理だった。どうしても…どうしてもお前に触れたくて…」
 身体の上で激しく動きながら、涼介は今まで溜め込んでいたものを吐き出す。
 拓海はそれにしがみ付き、余すことなく受け止めた。
「好きだったんだよ、お前が。俺がお前に…追求したあの時よりずっと前から。だから抑えきれなかった。誘惑に。本当はあのまま、何も見なかった振りで、過ごすつもりだったのに…一瞬でも良い。お前が手に入るんじゃないかと…夢を見た」
「同情じゃ…無い?」
 涼介の汗を口に含む。
 ジンと、脳髄が痺れたようになり、堪えきれずに昂ぶった欲望を吐き出した。
「俺の欲望も知らず…いつも真っ直ぐなお前が眩しかった。大事にしたかったんだ。毎日…心の中でお前に叫んでたよ。俺から逃げろってな」
 涼介の指が、萎えた拓海のそこを辿り、溢れた雫を指に掬い、唇を開き赤い舌で舐め取った。
「俺はこんなヤツだからって」
 舌先に拓海の吐き出した雫を乗せ、また口付ける。
 ゾワゾワと全身の毛穴が開き、涼介の存在全てが吸い込まれていく。
 吐き出したはずの欲望がまた立ち上がり、尖った胸の粒を涼介の身体に摺り寄せる。
「ごめんな、藤原」
 涼介が謝罪し、拓海を貫く動きを早める。
 波間の小船のように、拓海はその動きに翻弄される。
 息も出来ないほどの刺激。快楽。
 過ぎた愉悦は苦痛さえ感じる。
 けれど。
「…好き…涼介さん…」
 心から微笑み、拓海はそれを享受した。
 見えにくいもの。
 けれど今、それは拓海の手の中にある。
 涼介にも見えるように。伝わるように。
 拓海は全身で愛しい人を抱き締めた。




end


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