体温計の文字を見てみれば、そこには38度の文字があった。
別に大丈夫なつもりでも、実際に熱があることを知らされると、いきなり気分が悪くなってくるのは何故だろう?
「…風邪だな」
渡した体温計を渋い顔で見ているのは、未来の医者だ。
「…すみません」
忙しい彼の予定を裂き、まだ色々と車の知識が不足な自分のために時間を取ってもらったと言うのに、自分の体調不良から台無しにしてしまうのが申し訳なく、拓海は蚊の鳴くような声で頭を下げた。
けれどチームリーダーである涼介は、そんな拓海に労わるような微笑を向けた。
「気にするなよ。就職とプロジェクトと、慣れない事の連続で疲れちまったんだろう。今、薬を用意するから。飲んで落ち着いたら藤原の家まで送るよ」
その言葉に、拓海はさらに広い高橋邸のリビングのソファの上で縮こまる。
「あの、俺、一人で帰れますから…」
「そんな状態で運転させられるわけないだろう?大人しく年長者の言うことは素直に聞けよ」
現役の医学生でもあり、プロジェクトDのチームリーダーでもある涼介は、拓海を無理やり涼介の部屋のベッドに押し込めた。
「俺のベッドじゃ落ち着かないだろうが、まぁ、啓介のよりはマシだと思ってくれ」
その言葉に、廊下を通った際に見た啓介の部屋の惨状を思い出し、クス、と噴出し笑った。
拓海の笑顔に、涼介もまた笑みを浮かべる。その笑顔に、熱だけではなく拓海の頬が赤く染まった。
『……ホント。すげぇカッコいいよな、この人…』
初めて会った時から印象は変わらない。拓海にとって涼介は尊敬できるカッコいい大人だ。そんな憧れに近い感情を抱く涼介に、こんなふうに親しくさせてもらうのがやけに気恥ずかしく感じる。
涼介はさすが未来の医者と言うべきか、甲斐甲斐しく拓海に薬を飲ませ、そして汗ばんだ拓海の髪を撫でながらまた微笑んだ。
「…熱が高いな。苦しくないか?」
「…だい、じょうぶです」
涼介の手のひらが拓海の額に当てられる。冷たい指の感触に、拓海は心地好さを覚え目を閉じた。
「今はゆっくり寝ておけ。家の方には俺から連絡しておくから」
優しい声音と、裏腹の冷たい指。それに甘え、拓海は頷き素直に眠りの中に潜り込んでいった。
じっとりと、汗ばんだ体を冷たい指が這う。
その感触に耐え切れず身を捩れば、クス、と囁きのような微笑と艶めいた声が降り注ぐ。
「…藤原」
耳に心地好い声が自分の名を紡いだ。
「そうだ。そのまま俺に体を預けて…」
細く長い、繊細な指が体の上を這う。
まるで拓海の肌の下の未知の部分を露にするように。
「…ぅん…」
拓海の内側から、指の動きに誘われ味わったことのない感覚が生まれてくる。
「…感じてる?」
耳元に囁かれるように声を注がれ、そして耳たぶを噛まれた。
「…や、ぁ…」
「…ここがいいのか?」
意地悪な指が臍の下を焦らすように撫でる。
「…ぅう、や、ちが…」
「違う?ここじゃないのか?じゃあ、ここ?」
指が脇腹へ移動し、敏感なそこをくすぐる。
だが拓海が本当に触って欲しい場所ではない。
「…ち、ちが、や、そこ、じゃなくて…」
「うん?どこ?教えてくれないと分からないよ?」
じわり、と眦に涙が浮かぶ。けれど声の主は楽しげに笑うだけで拓海の望みは適えてくれない。
「…ほら。藤原。…教えてくれないのか?」
うっすら、涙の浮いた目を開けると、憧れて止まない端整な顔が淫蕩な眼差しで自分を見ていた。
ぺろりと、煽るように彼が唇を舐め、その赤い舌を覗かせ拓海を挑発する。
「…ここ…触って…」
耐え切れず、その誘惑に陥落したのは拓海。
彼の指を掴み、濡れた下部へと誘い込む。
固く膨らみ、厭らしげな液まで漏らし始めるそこは待ちわびたように、さらに液を垂らし彼の指を喜んだ。
冷たい指が、熱を発し爆発しそうな屹立に絡む。
「ここ?」
ぎゅっと、指が根元を握る。
「…は、ぁあん」
思わず、唇からは女のような喘ぎ声が漏れる。
「…ああ。とても固くなっているね」
きゅ、きゅ、と、指が固さを確かめるように上下に動く。ドロリとした蜜が、先端から溢れ彼の指を濡らした。
「ここからもいっぱい出ているね。…気持ちいい、藤原?」
ぐりぐりと親指の爪で先端を弄られ、拓海は耐え切れず腰を揺らめかせ、自ら彼の指に押し付けるように動かした。
「ああ、気持ちいいんだね。…可愛いよ。もっと啼いてごらん?」
「…あ、…あぁ、い、いい、…お願い、もっと…」
「こう?」
「っぁ、あぁっ!いい!…い、イク……」
ぶるりと腰が震え、頭に霞がかかる。
「…イク!…涼介さん!」
いきなり意識が覚醒した。
目を開き、自分の部屋とは違う景色に、拓海は眠る前のことを思い出す。
「…涼介さん、の、部屋?」
起き上がろうとすると、まだ目が眩み、またベッドの上に倒れこんだ。
その瞬間、伏したベッドから、涼介の匂いが立ち上る。
それと同時に、さっきまで自分が見ていた夢の内容を思い出した。
『………おれ、なんつー夢を…』
熱っぽかった体が一気に冷えてくる。せっかく親切にしてくれた涼介を裏切るような、あんな夢を見るなんて。
けれど、伏せた枕から漂う涼介のコロンの香り。
『…このベッドが涼介さんの匂いでいっぱいだからかな?あんな夢を見たの…』
まるで彼に包まれているようなベッドに、きっと熱で朦朧とした頭が勘違いしたのだろう。
そして熱のせいでベタつく体に気付き、まさかと思い下肢を確認すれば案の定そこは濡れていた。
夢精したのだ。
まだ十代の拓海にとって夢精は珍しいことではないが、こんな熱の出た状態でそんな事をしてしまう自分が浅ましく感じた。
『…涼介さんに見つからないうちに、早く帰ろう…』
けれどそれは果たせなかった。
体を起こそうと考えた瞬間に、ガチャリと扉が開き、涼介が現れたのだ。
「…藤原。起きたのか?具合はどうだ?」
夢の中で自分を呼んだのと同じ声が自分の名を紡ぐ。それに赤面しながらも。拓海は純粋に自分を心配してくれる涼介相手に不埒な思いを抱いてしまったことに罪悪感を感じた。
「…もう、平気です」
「嘘吐け。そんな赤い顔して。ほら、起きれるか?熱で汗かいたろう。着替え持ってきたから替えような」
「…え、あ、はい」
と、頷き、Tシャツを捲り上げたところでやっと気がついた。
『…やべぇ…パンツ…』
脱ごうとしていたTシャツをまた下ろし、気まずそうに涼介を見れば、涼介もまた怪訝そうに拓海を見ていた。
「どうした?男同士なんだし恥ずかしくなんてないだろう?ほら、体も拭くから、さっさと脱げよ」
体を拭く?ますます無理だ。
「い、いいえ、あの…俺、自分でやりますから!」
「無理だろう?フラフラじゃないか。ほら、遠慮するなよ」
遠慮じゃなく!と言う言葉は飲み込まれ、熱で力の入らない体を、まるで子供にするように手際よく涼介が脱がせる。Tシャツを脱がされ、そして下もあっけなく涼介の手により剥がされた。
そして現れた拓海の恥部。べったりと濡れた性器に、一瞬、驚いたような顔をしたのだが、すぐに涼介は何もなかったように微笑んだ。
「…ああ、夢精したのか?」
拓海はいたたままれず体中を真っ赤にして顔を伏せた。
「安心しろよ。これは別に変なことじゃないんだ。むしろ医学的に説明できることなんだよ」
涼介が露になった拓海の体の上を拭きながら説明するには、高熱を発すると溜まった精子が傷付き、悪くなった精子を排出しようとする動きが出るらしい。そのため年齢に関わらずこういった現象が起きるそうなのだ。
「だから、別に恥ずかしがることじゃない。むしろ、男性機能が正常に働いていると言ってもいいんだ」
拓海の体を拭うタオルが、拓海の脇をなぞる。ゾクリと走った感覚を、拓海は気付かないふりをした。
「…そもそも、男は寝ている間は九十分おきに勃起するんだ。その間に、性的な夢を見るなどした場合に自然と射精現象が起きるのが夢精のメカニズムだ。まだ藤原は十代なんだから、朝もいつの間にか夢精してるなんてのもたくさんあるんじゃないか?」
「……っ…」
自分がおかしいのか?なぜか涼介が拭うタオルの動きに夢の中の指の感触を思い出す。
「でもこれが二十代も後半に差し掛かると夢精の確立は減少する。子供が自然とトイレで我慢を覚えるように、年齢を重ねることで自制を覚えるんだ」
タオルが、臍の下をくすぐる。堪え性のない屹立が、またゆるく立ち上がるのを拓海は感じ、拓海は羞恥に頬を染めた。
涼介は確かに勃起し始めた拓海のそこを見ているはずなのに、何も言わない、それが余計にいたたまれず、拓海は涼介の腕から逃げるように体を捩った。
けれど。
タオルではない指が、拓海のそこを握った。冷たい指。夢の中で感じた、あの指の感触だ。
「……良い形だ。大きさも平均的だし、色もきれいな色をしている」
「…りょ、涼介さん…?」
「…藤原。十代の頃は週に二、三回はしていた射精への欲求が、俺ぐらいの年になると一ヶ月射精しなくても平気になるんだ」
「…ゆ、指、はなして…」
明らかに、性的な動きで涼介の指が拓海の敏感な部分を弄る。
「…っぅ、ぁ…」
「でも、最近は毎日しても足りないんだ。俺も…どうしてなのか分からなかったが…やっと分かったよ」
「…やだ!指、動かさ、ないで」
熱で力が入らない。それを言い訳に拓海は涼介の腕に体を預けた。それを察したのだろう。涼介の動きがもっと大胆なものに変わる。
「…夢の中で、毎日お前のこんな姿を見ていたよ」
言葉通りに、涼介の目の中に宿る紛れもない自分への欲情を感じ、拓海の身のうちに暗い燠火が生まれる。
「…い、や…」
拒む言葉を発しながらも、もう拓海の体は涼介を拒まない。むしろその手が動きやすいように、自分の腰を押し付け揺らめき始める。
「…気持ち良さそうだな。ここがいいのか?」
先端を親指が爪でくすぐり、拓海の腰が跳ねた。
夢の通りに指が動いた。そして拓海もまた夢の通りに体が動く。
熱のせいだ。だからきっとこれは夢の続きに違いない。
朦朧となった頭は、熱のせいか、快感のせいか。
もう判別はつかない。
ただ、拓海は今目の前にあるこの快感に身をゆだねた。
自分から足を開き、そして涼介の手をそこへと誘う。
「…涼介さん…ここ、触って…」
「…触るだけでいいのか?」
夢の中で見た赤い舌が閃く。誘うように唇を舐める姿に、拓海は唾を飲み込んだ。
「……な、めて…」
見せ付けるように涼介の舌がゆっくりと拓海の屹立を下から舐め上げた。くびれの部分に舌を這わせ、先端から溢れ出る汁を余さず掬い飲み込んだ。
「…ひ、…いい、涼介さん…!」
「…もっと?」
「…も、っと…」
「素直だな、藤原は。…教え甲斐があるよ」
「っぁ、あぁっ!いい!…い、イク……」
ぶるりと腰が震え、頭に霞がかかる。
「…イク!…涼介さん!」
目の前が真っ白に染まり、そのまま拓海は意識を失った。
咽喉が渇き目が覚めた。
体を起こすと、もう眩暈はなく、頭がスッキリとしているようだ。
ふと時計を見れば、まだ早い午前中には高橋家に訪問したはずなのに、もうすっかり夜の時刻になっている。
すっかり長居してしまった自分に気付き、ベッドを慌てて降りると、ガチャリと扉が開き、風呂上りなのだろう、頭にバスタオルを被り、パジャマ姿の涼介が戻ってきた。
拓海は、こんな状況であると言うのに、彼のそんな無防備な姿に去ったはずの熱が再び宿る。
「…ああ、藤原。起きたのか?熱はどうだ?」
けれどあんな事があったのだとは思えない、いつものままの冷静な態度の彼を見て、一気にまた熱が冷める。
『…やっぱりあれ、夢だったんだ』
そしてそんな不埒な夢を見た自分に居たたまれなさを覚える。
「は、はい!あの…すみませんでした。迷惑かけて」
「いいさ、気にするなよ。それより…熱は大丈夫か?」
涼介が身を屈め、拓海の額に手を当てる。その瞬間に香った湯上りの彼の匂いに、またも胸がざわめいた。
冷たい指が額に触れる。けれど指は、拓海の内の熱を移すことなくすぐに離れた。
「下がったみたいだな。気分は悪くないか?」
「だい、じょうぶ、です…」
言葉に詰まった拓海に、涼介の顔が心配そうに歪む。
「…まだ気分が悪い?何なら無理せず泊まっていけよ。ただ、ベッドは俺と一緒になってしまうがな」
同じベッド?そんな事、出来るはずがない。
「い、いいえ!明日も仕事あるし、今日はもう帰ります」
拓海の勢いに、涼介は眉根を寄せながらも、頷いた。
「そうか?じゃ、今、送るから…」
「ひ、一人で大丈夫です!」
「だが…」
「それより…今日はすみません。せっかく時間割いてもらったのに…」
「仕方ないさ。気にするな。俺の時間よりも、藤原の体のほうが大事だろ?」
その労わりの言葉に、赤面しながらも拓海は身を起こし立ち上がった。
そして自分の今の姿に気付き、涼介を見返した。
「あの…俺の服は…」
拓海の今の格好は、拓海のものではないTシャツとスウェット素材のハーフパンツ。ラフなものでありながら、その手触りや質感から、常に拓海が常用しているものより高価だろうことが窺える。
「ああ。今洗濯してるんだ。俺の服で悪いが、今日はそのまま着ていけばいい。返すのはまた後でいいから」
「でも…」
「気にするなと言っただろう?こっちこそ、体調悪いのに無理に時間取らせて悪いな」
優しい言葉と態度に、ますます拓海は居たたまれない。
こんなふうに心配してくれる涼介相手に、あんな淫夢を見てしまったことが申し訳なくて仕方がない。
その後、やはり送ると言う涼介を振りきり、拓海は自宅へ戻った。
色々と疲労が重なったせいか、その夜は借り物の服のまま自室のベッドに潜り込み、夢も見ずに眠りに落ちた。
そして翌朝。
病み上がりと言うことで豆腐の配達は免除だ。もう朝日が昇りきった時刻に起きだし、顔を洗おうと洗面所に向かう拓海に、文太の声がかけられた。
「おい、拓海。虫にでも刺されたのか?首ンとこ赤くなってるぜ?」
「首?」
すぐに洗面台に据えられた鏡で自分の首を見る。
赤い…跡。
虫刺されか、と思い、指で触れ、けれどそれが違うことにすぐに気付いた。
「ま、さか……」
そのまま着て眠ってしまった涼介のTシャツを脱ぐ。
日に焼けていない白い肌一面を彩る赤い跡が無数に点在していた。
その跡の一つ一つを辿るたび、拓海は昨日見た夢の中の出来事を思い出す。
胸に吸い付き、そして肌に「俺の印だ」と跡を付けた。
「夢、じゃ、ない…?」
ズクン、と下部に熱が溜まる。
確かに性欲は持っているが、他の同年代の男たちよりも淡白だと思っていたのが信じられないくらいに、そこははしたなく塗れ、触ってくれる指を待ちわびている。
ぎゅっと服の上から固くなったそこを握り締め、脱いだばかりの彼のTシャツを抱き寄せ、顔を埋めた。
「…涼介さん……」
夢の中だと思ったあの出来事。
その最中に囁いた彼の言葉。
『何度しても足りない』
それがどんな感覚かを今、拓海は理解していた。
その日の夕刻。
電話があった。
『…風邪を引いたみたいなんだ』
少しいがらっぽい涼介の声。
それを聞きながら、また拓海の熱が高まってくる。
「…俺…が、移したんですよね…」
『そうみたいだな。…熱があってね。とても熱いんだ…治まらない』
「………」
『治してくれないか?』
「……はい」
ドクドクと心臓が高鳴る。すっかり堪え性のなくなった欲望は、固く膨らみ高熱の時と同じように膨らんだ。
汗ばんだ手でハンドルを握り、逸る心を抑えながら高崎に行き、そして通された高橋家の、二階にある彼の部屋と真っ直ぐに向かった。
コンコン、と部屋の扉をノックする。
『どうぞ』
の返事を待ち、扉を開け入れば、拓海を見て笑みを浮かべる彼がベッドに横たわっていた。
「…藤原。来てくれたのか」
熱のせいだろう。涼介の頬が赤らみ、目は潤んでいる。まるで行為の真っ最中のような表情に、拓海の熱が高まった。
夢の中の涼介がしたように、自分の唇を見せつけるように舌で舐める。
ゴクリ、と涼介の咽喉が鳴った。
「……藤原…」
バサリと涼介が布団を捲った。
パジャマの布地の下の固く膨らんだ彼のそこ。
それを見つめ、拓海は吸い寄せられるように手を伸ばす。
「……ああ、藤原…」
彼の手が拓海の頭を撫で、髪を梳く。その指の感触にすら煽られる。
片手は彼の欲望へ。
そしてもう片手は同じく固く膨らむ自身のそこへ。
そんな拓海に涼介が微笑んだ。
「…藤原」
その優しいだけではない、どこか抜け出せないほどの深い闇を思わせる、艶を帯びた色を帯びた笑みが好き。
彼の指が、拓海の髪を掴み、そこへ押し付ける。
「…舐めて」
涼介が笑う。淫蕩に。
拓海もまた、同じ顔で笑い、そして服の下の欲望へ顔を寄せた。
その苦味のある味に、これが夢などではないのだと、確信をしながら。